【講演】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」(きさらぎ会)
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2018年5月10日 日本銀行 日本銀行総裁黒田東彦 最近の金融経済情勢と金融政策運営 ── きさらぎ会における講演 ── 1 1.はじめに日本銀行の黒田でございます。本日は、きさらぎ会でお話しする機会を頂き、ありがとうございます。日本銀行が、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入してから5年が経過し、長年のデフレにより劣化が進んでいたわが国の経済は大きく改善しました。最近では、企業収益が過去最高水準で推移し、労働市場では、ほぼ完全雇用が実現しています。物価面では、2%の「物価安定の目標」はなお実現していませんが、原油価格の大幅下落などのショックを乗り越え、少なくとも、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなっています。この1年をみても、消費者物価の前年比は緩やかに上昇し、最近では+1%程度で推移しています。本日は、こうしたわが国経済の現状と先行きに対する見方について、先月末の政策委員会で取りまとめた「展望レポート」の内容も紹介しながら、詳しくご説明します。そのうえで、日本銀行による金融政策運営の考え方についても、お話ししたいと思います。
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2.経済の現状と先行き(海外経済)それでは、経済の動向から話を始めます。最初に、海外経済の動きに触れておきたいと思います。海外経済は、着実な成長を続けています。昨年12月にこの場でお話しさせていただいた際、私は、「世界経済は、過去 10年間で、もっともグローバルな拡がりを伴った回復を実現している」という、IMF(国際通貨基金)のラガルド専務理事の言葉をご紹介しました。それから半年近くが経過しましたが、先進国、新興国ともに、バランスよく「同時成長」するという姿は一段と明確になっています。業種という切り口でみても「同時成長」が実現しています(図表1)。過去数年、世界経済は、非製造業中心の緩やかな回復を続けていましたが、昨年あたりから、AIやIoTの活用などを背景とした 2
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IT需要の拡大や、世界的な設備稼働率の上昇に伴う資本財需要の強まりを受けて、製造業の生産・貿易活動が顕著に活発化しています。このように、幅広い地域と業種で景気の前向きのサイクルが作動していることから、当面、海外経済がしっかりとした成長を続ける確度は高いとみています。四半期ごとに公表されるIMFの「世界経済見通し」をみても、2018年、2019年の成長率は、過去半年ではっきりと上方修正されており、直近の見通しでは、いずれも+3.9%と、90年代以降の長期的な平均を超える高い伸びが予想されています。もちろん、こうした高い成長がいつまで続くかという点で不確実性は大きいと思います。先進国、とくに米国経済は、既に9年にわたる長期回復を続けており、さすがに2020年頃には成長テンポがやや鈍化すると見込まれています。この点に関し、一部には、米国景気の急減速を懸念する声もあるようですが、私はそうしたリスクは小さいと考えています。何故ならば、今回の米国の景気回復は、その初期局面である 2010年代の初めにおいて、経済の活動水準が低く、また成長ペースもかなり緩やかなものにとどまっていたためです。このため、景気回復の長期化にもかかわらず、現在でも、設備や住宅ストックの大幅な積み上がりなど経済の過熱感は窺われていません。
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この間、新興国経済については、資源価格低迷の影響から出遅れていた資源国経済が、次第に成長率を高めてきていることもあり、景気回復の足取りはさらにしっかりとしたものになっていくとみています。このように、先行き、海外経済は、成長の軸足を先進国から新興国に移しながら、着実に成長していくと考えています。
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(わが国経済の現状)続いて、日本経済についてお話しします。今申し上げた海外経済の成長にも後押しされて、わが国の景気は、緩やかながら、着実に拡大しています。資本や労働の稼働率を示すマクロ的な需給ギャップは、2016年後半に長期的な平均であるゼロ%を超え、その後もプラス幅の拡大が続いています(図表 3
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2)。私どもが公表している短観でも、企業の景況感を表す業況判断DIは、全産業・全規模ベースでみて7期連続で改善しており、1990年代初頭以来の高水準となっています。もう少し詳しくみますと、まず、企業部門では、輸出や生産が増加基調にあります(図表3)。先ほど、 IT需要、資本財需要が世界的に拡大しているとお話ししましたが、このことは、こうした分野に比較優位を持つわが国製造業への追い風となっています。実際、わが国の実質輸出は、昨年11月に、リーマン・ショック前の既往ピークをほぼ 10年ぶりに更新し、その後も増加基調を維持しています。こうしたもとで、企業収益は過去最高水準で推移しており、設備投資も増加傾向を続けています。短観によると、3月時点における2018年度の設備投資計画は、この時期としては、過去の平均を大きく上回る好調な滑り出しをみせています。家計部門でも改善の動きが続いています。完全失業率が 1993年以来の2%台半ばまで低下するなど、労働需給は一段と引き締まっており、雇用者所得は緩やかな増加を続けています(図表4)。こうした雇用・所得環境の着実な改善を背景に、個人消費は、振れを伴いながらも、緩やかに増加しています。
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(わが国経済の先行き)次に、わが国経済の先行きについて、お話ししたいと思います。日本銀行は、先月末に公表した最新の「展望レポート」において、先行き、2020年度までの経済の姿を展望しています。実質GDPの成長率は、政策委員の見通しの中央値でみて、2018年度が+1.6%と高めの成長となり、2019年度と2020年度は、ともに+0.8%のプラス成長が続くとみています(図表5)。こうした見方の背景ですが、まず、2018年度については、現在の好調な経済を支えるメカニズムがそのまま持続すると考えています。国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えなどを背景に増加基調をたどり、輸出も、海外経済の着実な成長を背景に、基調として緩やかな増加を 4
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続けるとみられます。こうしたもとで、2018年度は、現状、「0%台後半」とみられるわが国の潜在成長率を上回る成長を続けると見込まれます。2019年度から 2020年度にかけても、成長ペースは幾分鈍化しますが、景気の拡大基調は続くとみています。こうした見通しが実現すれば、2012年12月に始まる今回の景気回復局面は、73 か月続いた 2000年代の景気回復期を超えて、戦後の最長記録を大幅に更新することになります(図表6)。ポイントは、なぜ、こうした息の長い景気回復が持続するのかという点です。以下では、その理由を3つお話しします。第1の理由は、先ほど申し上げたように、海外経済が、地域、業種のバランスのとれた形で、今後とも、着実に成長していくと見込まれることです。こうした追い風を受けて、わが国の輸出は増加基調をたどり、景気をしっかりと支え続けると予想しています。第2の理由は、先行き、わが国の景気拡大が長期化するもとでも、資本ストックの過剰感がさほど強まらないと見込まれることです。これまでの経験では、景気拡大が長期化すれば、資本ストックが次第に積み上がって設備の稼働率が低下し、それが新規の設備投資を抑制する「資本ストック循環」のメカニズムが働きます。
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今回の景気回復局面でも、建設関連などでは、東京オリンピックが開催される 2020年に向けて、資本ストックが相応に積み上がってくると予想されます。一方、製造業では、輸出の増加などから、むしろ資本ストックの不足が意識されており、その背景にある世界的な情報関連需要の拡大も息の長いものであるとみられています。また、人手不足の強まりなどから、幅広い業種で、多くの企業が省力化投資に積極的に取り組んでおり、生産年齢人口の構造的な減少を踏まえると、こうした動きは先行きも持続していくと見込まれます。加えて、先行き企業の成長期待が徐々に改善していくことも期待できると考えています。企業の成長期待が高まれば、将来の生産活動に必要と考える資本ストックの水準が上方修正され、新たな投資需要が生み出されます。経済・物価情勢の改善が続く中で、政府による成長
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5 戦略とも相まって、デフレのもとで萎縮していた企業マインドが好転し、投資需要を喚起していくものと期待しています。第3の理由は、雇用・所得環境が改善する中で、個人消費も緩やかな増加を続けていくと見込まれることです。この点、2019年10月に予定されている消費税率の引き上げは、先行きの成長率に影響を及ぼす可能性があります。もっとも、2014年の前回増税時と比べ、今回は、税率の引き上げ幅が小さいほか、軽減税率の適用や教育無償化といった措置も採られることから、前回に比べて家計負担の増加額は小さく、個人消費や成長率の下押し効果は小幅なものにとどまるとみています。
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(経済に関するリスク)以上が、先行きの経済に関する中心的な見通しですが、こうした見通しは、当然、上下に変動する可能性があります。様々なリスク要因がありますが、そのうちの一つが、米国の経済政策運営、とりわけ同国の保護主義的な通商政策を巡る不透明感の高まりです。G20のコミュニケにも記されているように「国際的な貿易および投資は、成長や生産性、雇用創出などの重要なエンジン」です。それだけに、仮に保護主義的な動きが世界的に拡がるようなことがあれば、せっかく回復してきた貿易活動の足枷となり、世界経済の成長を抑制する要因となりかねません。実際のところ、各国の経済は、グローバル・バリュー・チェーンを通じて、以前よりも相互依存関係を格段に強めています。このため、保護主義的な政策を採った国は、結果的に、自国に必要な輸入も滞るといったデメリットを被る可能性があります。それだけに、行き過ぎた動きには、いずれどこかでブレーキがかかるとみていますが、事態を楽観視することなく、状況を注視していきたいと考えています。主要国の政策運営が、国際金融市場に及ぼす影響にも注意が必要です。例えば、本年2月以降、各国の株価は不安定な動きを続けてきましたが、これ 6
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については、米国の雇用統計が上振れたことで、FRBの利上げペースが加速するとの思惑が生じ、長期金利が急上昇したことがきっかけであったと言われています。また、先ほど述べた米国の通商政策を巡る不確実性も、最近の各国株価や為替相場の不安定要因として指摘されています。各国経済が良好なファンダメンタルズを維持する中、金融市場は落ち着きを取り戻しつつありますが、市場はときに、些細な材料をきっかけに突然動き出します。これが企業や家計のマインドに影響を及ぼすこともあるだけに、その動向には常に細心の注意を払っていく方針です。国内のリスク要因に目を転じますと、先ほど述べた消費税率引き上げの影響に不確実性があるほか、企業の成長期待の動向についても、上下双方向の不確実性に留意が必要です。例えば、企業が、デフレのもとで根付いた慎重なマインドから抜け出せず、前向きな投資活動になかなか踏み切れない可能性はあります。一方で、成長期待が強まる中、企業が、内部に滞留している高水準の貯蓄を前向きな投資に大きく振り向けていく可能性もあります。
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3.物価の現状と先行き(物価の現状と先行き)続いて、物価の動向についてお話しします。わが国の消費者物価は、生鮮食品を除くベースで前年比+1%程度まで上昇しています。これにはエネルギー価格の上昇が相応に寄与しており、その影響を除いてみれば、3月の前年比は+0.5%となっています(図表7)。景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べて、物価は、なお弱めの動きを続けているという大きな評価に変わりはありません。しかしながら、この1年余りの間、消費者物価の前年比は、緩やかながら着実に上昇しており、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムはしっかりと維持されています。先行きについても、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを背景に、消費者物価の前年比は、プラス幅の拡大基調 7 を続け、2%に向けて上昇率を高めていくとみています。こうした中心的な見通しについては、これまでと変わりありません。これを、政策委員見通しの中央値で申し上げますと、消費者物価指数の前年比は、2018年度が+1.3%となり、2019年度と2020年度は、ともに+1.8%になると予想しています(図表8)。
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(物価上昇のメカニズム)ここで、物価が2%に向けて上昇していくメカニズムを改めてご説明したいと思います。日本銀行では、これを2段階に分けて整理しています。第1のステップは、景気の拡大とともにマクロ的な需給ギャップが改善し、これが、企業における賃金・価格設定スタンスの積極化を通じて、現実の物価を引き上げていくというものです。第2のステップは、実際に物価が上昇することにより、企業や家計の中長期的な予想物価上昇率が高まり、このことが、実際の物価上昇率を一段と押し上げていくというものです。このうち、第1段階についてみますと、マクロ的な需給ギャップの改善は、賃金や物価を着実に押し上げています。賃金の面では、労働需給の引き締まりを背景に、パート雇用者だけでなく、正社員の給与も増加しています。各種の調査によれば、本年度のベースアップ率は昨年の実績を上回り、正社員の賃金を引き上げる企業の割合も高まっています(図表9)。賃金コストの上昇を販売価格に反映させる動きも拡がっています。3月の短観では、販売価格判断DIが、大企業に続き、中小企業でもプラスに転じましたが、これは1991年以来、27年ぶりの出来事です(図表 10)。このように、第1段階のメカニズムは、着実に作動しています。
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景気の拡大に比べて、物価の動きがなお力強さを欠いている点は否めませんが、それでも、生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価の前年比は、2017年3月のボトムから緩やかに上昇し続けています。次に、第2段階、すなわち、現実の物価上昇が、中長期的な予想物価上昇
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8 率の高まりに繋がっているかどうかという点です。この点について、最近の予想物価上昇率の動きをみますと、一頃の弱含み局面からは抜け出しているものの、なお横ばい圏内で推移しています(図表 11)。こうした状況を踏まえると、今後は、2%の実現に向けて、特に、第2段階のメカニズムが明確に作動していくことが重要です。そのためには、第1段階のメカニズムが、息の長い景気回復のもと、この先も作動し続けることで、現実の物価上昇が人々の物価観に影響を与え──「適合的な期待形成」の働きにより──、予想物価上昇率をしっかりと押し上げていくことが必要となります。先行き、企業や家計が経済・物価の改善が一時的なものではないとの確信を強めていけば、賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行が変化し、予想物価上昇率も高まっていくと考えられます。ここ数年のベアの拡がりは、こうした変化の表れとして捉えることもできます。人々のデフレマインドが転換していけば、日本銀行が目標としてコミットする「2%」に向けて予想物価上昇率が収斂していく力──「フォワード・ルッキングな期待形成」の効果──も、一層強まっていくと考えています。
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(物価に関するリスク)以上が物価に関する中心的な見通しですが、こうした見通しについては、どちらかといえば下振れリスクの方が大きいと評価しています。例えば、将来の成長に対する不透明感が強ければ、企業は、ビジネスを拡大するために賃金を引き上げ、人員を増強することに躊躇するでしょう。その場合、現実の賃金や価格の上昇ペース、すなわち第1段階の作動状況が予想よりも緩慢になる可能性があります。また、賃金・価格設定スタンスが積極化したとしても、予想物価上昇率がスムーズに高まってこない、すなわち第2段階の作動がなかなか本格化しない可能性もあります。過去の経験からいっても、現実の物価上昇が予想物価上昇率に波及するまでには相応のタイムラグがあるほか、そうしたラグの大きさにはかなりの不確実性があります。学術的にも、 9
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現実の物価上昇に直面した企業や家計が物価予想をどのようなプロセスで修正していくかという点については、十分な分析が蓄積されていないのが現状です。15年に及ぶデフレの経験が人々の意識や行動に深く根付いてしまっていることも考え合わせれば、先行き、現実の物価上昇が予想物価上昇率に波及するまでに、相応の時間がかかる可能性は念頭に置いておく必要があります。このように、各種のリスクがあり不確実性が大きい状況では、先行きの物価動向を見通し、これを説明していくにあたり、計数のみに過度な注目が集まることは適当ではありませんし、適切な情報発信にならないと考えています。FRBのパウエル議長も、将来の経済を正確に予測することは困難であり、ボードメンバーによる見通しの中央値の数字にこだわり過ぎるべきではないと指摘しています。前回1月の「展望レポート」までは、2%程度に達すると予想される時期について、「2019年度頃になる可能性が高い」などと具体的に記述していましたが、今回、こうした記述は行っていません。日本銀行としては、物価上昇のメカニズムやリスクに関する評価を含め、物価情勢を総合的に点検し、これを丁寧に説明していくことが、より適切な情報発信になると考えています。
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4.金融政策運営続いて、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。現在、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指して、強力な金融緩和を進めています。具体的には、2016年9月に導入した「イールドカーブ・コントロール」の枠組みのもと、その時々の「経済・物価・金融情勢」を判断基準としながら、2%の実現のために最も適切なイールドカーブの形成を促すこととしています。先月末の金融政策決定会合では、短期政策金利を▲0.1%、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とする従来の金融市場調節方針を維持しています。 10
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こうした金融政策運営の考え方は次の通りです。まず、判断基準の一つである「経済・物価情勢」についてみると、先ほど述べたように、景気は着実に改善していますが、その改善度合いに比べて物価の動きは力強さを欠く状態を続けており、2%の「物価安定の目標」の実現までにはなお距離があります。物価に関する下振れリスクにも注意が必要な状況です。このため、「経済・物価情勢」という観点からは、引き続き、現在の金融市場調節方針のもとで、強力な金融緩和を進めていく必要があります。次に、「金融情勢」に関する判断です。金融政策運営にあたっては、金融面での不均衡が蓄積し、金融システムの安定性が損なわれる「過熱方向」の動きと、金融機関の収益環境が悪化し、金融仲介機能が低下する「停滞方向」の動きの両方に注意する必要があります。過熱方向の動きについては、これまでのところ、資産市場や金融機関行動において過度な期待の強気化を示す動きは観察されていません。金融仲介機能が停滞方向に向かうリスクについては、マイナス金利を含む強力な金融緩和が、貸出利鞘の縮小などを通じて、金融機関の収益や金融仲介機能に影響を及ぼすとの指摘があります。先行き、低金利環境が継続し、金融機関収益への下押しが長期化すれば、その経営体力に累積的に影響を及ぼし、結果として、金融仲介機能が停滞方向に向かう可能性がある点には注意を払っていく必要があると考えています。
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もっとも、わが国の金融機関は充実した資本基盤を備えていることもあり、現時点で、収益の悪化に伴う金融仲介機能への大きな問題が生じているとは考えていません。このことは、金融機関の貸出スタンスが、引き続き積極的であることにも表れています(図表 12)。以上のような検討の結果、現時点では、現在目指しているイールドカーブが、金融機能へのマイナスの影響を回避しつつ、経済・物価を刺激する効果を十分に発揮するイールドカーブ、言い換えれば、 2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために、最も適切なイールドカーブであると判断しています。
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なお、この先、「イールドカーブ・コントロール」の枠組みのもとで、経済・物価・金融情勢を点検していくにあたっては、実質金利と名目金利の違いについて意識しておくことが大事です。経済・物価を刺激する効果を評価する際には、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利の水準が重要になります。先行き、予想物価上昇率の高まりに応じて実質金利が低下していけば、経済・物価を刺激する効果は一段と強まることになります。また、政府の成長戦略の推進や企業による生産性向上に向けた取り組みが続くもとで、経済の潜在成長率が高まり、自然利子率が上昇すれば、やはり金融緩和の効果は増すことになります。日本銀行としては、「イールドカーブ・コントロール」の枠組みに内在するこうしたメカニズムも活用しながら、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、今後とも、強力な金融緩和を進めていく方針です。最後に、1点補足したいと思います。先ほど述べたように、日本銀行は、現在、その時々の経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、2%に向けたモメンタムが維持されているかを点検しながら、金融政策を運営しています。その際、2%の達成時期に関する具体的な期限は設定していませんし、そうした期限を念頭に置いて、金融政策を運営している訳ではありません。
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今回の展望レポートでは、「2%程度に達する時期」を記述していませんが、これは、こうした政策運営スタンスを明確にする意味合いもあります。もっとも、このことが、「物価安定の目標」の位置づけや性格を変更したものではないことも、合わせて申し上げておきたいと思います。日本銀行は、2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、2%の「物価安定の目標」を「できるだけ早期に」実現することにコミットし、それを裏打ちする大規模な金融緩和を続けています。こうした決意を明確に示すことは、人々の間に根付いてしまったデフレマインドを転換していくうえで不可欠です。2%を「できるだけ早期に」実現するという約束に変わりはありません。
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12 5.おわりに本日は、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営について、お話ししてきました。この5年間でわが国の経済・物価情勢は大きく改善し、現在も、2%の「物価安定の目標」に向けた道筋を着実に歩んでいます。その意味で、「量的・質的金融緩和」政策は、確実に成果をあげています。一方で、人々の間に根付いたデフレマインドは予想以上に手強く、その転換には、時間がかかることも明らかになってきました。人々のマインドが転換するためには、企業収益や雇用・賃金の増加を伴いながら、物価上昇率が緩やかに高まっていくという、現在みられている経済の好循環を持続させる必要があります。日本銀行としては、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた総仕上げを果たすべく、今後とも、強力な金融緩和を粘り強く進め、こうした前向きの動きを全力でサポートしていきたいと考えています。ご清聴ありがとうございました。 以上
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2018年5月10日日本銀行総裁黒田東彦最近の金融経済情勢と金融政策運営― きさらぎ会における講演 ―485052545658101112131415161718製造業サービス業(季節調整済、DI)年世界経済グローバルPMI IMFの世界経済見通し(2018/4月)1(注)1.PMIの製造業はJ.P.Morganグローバル製造業PMI、サービス業はJ.P.Morganグローバルサービス業PMI事業活動指数。2.右表の括弧内は、2017/10月時点の見通しからの改定幅。(出所)IHS Markit(© and database right IHS Markit Ltd 2018. All rights reserved.)、IMF図表12016年2017年2018年[見通し]2019年[見通し]6.4(+0.1)ASEAN55.05.35.3(+0.1)5.4(+0.1)中国 6.76.96.6(+0.1)0.9(+0.1)新興国・途上国 4.44.84.9(0.0)5.1(+0.1)日本 0.91.71.2(+0.5)2.7(+0.8)ユーロエリア 1.82.32.4(+0.5)2.0(+0.3)米国 1.52.32.9(+0.6)3.9(+0.2)3.9(+0.2)先進国 1.72.32.5(+0.5)2.2(+0.4)世界 3.23.8(前年比、%、%ポイント)
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わが国経済の動向2図表2(注)1.需給ギャップは、日本銀行スタッフによる推計値。2.業況判断DIは、全産業全規模の値。2003/12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。(出所)日本銀行需給ギャップ業況判断DI(短観)-8-6-4-2024689092949698000204060810121416(%)年17-60-50-40-30-20-1001020304050909294969800020406081012141618(「良い」-「悪い」、%ポイント)年良い悪い-2024683月調査(計画)6月調査(計画)9月調査(計画)12月調査(計画)見込み実績2016年度2017年度2018年度過去平均(2004~2016年度)(前年比、%)506070809010011012000010203040506070809101112131415161718実質輸出(2015年=100)(季節調整済)年企業部門3図表3(注)設備投資の足取りは、横軸に初回調査(3月調査)から実績が確定する翌年6月調査までの6調査回を取り、毎年度の設備投資計画について、調査回毎の前年比の足取り(修正パターン)をグラフで示したもの。全産業+金融機関の値。ソフトウェア投資額・研究開発投資額を含み、土地投資額は含まない(2016/12月調査以前は、研究開発投資額を含まない)。
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2017年12月調査には、調査対象企業の見直しによる不連続が生じている。(出所)日本銀行、財務省輸出設備投資の足取り(短観)
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9698100102104106108101112131415161718消費活動指数(旅行収支調整済、実質)(季節調整済、2011年=100)年図表44家計部門(注)1. 雇用者所得の各四半期は、1Q:3~5月、2Q:6~8月、3Q:9~11月、4Q:12~2月。2. 雇用者所得=名目賃金(毎月勤労統計)×雇用者数(労働力調査)3. 消費活動指数は、除くインバウンド消費・含むアウトバウンド消費(日本銀行スタッフ算出)。(出所)厚生労働省、総務省、日本銀行雇用者所得個人消費-8-6-4-2024060708091011121314151617名目賃金雇用者数雇用者所得(前年比、%)年日本銀行の経済見通し5(注)見通しは、日本銀行政策委員見通しの中央値。(出所)内閣府、日本銀行図表5(2018年4月展望レポート)490500510520530540550560121314151617181920実質GDP年度(季節調整済年率換算、兆円)2017年度見通し前年比+1.9%2018年度見通し+1.6%2019年度見通し+0.8%2020年度見通し+0.8%
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景気回復局面の継続期間6(注)景気の山・谷の判断は、データの蓄積を待ったうえで、専門家の審議を踏まえて行われるが、2012年12月以降の景気回復の期間は、本年3月時点で64か月になったとみられる。(出所)内閣府等図表6順位時期継続期間12002年2月~2008年2月73か月22012年12月~(今回) 64か月31965年11月~1970年7月(いざなぎ景気) 57か月41986年12月~1991年2月(平成景気) 51か月51993年11月~1997年5月43か月-2-1012101112131415161718総合(除く生鮮食品)総合(除く生鮮食品・エネルギー)(前年比、%)「量的・質的金融緩和」の導入(2013年4月)年消費者物価7(注)消費税調整済み。(出所)総務省図表7
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-1.0-0.50.00.51.01.52.02.5121314151617181920消費者物価指数(除く生鮮食品)(前年比、%)年度2018年度見通し前年比+1.3%2019年度見通し+1.8%2020年度見通し+1.8%(2018年4月展望レポート)日本銀行の物価見通し8(注)実績値は、消費税調整済み。見通しは、日本銀行政策委員見通しの中央値(消費税率引き上げの影響を除くケース)。(出所)総務省、日本銀行図表80.00.10.20.30.40.50.60.70.809101112131415161718中小企業大企業(前年比、%)年度01020304050607006070809101112131415161718(%)年度企業の賃金設定スタンス9図表9(注)1.ベースアップ率は、2013年度までは中央労働委員会、2014年度以降は日本労働組合総連合会による調査結果。大企業の定義は、2013年度までは従業員数1,000人以上、2014年度以降は同300人以上。2018年度は、4月中旬の第4回集計時点の値。2.正社員の賃金改善状況は、正社員の賃金改善(ベースアップや賞与、一時金の引き上げ)スタンスに関する調査結果。(出所)中央労働委員会、日本労働組合総連合会、帝国データバンク正社員の賃金改善状況(賃金改善を計画する企業の割合)ベースアップ率
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-50-40-30-20-10010209091929394959697989900010203040506070809101112131415161718大企業中小企業(「上昇」-「下落」、%ポイント)年企業の価格設定スタンス10図表10(注)全産業ベース。2003/12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。(出所)日本銀行販売価格判断DI(短観)0.00.51.01.52.02.50506070809101112131415161718エコノミスト(6~10暦年先)企業(短観、5年後)家計(生活意識アンケート調査、今後5年間)(前年比、年率平均、%)年予想物価上昇率11図表11(注)1. エコノミストは、コンセンサスフォーキャスト。2.企業は、全産業全規模ベースの物価全般の見通し(平均値)。3. 家計は、+5%以上および-5%以下の回答を除く。(出所)Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、日本銀行
§33
-40-30-20-100102030409091929394959697989900010203040506070809101112131415161718大企業中小企業(「緩い」-「厳しい」、%ポイント)年金融仲介機能の動向12図表12(注)全産業ベース。2003/12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。(出所)日本銀行金融機関の貸出態度判断DI(短観)