【挨拶】(日本銀行金融研究所主催2026年国際コンファランス)
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2026年5月27日日本銀行日本銀行総裁植田和男日本における原油価格ショック、物価上昇率と金融政策 日本銀行金融研究所主催2026年国際コンファランスにおける開会挨拶の邦訳 1
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本日は、日本銀行金融研究所の国際コンファランスに、識者の皆さまをお迎えすることができ、大変光栄に存じます。コンファランスの主催者を代表して、皆さまに心から感謝申し上げます。今年のコンファランスのテーマは「金融政策の新たな視野」です。皆さまの関心事という点では、供給ショックが重要になってきているのは疑いのないところでしょう。供給ショックは新たな現象ではありませんが、少なくとも頻発してきています。新たな視野が本当に必要とされるかどうかについては議論に委ねたいと思います。しかしながら、議論の出発点としては、過去の経験を振り返ることが不可欠でしょう。現段階では提供できる新たな視野は持ち合わせておりませんので、代わりに、過去 50年にわたる日本の主なエネルギーショックの経験を振り返り、議論のための材料を提供したいと思います。1970年代以降、グローバル経済は、図表 1 に示されているように、原油価格を代表とするエネルギー価格の急激な上昇に見舞われてきました。主要な出来事として、1973年の第 1 次石油ショック、1979年の第 2 次石油ショック、2008年のグローバルな金融危機に至るまでの 2000年代半ばの原油価格上昇、2022年のロシアによるウクライナ侵攻、最近の中東紛争、の5つを指摘できます。
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しかしながら、原油価格上昇に対する日本の消費者物価指数(CPI)の反応は、それぞれの出来事で異なりましたので、確認していきたいと思います。第 1 次石油ショックから始めましょう。第 1 次石油ショックは 1973年後半に生じました。図表 2 にみてとれるように、1974年には、賃金と物価の上昇率が約 20~30%に達するなど、典型的な賃金・物価スパイラルが生じました。しかし、日本の物価上昇の問題は、それ以前から起こっていました。1973年前半において、物価上昇率はすでに 10%に迫り、賃金上昇率は 20%近くにも達していました。当時の経済は、すでに、インフレの勢いが顕著な状態で
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した。当時の金融政策の対応は遅かったとの指摘があります。それには一理あり、とりわけ原油価格上昇に至るまでの期間について当てはまります。しかし、物価上昇圧力が明確になった後、日本銀行は政策を引き締めました。重要な点は、引き締めが行われたのが、高インフレのメカニズムがすでに形成された後であったことです。また、20%近くの物価上昇率が生じたことから、引き締めの度合いは明らかに不十分でした。最も重要な波及経路は賃金でした。石油ショックは、国内の賃金と物価の動きを加速させました。1974年春の賃金交渉では、極めて大きな賃金上昇が妥結され、企業は高まった労働・投入コストを価格に転嫁しました。予想物価上昇率はさらに高まりました。このように、外生的な相対価格ショックが、広範な賃金・物価スパイラルとなりました。1974年前半には急激な景気後退が生じました。交易条件の悪化、実質所得の目減り、企業業績の悪化、金融引き締め、初期の過熱の修正が重なったためです。最終的に、景気後退と政策引き締めが物価上昇率を押し下げましたが、多大なコストを伴いました。図表 3 に示されているとおり、1979年から 1980年頃に生じた第 2 次石油ショックも同様に大きなものでした。しかし、物価上昇率は極めて穏やかな水準に留まりました。理由の一つは金融政策がより迅速に対応したためです。しかし、それがすべてではありません。
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初期条件が大きく異なっていました。物価上昇率はより低く、賃金を巡る動きはより抑制的でした。企業と労働組合は、第 1 次石油ショックの苦い経験から教訓を得ていました。原油価格上昇に伴う物価上昇を名目賃金引き上げで補おうとすると、さらなるインフレ・スパイラルを生じさせてしまうとの強い認識がありました。また、為替レートの動向も影響しました。第 2 次石油ショック前に、日本は大幅な為替円高を経験していました。これによって輸入物価は総じて押し
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下げられ、原油高が始まるにあたりより好ましい状況となりました。さらに、日本企業はエネルギー効率を改善し、原油依存度を減らしていました。こうしたもとで、第 2 次石油ショックは、経済を減速させ、物価上昇率を高めましたが、以前と同じような賃金・物価スパイラルは生じませんでした。金融政策は重要な役割を果たしましたが、それは、賃金、期待、為替レート、構造調整といったすべての要因がより有利な環境のもとで機能しました。3 つ目の出来事である 2000年代半ばに目を転じると、この期間も、原油などのコモディティ価格は大きく上昇しました。日本の物価上昇率は幾分上昇し、日本銀行は 2006年に量的緩和を終了し、2006年と 2007年に政策金利を緩やかに引き上げました。しかし、図表 4 に示されているとおり、物価上昇率、とりわけコアCPIの上昇率は低く、ほぼすべての期間で負の領域にありました。なぜ 1970年代とここまで結果が異なったのでしょうか。その答えは、この時までに日本がデフレ均衡に陥ったことにあります。1990年代後半からのデフレーションの経験から、企業は価格引き上げに消極的になっており、家計は安定的もしくは低下する価格に慣れていました。賃金の動きは弱く、予想物価上昇率も低水準に留まっていました。経済は回復していましたが、賃金・価格設定行動を変えるほどには強くありませんでした。
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こうしたもと、原油価格の高騰は、主に実質所得への下押し圧力として作用しました。それは、企業にとってはコストを、家計にとっては価格を押し上げましたが、賃金や期待の持続的な改善にはつながりませんでした。結果として、総合ベースでみたCPIは緩やかに上昇しましたが、基調的な物価上昇率はほとんど動きませんでした。最後に、2021年頃に始まる近年の出来事に目を転じると、これもまた、ひとつの見方では外生的なコストショックでした。エネルギー・食料価格の上昇、グローバル・サプライチェーンの混乱に加えて、ロシアによるウクライナ侵攻が商品市況の押し上げ圧力を強めました。日本では、為替円安が輸入
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価格をさらに押し上げました。しかし、2000年代半ばと異なり、エネルギー・食料価格の上昇は、一時的な相対価格ショックに終わりませんでした。価格の上昇はより広範囲に及びました。企業はコストの高まりをより転嫁するようになりました。賃金も、特に春季賃金交渉を通じて高まり始めました。予想物価上昇率も低い水準から上昇しました。これらは図表 5 に示されています。この出来事において何が変化をもたらしたのでしょうか。第 1 に、ショックが広範囲にわたるものでした。原油だけでなく、エネルギー、食料、ロジスティックス、そして輸入原材料などにも及びました。多くの企業が同時にコスト上昇に直面するとき、価格を引き上げる障壁は低くなります。別の見方をすると、このショックは、感染症によるパンデミックに起因する経済活動の落ち込みからの、グローバルな需要回復のもとで生じました。第 2 に、為替円安がショックを増幅しました。第 2 次石油ショックのときは、それまでに生じていた円高が輸入価格を和らげました。近年の出来事においては、為替レートが逆方向に作用しました。第 3 に、労働需給がよりタイト化していました。日本の人口動態は人手不足がより長期化することを意味していました。これが賃金交渉を巡る環境を変化させました。第 4 に、物価と賃金を巡るノルムが変化し始めたことも指摘できます。
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数十年にわたって、企業と家計は、あたかも価格と賃金があまり上昇しないかのように行動してきました。しかし、継続的かつ明確な物価上昇が、そのノルムを弱めました。企業はより価格を引き上げるようになり、労働者はより賃金引き上げを要求するようになりました。こうした理由から、近年の価格上昇は、2000年代半ばの原油価格上昇時の経験よりもより持続的なものになりました。もっとも、1970年代前半のような賃金・物価スパイラルは起きていません。中長期の予想物価上昇率は、指標にも依りますが、長期的に陥っていたゼロ近くの水準から 1.5~2%台へと
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緩やかに上方シフトしたのみです。これは、ショックが生じたときに予想物価上昇率がすでに十分な正の水準にあり、2%を上回る高めの物価上昇率までの距離が短かった米国や欧州とは対照的です。以上の議論の政策的含意として、中央銀行は原油価格を単独でみるべきではない、と言えそうです。同じ原油価格上昇でも、賃金、期待、需要や為替レートに依存して非常に異なる影響をもたらし得ます。すなわち、初期条件が極めて重要です。予想物価上昇率がすでに高く賃金が加速している場合、二次的波及効果は大きくなるでしょう。逆に、予想物価上昇率が極めて低く賃金が停滞している場合、大きなコストショックであっても、基調的な物価上昇率を引き上げないかもしれません。このように、一時的な物価上昇と持続的なそれとの境界は、機械的に区切ることはできません。一時的なショックが、もし賃金、期待、価格設定行動を変えるならば、それは持続的な影響を持つでしょう。逆に、大きなショックでも、それらのチャネルに作用しないのであれば、一時的な影響に留まるでしょう。それでは締め括りたいと思います。日本の経験は、原油価格ショックはただのショックではないことを示唆しています。それは、インフレ・レジーム全体のテストでもあります。第 1 次石油ショック時には、レジームはすでにインフレ的であり、同ショックがそれを強化しました。
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第 2 次石油ショック時には、経済は最初の経験から学び、ショックの影響は抑制されました。2000年代半ばには、レジームはデフレ的に変わっており、原油価格上昇はそれを変えることはできませんでした。近年の原油価格上昇では、ショックは広範囲かつ持続的であり、日本を古いデフレ・ノルムから動かしました。もっとも、1970年代前半のようなインフレ・スパイラルは生じさせませんでした。足もとをみると、私どもは、5 つ目の原油価格ショックに直面しています。現在から将来にかけての経済の変動において重要な初期条件は何でしょうか。
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6 現在、どのようなインフレ・レジームにあるのでしょうか。そして、日本銀行を含む各国中央銀行の望ましい政策対応は何でしょうか。本コンファランスにおいて、これらの問いに対する皆さまの見方をお聞きできることを楽しみにしています。 以上 -80-4004080120160200707580859095000510152025原油価格(ドル/バレル)年第1次石油ショック第2次石油ショックロシアによるウクライナ侵攻2000年代半ばの原油価格上昇中東紛争原油価格と主要な出来事1(注)原油価格はドバイ原油価格を示す。(出所)世界銀行、日経NEEDS図表1012345678910-20-10010203040T-2 T-1 T T+1 T+2 T+3 T+4 T+5 T+6CPI(除く食料・エネルギー)名目賃金実質GDP政策金利(右目盛)% %第1次石油ショック(T=1973年Q4)2(注)政策金利は公定歩合。実質GDPは前期比年率、CPIおよび名目賃金は前年比。(出所)厚生労働省、総務省、内閣府、日本銀行図表2
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-40-20020406080100012345678910T-2 T-1 T T+1 T+2 T+3 T+4 T+5 T+6CPI(除く食料・エネルギー)名目賃金実質GDP政策金利輸入物価(円ベース、右目盛)% %第2次石油ショック(T=1979年Q1)3(注)政策金利は公定歩合。実質GDPは前期比年率、CPI、名目賃金および輸入物価は前年比。(出所)厚生労働省、総務省、内閣府、日本銀行図表3-3-2-1012T-2 T-1 T T+1 T+2 T+3 T+4 T+5 T+6 T+7 T+8 T+9 T+10 T+11 T+12 T+13CPI(除く食料・エネルギー)名目賃金実質GDP政策金利%2000年代半ばの原油価格上昇(T=2005年Q3)4(注)政策金利は無担保コールレート(オーバーナイト物)。実質GDPは前期比、CPIおよび名目賃金は前年比。(出所)厚生労働省、総務省、内閣府、日本銀行図表4
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-30-20-1001020304050-3-2-1012345T-2 T-1 T T+1 T+2 T+3 T+4 T+5 T+6 T+7 T+8CPI(除く食料・エネルギー)名目賃金実質GDP政策金利輸入物価(円ベース、右目盛)% %ロシアによるウクライナ侵攻(T=2022年Q1)5(注)政策金利は無担保コールレート(オーバーナイト物)。実質GDPは前期比、CPI、名目賃金および輸入物価は前年比。(出所)厚生労働省、総務省、内閣府、日本銀行図表5