← Back
Bank of JapanPress conferenceMar 19, 2013Masaaki Shirakawa, Governor

白川総裁退任記者会見(2013年3月19日)要旨

Original in Japanese

Full text

§1Question

本日は、総裁の退任会見ですので、まずは任期中の全般的な話について、お尋ねします。この任期中の5年間には、リーマン・ショックや東日本大震災といった経済に強いストレスを与える様々な出来事が起こったわけですが、総裁として最後の日を迎えた本日、この 5年間を振り返った感想をまずお伺いします。

§2Masaaki Shirakawa

かねて発表していた通り、本日、私は日本銀行総裁を辞任します。この 5年間、記者の皆さん方には大変お世話になりました。ご質問にお答えする前に、記者の皆さん方に心からお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。この5年間を一言で言うと、激動の5年間でした。リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災、2 回の政権交代と、滅多には起きないことが次から次へと起きたという思いです。そのもとで、急速な円高の進行をはじめ、経済・金融も当然大きな影響を受けました。最も印象深い出来事ということだと、なかなか絞り込めませんので、3 つの出来事を取り上げ、その時に感じたことについて述べたいと思います。最初に取り上げるべき出来事は、何といっても、2年前に起きたあの悲惨な東日本大震災です。改めて、亡くなった方のご冥福をお祈りすると共に、今後の復興の進展を心から願っています。震災発生直後から、日本銀行は、金融市場の安定や決済・金融機能の維持のため、市場への大量の流動性供給、リスク性資産の買入れ、被災地への現金供給、損傷した銀行券や硬貨の引換え、海外への情報発信など、本支店・内外の事務所の総力を挙げて対応しました。わが国の根幹的な決済システムである日銀ネットも正常に運行しました。

§3Masaaki Shirakawa

日本銀行が中央銀行として最も存在意義を問われるのは、大地震をはじめとする自然災害への適切な対応であると思っていましたが、多くの関係先のご協力と職員の献身的な努力とによって、何とか中央銀行としての責任は果たし得たと思っています。2 番目に取り上げるべき出来事は、2008年9月のリーマン・ショックです。リーマン破綻によって、世界中が大きな影響を受けました。極端な不確実性が発生し、またファイナンスが難しくなる状況のもとで、特に、耐久消費財や資本財の需要が大きく落ち込みましたが、これらは日本の最も得意とする分野であっただけに、まさに需要が蒸発するように急減し、日本経済も大きな影響を受けました。ただ、そのような状況にあっても、2000年代初頭にかけて不良債権問題を解決していたこともあって、わが国の金融システムは海外と比較すると格段に安定していたと思います。この時に改めて感じたことは、中央銀行の「最後の貸し手」としての役割の重要性です。ドル資金市場について、日本銀行は、 FRBから為替スワップ取引で調達したドル資金を迅速に供給しました。円の金融市場についても、潤沢に資金供給を行うと共に、機能不全に陥ったCP、社債市場に対し、中央銀行として異例の措置でしたが、CP、社債の買入れを行いました。こうした「最後の貸し手」としての役割は、金融システムの安定を維持する上で極めて重要であったと思います。

§4Masaaki Shirakawa

リーマン・ショックの時は、即時グロス決済――いわゆるRTGS――や、外国為替の同時決済の導入など、決済システムの安全性と効率性の向上に向けて行ってきた様々な取組みがその成果を発揮したという意味でも感慨が湧きました。仮に、こうした努力なしにリーマン・ショックに直面していれば、金融取引は完全に止まりかねない事態になっていたのではないかと思います。中央銀行に対しては、「マクロ経済理論に基づいて政策を行う政策当局である」という見方が根強いように思いますが、中央銀行の銀行業務の重要性について、もっと多くの人に理解して頂きたいと感じています。なお、この点に関して申し上げると、地味ではありますが、「次世代RTGS」が稼働し、また、現在は新日銀ネットの構築に向けた準備が進んでいることを付言したいと思います。これらは長い目でみて、日本の経済や金融に貢献するものだと信じています。第3 に取り上げるのは、「出来事」という言葉には馴染まないかもしれませんが、デフレ脱却に向けた金融政策の取組みです。リーマン・ショック後の経済の落込みに対し、日本銀行は、いわゆる非伝統的な金融政策を含め、様々な金融緩和策を実施してきました。また、2010年10月には、長めの金利やリスク・プレミアムに働きかけることを狙って「包括的な金融緩和政策」を導入しました。

§5Masaaki Shirakawa

さらに、緩和的な金融環境が企業や家計にもっと活用されるよう、成長基盤強化や貸出増加を支援するための資金供給も創設しました。また、本年1月には、「物価安定の目標」を導入しました。私としては、デフレ脱却と物価安定のもとでの持続的な経済成長に向けて最大限の努力を払ってきましたが、この課題達成のためには、日本銀行による強力な金融緩和と競争力・成長力の強化に向けた幅広い主体の努力が不可欠です。幸い、最近では、デフレ脱却と物価安定のもとでの持続的な経済成長に向けた議論が活発化する兆しがありますが、是非、この機会を上手く活かして、日本経済の直面する本質的な課題の解決に向けて、様々な取組みが進むことを願っています。

§6Question

政策面のお話を伺います。今も若干お話し頂きましたが、この5年間、「包括緩和」や「中長期的な物価安定の目途」、「 2%の物価安定の目標」など、様々な新しい政策対応を講じてこられましたが、大きな課題であるデフレ脱却はまだ実現できていません。この点を踏まえて、任期中の金融政策運営に関する総裁ご自身の総括、評価をお聞かせ下さい。

§7Masaaki Shirakawa

この5年間、他の8 人の政策委員会メンバーとともに、その時々に入手可能であった情報に基づいて経済・物価情勢を丹念に点検し、デフレから早期に脱却し、物価安定のもとでの持続的成長を実現することに最大限の努力を払ってきました。この間の金融政策に関する評価は第三者が行うべきものであり、自己評価を述べることは控えたいと思います。自己評価を述べることを控えるもう 1 つの理由は、政策の評価をするには、もう尐し長い時間が必要と思うからです。過去の金融政策運営、例えば、日本のバブル期やバブル崩壊後の金融政策、米国の 2000年代半ばにかけての金融政策、いずれをとっても、その評価は時の経過と共に随分変わってきています。また、かつて欧米から批判を受けた日本の金融政策運営についても、欧米が同じような事態を経験するにつれて、評価が随分と変わってきています。いずれにせよ、現在、先進各国は 2000年代半ばにかけての世界的な未曾有のバブルの後遺症から脱却できていない状況です。従って、わが国を含め欧米諸国が現在展開している非伝統的な政策の評価も、いわゆる「出口」から円滑に脱出できて初めて、全プロセスを通じた金融政策の評価が可能となる、そうした性格のものだと思っています。

§8Masaaki Shirakawa

デフレ脱却に関して言うと、私どもが実現したいことは、単に物価が上がれば良いということではなく、再三申し上げている通り、「デフレから早期に脱却し、物価安定のもとでの持続的成長を実現する」ことです。物価が2%上がり、給料も同率上がるだけでは、国民の生活水準が向上するわけではありません。物価が上がり、円の為替レートが同率円安化しても、対外価格競争力が高まるわけではありません。物価上昇のもとでは、歳入も増えますが歳出も増えるので、財政バランスの改善効果も限定的です。私どもが実現したいのは、実質経済成長率――ただし、人口減尐社会では一人当たり実質GDPやGNI成長率ということになるかもしれませんが――が高まり、その結果として、物価上昇率も高まっていくという姿です。この点、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、リーマン・ショック後、2009年夏にマイナス 2.4%まで下落幅が拡大した後、現在はゼロ%近傍で推移しています。1月の中間評価で示したように、消費税率引上げの影響を除いてみて、2014年度中の平均は+0.9%と、同年度の後半には 1%に達する可能性が拓けつつあります。実質GDP成長率は、向こう2年間、消費税率引上げに伴う振幅も予想されますが、単純平均で+1.6%程度の成長が見込まれます。

§9Masaaki Shirakawa

この間、リーマン・ショックや東日本大震災にもかかわらず、日本の金融システムは、海外主要国と比較すると、非常に安定しています。今後、強力な金融緩和の効果と、競争力と成長力の強化に向けた取組みの進展がプラス方向の相乗作用をもたらしていけば、「デフレから早期に脱却し、物価安定のもとでの持続的成長を実現する」ことは可能であると思いますし、また、是非そうしなければならないと思っています。

§10Question

2 点伺います。まず、冒頭の質問へのご回答にもあったように、政権交代が2 回あって、非常に難しい局面をお過ごしになったと思います。中央銀行の総裁には 5年間の任期がありますが、そうした非常に目まぐるしい変化と中央銀行というお立場を経験した中から、「中央銀行はどうあるべきか」ということをどうお考えになったか、お教え下さい。もう 1 点は、現在、デフレの原因について、「貨幣的現象である」という考え方が非常に多く出ていますが、これに対して、総裁自身は、デフレの原因をどのように捉えていらっしゃるのか、この5年間の総括としてお伺いします。

§11Masaaki Shirakawa

1点目の「中央銀行はどうあるべきか」という課題は、非常に深く重い問い掛けであり、私自身、正解を持ち合わせているわけではありません。10日程前、BIS総裁会議に出席しましたが、まさに、今、記者の方からご質問があった点が、世界の中央銀行が考えているテーマであったと思います。そのくらい重いテーマだと思います。「どうあるべきか」ということですが、「やや長い目でみた経済の安定を目指して、物価の安定と金融システムの安定を目指していく」という基本原理は、いかなる時代にあっても変わらないと思います。現在、多くの国で、必要な経済・財政改革が十分に進まない中で、金融政策に対する要求あるいは期待が高まっているのも世界的な現象です。中央銀行としてできる政策を展開していくことが必要になっていますが、その時に、中央銀行として、大きな権能を委ねられている以上、その政策の意図や効果、あるいはコストを誠実に説明していくことが、民主主義国家における中央銀行のあり方だと思っています。具体的な課題という意味では、金融のグローバル化が進むもとで、各国からみた部分最適と、世界全体の最適というものの関係が、従来以上に難しくなっていると思います。こうした課題に向けて、中央銀行が知恵を出していく必要があると思っています。それから、「デフレは貨幣的現象か」あるいは「デフレの原因は何か」というお尋ねです。

§12Masaaki Shirakawa

ある意味で、この問いは5年間ずっとついて回った問いでした。どのような経済活動も、全てお金を必要とするという意味では、全ての経済現象は「貨幣的現象」と言えます。しかし、だからと言って、全ての経済現象を貨幣だけで説明できるわけではありません。仮に、この命題を、「中央銀行の供給する通貨、いわゆるマネタリーベースを増加させれば物価が上がる」という意味に解釈すると、過去の日本の数字、あるいは近年の欧米の数字が示すように、マネタリーベースと物価との関係、リンクというのは断ち切れています。それでは、デフレを克服する上で、中央銀行の強力な金融政策は必要ないのかというと、これはもちろん必要であり、金融政策の役割はあるのかというと、その答えはもちろんYESだと思います。ただ、同時に、現在の日本の置かれた状況を考えると、競争力・成長力の強化に向けた幅広い主体による取組みが不可欠です。金融政策は強力な手段ですが、その効果の本質は、非常に低い金利水準を実現する、あるいは流動性を潤沢に供給することによって、家計や企業が、明日ではなく今日支出するように動機付けていくことです。しかし、明日が今日になり、明後日が明日になり、さらに今日になってきますので、いわば将来から現在に需要を前倒しすることになります。その前倒しにする原資というか需要自体は、日本経済の潜在的な成長力に規定されるわけです。

§13Masaaki Shirakawa

現在、日本では、急速な高齢化やグローバル化に伴って経済の仕組みを見直していくことが遅れがちとなっており、そのことが成長力を下げています。そうした供給面あるいは構造面についての努力と強力な金融緩和が相俟って初めて、デフレの根本的な原因に対応していることになると思います。以上が、 5年の経験を踏まえた上で、現在考えていることです。

§14Question

総裁が先程おっしゃったように、リーマン・ショックや東日本大震災という大変大きなイベントが起き、政策対応に非常にご苦労されたのではないかと思います。総裁が就任前に「現代の金融政策:理論と実際」という金融政策の教科書を書かれましたが、実際に総裁として現場で大変な時期を経験されたことも踏まえて、お書きになった内容を書き直す必要があるのか、それとも、ほぼ教科書通りであったのか、お考えをお聞かせ下さい。もう1 点、新法になった直後、「金融政策はアートか、科学か」という論点がありました。透明性を高めるためには、なるべくアートの部分を排除して科学的にやったほうが良いだろうという議論でしたが、これについてのご見解を改めてお聞かせ下さい。

§15Masaaki Shirakawa

京大時代に執筆した本は、総裁就任後、本棚には置いていますが、実は一度も開いたことがありません。従って、何を書いて何を書いていないのかも、今は覚えていないというのが正直なところです。現在、具体的な改訂を計画しているわけでは全くありませんが、理論についても実践についても、私どもの――あるいは私自身と言うべきかもしれませんが――、知識はやはり限られています。そういう意味で、セントラルバンカーは、一方で常に謙虚さを忘れてはいけないことも改めて感じています。書き足すということではありませんが、今、自分が本との関係で感じていることを何点か申し上げたいと思います。1 つは、財政と金融の関係です。結局のところ、悪化した財政バランスを回復する方法は、財政再建に取り組むか、デフォルトか、あるいはインフレで債務を帳消しにするか、この3 つしかないわけです。仮に、財政再建への取組みがなされないとすると、残り2 つとなり、どちらにしても、通貨の信認、つまり物価の安定と金融システムの安定を維持できません。そういう意味で、通貨の信認を維持していく上で、財政の持続可能性が非常に大事であるということについて、もっと強調して書くべきであったのではないかと感じています。2 つ目は、先程尐し触れましたが、金融政策の国際的側面ということです。先程も申し上げた部分最適と全体最適の問題です。

§16Masaaki Shirakawa

3 つ目は、先程他の方からご質問がありましたが、「デフレは貨幣的現象か」という命題を聞くたびに、もっと丁寧な説明が必要であったと感じています。4 つ目は、民主主義と中央銀行の関係です。実は、この点は2 つ目の「金融政策はアートか」という問いに対する答えと重なってきます。私は、若い頃、「金融政策はアートである」という考え方に強い反発を感じていました。金融政策は、もっと客観的に説明できるように努力していく必要があると思っていました。その思いは今でも変わっていません。一方で、私どもの経済あるいは金融政策に関する知識は十分なのかというと、十分ではないというのが私の率直な印象です。従って、これまで利用可能な理論に基づいて、きっちり説明をしていますが、現在私どもが直面している問題に対して、本当にそれが答えなのかが分からない状況のもとで、従来の理論だけに従っていくことは、一見客観的に説明しているようであっても、実はもっと大きな目的との関係では、私どもの責任を果たしていないのではないかという思いにも駆られます。つまり、ある種のアカウンタビリティーのトラップ(罠)にはまってしまうような組織であってはいけないとも思っています。幸い、この 10年位の間に、各国が様々な経験を積み、インフレーション・ターゲティングについても柔軟な物価目標政策であるという理解が拡がってきました。

§17Masaaki Shirakawa

ただ、そのこと自体が何か答えを提供しているわけではありません。「柔軟」といっても、無限定な柔軟ではもちろんありません。そういう意味で、長々申し上げましたが、「金融政策はアートか」ということについて、その時点で利用できる全ての情報を使って、最終的に判断していくという要素が必要なのかと言うと、答えはYESです。ただし、その判断については、できるだけその根拠を説明していくことが必要であるという思いで、この 5年間、仕事に取り組んできました。

§18Question

10年ほど前に総裁が登場された討論会の記録を読みました。小宮先生や岩田一政先生など、5~6 人での金融政策に関する討論です。白川総裁は、その時、いわゆる日銀批判をしているグループの方に対して、「期待に働き掛ければ物事が解決する」ということについては、「中央銀行は呪文を唱える組織ではない」とか、「驚くようなことをすれば期待インフレ率が上がるということは考え難い」と、明確にリフレ派の教義について否定的な見解を述べていますが、現在、その基本的な考え方は変わらないのか、また先程の話と関連しますが、考えに何らかの変化はあるのか、簡単にご説明をお願いします。

§19Masaaki Shirakawa

市場とどう向き合うのかというテーマは、非常に重い課題だと思っています。いわゆる「市場との対話」について言うと、市場参加者は中央銀行のコミュニケーションの重要な相手方ではありますが、市場参加者からみて望ましいことが、長い目でみた経済の安定にとって望ましいことと必ずしも一致するわけではないと、私は感じています。この席で何度か触れましたが、FRBの元副議長であるアラン・ブラインダー氏は、かつて「市場は中央銀行が何をするかを予想し、ともすればそれに過剰反応する。一方、中央銀行は、政策判断にあたって市場の動向に振り回される」といった状況は、避けなければならないと指摘しています。つまり、経済を安定させるためには、最後のアンカーが必要です。そういう意味では、中央銀行は、十分に市場を尊重しますが、最後は、中央銀行は判断をしなければいけないと思っています。「期待に働き掛ける」という言葉が、「中央銀行が言葉によって、市場を思い通りに動かす」という意味であるとすれば、そうした市場観、政策観には、私は危うさを感じます。より広く市場との付き合いということで言うと、私は市場の動きに細心の注意を払い、また、金融市場安定のための円や外貨での資金供給、将来を見据えた決済システムの改善に向けた取組みなど、市場が正常に円滑に機能するために、中央銀行として最大限の努力を払うことも重要であると思っています。

§20Masaaki Shirakawa

つまり、市場のインフラをしっかりと作っていくということです。私は、そうした努力こそが「市場を大事にする」ことの最も本質的な意味だと思っています。

§21Question

この 5年間を振り返って、日本銀行の伝えたいことは、株式市場や債券市場へ的確に伝わったのか、市場との意思疎通はうまくいったのか、その辺りの総括をお願いします。もう 1 点は、総裁は、かつて会見でフリップを使われました。本日、当方でフリップを用意したので、この5年間を振り返って今の思いなど、一文字でも一言でも結構ですので、書いて頂けますでしょうか。

§22Masaaki Shirakawa

まず、フリップのご質問からですが、私は現在 63 歳で、人生の深みを感じさせるような字を書ければ良いのですが、そうではありませんので、フリップはご勘弁頂ければと思います。最初のご質問に対して、「激動の5年間であった」と答えましたが、文字通りそう思っています。色々な思いがありますので、一言で気のきいた台詞が浮かびませんが、激動の5年間であったと思っています。次に市場とのコミュニケーションがうまくいったのかというご質問です。これは先程の金融政策に関する評価と同じで、自分の中でも、コミュニケーションについてどうであったか自問自答していますが、その評価はやはり第三者が行うべきものであると思っています。いくら自分がこれを伝えたいと思っても、本当に市場が理解したのかは、まさに市場の参加者が判断する話だと思っています。私は、この異例の事態のもとで政策を展開していく上では、政策の背後にある経済情勢の判断について丁寧に説明する、また、政策意図を丁寧に説明すると同時に、あり得べき効果とコストについても丁寧に説明する必要がある、それこそが独立した中央銀行としての誠実な対応であるという思いでした。もちろん、効果だけがあって、コストやリスクがない政策があれば理想的ですが、残念ながらそうした政策はありません。

§23Masaaki Shirakawa

金利水準が極めて低く、中央銀行のバランスシートも著しく拡大し、財政状況も非常に厳しいという現在の日本の状況では、効果とコストの比較考量という視点も重要だと思っています。過去の経験が示すように、コストやリスクが顕在化するのは、ずっと後になってからであり、一旦、顕在化した場合は、その影響は大きくかつ長く持続します。独立した中央銀行の行動を最終的にチェックするのは国民であり、国民に対し、専門家として「想定外のリスクが発生してしまいました」という言い訳は許されないと思っています。そうしたコミュニケーションのスタイルが良いかどうかについては、国民の皆さんが判断することだと思います。

§24Question

ということは一言で書くとすれば、「激動」でよろしいですか。

§25Masaaki Shirakawa

「激動」です。

§26Question

2 点お伺いします。1 点目は、1月に 2%の物価目標を決めたわけですが、総裁は、11月まで講演などで「なかなか物価が上がり難い、1%でもなかなか大変だ」ということをおっしゃってきたわけで、今、 2%の物価目標を導入したことを振り返って、信念にいささかの後ろめたさというか、こうすれば良かったという思いは幾ばくか無いかどうかということを、改めてお聞きしたいと思います。もう1 点は、纏めになりますが、この5年間、どんな信念を持って日銀総裁をやってこられたのかという、その信念についてお聞きしたいと思います。

§27Masaaki Shirakawa

まず1 点目は、今この時点で何か悔いるところがあるか、という趣旨のご質問だと思いますが、そうしたことはありません。私自身は、日本銀行の置かれた経済情勢の中で、中央銀行として何が適切な金融政策であるかということを常に自問自答してきましたし、政策委員会のメンバーとも議論を重ねました。そういう状況のもとで、1月に発表した対応が最善であると私は判断しました。2%の物価安定の目標ということに即して申し上げると、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取組みが進展するという認識に立って、これを導入しているわけです。そういう意味で、実際にそうした努力が進展しているかどうかについては、私自身、非常に大きな関心を持ってみているということです。それから、柔軟な金融政策、柔軟な物価安定目標政策を担保する文言が、先般の共同声明にはしっかりと入っているわけです。そういう意味で、中央銀行が適切な金融政策を運営していく上での環境はしっかり用意されていると、これは9 名の政策委員で議論を尽くした上での結論です。従って、私自身はその点について、記者の方がおっしゃったような気持ちを持っていません。2 点目は、総裁就任以来、何を大事にしていたのかというご質問です。当たり前の話ですが、通貨への信認、日本銀行への信認を守るということを意識してきました。具体的には 3 点あります。第1 は、金融システムの安定です。

§28Masaaki Shirakawa

先程も尐し触れましたが、金融システムの安定を維持して経済の混乱を防ぐことができるかどうかが、中央銀行としての最も重要な役割であるという強い思いを持って仕事に臨んできました。第2 は、今の点とも関連しますが、日本の財政が非常に厳しい状況にある中で、金融政策の展開が財政の状況によって規定されてしまう状況、いわゆるフィスカル・ドミナンス(財政従属)に陥らないように注意を払ってきました。日本銀行は、デフレからの脱却のために非常に積極的な金融政策を行ってきましたが、大胆さと慎重さの両方が求められるナローパスであったと思っています。第 3 は、中央銀行の行う政策について、判断の根拠や政策の効果、コストについて誠実に説明するよう心掛けたということです。

§29Question

2 点お伺いします。1 点目は、5年間を振り返って、特にリーマン・ショック後、日銀に対して、国民の「景気を何とかしてくれ」という期待が非常に強かったと思うのですが、先程の総裁のご発言の中で、単に物価が上がっても給料が同じだけ上がっているのでは意味が無いとか、実質成長しなければ駄目だとか、あるいは、円安になっても成長率は回復しない、というお話がありました。一般的な理解としては、この間の非常に急速な円高で、自動車や電機といった基幹産業は相当なダメージを受けて、円高に対する日銀の思いが足りないのではないか、という面もあったと思います。また、物価が上がっても給料がその分だけ上がるのでは意味は無いのでしょうが、全然給料が上がらないという状況が続くその閉塞感というか、そういうことに対して思いが至っていたのかどうかということをお伺いします。2 点目は、財政ファイナンスに関して、通貨の信認には財政規律が非常に重要であるという話がありましたが、実質的に、基金を通じて大量の国債を買うという道を開いたことで、今後もさらに大胆な金融緩和を行うと思われていますので、結果的に財政ファイナンスに道筋をつけてしまったのではないかという気もするのですが、その点についてどうお考えなのでしょうか。

§30Masaaki Shirakawa

円高についてですが、円高が、日本の輸出関連企業を中心として収益や企業マインドに悪影響を与え、日本経済の下押し要因になっていくという認識は強く持っていました。そういう認識のもと、強力な金融緩和政策を展開してきたという思いです。生活水準がなかなか上がっていかないということですが、これは、経済の実質的な成長率──やや長い目でみると、これは就業者の伸びと就業者一人当たりの付加価値の伸び──に規定されるわけです。残念ながら、就業者数は現在、年率平均マイナス 0.6%という勢いで減っています。一方、就業者一人当たりの付加価値生産性の伸びは、今でもG7平均を上回っています。しかし、これらを足し合わせると、 1%以下の潜在成長率に止まってしまうという冷厳な事実があるわけです。これはいわば不都合な真実です。我々は、これを運命論として受け止めるわけではなく、労働参加率を引き上げていく、それから強力な規制・制度改革を様々に行って付加価値生産性を高めていくことによって初めて、企業収益も、それから給与も増えていくということになってきます。従って、実質的な生活水準が上がっていくためには、実質的に成長率が上がっていく努力を懸命に続けていく必要があると思っています。日本銀行としては、そうした中で、中央銀行としてできることはしっかりやっていこうという思いで、成長力強化のために様々な取組みを進めてきたということです。

§31Masaaki Shirakawa

2 点目の財政ファイナンスについてです。デフレからの脱却は、日本経済にとって大きな課題です。金融政策は、つまるところ、金融資産を買って金利を下げる、あるいは資金供給量を増やすということですから、そうなると、日本の経済を考えると、国債購入が最も自然な方法、国債が最も自然な金融資産となるわけです。こういう形で多額の国債を買ってきたわけですが、財政ファイナンスとならないように様々な工夫は行ってきています。今後とも財政ファイナンスは行わないという日本銀行の信念は固いのですが、同時に、先程、財政従属という言葉を申し上げた通り、これを避けるためには、日本銀行の構えだけでは不十分で、財政再建を現実に進めていくということがないとなかなか難しいわけです。従って、政府の財政規律と日本銀行の規律の両方が求められていくと思います。

§32Question

総裁は、40年近く日本銀行に勤めてきたわけですが、40年の中で、一番大きな収穫と、やり残したことがもしあれば聞かせて下さい。

§33Masaaki Shirakawa

まず、やり残したことについては、一人の人間の力は限られていますので、もちろん全てができたわけではありません。中央銀行というのは、金融政策、「最後の貸し手」としての役割、様々な決済サービスの提供など、色々な機能を担っており、そうした様々な機能を統合しながら経済・金融の安定を図っていく組織です。これは、日本銀行という、5 千名弱の職員がチームとして行っていくものです。これは脈々と引き継がれていくわけです。私自身も先輩から引き継ぎましたが、これからまた後輩の皆さんがしっかりやってくれると確信しています。それから、最初の質問ですが、多過ぎて、なかなか1 つに絞り切れません。私自身の個人的な思いになりますが、大学を卒業後、漠然とパブリックな仕事をしたいと思っていましたが、それ程深い目的意識があって日本銀行に入ったわけではありません。ただ、結果的に日本銀行に計 39年いましたが、中央銀行の仕事というのは、非常に奥が深いという感じがします。経済も金融も常に変化をしていく中で、究極の目標である通貨の信認、あるいは物価の安定、金融システムの安定を図っていくわけですが―─やや抽象的な言い方になりますが―─、変化を常に敏感に察知し、学習していく組織、それが中央銀行の最も根源的な付加価値と思っています。

§34Masaaki Shirakawa

そういう組織に 39年間身を置けたということは、私個人からすると、大変恵まれた職業人生活であったという感じがします。それが「収穫」という言葉にあてはまるかどうかは分かりませんが、そう感じています。

§35Question

新しい執行部が明日から発足しますが、新しい執行部に対するメッセージがあれば是非お願いします。もう 1 つ、もし可能であればお伺いしたいのは、総裁はよく自身のことを「アクシデンタル・ガバナー」という表現でおっしゃることがあると聞きます。まさに期せずして総裁になられたわけですが、もし、もう一度生まれ変わっても総裁をやりたいのかどうか。白川総裁は、「中央銀行業務、金融政策が趣味だ」というお話があるぐらい業務に没頭されていると聞きますが、もし生まれ変わっても、もう一度日本銀行総裁をやりたいかどうか、是非お答えをお願いします。

§36Masaaki Shirakawa

まず、新体制に期待することは何かということですが、日本銀行の基本的な目的は、日本銀行法に規定されているように、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することと、決済システムの円滑な運行の確保を通じて金融システムの安定を図ることです。新しい総裁、副総裁に対しても、日本銀行という組織の力をフルに活かして、こうした目的の達成に努め、日本経済の発展に貢献されることを願っています。最近の日本経済をみると、海外経済が持ち直しの兆しをみせ、また、グローバル金融市場でも大きな流れとしてみれば、リスク回避姿勢が後退する中で円安や株高が進行し、マインドも改善傾向にあります。また、何よりも競争力と成長力の強化に向けた議論が始まりつつあります。これは折角のチャンスですから、是非ともこれを活かし、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長を実現するよう適切な政策運営をされることを期待しています。次に、アクシデンタル・ガバナー云々ですが、私自身5年前に全く図らずも副総裁、総裁代行、そして3 週間後に総裁になりました。この間、全力を傾けて総裁という重い職責を担ってきました。十分に職責を果たしたかどうかは自信がありませんが、それだけの遣り甲斐のある仕事だったと思っています。

§37Masaaki Shirakawa

副総裁としての就任時の記者会見でも申し上げましたが、「趣味が金融政策」というと、何かいかにも寂しい人生を送ってきたと、人間的な幅がないということの言い換えという感じもしますので、そういうことではないということで、その時に、趣味にはバードウォッチングもあると申し上げました。生まれ変わるということではなくて、とりあえず明日からは全く自由な身となりますので、バードウォッチングも含めて、ゆっくりしたいと思っています。生まれ変わった後に何をやるか、その時にまた中央銀行総裁になりたいかということですが、そんなふうには思っていません。人生には、それぞれチャレンジする甲斐があることが沢山あるだろうと思っています。

§38Question

日銀法の改正を巡る議論ですが、どう改正するとか改正しないとかの点はさておき、先程の「中央銀行はどうあるべきか」という点、また、中央銀行に求められる役割も変化しているという状況も踏まえると、寄って立つべき法律についても見直しをすること自体はあってしかるべき、あるいは必要なのでしょうか。あるいは、法律は特段問題ではなく、法律に基づいて実際にどう動くかという実務的な対応の面で、求められている変化には十分に対応できるものなのか、総裁のお考えを教えて下さい。

§39Masaaki Shirakawa

日本銀行法改正については、国会において議論されるものですので、私の立場から具体的にコメントすることは差し控えます。その上で、中央銀行法あるいは日本銀行法について考える場合に重要な視点を 2 つ申し上げたいと思います。第 1 点は、中央銀行法は、一国の経済・金融の基本法であり、十分に時間をかけて、慎重な検討を行うことが不可欠です。現在の日本銀行法を作った時も、そうしたプロセスが取られています。第2 に、中央銀行の独立性は、先進国・新興国を問わず、国際的に確立された大原則となっています。現在、日本の財政は非常に厳しい状況にありますが、そういう状況のもとでの日本銀行法改正がグローバル金融市場でどのように受け止められ、財政規律や通貨への信認にどのような影響を及ぼす可能性があるかについての検討も必要だと思っています。法律を離れて、議論すること自体の意味についてですが、BISの総裁会議でも、中央銀行とはそもそも何なのかということについて議論を行っています。世界の経済・金融の変化を踏まえた上で、中央銀行の本質論についての深い議論が常に必要だと思っています。中央銀行は絶対ではありませんから、深い議論は必要だと思います。ただし、そうした深い議論が、全ての前提になってくるという思いです。

§40Question

5年間お疲れ様でした。まさに激動の 5年間だったと思いますが、その中でも、昨年の 11月、12月以降は質的に特殊な時期でもあったかと思います。何人かの方々から独立性に関する質問が出ていましたが、それに関連して、2月10日の新聞に、「総裁は衆院選後に辞表を出すことを本気で考えた」と書かれていますが、これについては如何だったのでしょうか。

§41Masaaki Shirakawa

日本銀行として、中央銀行の機能を適切に果たすために何が最善なのかということは考え抜きました。今のご質問は非常にストレートなご質問ですが、私としては、職責を全うすることが必要だと思いました。従って、今のご質問のように、途中で辞任することは考えませんでした。なお、3月19日付の辞任は、もっと機能的なものであり、新しい総裁、副総裁が同時にスタートすることが必要という判断でした。これはまた別の判断です。そういう意味で、「途中で辞任する」ことは全く考えませんでした。

§42Question

頭をよぎるようなこともなかったのですか。

§43Masaaki Shirakawa

全てを考えた上で、しっかり職責を全うすることが大事だと思いました。

§44Question

総裁、色々ありがとうございました。現在、マネーが非常にグローバル化する中にあって、中央銀行の役割が前と尐し変わってきていると思います。例えば、他国の金融政策の影響で自国通貨高・通貨安になるなど、一国の経済の中は均衡していると思っても、グローバルな動きで影響を受ける。そういう面で、金融政策が与える影響は、この数年で非常に大きくなったと思います。ところが、経済学や学界の中では、きちんと取り上げられ研究し尽くされていないように思いますが、その点についてどうお考えですか。2 点目は、現在の緩和政策は、出口まで行って 1 つのシステムの終了と思います。ただその時に、今の財政状況をみると、相当な困難に直面すると思いますが、政府に求めるべきものは何かについてお聞かせ下さい。

§45Masaaki Shirakawa

まず、金融のグローバル化のもとで、金融政策の相互依存関係について、十分な理論が構築されているかということですが、これについては、残念ながら、構築されていないと思います。「各国が独自に自国経済の安定を図っていくことが、最終的には世界経済全体の安定につながっていく」ということが大きな原則だという考えは、その通りだと思います。その上で、もう尐し現実的に考えていくと、例えば、キャリー・トレードの発生は、現在の国際経済学の教科書で十分に取り上げられているかというと、そうではありません。国際会議で新興国の声を聞くと、彼らの悩みが十分に教科書で取り扱われているとは思いません。また、日本あるいはスイスのように、ゼロ金利でイールド・カーブも非常に低くフラットである国を考えると、例えば金利差という意味でも、グローバルな経済ショックが加わって世界各国の金利水準が下がる時に、他の国は金利水準が下がりますが、日本やスイスでは下がるがゼロ以下には下がり得ないということで、金利差は、そこではほとんど受動的に決まってくるわけです。逆に、最近のように欧米経済が尐し改善方向に向かいイールド・カーブ全体が尐し上がってくると、自動的にまた金利差が拡大するということです。そうした問題、現象は、教科書で十分に扱われていないように思っています。

§46Masaaki Shirakawa

先程、部分最適と全体最適ということを申し上げましたが、実際は「言うは易し、行うは難し」ということです。各国の政府、中央銀行が、自国経済の安定に責任を持つことは当然です。しかし、スピルオーバーと自国に跳ね返ってくるフィードバックということ、外部性をできるだけ内部化していく努力も必要です。BISをはじめとした各種の国際会議は、まさにそうした外部性を内部化していく努力だとも言えます。教科書に答えがないからと言って、中央銀行は止まっているわけにはいきませんので、そうした努力を続けていかざるを得ないと思っています。私には、教科書を書くだけのエネルギーはありませんが、今の教科書には、重要なチャプター(章)が、まだ幾つも抜けている感じがしています。そうした章を書き足す作業は、経験を積んだ上で、若い学者あるいは実務家が是非やって欲しいと思います。また、そうしたことがない限り、金融政策を巡る議論がいつまでもこういう状況から脱却できないという感じがします。政府に望むことは、先般の共同声明に書かれている政府としての取組みを、是非進めて頂きたいということです。つまり、競争力と成長力の強化に向けて思い切った規制・制度改革に取り組んでいくことと、中長期的な財政規律の確立に向けて財政改革を行っていくことの 2 つです。

§47Question

本当に 5年間お疲れ様です。数々のぶしつけな質問をして本当に失礼しました。最後に 1 つだけ質問をします。総裁は、以前、講演の中で「社会の空気」なるものを取り上げたことがあります。バブルに至る過程で、円高是正、そして日銀の超金融緩和政策、これを求める「社会の空気」なるものが、結局のところバブルを大きくしてしまうことにつながったのではないかというような趣旨だったと思います。総裁の5年間の任期の特に後半について、こういった「社会の空気」に左右されなかったと言えるかどうか、お聞かせ下さい。

§48Masaaki Shirakawa

「空気」というものは、バブルももちろんそうですが、逆にバブルが破裂した後も「空気」が支配するわけです。今、日本経済の成長率は高くありませんが、過度の悲観論も強いように思っています。例えば、リーマン・ショック後の日本経済の一人当たり成長率をみた場合、欧米に比べて遜色はありませんし、生産年齢人口一人当たりの成長率でみると、むしろ日本は米国より高いわけです。それにもかかわらず、我々自身が過度に悲観的になっている面もあるように思います。昨年秋のIMF世銀総会の時にも感じましたが、改めて、日本のソフトパワーは大変なものがあるなとも感じています。そういう意味で、私は、バブルだけでなく、ネガティブ・バブルといいますか、両方において、空気、気分というものが支配すると思っています。そうした状況の時に、私は、経済のファンダメンタルな動きに注目して政策を行っていくことが大事だと思います。短期の安定、これはこれで大事ですが、一方で、中長期の視点も忘れないようにしないといけないと思います。この2年間、空気に流されるようなことはなかったのかというご質問ですが、もちろん、中央銀行は社会から孤立して存在するわけではなく、社会の中で存在しています。従って、もちろん、様々な人の意見、考え方に謙虚に耳を傾け、その上で中央銀行としての軸をぶらさずに政策運営に取り組んできたというのが私の思いです。

§49Masaaki Shirakawa

しかし、これを客観的にどう評価するかは、第三者が行っていくものだと思っています。

§50Question

総裁は、本日の国会答弁で「経済の復活を信じる」とおっしゃいました。新体制のもとでは、残存期間が長い国債の購入、質・量的緩和というものを表に出していますが、それに対する期待をされていますか。期待されているのであれば、なぜこれまでされてこなかったのか、お聞かせ下さい。

§51Masaaki Shirakawa

私は、本日退任する総裁です。新体制については、先程申し上げた思い──是非、日本経済に対して貢献して頂きたい──ということであって、個別の政策について私がコメントすることは差し控えたいと思います。

§52Question

5年間、お疲れ様でした。昨年、総選挙において安倍自民党総裁が選挙の公約として金融緩和を掲げました。かなり異例の状況だと思いますが、その背景には、改正日銀法になって 15年、日銀出身の総裁が続く中、政治家の中で様々な不満が高まり、デフレ脱却議連や、日銀法改正議連という形で、日銀に対して露骨な圧力をかける状況が続いていました。その最高潮が、昨年の総選挙であったと思います。このような状況を招いた原因は何であったとお考えですか。また、そうした状況を招いてしまった責任は、日銀にはないのでしょうか。2 点目は、今回、日銀正副総裁人事で日銀出身者が 1 人入りました。色々な報道があり、総裁が正副総裁の中の1 人を日銀出身者にして欲しいと頼んでいたとの憶測もありましたが、事実関係をお聞かせ下さい。また、日銀出身者が入って運営することは、非常に意味があることなのでしょうか。

§53Masaaki Shirakawa

選挙の公約という言葉で代表されるご質問についてですが、日本銀行はこの 15年間、それぞれの時期において物価の安定と金融システムの安定という2 つの目的の達成のために、全力を挙げて取り組んできたと思っています。この間の政策の評価について、私ももちろん色々な思いがありますが、評価は皆さんが行う、あるいは歴史が行うものだと思っています。多尐、ご質問に対する答えとは離れるかもしれませんが、この 15年間の経済の停滞の基本的な原因は何であったかについて申し上げます。私は、先程来申し上げていますが、2000年代の初頭にかけてまでは、80年代後半のバブルの後遺症とその調整に時間が掛かった──ちょうど今の欧米経済がそうであるように──、そのことが低成長の原因であったと思っています。その後については、急速な高齢化あるいは急速なグローバル化の進展に伴って、経済や財政の仕組みを見直していくことがどうしても遅れがちであったと思っています。そのことが、実質的な成長率を下げていくことになっています。もちろん、中央銀行の責任がないと言っているわけでは全くありません。中央銀行は、金融システムと金融政策の両面で、責任があります。金融システムの安定という意味では、2000年代の初頭まではなかなか厳しい局面が続きましたが、何とかそういう状況から脱却してきたと思います。日本銀行が持っている手段は、金融政策という手段です。

§54Masaaki Shirakawa

要は、金利をコントロールする、あるいは量を増やしてくということです。しかし、短期金利はゼロ金利、長い金利についても現在、包括緩和のもとで低下を促しています。金利水準をさらに引き下げていくことによる効果はありますが、多くの企業経営者がおっしゃっているように、今、金利水準がもう尐し下がれば設備投資をやっていくということではありません。資金の量という点でも、東証上場企業の43%が実質無借金ですし、キャッシュの不足が制約条件になっているわけではありません。期待インフレ率が上がっていくことを通じて、実質金利が下がるというルートも期待できますが、突然、期待インフレ率だけが上がっていくということではありませんし、仮に、そうしたことが起きた場合には、今度は国債を保有している金融機関に対する悪影響が出てきます。そういった意味で、現在の経済を改善していくためには、もちろん日本銀行も知恵を出していく必要があると思いますし、これまでも取り組んできました。何か 1 つのことをやれば、ぱっと霧が晴れるように問題が解決するのであれば、この 15年間のこういう状況はなかったと思います。長々と申し上げましたが、日本銀行としての責任をしっかり自覚した上で、これからも取り組んでいく必要がある、様々な取組みが必要であると、私は思っています。

§55Masaaki Shirakawa

2 点目のご質問ですが、人事についてはこういう席で申し上げることは不適切だと思います。ただ、何回か前のこの席上で申し上げた通り、中央銀行の仕事を行っていくためには、色々な意味でバランスが必要であると思っています。また、中央銀行の仕事は、金融政策だけでなく、決済システムを含めた金融システムあるいは銀行業務、こうしたことが非常に大きいわけです。東日本大震災の例を先程申し上げましたが、いざという場合に機動的に、迅速に対応できることは、中央銀行の最も大事な機能だと思っています。そうした銀行実務を含めて中央銀行業務を知っている人が、総裁・副総裁に存在することが不可欠だと思います。日本銀行のプロパーかどうかは別にして、中央銀行の業務を知っているかどうかが不可欠だと思っています。

§56Question

5年間お疲れ様でした。今、「日銀の責任が無いわけではない」と、「責任」という言葉を本日の会見でおそらく初めて口にされたと思いますが、シンプルに 2 点伺います。5年間という短いタームで切り取ると、政府がデフレ脱却に向けて十分な仕事をしたのかという点もありますが、5年間でデフレを脱却し切れなかった白川さんの責任をどう考えているのかを、シンプルにお聞きしたいです。また、白川さんのこの 5年間の一番の反省点、100 点満点はなかなか取れるわけではありませんので、反省点を伺いたいです。市場に対する言葉というよりも、お茶の間の国民に伝わる分かり易い言葉でお願いしたいです。この5年間、デフレ脱却をし切れなかった白川さんの責任についてどう考えているか、5年間一番の反省点は何なのか、次につながるための 2 つの質問です。よろしくお願いします。

§57Masaaki Shirakawa

シンプルにお答え頂きたいとのことですが、しかしこれはシンプルに答えるにはあまりにも深く、重い課題、質問だと思います。私の気持ちの中では、今のご質問に対しては、冒頭のご質問、その後のご質問で十分お答えしたつもりです。日本銀行の総裁として、他の8 名の政策委員とともに力を合わせて、その時点でベストを尽くしてきたという思いです。その上で、それが十分であるか不十分かということについては、記者の皆さんを含めて、皆さんの評価に委ねたいと思っています。反省点ですが、もちろん、色々なことについてこういうふうにやれば良かったな、ということは毎回ありました。この記者会見でのやり取りを含めて、毎回、自問自答しながら考えています。色々な思いはありますが、例えば、市場とのコミュニケーションについて、私は先程申し上げた信念に基づいてやってきました。そうしたことを良いと考えるのか、あるいは悪いと考えるのか、これは最終的には皆さんが判断する、民主主義社会における中央銀行のあり方としてどれが望ましいのかは、皆さんが判断する話であって、私が今ここで申し上げることは控えたいと思います。改めまして、記者の皆さんには、この 5年間大変お世話になりました。心からお礼を申し上げます。これからは、皆さんの書かれている記事を、一読者として読ませて頂きたいと思います。本当にありがとうございました。以上