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Bank of JapanSpeechDec 26, 2019Haruhiko Kuroda, Governor

【講演】「好循環の持続に向けて」(日本経済団体連合会審議員会)

Original in Japanese

Full text

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の2019年12月26日 日本銀行 日本銀行総裁黒田東彦好循環の持続に向けて── 日本経済団体連合会審議員会における講演 ── 11.はじめに日本銀行の黒田でございます。本日は、わが国の経済界を代表する皆様の前でお話しする機会を賜り、誠に光栄に存じます。令和という新しい時代の幕開けとなった今年も残すところ1週間となりました。本日は、この1年を締め括るにあたり、まず、今年の内外経済を振り返るとともに、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。そのうえで、やや長い目でみた日本経済の姿と今後の課題について申し述べたいと思います。具体的には、日本経済に働いている好循環のメカニズムと、これを持続させていくための課題についてご説明します。

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2.今年の内外経済(減速の動きが続いた世界経済)それでは、世界経済の振り返りから話を始めます。今年の世界経済は、減速の動きが続いた1年でした(図表1)。3年前の本席で、私は、世界経済について、「グローバル金融危機の負のレガシーを清算して、新たなフェーズに入りつつある」とお話ししました。実際、2017年、2018年は、世界的なIT関連需要の盛り上がりや設備投資の活発化などから、世界経済は高めの成長となりました。もっとも、2018年の半ば頃から、局面変化が始まりました。その主たる要因は、米中間で通商問題を巡る緊張が高まり始めたことと、グローバルなITサイクルが調整局面に入ったことです。当初は、調整が短期間に終息し、今年の後半には持ち直しに向かうとの見方が多かったと思いますが、結局は、この1年、世界経済の成長ペースの鈍化した状態が続きました。米中貿易摩擦の拡大・長期化と、これを受けた中国経済の減速の継続などにより、世界経済の持ち直しが遅れるという状況から脱するには至っていません。それでは、来年の世界経済はどのように展望できるでしょうか。日本銀行では、不確実性は大きいものの、世界経済は、来年半ばにかけて緩やかに成長率を高めていくとみています。IMFによる世界経済の成長率見通しも、

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22019年の3.0%から、2020年には過去平均並みの 3.4%まで持ち直す姿となっています。そのように考える理由は、大きく3つあります。第1に、米中通商交渉の進展など、世界経済を巡る不確実性が、幾分緩和していることです。先ほどご説明したように、今年の世界経済減速の大きな要因は、米中貿易摩擦や Brexit などの政治的ないし地政学的な不確実性です。これが幾分なりとも緩和してきていることは重要です。第2に、やはり今年の世界経済の足を引っ張っていた、グローバルなITサイクルが持ち直してきていることです。世界の半導体出荷額の動きをみますと、最近では、減少から増加に転じてきています。昨年半ば頃から始まったITサイクルの調整局面も、ようやく終わりが見え始めてきたように思います。第3に、各国のマクロ経済政策の効果です。本年入り後、多くの新興国が利下げを行っているほか、FRBやECBも金融緩和を行っており、世界経済を支えると考えられます。もっとも、こうした世界経済の展望について、日本銀行では、引き続き、下振れリスクが大きいと考えています。米中通商交渉については、産業政策の問題など、両国間にはなお対立点が残されています。新興国経済の不確実性や地政学的リスクなどにも注意が必要です。世界経済の今後の展開については、当面、予断を許さない状況が続くと考えています。

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(わが国経済の動向)続いて、わが国経済についてお話しします(図表2)。この1年のわが国経済を振り返ると、世界経済の減速の影響を受けて、輸出が弱めの動きを続け、製造業の業況感が慎重化しました。一方、国内需要は増加基調が続き、非製造業の業況感も総じて高水準を維持しました。これまで、わが国では、世界経済や外需の変動が、景気動向全体に比較的直ぐに影響を及ぼすケースが数多くみられました。しかし、今回は、これまでのところ、外需の弱さにもかかわらず、内需が底堅さを維持していることが特徴的です。内需の底堅さを支えている一つは、設備投資です。12月短観

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3の設備投資計画をみても、引き続き、しっかりと増加を続ける計画となっています(図表3)。この設備投資の増加が、省力化・効率化投資や建設投資、成長分野に対する研究開発投資といった、短期的な景気動向に影響されにくい息の長い投資に支えられていることが、外需に左右されにくい内需の堅調さをもたらしていると考えています。さらに、内需については、個人消費も、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、緩やかな増加が続いています。当面の注目点は、消費税率引き上げの影響です。10月の個人消費は、台風などの自然災害の影響もあり、やや大きめに減少していますが、そうした影響を除けば、2014年の増税時と比べて、税率引き上げ後の反動減は小幅にとどまっているとみています。先行きも、内需は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、増加基調をたどるとみています。すなわち、これまでの世界経済の減速や消費税率引き上げ、自然災害の影響から、内需の増勢はいったん鈍化するものの、大きな落ち込みは回避されると見込んでいます。また、世界経済も先行き成長率を高めていくと予想されます。そうしたもとで、わが国経済は、緩やかな拡大基調を続けると考えています。次に、物価についてです(図表4)。この1年を振り返ると、消費者物価の前年比は、生鮮食品を除くベースでみると、エネルギー価格下落の影響などからプラス幅を幾分縮小しました。

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もっとも、より基調を示す生鮮食品・エネルギーを除くベースでみると、昨年に比べて幾分高めの伸びで推移しました。先行きについても、景気の拡大基調が続くもとで、企業や家計の物価観が改善し、「物価安定の目標」に向けて徐々に上昇率を高めていくと予想しています。

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3.日本銀行の金融政策運営続いて、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、2%の「物価

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4安定の目標」の実現を目指し、強力な金融緩和を推進しています(図表5)。そうしたもとで、今年は、世界経済の減速が続き、わが国の経済・物価の下振れリスクが大きくなったため、日本銀行では、夏場以降、緩和方向を意識して政策運営を行うスタンスを明示してきました。10月には、この点をより明確にするため、経済・物価の下振れリスクがかなり高い状況が続く間は、政策金利は、現在の水準を維持する、あるいは、状況によっては、現在の水準よりも引き下げるという方針を示しました。日本銀行としては、引き続き、様々なリスクを注意深く点検したうえで、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる方針です。ところで、今月初めに、政府は、「安心と成長の未来を拓く総合経済対策」を公表しました。最近、世界的にも、金融政策と財政政策との連携に対する関心が高まっていますので、この機会に、改めて基本的な考え方をご説明します。中央銀行が物価安定目標を実現するために金融緩和政策を推進している状況において、政府が財政政策を活用する場合には、これらの相乗効果によって、景気刺激効果はより強力なものとなります。こうした政策の組み合わせは、「ポリシー・ミックス」と呼ばれ、マクロ経済政策として標準的な考え方です。

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今回の経済対策についても、日本銀行が強力な金融緩和を推進するもとで、景気の拡大基調を維持するために大きな効果を持つと考えられます。ただし、金融政策と財政政策との連携については、マクロ経済政策に対する信認の確保という面で注意すべき論点も含んでいます。経済学が想定するポリシー・ミックスは、金融政策、財政政策がそれぞれの政策目的に基づき、適切に実施されることが前提となっています。しかし、最近の議論の中には、ポリシー・ミックスを、中央銀行による財政ファイナンスと混同しているものもみられます。金融政策と財政政策との連携を考える際には、それぞれの役割分担を明確にすることが重要です。2013年1月に公表された政府と日本

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5銀行の「共同声明」は、この点を明確に意識して作成されています。政府と日本銀行が、両者の役割を明確化したうえで、その実現に向けて、それぞれが自主性を持って取り組むという「共同声明」の枠組みは、極めて有効に機能していると考えています。 4.好循環の持続に向けてここまで、今年の内外経済を振り返りつつ、そのもとでの金融政策運営についてご説明してきました。ここからは、もう少し長い目でみた、わが国経済の動きについて、お話ししたいと思います。2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、わが国経済は大きく改善しています。この背景には、3つの好循環メカニズムの働きがあると考えています。第1に、企業部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが働いていること、第2に、家計部門においても所得から支出への循環が働いていること、第3に、企業部門と家計部門の間で、企業収益の増加を起点に、賃金が上昇し、その結果、販売価格すなわち物価の引き上げが可能になり、企業収益がさらに増加するという好循環が作動してきていることです。日本経済の持続的な成長のためには、こうした好循環を途切れさせないことが重要です。本席では、企業経営者の皆様に特に関係のある、①企業における所得から支出への循環と、②賃金と物価の循環に絞ってお話しします。

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(企業における所得から支出への循環)最初に、企業における所得から支出への循環についてお話ししたいと思います。少し長い視点で過去を振り返ると、1990年代のバブル崩壊は、わが国の企業行動の大きな転換点となりました(図表6)。バブル崩壊後は、バブル期に蓄積した過剰設備の負担や、その後のデフレのもとで企業収益が低迷を続けたことなどを背景に、企業が設備投資に対して消極的な状況が長い期間にわたって続きました。また、このことは、資本ストックの蓄積やイノベー

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6ションを阻害し、潜在成長率、すなわち、わが国の基礎的な成長力を低下させる一因となりました。そうした状況に目立った変化が現れたのは、2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降です(図表7)。まず、企業収益がはっきりと改善しました。企業収益は、最近こそ、海外経済の減速の影響から一部に弱めの動きもみられますが、引き続き、歴史的な高水準にあります。こうしたもとで、企業の設備投資も徐々に増加傾向に転じました。もっとも、2013年以降も、企業収益の好調さに比べると、企業の設備投資スタンスにはなお慎重な面が残り、収益の多くが貯蓄されるという状況が続きました(図表8)。その背景には、複合的な要因があると思いますが、大きな理由の一つに、バブル崩壊やリーマン・ショックなどの深刻な景気後退の経験から、企業において予備的な資金需要が高まったことがあると考えられます。しかし、高水準の企業収益が続く中で、ここ数年、企業の設備投資スタンスは確実に積極化しています。利益剰余金は増加を続けていますが、現預金の蓄積は、2018年以降、止まっています。キャッシュフロー対比でみた設備投資の割合も高まっており、企業が、収益の多くを設備投資に用いるようになってきています。

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また、現在、外需が弱い中でも、息の長い投資を中心に設備投資が底堅い背景には、企業の設備投資スタンスが全体として前向きになっていることもあると考えられます。企業による設備投資の積極化は、資本ストックの蓄積や生産性の上昇を通じて、わが国の成長力を高めることにもつながります。もちろん、成長力の強化には、構造改革を始めとする経済政策が貢献する部分もあります。金融政策も、強力な金融緩和によって、デフレではない状況を実現し、企業の過度な悲観論を和らげることで、成長力の押し上げに寄与しています。しかし、成長力引き上げの主役は、やはり民間部門であり、企業のイノベーションとそれと相互に作用する投資が何よりも重要です。この先、わが国の成長力を一段と高めるためには、企業が新しい価値の創造や生産性の向上につながる

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7前向きな投資を続けていくことが必要です。今後、そうした投資として期待される分野のひとつに、デジタル化する社会に対応するためのIT投資があります。もちろん、わが国企業では、既に取り組みが進んでいます(図表9)。ここ数年の研究開発費をみると、自動車関連業種の投資が大きく押し上げに寄与していますが、これは、デジタル化に伴う自動車の CASE( Connected, Autonomous, Shared & Service,Electric)対応が背景となっています。企業において、こうした取り組みが進んでいくことは、特に、わが国の成長力強化という観点から望ましいことだと考えています。ここでは、その理由を2点挙げたいと思います。第1に、わが国のように、先行き、高齢化・人口減少に伴い労働供給が減少していく社会においては、IT投資の雇用代替効果は、寧ろメリットが大きいということです。IT投資が経済に与える影響については、雇用機会が失われ、失業者が増えることを懸念する議論があります。しかし、日本では、IT投資は、将来の労働供給の減少を補うことで、労働力の減少が成長に及ぼすマイナスの影響を打ち消す効果を持つと考えられます。第2に、IT化の進展によって、経済全体の生産性向上が期待できることです。

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この点については、コンピューターやインターネットといったITの生産性向上効果は、同じ「汎用技術(General Purpose Technology)」である電気や内燃機関と比べると小さい、という議論があります。もっとも、ノースウェスタン大学のロバート・ゴードン教授に代表される、こうしたIT悲観論に対しては、様々な反論がなされています。MITのエリック・ブリニョルフソン教授は、イノベーションは、既存の様々なモノやアイディアの結びつきによって生まれるとしたうえで、ITは、ネットワークを通じた全く新しいモノやアイディアの結びつきを可能にした点で、電気や内燃機関以上に技術革新につながりやすい「汎用技術」であると評価しています。AIやIoTなどの先端的な応用技術の開発が現在進行形で進んでいることを踏まえると、今後のIT化の進展がもたらすイノベーションが、生産性を向上さ

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8せる効果については、前向きに評価できると考えています。そのうえで、IT投資を成長力の強化につなげるためには、企業がその技術をどのように用いるかという点も重要だと思います。日本と米国の企業にIT予算を増やす理由を聞いたアンケートの結果をみると(図表 10)、2013年の調査では、日本企業は、業務効率化やコスト削減を目的としているとの回答が多くみられました。一方、米国企業では、新しい技術を取り入れながら、製品やサービスの開発強化などイノベーティブな行動に結びつけようとする、いわば攻めのIT投資にウェイトが置かれていたようです。こうした日米企業の差があったわけですが、2017年のアンケートでは、大きな変化がみられています。日本企業も、IT投資をコスト削減や合理化のための利用だけではなく、イノベーションを通じた付加価値の向上につながるような活用に力を入れ始めています。プロセス・イノベーションが得意な日本企業ですから、現在の方向を一段と進めることで、生産性の上昇につなげていっていただきたいと期待しています。企業による様々なイノベーションが生み出されるためには、それを支える基礎研究の充実も欠かせません(図表11)。この点、例えば、基礎研究の代理指標である「引用回数の多い論文数」をみますと、残念ながら、わが国は、他国よりもかなり少ない状況です。

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基礎研究の水準を高めていくためには、やはり研究資金の充実が重要と考えられます。この点、国からの財政支援とともに、産業界から大学への資金の流れをより大きくしていくことも期待されます。わが国では、企業が研究開発費を大学に投じる割合が、他国に比べてやや低いとの統計はありますが、企業側から研究テーマを提案する形で大学との連携を増やす動きも進んでいるようです。そもそも、OECDの統計をみると、わが国の研究開発費は、他国と比べて決して少なくありません。産学官連携をより一層進めることで、未来に向けて、わが国の基礎研究の底力を引き上げ、ひいては経済全体の成長力を高めていくことができると期待しています。

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9(賃金と物価の循環)次に、2つめの好循環についてお話しします。先ほど、企業収益の増加を起点として、賃金が上昇し、それが、販売価格すなわち物価の引き上げを可能にすることを通じて、企業収益のさらなる増加につながっていると申し上げました。このように企業収益が持続的に増加していくためには、賃金と物価の好循環が働き続けることが重要です。2013年の「量的・質的金融緩和」の導入後、デフレのもとで失われていたベースアップの慣行が復活し、6年連続で実施されてきました(図表 12)。こうした中、プラスの物価上昇率が定着し、日本経済は、既に「デフレではない」状況となっています。ただし、こうした賃金上昇と物価上昇の好循環は、なお力強さに欠けています。その理由の1つとして、デフレのもとで、長期にわたり厳しい雇用環境を経験したことで、労使ともに、賃金よりも長期的な雇用の安定を優先するという行動様式が定着し、賃金の上昇局面になっても、それが根強く残っていることがあります。また、企業が、生産性の向上によって、人件費などのコスト上昇圧力を吸収し、販売価格への転嫁を緩やかなものにとどめてきたことも影響しています。企業の皆さまの中には、厳しい競争環境のもとで、賃金や販売価格を引き上げていくことは現実的な選択肢ではないと考える方もいらっしゃるかもしれません。

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しかし、賃金や物価が緩やかに上昇していく経済を実現することは、企業経営の観点からもメリットがあると考えています。ここでは、そのメリットを2つ申し上げたいと思います。第1に、通常、名目賃金の水準は引き下げにくいことを考えると、賃金の上昇率を引き下げる余地がある方が、景気が悪化した場合に、企業が労働コストを調整しやすいということです。先程、長引くデフレのもとで、わが国では、賃金より雇用の安定が優先されたと申し上げました。しかし、こうした極端な状況を除くと、企業が名目賃金の水準を引き下げることは難しい、経済学の用語で申し上げると、名目賃金には下方硬直性がある、ということ

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10が実証研究で明らかになっています。仮に、景気が加速も減速もしていない状態で賃金・物価上昇率がゼロだとすると、景気後退期に労働コストを調整する方法としては、雇用を減らすか賃金を引き下げるかという厳しい選択肢しかありません。しかし、賃金・物価上昇率がある程度のプラスであれば、企業は、賃金の上昇率を引き下げることで、実質的な労働コストを調整することが可能になります。このことを経済学者のジェームズ・トービンは、「プラスのインフレ率は、労働市場の潤滑油の役割を果たす」と述べています。第2に、他の先進国と同様に、2%の物価目標の実現を目指すことは、長い目でみた為替相場の安定につながるということです。これは、名目為替レートの長期的なトレンドは、各国の物価の差によって決まってくるという、いわゆる「購買力平価」という考え方に基づいたものです。実際、わが国の物価上昇率のプラスが定着するもとで、他国との物価格差は縮小し、長い目でみて名目為替レートは安定的に推移しています。こうした為替の安定は、企業経営や経済全体の安定に貢献していると考えています。このように、緩やかな賃金・物価の上昇は、企業にとっても有益なことです。また、先ほど申し上げたように、経済全体として、企業収益が持続的に増加していくためにも、賃金の上昇を伴いながら、物価が緩やかに上がるという好循環を続けることが必要です。

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実際、過去のデータをみると、平均的には、賃金と物価は概ね同じように動いており、一方だけが上がるということは、通常は起こらないものです。先程、賃金上昇と物価上昇の好循環は、なお力強さに欠けていると申し上げましたが、最近は、前向きな変化もみられています(図表13)。ベースアップが続くなど、雇用・所得環境が改善していることを背景に、家計の値上げ許容度は緩やかながらも高まっています。こうしたもとで、企業の価格設定スタンスも積極化しています。消費と関係の深い企業の価格設定スタンスを、消費関連業種の販売価格判断DIでみますと、中小企業を含め、「上昇している」と答える企業の割合が「下落している」と答える企業の割合を上回る状

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11態が続いており、その幅が緩やかながら拡大しています。賃金上昇率は、物価の伸びに労働生産性の上昇率を加えたものですので、労働生産性が現在のわが国経済のように1%程度で上昇すれば、2%の「物価安定の目標」が実現した経済においては、賃金上昇率が3%程度となるはずです。この点、最低賃金については、2016年から4年連続で3%程度の引き上げが実現しています。今後とも、良好な経済環境のもとで、企業の賃金・価格設定スタンスが積極化し、賃金と物価の好循環がさらに強まっていくことを期待しています。

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5.おわりにそろそろ時間ですので、話を締めくくりたいと思います。本日は、わが国経済の好循環の持続に向けた課題について、企業への期待という観点から、少し詳しくお話ししました。企業が生産性向上につながる前向きな投資を続けていくことで、経済の成長力が高まっていくこと、また、企業の賃金・価格設定スタンスが積極化することで、賃金と物価の好循環が強まっていくことの重要性についてお伝えしました。来年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。前回の東京大会は 1964年ですが、当時の日本は高度成長のエネルギーに溢れていました。この年を振り返ると、4月のOECD加盟、10月の東海道新幹線の開通およびオリンピックの開催と、国民の自信につながる歴史的なイベントがいくつもありました。他方、「オリンピック景気」として2年間続いた景気拡大期は、この年の 10月にピークを迎え、その後の1年間、景気後退期となりました。こうした記憶から、来年後半以降の景気を心配する声もありますが、過度に悲観的になる必要はないと考えています。わが国経済は、好循環メカニズムが働くもとで、大きく改善してきました。慎重さが続いていた企業活動も、着実に積極化しています。今後も、わが国経済が、好循環メカニズムのもとで、持続的に成長するよう、日本銀行は、「物価安定の目標」の実現という中

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12央銀行としての責務をしっかりと果たしてまいりたいと思います。来たる年が皆様にとって素晴らしい年になることを心より祈念して、本日のお話を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。以上 好循環の持続に向けて2019年12月26日日本銀行総裁黒田東彦― 日本経済団体連合会審議員会における講演 ―1. はじめに2. 今年の内外経済3. 日本銀行の金融政策運営4. 好循環の持続に向けて5. おわりに

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世界経済図表12.今年の内外経済1(注)1. 左図の2019年以降は、2019/10月時点のIMF見通し。2. 右図は、WSTSデータを用いて日本銀行スタッフが算出。(出所)IMF世界経済の成長率世界半導体出荷額-10-5051010111213141516171819(季節調整済前期比、%)年-0.50.00.51.01.52.02.53.03.54.04.55.05.56.00002040608101214161820(前年比、%)年1980~2018年平均:+3.5%2019年:+3.0%2020年:+3.4%75100125150951001051101213141516171819国内需要(左目盛)輸出(右目盛)(季節調整済、2012年=100)年(季節調整済、2012年=100)わが国経済図表2業況判断DI2.今年の内外経済2(注)左図の国内需要は、民間最終消費支出、民間住宅、民間企業設備、公的支出(政府最終消費支出、公的固定資本形成)の合計。(出所)内閣府、日本銀行国内需要と輸出-30-20-10010203010111213141516171819非製造業製造業良い悪い(「良い」-「悪い」、%ポイント)年

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設備投資と個人消費図表3消費税率引き上げ前後の消費動向2.今年の内外経済3設備投資計画(注)1. 左図は、全産業+金融機関の値。ソフトウェア投資額・研究開発投資額を含み、土地投資額は含まない。2. 右図の0月は、消費税率引き上げ月(前回:2014/4月、今回:2019/10月)。消費活動指数(実質、旅行収支調整済)。(出所)日本銀行等-202468103月6月9月12月見込み実績(前年比、%)過去(2004~2018年度)の平均2018年度2019年度9698100102104106-18 -12 -60 +6 +12 +18前回今回(季節調整済、消費税率引き上げ月の18~16か月前=100)月消費者物価図表42.今年の内外経済4(注)2014/4月の消費税率引き上げの影響を除く。2019/10月の消費税率引き上げと、教育無償化政策の影響を含む。(出所)総務省-1.0-0.50.00.51.01.52.01213141516171819消費者物価指数(除く生鮮食品)消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)(前年比、%)年

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金融政策運営図表5(出所)Bloomberg 5イールドカーブ・コントロール運営方針と先行き指針(金融政策運営方針) 海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる。(政策金利の先行き指針) 政策金利については、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している。経済・物価・金融情勢を踏まえ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促す。3. 金融政策運営-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.001234567891015203040直近の国債イールドカーブ(%)年(残存期間)短期政策金利「▲0.1%」長期金利操作目標「ゼロ%程度」潜在成長率図表64. 好循環の持続に向けて6(注)日本銀行スタッフによる推計値。(出所)日本銀行-2-101234585909500051015TFP 資本投入労働投入潜在成長率(前年比、%)年度半期

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0123456785909500051015売上高経常利益率売上高営業利益率(季節調整済、%)年「量的・質的金融緩和」の導入企業収益と設備投資図表74. 好循環の持続に向けて7(注)左図は、金融業、保険業を除く。2009/2Q以降は、純粋持株会社を除く。(出所)財務省、内閣府経常利益率・営業利益率設備投資・GDP比率(名目)131415161794969800020406081012141618(季節調整済、%)年「量的・質的金融緩和」の導入10152025303540858891949700030609121518設備投資/(営業キャッシュフロー+人件費)(%)年度809010011012013014015016017018007080910111213141516171819利益剰余金現預金(2010年平均=100)年設備投資スタンスの積極化図表84. 好循環の持続に向けて8(注)1. 金融業、保険業を除く。2. 右図の営業キャッシュフローは、当期純利益-配当金+減価償却費+引当金-在庫投資-企業間信用-ネットその他流動資産。設備投資は、土地投資額を含み、ソフトウェア投資額・研究開発投資額は含まない。(出所)財務省利益剰余金と現預金設備投資比率

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研究開発投資額の推移図表94. 好循環の持続に向けて9(出所)総務省-0.50.00.51.01.52.02.53.0101112131415161718自動車・同附属品医薬品はん用・生産用・業務用機械電気機械その他の製造業非製造業全産業(2009年度からの変化、兆円)年度IT予算が増える理由/用途図表104. 好循環の持続に向けて10(注)2017年 JEITA/IDC Japan 調査。(出所)JEITA01020304050市場や顧客の変化への迅速な対応新たな技術/製品/サービス利用ITを活用したビジネスモデル変革ITによる製品/サービス開発強化ITによる顧客行動/市場の分析強化事業内容/製品ライン拡大による利益が増えているから法規制対応のため売上が増えているから会社規模が拡大したためITによる業務効率化/コスト削減未IT化業務プロセスのIT化のため定期的なシステム更新サイクル日本 17年米国 13年日本 13年攻めのIT投資守りのIT投資

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引用回数の多い論文数企業の研究開発費のうち大学に投じる割合(%)アメリカ 38,3471.1中国 28,3862.7イギリス 8,7182.0ドイツ 7,5913.8フランス 4,7161.1日本 3,9270.7基礎研究図表114. 好循環の持続に向けて11(注)1. 左図の左列は、文部科学省科学技術・学術政策研究所、科学技術指標2019、調査資料-283、2019年8月より。右列は、これを基に、日本銀行が加工・作成。2. 左図の左列について、引用回数の多い論文数とは、論文の被引用数が各年各分野の上位10%に入る論文数を抽出後、補正を加えた数。分数カウント法による。2015-2017年平均。3. 左図の右列について、アメリカ、中国と日本は2017年、イギリスとドイツは2016年、フランスは2015年の値。(出所)OECD、文部科学省科学技術・学術政策研究所研究開発費の国際比較引用回数の多い論文数と企業から大学への研究開発費01234日本ドイツアメリカフランス中国イギリス企業部門政府部門その他(対GDP比率、%、2016年)-101234588909294969800020406081012141618ベア所定内給与(一般労働者)(前年度比、%)年度「量的・質的金融緩和」の導入名目賃金と消費者物価図表124. 好循環の持続に向けて12(注)右図は、消費税率引き上げの影響を除く。

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ただし、2019/10月の消費税率引き上げと、教育無償化政策の影響を含む。(出所)厚生労働省、中央労働委員会、日本労働組合総連合会、総務省所定内給与とベースアップ消費者物価-3-2-10123488909294969800020406081012141618消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)(前年比、%)年1998~2012年度平均▲0.4%2013年度以降の平均+0.5%

§32

-15-10-505108388939803081318(「好ましいこと」-「困ったこと」、DI、%ポイント)年家計の値上げ許容度・企業の価格設定スタンス図表134. 好循環の持続に向けて13(注)1.左図について、2004/10~12月以降は生活意識に関するアンケート調査。同年7~9月以前は消費動向調査の暮らし向きDIで遡及して作成。2004/10~12月以降の平均値を0に基準化。2.右図は、小売、対個人サービス、宿泊・飲食サービスの販売価格判断DIを有効回答社数で加重平均して算出。(出所)内閣府、日本銀行消費関連業種の販売価格判断DI家計の値上げ許容度-40-30-20-10010203007091113151719大企業中小企業(「上昇」-「下落」、%ポイント)年企業の予測