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Bank of JapanReleaseDec 19, 2024

金融政策の多角的レビュー

Original in Japanese

Full text

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金融政策の多角的レビュー Review of Monetary Policy from a Broad Perspective 本稿の内容について、商用目的で転載・複製を行う場合(引用は含まれません)は、予め日本銀行政策委員会室までご相談ください。引用・転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。

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i金融政策の多角的レビューの公表にあたって日本銀行の使命は「物価の安定」と「金融システムの安定」です。経済がデフレに陥った1990年代後半以降、わが国では、25年間という長きにわたって、物価の安定」の実現が課題となってきました。こうしたなか、日本銀行は、様々な金融緩和策を実施してきましたが、こうした金融緩和策は、わが国の経済・物価・金融の幅広い分野と相互に関連し、影響を及ぼしてきたと考えられます。日本銀行は、2023年4月の金融政策決定会合において、こうした相互関係を念頭に置きつつ、この間の金融政策運営について理解を深め、将来の政策運営にとって有益な知見を得るため、金融政策運営について、多角的にレビューを行うことを決定しました。本報告書は、2023年4月以降、日本銀行が、 1年半程度の期間をかけて実施してきたレビュー結果を、取りまとめたものとなります。本レビューを進めるなかでは、日本銀行内部で多くの関連分析に取り組みました。また、こうした内部での取り組みに加え、多様な知見を取り入れつつ、客観性や透明性を高める観点から、家計・企業・金融機関へのアンケート調査やヒアリング、日本銀行の政策委員会委員による金融経済懇談会等における意見交換、国内外の有識者を招いたワークショップ等の開催など、多岐にわたる取り組みも実施しました。

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さらに、報告書の公表に先立って日本銀行によるレビュー結果について学界の有識者の方々から講評を頂いており、本報告書に掲載しています。日本銀行としては、今回のレビューの結果も活用しつつ、今後とも、物価安定の目標」の持続的・安定的な実現に向け、金融政策を適切に運営していく方針です。2024年12月日本銀行総裁

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ii金融政策の多角的レビューにおける主な取り組み

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2023年4月金融政策決定会合:金融政策の多角的レビューの実施を決定2023年6月金融政策決定会合:金融政策の多角的レビューのテーマや進め方に関して議論2023年6月 Program on International Financial Systems and the Bank ofJapan, Monetary Policy Seminar2023年6月金融経済懇談会(以降、2024年3月までの間に、全国で計 17 回実施)2023年7月金融政策の多角的レビューの実施方針公表2023年10月「債券市場サーベイ・特別調査」実施2023年10月金融政策決定会合:中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方等について、執行部から報告および議論2023年11月「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」実施2023年11月東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局第 10 回共催コンファレンス「国際経済環境の変化と日本経済」2023年12月「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第 1 回「非伝統的金融政策の効果と副作用」2023年12月金融政策決定会合:過去 25年間の経済・物価情勢について、執行部から報告および議論2024年1月金融政策決定会合:非伝統的金融政策の効果・副作用について、執行部から報告および議論2024年2月金融政策の多角的レビューに関する意見募集を実施2024年2月「生活意識に関するアンケート調査」実施(特別項目を追加)

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iii2024年3月金融政策決定会合:非伝統的金融政策が金融市場や金融機関の行動、金融システムに与えた影響について、執行部から報告および議論2024年5月「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第 2 回「過去 25年間の経済・物価情勢と金融政策」2024年5月日本銀行金融研究所主催 2024年国際コンファランス「物価変動と金融政策の課題-教訓と展望-」2024年6月 Program on International Financial Systems and the Bank ofJapan, Monetary Policy Seminar2024年10月金融政策決定会合:金融政策の多角的レビューの取りまとめ方針および今後のスケジュールについて、執行部から報告および議論2024年12月金融政策決定会合:金融政策の多角的レビューの取りまとめ 日本銀行政策委員会 (左から)高田審議委員、野口審議委員、安達審議委員、氷見野副総裁、植田総裁、内田副総裁、中村審議委員、中川審議委員、田村審議委員

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金融政策の多角的レビュー目次概要:基本的見解................................................................................................. 1背景説明............................................................................................................. 10問題意識.......................................................................................................... 111.過去25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営............................. 14(1)1990年代後半以降のわが国の経済・物価・金融情勢................................... 14(2)2010年代初頭までの金融政策運営........................................................... 28(3)2013年以降の大規模な金融緩和の経済・物価への影響................................ 37(4)大規模な金融緩和の市場機能度や金融仲介機能、成長力等への影響................ 49(5)大規模な金融緩和の効果と副作用の評価.................................................... 602.先行きの金融政策運営への含意...................................................................... 62(1)非伝統的な金融政策運営の考え方............................................................. 62(2)2%の「物価安定の目標」...................................................................... 63(3)財政政策と金融政策............................................................................... 64(4)個々の政策手段を巡る論点...................................................................... 65

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補論.................................................................................................................... 76補論 1:多角的レビューに関する意見交換等の取り組み.......................................... 77補論 2:自然利子率の動向................................................................................. 83補論 3:グローバル化と物価変動........................................................................ 89補論 4:「物価の基調」と賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方... 91補論 5:企業向けアンケートからみた賃金・価格設定行動...................................... 98補論 6:過去25年間の為替動向........................................................................ 102補論 7:金融政策による期待への働きかけの評価.................................................. 106補論 8:大規模な国債買入れの金利形成への影響.................................................. 113補論 9:マイナス金利政策の金利形成への影響..................................................... 117補論10:大規模な金融緩和と経済・物価.............................................................. 121補論11:大規模な金融緩和と債券市場の機能度..................................................... 129補論12:大規模な金融緩和下における短期金融市場の動向と機能度.......................... 136補論13:大規模な金融緩和と金融システム........................................................... 140補論14:金融緩和が経済の供給サイド(生産性等)に及ぼす影響............................. 146補論15:緩やかな物価上昇の経済的意味.............................................................. 152有識者講評........................................................................................................... 158多角的レビューシリーズの刊行物.............................................................................. 184参考文献.............................................................................................................. 188金融政策運営の主な変遷.......................................................................................... 201

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1日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解【概要:基本的見解1】1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(1)1990年代後半以降のわが国の経済・物価・金融情勢わが国では、1990年代後半に物価が持続的に下落するデフレに陥った。その後、一時的に物価上昇率がプラスとなる局面はみられたが、総じてみれば緩やかなデフレが 2010年代初頭にかけて継続した。このように緩やかなデフレが長期にわたり継続した主な要因は、大きく分けると3点に整理できる。第1に、景気・物価に対して中立的な実質金利である自然利子率が趨勢的に低下するもと、名目短期金利の実効下限制約から伝統的な金融政策手段では十分に経済を刺激できなくなり、慢性的な需要不足に陥ったことが挙げられる。1990年代初頭のバブル崩壊以降、資産価格が大幅に下落し、成長期待が下方屈折するもとで、企業のリスクテイク姿勢は慎重化した。その後、1990年代後半から 2000年代初頭にかけての金融システム不安等を受けて、こうした動きは強まった。2000年代半ばには、企業・金融機関のバランスシート調整の進展などから設備投資等が循環的に増加する動きもみられたが、その後もグローバル金融危機や東日本大震災などに見舞われるなかで、基本的には慎重な企業行動が続くこととなった。

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グローバル化の進展や人口動態の変化などへの対応が遅れたことも、自然利子率を押し下げる方向に作用した。第2に、1990年代半ばから 2000年代にかけては、グローバル化の進展による新興国からの輸入品との価格競争激化やIT関連等での技術革新のグローバルな広がりなどの要因も物価を押し下げる方向に作用した。また、2000年代後半のグローバル金融危機以降の局面では、為替円高が進行したことが、物価の押し下げ圧力として作用した。第3に、以上のような需要動向や競争環境等の変化を背景に、緩やかなデフレが継続したことは、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着につながった。こうしたもと、中長期の予想物価上昇率も低水準で不安定に推移した。現実の物価上昇率に加え、中長期の予想物価上昇率も低水準で推移することで、物価はより強固に上がりにくくなった。

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12024年12月18、19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で決定された、金融政策の多角的レビューの「基本的見解」である。

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日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解 2日本銀行は、2013年に、2%の「物価安定の目標」を設定し、「量的・質的金融緩和」という大規模な金融緩和を導入した。政府も、大規模な財政刺激策など、様々な施策を実施した。この間、為替市場では、海外での情勢変化もあってグローバル金融危機以降の円高が修正された。大企業を中心に企業業績は回復し、株価も上昇した。こうしたもと、長らく続いた慢性的な需要不足は解消に向かい、予想物価上昇率も幾分高まるもとで、わが国は物価の持続的な下落という意味でのデフレではなくなった。もっとも、慎重な企業行動が続くもとで、①女性や高齢者などの労働供給余地が残っており、労働需給の引き締まりに応じて弾力的に供給が増加し、賃金・物価上昇圧力が大きくは高まらなかったことや、②現実の賃金・物価上昇率が小幅にとどまるもとで、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の転換に時間を要したことなどから、2010年代の物価上昇率は、2%を下回る状況が続いた。こうした状況は、2020年代に入り、変化してきている。労働市場では、追加的な労働供給余地が縮小するもと、長期にわたる金融緩和等から就業者数が増加していることなどを受けて、人手不足感が一段と強まっている。

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また、輸入物価が大幅に上昇するもとで、仕入価格の販売価格への反映や賃金の引き上げをサポートするための政府による様々な施策もあって、企業の賃金・価格設定行動に従来よりも積極的な動きがみられ、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方にも変化が窺われる。これらの変化を受けて、中長期の予想物価上昇率も2%に向けて高まっている。この間、長らく続いてきた世界的なディスインフレ傾向にも変化が生じている可能性がある。グローバル化の潮流の変化や地政学的リスク、脱炭素化の動き等がわが国の物価に及ぼしうる影響についても、注視していく必要がある。(2)2010年代初頭までの金融政策運営バブル崩壊以降の経済・物価の展開を受けて、日本銀行は、1990年代後半にかけて利下げを行い、1999年には、世界で初めて「ゼロ金利政策」とフォワード・ガイダンス――当時、日本銀行では「時間軸政策」と呼称――を導入した。その後も、2000年代の「量的緩和政策」、2008年のグローバル金融危機後の一連の金融緩和策、2010年代初頭の「包括的な金融緩和政策」と、非伝統的な金融政策手段を相次いで導入した。

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3日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解これらの政策の効果は、当時の経済が直面していた課題や外部環境を踏まえたうえで、評価する必要がある。金融緩和効果の起点として重視されることが多い実質金利の動きをみると、物価上昇率や予想物価上昇率が低迷するもと、2010年代初頭にかけて、大幅に引き下げることはできなかった。2000年代には、長めの名目金利の低下は主としてフォワード・ガイダンスによって実現され、資金供給は短期の手段が中心であった。2010年に導入した「包括的な金融緩和政策」のもとでは、フォワード・ガイダンスに加え、資産買入等の基金を創設して国債買入れを増額したが、その対象は残存期間3年以下としており、イールドカーブ全体を押し下げる効果は限られた。ただし、こうした実質金利の動向だけで、当時の金融政策を評価すべきではない。金融システムの不安定性が拭えず金融緩和効果の波及が阻害されていた1990年代末から 2000年代半ばの局面では、金融機関への大量の流動性供給を重視した政策は、流動性不安を軽減させ、景気のさらなる悪化を回避するという意味で大きな効果があった。グローバル金融危機以降の局面では、金融市場の安定確保と企業金融支援に万全を期したことで、未曽有の金融危機がわが国経済・物価・金融に及ぼす影響を緩和したと考えられる。

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他方で、こうした急性的な経済・金融情勢の悪化が一服したあとも、海外では、先進国を中心に景気回復が緩慢なものにとどまり、欧州債務危機が次第に深刻化した。グローバル金融市場は不安定な動きを続け、米欧中央銀行が強力な金融緩和政策を導入するもとで、わが国では既に金利水準が低く、その低下余地が限られていたこともあって内外金利差が大幅に縮小し、為替レートの円高傾向が続いた。国内では、東日本大震災が経済に甚大な影響を及ぼした。以上のような厳しい状況下、日本銀行は「包括的な金融緩和政策」のもとで2000年代と比べても強力な金融緩和を推進したが、十分に経済・物価を刺激することができなかったと考えられる。(3)2013年以降の大規模な金融緩和の経済・物価への影響日本銀行は、2013年1月に2%の「物価安定の目標」を定め、同年4月に「量的・質的金融緩和」を導入した。その後、2014年10月に同政策を拡大し、2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」、同年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入した。大規模な金融緩和が経済・物価に波及するメカニズムとして、日本銀行では、

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日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解 4①期待への働きかけを通じた予想物価上昇率の引き上げと②大規模な国債買入れ等を通じた名目金利の押し下げによる実質金利の低下が起点となることを想定していた。この点について子細にみると、第1に、大規模な金融緩和は、期待に働きかけることで、予想物価上昇率に一定の影響を及ぼしたとみられる(フォワード・ルッキングな期待形成)。ただし、わが国の予想物価上昇率は、適合的な期待形成の影響が大きい傾向にあり、過去の経験などにも強く影響を受けて形成されてきた。賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の転換は容易ではなく、期待への働きかけだけで物価上昇率を2%にアンカーするほどの有効性はなかった。第2に、名目金利については、長期・超長期国債を含めた大規模な国債買入れにより、イールドカーブ全体にわたって下押し圧力を加えた。また、2016年に導入したマイナス金利政策は、国債買入れと相まって、名目金利への下押し圧力を一段と強めた。以上の政策運営のもと、実質金利はマイナス圏内まで低下し、緩和的な金融環境が実現した。為替円高傾向の反転といった外部環境の変化とも相まって、大規模な金融緩和は、経済・物価を押し上げる方向に作用したと考えられる。

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その効果については幅をもってみる必要があるが、複数の異なるモデルによる分析からは、経済・物価を一定程度押し上げ、わが国経済がデフレではない状態となることに貢献したと評価できる。こうしたもと、人口動態の変化もあり労働需給が引き締まった状況を実現したことは、2020年代入り後、輸入物価の大幅な上昇等と相まって、賃金・物価の上昇につながったとみられる。ただし、上記の期待への働きかけの難しさなどから、大規模な金融緩和は、導入当初に想定していたほどの効果――2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現することとしていた――は発揮しなかった。なお、大規模な金融緩和は、株価や為替の動向など金融資本市場を通じた経路を介しても経済・物価に影響を及ぼしたとみられるが、金融政策と株価や為替等との関係は、局面によって大きく変化しており、不確実性が高い点には留意が必要である。(4)大規模な金融緩和の市場機能度や金融仲介機能、成長力等への影響大規模な金融緩和は、金融市場の機能度や金融仲介機能、わが国経済の成長力(経済の供給サイド)等にも影響を及ぼしたとの指摘がある。金融市場の機能度への影響をみると、日本銀行は、大規模な金融緩和が国債市

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5日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解場の機能度に影響を及ぼしうるとの認識のもと、その時々の情勢に応じて、その運用を見直してきた。もっとも、大規模な国債買入れが長期化するなか、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)による長期金利の抑制効果がより顕在化した局面などで、国債市場の機能度が低下する傾向が強まった。また、国債市場の機能度低下の影響がその他の市場に及ぶ場面もみられた。金融仲介機能への影響をみると、大規模な金融緩和による金利の低下は、景気の改善等を通じて、企業の資金需要を拡大させてきたと考えられる。金融機関に対しては、その貸出等の利鞘を縮小させる一方、信用リスクの低下等を介して金融機関の自己資本を押し上げる方向にも作用したとみられる。これらを総合的に勘案すると、大規模な金融緩和が金融仲介活動を阻害するメカニズムが表面化していた証左はみられていない。また、緩和的な金融環境が長期にわたるもとでも、大きな金融不均衡が蓄積した様子も観察されていない。金融緩和が長期間続く場合には、金融政策が経済の供給サイドに中長期的な影響を及ぼす可能性もある。こうした経路としては、①経済の押し上げが、資本の蓄積や失業回避による人的資本の蓄積等を介して、供給面に正の効果を及ぼす可能性と、②長期にわたる金融緩和が資源配分を歪め、生産性等を押し下げる可能性の両面が考えられる。

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この点については、現時点では実証的にプラス・マイナス両面で明確な結論が得られておらず、今後とも分析を深めていく必要がある。(5)大規模な金融緩和の効果と副作用の評価2013年以降の大規模な金融緩和は、①期待への働きかけが容易ではなかったことなどから、当初想定したほどの物価上押し効果は発揮しなかったが、②経済・物価を一定程度押し上げる効果があったと評価できる。副作用についてみると、大規模な金融緩和は、国債市場の機能度にはマイナスの影響を及ぼした。ただし、同市場の機能度は、このところ改善傾向にある。また、金融機関に対して、大規模な金融緩和は、貸出利鞘の縮小につながったと考えられるが、現時点では、金融仲介活動を阻害したとの証左はみられない。このほか、経済の供給サイドへの影響については、プラス・マイナス両面で明確な結論が得られていない。これらを踏まえて、大規模な金融緩和について効果と副作用を評価すると、金融市場や金融機関収益などの面で一定の副作用はあったものの、現時点において

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日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解 6は、全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響をもたらしたと考えられる。ただし、今後、なお低下した状態にある国債市場の機能度の回復が進まない、あるいは大規模な金融緩和の副作用が遅れて顕在化するなど、マイナスの影響が大きくなる可能性には留意が必要である。例えば、日本銀行の国債保有比率は、暫くはきわめて高い状況が続くと見込まれ、国債市場の機能度の回復には時間を要する可能性がある。また、この間に増加した貸出のなかには、債務者の収入減少や貸出金利の上昇に対する耐性が相対的に低い案件がみられているほか、収益力がやや長い目でみて低下するなかで金融機関の与信や保有債券のデュレーションは長期化しており、外部環境が大きく変化した場合に、金融仲介活動を阻害する要因となりうる。2.先行きの金融政策運営への含意(1)非伝統的な金融政策運営の考え方日本銀行が採用してきた様々な非伝統的な金融政策手段は、経済・物価を押し上げる効果を発揮してきたと考えられる。ただし、その定量的な効果は、短期金利の操作による伝統的な金融政策手段に比べて、不確実である。また、これらの手段を大規模かつ長期間にわたって継続する場合には、金融市場の機能度や金融機関の収益に副作用をもたらしうる。

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非伝統的な金融政策手段は短期金利を操作対象とする伝統的な金融政策手段の完全な代替手段とはなりえず、今後、非伝統的な金融政策手段を用いる必要が生じた場合には、その時点の経済・物価・金融情勢のもとで、非伝統的な手段がもたらすベネフィットとコストを比較衡量していくことが重要である。また、バランスシートの拡大を伴う非伝統的な金融政策手段は、引き締め局面で中央銀行の財務に影響を及ぼしうる。中央銀行は、一時的に赤字または債務超過となっても政策運営能力に支障を生じないが、その財務リスクが着目されて金融政策を巡る無用の混乱が生じる場合、そのことが信認の低下につながるリスクがある。このため、財務の健全性を確保することは重要である。(2)2%の「物価安定の目標」非伝統的な金融政策手段が伝統的な金融政策手段(短期金利操作)の完全な代

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7日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解替手段にはなりえないことを踏まえると、可能な限りゼロ金利制約に直面しないように金融政策を運営することが望ましい。こうした観点からは、景気悪化時に実質金利を引き下げることができるよう、小幅のプラスの物価上昇率を安定して実現していくことが重要である。消費者物価指数のバイアスを巡る論点も、中央銀行が、プラスの物価上昇率を目指すべきとする論拠として、引き続き妥当性を有していると考えられる。こうした理解は、主要先進国の中央銀行間で共有されており、その多くは物価目標を2%に設定している。そのうえで、金融政策運営にあたっては、その時々の物価上昇率の実績だけではなく、物価変動を規定する諸要因を見極め、物価の基調を捉えていくことが重要であるとの認識も広く共有されている。以上を踏まえると、わが国でも、引き続き、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、金融政策を運営していくことが適切である。企業や家計へのアンケートでは、「物価・賃金(収入)がともに緩やかに上昇する状態」は、「物価・賃金(収入)がともにほとんど変動しない状態」より好ましいとの回答が多い。わが国で長く続いたデフレ・低インフレ環境下では、多くの品目の価格が動かなくなり、所定内給与も据え置かれる傾向が強まった。

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こうした状況が資源配分を歪めたり、企業の前向きな投資を抑制することにつながっていた可能性もある。これらを踏まえると、賃金上昇を伴う形で、物価が緩やかに上昇する状況を実現することが重要である。(3)財政政策と金融政策財政政策と金融政策は、双方とも、総需要に大きな影響を及ぼす重要なマクロ経済政策手段であり、その波及経路や効果は相互に依存する。この点、金融政策が名目金利の実効下限制約に直面している状況では、財政政策と金融政策のポリシーミックスが有用となるとの指摘がある。一方、多角的レビューの過程で行った意見交換等では、大規模な金融緩和が財政規律の弛緩につながったとの指摘もみられた。日本銀行が、これまで一貫して説明してきたように、金融政策の目的は物価の安定であり、政府による財政資金の調達支援が目的の「財政ファイナンス」ではないことを明確に示していくことは、通貨の信認を確保し、物価の安定を実現していくうえで、きわめて重要である。

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日本銀行金融政策の多角的レビュー概要:基本的見解 8(4)個々の政策手段を巡る論点今回のレビューを踏まえると、現時点においては、将来の政策運営を考えるうえで、特定の手段を除外するべきではない。もっとも、大規模な金融緩和等の経験からは、各手段の効果は不確実性を伴うほか、それぞれ固有の副作用や留意点等が存在することも改めて明確となった。今後、非伝統的な金融政策手段の採用を検討する際には、これらの留意点等も勘案し、可能な限り副作用を抑制しながら効果を発揮できるよう、制度を設計していく必要がある。

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日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明 10背景説明問題意識..................................................................................................... 111.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営........................... 14(1)1990年代後半以降のわが国の経済・物価・金融情勢................................. 14(2)2010年代初頭までの金融政策運営........................................................ 28(3)2013年以降の大規模な金融緩和の経済・物価への影響.............................. 37(4)大規模な金融緩和の市場機能度や金融仲介機能、成長力等への影響............... 49(5)大規模な金融緩和の効果と副作用の評価................................................. 602.先行きの金融政策運営への含意.................................................................. 62(1)非伝統的な金融政策運営の考え方.......................................................... 62(2)2%の「物価安定の目標」................................................................... 63(3)財政政策と金融政策........................................................................... 64(4)個々の政策手段を巡る論点................................................................... 65

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本ページ以降は、2024年12月18日、 19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で決定された、金融政策の多角的レビューの「基本的見解」について、その背景を説明するためのものである。 11日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明 (問題意識)わが国では、経済がデフレに陥った 1990年代後半以降、25年間という長きにわたって、「物価の安定」の実現が課題となってきた(図表 1、図表 2)。その間、日本銀行は、様々な金融緩和策を実施してきている(図表3、図表 4、図表 5)。こうした金融緩和策は、わが国の経済・物価・金融の幅広い分野と相互に関連し、影響を及ぼしてきたと考えられる。以下では、過去25年間のわが国の経済・物価・金融情勢を振り返ったうえで、この間に実施してきた各種の非伝統的な金融政策手段の効果について、それぞれの時点における経済・物価情勢との相互関係のなかで理解するとともに、副作用を含めて金融市場や金融システム等に及ぼした影響についても分析する。そのうえで、先行きの金融政策運営への含意を整理する2。

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2 多角的レビューを進めていくなかでは、多様な知見を取り入れつつ、客観性や透明性を高める観点から、意見交換等の様々な取り組みも実施した。具体的な取り組みの内容と、そこで寄せられた意見等については、補論1を参照。3003504004505005506008590950005101520(出所)内閣府図表1:実質GDP(季節調整済年率換算、兆円)年-3-2-10123458590950005101520CPI(総合)CPI(除く生鮮)CPI(除く生鮮・エネルギー)(出所)総務省(注)CPI除く生鮮および除く生鮮・エネルギーは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策、携帯電話通信料の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。図表2:消費者物価(CPI)(前年比、%)年 日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明 12

§28

① ② ③ ④長めの金利リスク・プレミアムマイナス金利の適用予想物価上昇率の引き下げへの働きかけの引き上げ1999/2月2000/8月2001/3月2006/3月2010/10月2013/4月2013/4月2016/9月2024/3月量的・質的金融緩和(QQE)マネタリーベース長短金利操作付き量的・質的金融緩和量的緩和政策日銀当座預金包括的な金融緩和政策無担保コールレート(O/N物)操作目標短期金利誘導目標 (当座預金への付利)ゼロ金利政策無担保コールレート(O/N物)時間軸効果(フォワード・ガイダンス)時間軸効果(フォワード・ガイダンス)長期国債の買入れ固定金利オペ0~0.1%(実質ゼロ金利)大規模な長期国債買入れマイナス金利(2016/1月導入)「物価安定の目標」への強く明確なコミットメントイールドカーブ・コントロール(YCC)マイナス金利オーバーシュート型コミットメントを追加「できるだけ低め」(事実上ゼロ%)時間軸効果(フォワード・ガイダンス)リスク性資産買入れ(CP・社債・ETF・J-REIT等)リスク性資産買入れリスク性資産買入れ「物価安定の目標」(2013/1月導入)日銀当座預金マネタリーベース長短金利短期政策金利10年物国債金利(2018/7月フォワード・ガイダンス導入)マイナス圏で推移ゼロ%程度で推移↓マイナス圏で推移<2016/1月~>ゼロ%程度で推移(出所)日本銀行図表3:日本銀行の金融政策の変遷

§29

13日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明 -202468108587899193959799010305070911131517192123無担保コールレート(O/N)国債利回り(10年物)(出所)日本銀行、Bloomberg図表4:日本銀行の政策金利等(%)年長短金利操作付き量的・質的金融緩和ゼロ金利政策量的緩和政策包括的な金融緩和政策量的・質的金融緩和-15-12-9-6-303691215-5-4-3-2-10123458587899193959799010305070911131517192123CPI(除く生鮮、左目盛)CPI(除く生鮮・エネルギー、左目盛)実質GDP(右目盛)(出所)総務省、内閣府(注)CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策、携帯電話通信料の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。図表5:日本経済と日本銀行の金融政策年(前年比、%)(前年比、%)長短金利操作付き量的・質的金融緩和ゼロ金利政策量的緩和政策包括的な金融緩和政策量的・質的金融緩和プラザ合意(85/9月)バブル崩壊(90年代前半)アジア通貨危機(97/7月)本邦金融システム危機(97年)ITバブル崩壊(00年)パリバショック(07/8月)リーマンショック(08/9月)欧州債務危機(10年~)東日本大震災(11/3月)新型コロナ感染症(20年~)

§30

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 14

§31

1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(1)1990年代後半以降のわが国の経済・物価・金融情勢わが国では、1990年代後半に物価が持続的に下落するデフレに陥った(前掲図表 2)。その後、一時的に物価上昇率がプラスとなる局面はみられたが、総じてみれば緩やかなデフレが 2010年代初頭にかけて継続した。このように緩やかなデフレが長期にわたり継続した主な要因は、大きく分けると3点に整理できる。(デフレの背景①:自然利子率の低下と需要不足の慢性化)第1に、①景気・物価に対して中立的な実質金利である自然利子率が趨勢的に低下するもと(図表 1-1-1)、 ②名目短期金利の実効下限制約から伝統的な金融政策手段では十分に経済を刺激できなくなり(図表1-1-2)、 ③慢性的な需要不足に陥ったことが挙げられる(図表 1-1-3)。自然利子率の推計値をみると、1990年代以降、長期的な低下トレンドをたどってきた3。こうした自然利子率の低下トレンドには複数の要因が作用しているが、最も重要な要因の一つは 1990年代初頭のバブル崩壊である。すなわち、バブル崩壊以降、資産価格が大幅に下落し、成長期待が下方屈折するもとで、企業は、過剰債務・過剰設備・過剰雇用の調整を余儀なくされ、リスクテイク姿勢を慎重化させた(図表 1-1-4、図表 1-1-5、図表 1-1-6)。

§32

3 わが国の自然利子率を巡る論点については、補論2を参照。-2-10123490950005101520Holston・Laubach・Williams[2023]モデルNakajima et al.[2023]モデル今久保・小島・中島[2015]モデルDel Negro et al.[2017]モデルGoy・Iwasaki[2024]モデル岡崎・須藤[2018]モデル(出所)日本銀行、財務省、厚生労働省、総務省、内閣府、Bloomberg、ConsensusEconomics「コンセンサス・フォーキャスト」(注)各モデルをベースにした推計値。図表1-1-1:自然利子率(%)年-20246810-2024681090950005101520無担保コールレート(O/N、左目盛)CPI(除く生鮮・エネルギー、右目盛)(出所)日本銀行、総務省(注)CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策、携帯電話通信料の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。図表1-1-2:名目短期金利と消費者物価(%)年(前年比、%)-40-30-20-10010203040-8-6-4-20246890950005101520需給ギャップ(左目盛)短観加重平均DI(右目盛)(出所)日本銀行(注)1. 需給ギャップは、日本銀行スタッフによる推計値。

§33

2. 短観加重平均DIは、生産・営業用設備判断DIと雇用人員判断DIを資本・労働分配率で加重平均して算出。2003/12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。3. シャドーは、景気後退局面。図表1-1-3:需給ギャップ(%)(「過剰」-「不足」、DI、%ポイント、逆目盛)年

§34

15日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営1990年代後半から2000年代初頭にかけては、不良債権問題の深刻化や金融機関が保有する株式等の資産価格の下落を受けて金融システム不安が強まった。当時の金融機関の多くは、資本制約と資金流動性制約という2つの制約に直面し、企業からみた金融機関の貸出態度は、はっきりと消極化した。貸し渋りや貸し剥がしが深刻化するなかで、企業は、投資よりも財務の健全化を優先するスタンスを強め、貯蓄超過主体に転じた。この結果、資本ストックの蓄積や研究開発投資、人的資本投資などを通じた生産性向上のペースは大幅に鈍化し、潜在成長率の低迷につながった(図表1-1-7)。このことは、企業の資金需要が長期にわたり低迷したことなどと相まって、自然利子率を押し下げた。2000年代半ばには、「量的緩和政策」による資金流動性制約の緩和や政府による金融機関の資本制約に対する措置、企業・金融機関のバランスシート調整の進展などが相まって、設備投資等が循環的に増加する動きもみられたが、その後もグローバル金融危機や東日本大震災といった大きな負のショックに見舞われるなかで、基本的には慎重な企業行動が続くこととなった。この間、グローバル化の進展や人口動態の変化も、自然利子率を押し下げる方向に作用したと考えられる(図表1-1-8)。

§35

1990年代以降のグローバル化の進展や急速に進んだIT革命といった情勢変化は、それに社会・経済が適合していけば、効率性・生産性の向上や海外需要の取り込みなどを介して、経済にプラスに働くものだった。もっとも、ITの利活用によって米国等で生産性の向上が進んだほか、新興国の経済面でのキャッチアップが急速に進展したこととは対照的に、わが国では、バブル崩壊後の調整に時間を要するなかで、社会・経済のこうした情勢変化への対応が遅れることとなった。海外生産シフトが進展した一方で、国内で生産性の高い産業が十分には育たなかった-15-10-5051015202530-3-2-1012345690950005101520業界需要予想成長率(実質、左目盛)GDP民間企業設備投資(実質、右目盛)(出所)内閣府(注)業界需要予想成長率は今後5年間の見通し。シャドーは、業界需要予想成長率の20~80%タイル。

§36

図表1-1-4:企業の期待成長率(年度平均、%)(前年比、%)年度-100-80-60-40-2002040608010090950005101520家計部門企業部門一般政府国内部門貯蓄投資バランス(出所)日本銀行図表1-1-5:貯蓄投資バランス(兆円)年貯蓄超過投資超過0204060801001201401601802000501001502002503003504004508590950005101520ネット有利子負債額(左目盛)ネット有利子負債比率(右目盛)(出所)財務省(注)法人季報ベース。金融業、保険業を除く。ネット有利子負債額は金融機関借入金(固定負債・流動負債)と社債の合計から、現金・預金を控除したもの。ネット有利子負債比率=ネット有利子負債額÷純資産。図表1-1-6:企業のバランスシート調整(兆円)(%)年末

§37

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 16ことは、成長トレンドの低下や国内投資の低迷につながった面があるとみられる。また、少子高齢化の進展は、とくに 2000年代以降、家計が長寿化に備えて貯蓄を増やしたことや企業が国内需要を見込んだ投資を抑制したことなどを通じて、自然利子率を押し下げた可能性がある(図表1-1-9)。 図表1-1-9:人口動態と自然利子率の関係(概念図)一人当たりが利用可能な資本の増加少子高齢化の進展労働供給量の減少家計貯蓄の増加資本ストックの過剰感の高まり(労働力対比)自然利子率に対する低下圧力の高まり潜在成長率の低下長寿化への備えマクロの貯蓄増加を通じた投資押し上げ効果-2-101234590950005101520TFP資本投入労働投入潜在成長率(出所)日本銀行(注)日本銀行スタッフによる推計値。2024年度上半期は、2024/2Qの値。図表1-1-7:潜在成長率(前年比、%)年度半期10152025303512012112212312412512612712812913090950005101520(総人口に占める割合、%)総人口(左目盛)0~14歳(右目盛)65歳以上(右目盛)(出所)総務省図表1-1-8:人口動態年(百万人)

§38

17日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(デフレの背景②:供給面からの物価下押し圧力の強まり)第2に、1990年代半ばから 2000年代にかけては、グローバル化の進展による新興国からの輸入品との価格競争激化やIT関連等での技術革新のグローバルな広がりといった要因も物価を押し下げる方向に作用した(図表 1-1-10、図表 1-1-11)4。具体的には、1990年代半ばにかけて、為替レートが円高傾向をたどり、海外生産シフトも進展するなか、内外価格差を意識した規制緩和や流通構造の合理化が進んだことや、IT関連等での技術革新がグローバルに広がったことは、供給面から物価を押し下げた(図表 1-1-12)。また、2000年代後半のグローバル金融危機以降の局面では、為替円高が進行したことが、物価の押し下げ圧力として作用した。

§39

4 グローバル化の進展が、様々な経路を介して、わが国の物価に及ぼした影響については、補論3を参照。0510152025808590950005101520日本米国(%)年図表1-1-10:輸入ペネトレーション比率(出所)内閣府、BEA(注)輸入ペネトレーション比率=輸入÷(GDP+輸入-輸出)0204060801001201409500051015繊維品(衣料品等)テレビパソコン(出所)日本銀行(注)契約通貨ベース。図表1-1-11:輸入物価(1995年=100)年70809010011012013014015016017090950005101520年ドル/円レート(出所)Bloomberg(注)月末値。図表1-1-12:為替レート(円)円安円高

§40

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 18(デフレの背景③:賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着)第3に、上記のような需要動向や競争環境等の変化を背景に、緩やかなデフレが継続したことは、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方が次第に社会に定着することにつながったと考えられる。すなわち、バブル崩壊後の調整の過程で需要不足が慢性化したことは、海外との競争激化等とも相まって、企業間の価格競争の激化につながった。こうしたもとで、多くの企業は、仕入コスト等が上昇しても、顧客へのコスト転嫁を控える傾向を強めた。企業の価格改定頻度はサービス部門を中心に低下し、価格上昇率がゼロ%程度となる品目が大幅に増加した(図表1-1-13、図表1-1-14)。こうした動きが社会全体に広がるなかで、企業は、コストが上昇しても顧客を失うことを恐れて価格を据え置く方向に一段と傾斜し、経営戦略においてもコストカットを優先していったといえる(図表1-1-15)。多くの企業がこのような戦略を採り、顧客もそのことを当然視するようになるもとで、価格改定の慣習は薄れていった。

§41

1990年代半ばの為替円高もあって、内外価格差の是正や価格競争力の確保が課題とされたことも、企業行動の変化に影響した可能性がある(図表1-1-16、図表1-1-17、図表1-1-18)。以上のように、企業にとって、価格改定、とくに値上げに伴うコストが高まったことは、定量的な分析からも確認できる5。

§42

5 企業にとっての価格改定コストは、経済学において「メニューコスト」と呼ばれる。メニューコストを巡る定量的な分析については、補論4を参照。0246810129194970003060912151821上方改定頻度下方改定頻度(%/月)年図表1-1-13:価格改定頻度①財0246810129194970003060912151821上方改定頻度下方改定頻度(%/月)年②サービス(出所)総務省(注)小売物価統計において、前月から品目別の平均価格が変化した都市の割合。生鮮食品、電気・都市ガス・水道、家賃を除く。消費税率引き上げ時期やセール等による一時的な価格変動を除く。後方12カ月移動平均。05101520253035-10-8 -6 -4 -2024681012141618202023年12月2005年12月1992年12月(前年比、%)~~図表1-1-14:価格改定率の品目別分布(出所)総務省(注)対象はCPI(除く生鮮食品・家賃)。(CPI(除く生鮮)に占めるウエイト、%) 19日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営

§43

01020304050607080919599030711151923家賃サービス(除く家賃)エネルギー財(除く生鮮・エネルギー)CPI(除く生鮮)(CPI(除く生鮮)に占めるウエイト、%)年度図表1-1-15:価格据え置き割合(出所)総務省(注)前年比の価格変化率が±0.5%以内である品目の割合。0.51.01.52.090950005101520日本米国ユーロ圏英国(出所)BIS、IMF(注)PPP実効為替レート/名目実効為替レートで算出。PPP実効為替レートは、2国間のPPP為替レートを、実効為替レート計算上のウエイトにより実効化したもの。図表1-1-16:内外価格差(主要先進国)(倍)年0102030405060708090エアコン洗濯機テレビカメラスーツ腕時計(複数回答比率、%)1980年代後半1990年代前半系列3(出所)経済企画庁(注)1992年12月に実施された経済企画庁「物価モニター調査」の結果。購入時期別の購入理由を尋ねており、「5年以上前」を「1980年代後半」、「1年未満」を「1990年代前半」と表示している。

§44

図表1-1-17:消費者の低価格志向の高まり購入理由として「値段が安い」ことを挙げた回答の割合1995年1996年・「価格破壊」の進展(ディスカウントストアのシェア拡大)国内要因海外要因等・円高の進展・内外価格差・国際競争の激化と輸入ペネトレーションの上昇・内外価格差・低価格化への取り組み(プライベートブランドの拡大等)・規制緩和(大店法改正等)による流通構造の変化1995年「所得の伸び悩みの長期化等を背景として消費者は価格に対してより敏感になってきており、より安価な商品を購入しようとする消費行動が広まってきています。」図表1-1-18:「物価レポート」における主要論点①物価上昇率低下の背景②消費者の低価格志向高まりの背景(出所)経済企画庁「物価レポート」

§45

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 20価格競争の激化は、1990年代初頭から、長きにわたり雇用過剰感が強い状況が続いたことと相まって、賃金を抑制する方向にも作用した(図表1-1-19、図表 1-1-20)。とくに、1990年代後半から 2000年代初頭にかけて、金融システム不安やITバブル崩壊を受けて企業の収益環境が悪化したもとでは、大手企業で人員整理を含む大規模な事業構造改革が実施されるなど、人件費抑制圧力が一段と強まった。こうしたなかで、労働者サイドを含め、社会全体として、賃金上昇より正規雇用の安定を優先する傾向が広がった(図表 1-1-21)。また、非正規雇用を増やすことによって総人件費の固定化を抑制しようとする企業の動きも広くみられた(図表1-1-22)。これらに伴う賃金の抑制は、結果として、コスト面からも物価が上がりにくい傾向をさらに強めることにつながったと考えられる(図表 1-1-23)。

§46

-60-50-40-30-20-1001020304090950005101520大企業中小企業(出所)日本銀行(注)短観ベース(全産業)。2003/12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。図表1-1-19:雇用人員判断(「過剰」-「不足」、DI、%ポイント、逆目盛)年不足過剰-2-10123456791960106111621CPI(除く生鮮)所定内給与(一般労働者)ベースアップ率定昇込み賃上げ率(出所)厚生労働省、総務省、日本労働組合総連合会、中央労働委員会(注)1. CPIは、消費税率引き上げ等の影響を除くベース。2024年は1~10月の値。2. 所定内給与の1993年以前は、常用労働者の値。2016年以降は、共通事業所ベース。2024年は1~9月の値。3. ベースアップ率および定昇込み賃上げ率は、2013年までは中央労働委員会、2014~2024年は連合の公表値。図表1-1-20:賃金と物価年(前年比、%) 21日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営

§47

4050607080909702072022雇用・人事に関する事項系列1年図表1-1-21:労使交渉が行われた項目(複数回答比率、%)(出所)厚生労働省(注)1. 1997~2007年は「団体交渉と労働争議に関する実態調査」、2020~2022年は「労使間の交渉等に関する実態調査」。2. 雇用・人事に関する事項は、採用計画や雇用の維持・解雇等に関する協議事項を指す。30323436384005101520(%)年(出所)総務省(注)2012年以前は詳細集計ベース、2013年以降は基本集計ベース。2024年は1~10月の値。図表1-1-22:非正規雇用比率0.91.01.11.21.3950005101520全産業製造業非製造業図表1-1-23:価格マークアップ・賃金マークダウン(倍)年度販売価格抑制①価格マークアップ0.20.61.01.41.82.22.6950005101520全産業製造業非製造業(倍)年度賃金抑制②賃金マークダウン(出所)経済産業研究所、財務省、内閣府、日本政策投資銀行「企業財務データバンク」、青木ほか(2024)(注)価格マークアップは、販売価格と限界費用の比率。賃金マークダウンは、労働を1単位投入した時に増加する収入と、労働者に支払われる対価(賃金)の比率。2023年度は4~12月の値。

§48

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 22賃金・物価が上がりにくいことを前提にした慣行や考え方は、様々な社会制度にも組み込まれることとなった。例えば、公共料金については、とくに政府による価格改定への関与が大きい品目では、価格がきわめて上がりにくくなり、コスト上昇を値上げではなく補助金によって吸収する動きもみられた(図表1-1-24、図表1-1-25、図表1-1-26)6。こうしたもと、中長期の予想物価上昇率も低水準で不安定に推移した(図表 1-1-27)7。わが国の中長期の予想物価上昇率は、米欧とは異なり中央銀行の物価目標にアンカーされず、過去の物価変動の影響を受けやすいという意味で、適合的に形成されてきたといえる。現実の物価上昇率に加え、中長期の予想物価上昇率も低水準で推移することで、物価はより強固に上がりにくくなった。以上のような過去 25年間の企業の賃金・価格設定行動は、多角的レビューの一環として実施した大規模な企業向けアンケート(「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」)からも確認できる(図表 1-1-28)8。

§49

6 詳細は、新谷幸平・倉知善行・西岡慎一(2016)、「わが国の公共料金の特徴」、日銀レビュー・シリーズ、No.2016-J-12、を参照。7 予想物価上昇率については、多くの指標等があり、その特徴を踏まえたうえで評価する必要がある。図表1-1-27①では、家計・企業・専門家の指標を一定の仮定に基づき合成した指数を用いて評価している。詳細は、長田充弘・中澤崇(2024a)、「期間構造や予測力からみたインフレ予想指標の有用性」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-5、を参照。8 企業向けアンケートからみた、過去 25年間の企業の賃金・価格設定行動についての詳細は、補論5を参照。9698100102104106108110000204060810121416182022国・地公体によって決定される料金認可・届出によって決定される料金(出所)総務省(注)経済企画庁「物価レポート」や新谷・倉知・西岡(2016)を基に分類。消費税率引き上げ・教育無償化政策、医療保険制度見直しの影響を除いた試算値。電気代・ガス代を除くベース。図表1-1-24:2000年代以降の公共料金(2000年=100)年6789101190950005101520営業費用料金収入(出所)総務省(注)公営企業型地方独立行政法人は含まないベース。2014年度以降は、会計制度変更による影響を調整。

§50

図表1-1-25:地方公営企業の収益構造(兆円)年度

§51

23日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営

§52

図表1-1-26:1990年代にかけての公共料金を巡る動き1989年10月12月公共料金については、国際的な観点からコスト構成等の検討を行いつつ、一層の生産性向上に努めることによって、料金の適正化を図る。1994年4月公共料金については、物価及び国民生活に及ぼす影響を十分に考慮して厳正に取り扱うこととし、その引上げに際しては、安易な引上げは厳に慎み、今後の経営の徹底した合理化を前提とした上で、真にやむを得ないものに限るとともに、その実施時期及び改定幅等についても極力調整する。5月いわゆる年内引上げ実施見送り措置。11月1995年3月民間事業に係る公共料金制度について、低廉で良質なサービスの確保を図るため、「今後の公共料金の取扱いについて」を踏まえ、競争的環境の整備、事業の効率化の促進に併せ、事業の内容・性格等を勘案しつつ、価格設定の在り方の見直し、料金の多様化、弾力化を推進する。

§53

1996年3月1997年3月経済企画庁「物価レポート」で公共料金の内外価格差を指摘「内外価格差対策の推進について」(政府・与党内外価格差対策推進本部申合せ)物価安定政策会議特別部会基本問題検討会「公共料金改革の提言」公表「今後の公共料金の取扱いについて」(閣議了解)「規制緩和推進計画について」(閣議決定)物価安定政策会議特別部会基本問題検討会「公共料金の価格設定の在り方等について」公表「公共料金の取扱いに関する基本方針について」(物価問題に関する閣僚会議申合せ)「公共料金の取扱いに関する当面の措置について」(閣議了解)0.00.51.01.52.02.5070911131517192123合成予想物価上昇率(10年後)うち家計うち企業うち専門家図表1-1-27:予想物価上昇率(%)年①合成予想物価上昇率0.00.51.01.52.02.53.03.54.0959799010305070911131517192123日本米国ドイツ(%)年②予想物価上昇率(主要国比較)(出所)日本銀行、QUICK「QUICK月次調査<債券>」、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、Bloomberg(注)①の合成予想物価上昇率は、企業(短観)、家計(生活意識に関するアンケート調査<質的質問・量的質問>)、専門家(QUICK調査、コンセンサス・フォーキャスト、インフレ・スワップ・レート)によるインフレ予想について、主成分分析を用いて共通成分を抽出したもの。

§54

企業の2013年以前の値は、Nakajima(2023)に基づく推計値を利用。②は、コンセンサス・フォーキャストの6~10年先予想。01020304050607080当てはまるある程度当てはまる当てはまらない前半(1990年代半ば~2000年代頃)後半(2010年代頃)現在(過去1年程度)(%)図表1-1-28:企業向けアンケートからみた価格設定行動①コストの価格転嫁の困難さ01020304050607080競合他社との価格競争消費者の強い節約志向値上げによるイメージ悪化懸念社内・取引先との調整・交渉コスト物価全体の低迷業界の規制・制度の存在その他前半後半現在(%)②価格転嫁が困難な理由(出所)日本銀行(注)1. 詳細は、「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を参照。2. ②は、①で「当てはまる」「ある程度当てはまる」と回答した企業に占める比率。当てはまるもの3つまで選択可。

§55

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 24(2013年以降の変化:デフレではない状態)日本銀行は、2013年に、 2%の「物価安定の目標」を設定し、「量的・質的金融緩和」という大規模な金融緩和を導入した(図表 1-1-29~図表 1-1-37)。政府も、大規模な財政刺激策など、様々な施策を実施した。この間、為替市場では、海外での情勢変化もあってグローバル金融危機以降の円高が修正された。大企業を中心に企業業績は回復し、株価も上昇した。こうしたもと、長らく続いた慢性的な需要不足は解消に向かい、予想物価上昇率も幾分高まるもとで、プラスの物価上昇率が継続し、わが国は物価の持続的な下落という意味でのデフレではなくなった。もっとも、2010年代の物価上昇率は、2%の「物価安定の目標」を下回る状況が続いた。この要因としては、慎重な企業行動が続くもとで、①女性や高齢者などの潜在的な労働供給余地が残っており、労働需給の引き締まりに応じて弾力的に供給が増加し、賃金・物価上昇圧力が大きくは高まらなかったこと、②現実の賃金・物価上昇率が小幅にとどまるもとで、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の転換に時間を要したこと、などが挙げられる。

§56

-1.5-1.0-0.50.00.51.01.52.02.5070911131517192123名目金利(10年)実質金利(10年)合成予想物価上昇率(10年後)(出所)日本銀行、QUICK「QUICK月次調査<債券>」、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、Bloomberg(注)1.<Ⅰ>は「量的・質的金融緩和」導入以降(2013/2Q~)、<Ⅱ>は「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」導入以降(2016/3Q~)、<Ⅲ>は新型コロナウイルス感染症の拡大以降(2020/1Q~)。以降の図表も同じ。2.実質金利は、10年物国債金利から合成予想物価上昇率を差し引いた値。3. 合成予想物価上昇率については、図表1-1-27の(注)を参照。図表1-1-29:金利・予想物価上昇率(%)年<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>0.51.01.52.0-4-202468070911131517192123貸出残高(左目盛)貸出金利(右目盛)(出所)日本銀行(注)貸出残高は、民間銀行貸出の平残前年比。民間銀行貸出には、企業向けのほか、個人向け、地方公共団体向け等も含む。貸出金利は、国内銀行の貸出約定平均金利(新規・長期)。

§57

図表1-1-30:銀行貸出(前年比、%)年(%)<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>-2.0-1.5-1.0-0.50.00.51.01.52.0-20-15-10-505101520070911131517192123CP・社債残高(左目盛)CP発行利回り(右目盛)社債発行利回り(右目盛)(出所)証券保管振替機構、日本証券業協会、キャピタル・アイ、アイ・エヌ情報センター(注)CP・社債残高は末残前年比。CP発行利回りは3か月物。2009/9月以前はa-1格以上、2009/10月以降はa-1格。社債発行利回りは、AA格、単純平均値、起債日ベース。対象は国内公募社債で、銀行や証券会社の発行分などは除く。図表1-1-31:CP・社債発行(前年比、%)年(%)<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>

§58

25日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営

§59

51015202530354045708090100110120130140150160070911131517192123ドル/円レート(左目盛)日経平均株価(右目盛)(出所)Bloomberg図表1-1-32:為替・株価(円)年(千円)<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>0306090120070911131517192123経常利益営業利益(出所)財務省(注)法人季報ベース。金融業、保険業を除く。2009/2Q以降は、純粋持株会社を除く。図表1-1-33:企業収益(季節調整済年率換算、兆円)年<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>0123456070911131517192123(出所)総務省図表1-1-34:失業率(季節調整済、%)年<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>-6-4-2024070911131517192123(出所)日本銀行図表1-1-35:需給ギャップ(%)年<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>-10123456070911131517192123ベースアップ率所定内給与(一般労働者)時間当たり所定内給与(パート)(出所)厚生労働省、日本労働組合総連合会、中央労働委員会(注)1. ベースアップ率は、2013年までは中央労働委員会、2014~2024年は連合の公表値。2. 所定内給与の2016年以降は、共通事業所ベース。2024年は1~9月の値。

§60

図表1-1-36:賃金(前年比、%)年<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>-3-2-101234590950005101520CPI(除く生鮮・エネルギー)CPI(除く生鮮)(出所)総務省(注)CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策、携帯電話通信料の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。図表1-1-37:CPI(前年比、%)年<Ⅰ> <Ⅱ> <Ⅲ>

§61

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 26(2020年代の変化)こうした状況は、2020年代に入り、変化してきている。第1に、労働市場では、女性や高齢者などの追加的な労働供給余地が縮小しているとみられる(図表 1-1-38)。すなわち、2010年代に大幅に上昇した女性の労働力率は、主要先進国に近いまたは上回る水準となっている(図表1-1-39)。わが国の女性労働者は、非正規雇用比率が高く、一人当たりの労働時間を拡大する余地はあるが、全体として労働投入の伸びは鈍化することが見込まれる。高齢者についても、1940年代後半に生まれたベビーブーマー世代が 75 歳に到達するといった人口動態の変化を受けて、労働参加の増加ペースは緩やかとなっている(図表1-1-40)。このような供給面の変化がみられるもと、長期にわたる金融緩和等から就業者数が増加していることなどを受けて、人手不足感は一段と強まっている(図表 1-1-41)。第2に、企業の賃金・価格設定行動に従来よりも積極的な動きがみられており、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方にも変化が窺われる。

§62

新型コロナウイルス感染症拡大やロシアによるウクライナ侵攻等を契機としたグローバルな物価上昇率の高まり、これに伴う米欧中央銀行の急速な利上げ等を受けた円安の進行を受けて、わが国の輸入物価は大幅に上昇した(図表1-1-42)。コストが大幅に上昇するもと、国内需要が緩やかな回復を続けていることもあって、企業が仕入価格の上昇を販売価格に反映する動きは強まることとなった。価格変更の慣習が復活するもとで、価格を改定しやすくなっていると考えられる。賃金に関しても、上記のような構造変化もあって人手不足感が強まるなか、企業の賃金設定行動や、労働者の雇用の安定を優先するスタンス9698100102104106108110112114116-2-1012345678101112131415161718192021222324雇用者数(高齢者、左目盛)雇用者数(女性、左目盛)雇用者数(男性、左目盛)雇用者数(左目盛)労働投入量(右目盛)(2010/1Qからの変化、百万人)年図表1-1-38:労働投入(出所)総務省、厚生労働省(注)1. 季節調整済の値。2. 雇用者数の内訳のうち、女性および男性は15~64歳、高齢者は65歳以上。

§63

3. 労働投入量=総実労働時間(毎月勤労統計)×雇用者数(労働力調査)(2010/1Q=100)010203040506070809010015-2425-3435-4445-5455-6465-日本米国ドイツスウェーデン(%)(年齢)010203040506070809010015-2425-3435-4445-5455-6465-2023年2010年2000年1990年(%)(年齢)図表1-1-39:女性の労働力率(出所)OECD<日本><主要国・2023年>16182022242628051015000204060810121416182022労働力人口(75歳以上、左目盛)労働力人口(70~74歳、左目盛)労働力人口(65~69歳、左目盛)労働力率(65歳以上、右目盛)(出所)総務省図表1-1-40:高齢者の労働参加年(百万人)(%)

§64

27日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営に変化がみられる。転職市場の拡大といった労働市場の構造変化も、賃金上昇を促す方向に作用している。この間、政府は、原材料コストや労務費等の上昇を販売価格に適切に転嫁するための指針等や最低賃金の引き上げ目標を策定するなどして、賃金・価格の適切な引き上げを強くサポートした。これらの動きが相まって、一般物価の上昇を賃金設定に反映する動きは強まり、春季労使交渉における賃上げ率は、2023年に約 30年ぶりの高水準となったあと、2024年はさらに伸び率を高めた(前掲図表 1-1-20)。このような変化が進むもと、家計や企業の中長期の予想物価上昇率も2%に向けて高まっている。この間、1990年代半ば以降、長らく続いてきた世界的なディスインフレ傾向にも変化が生じている可能性がある。グローバル化の進展は、わが国を含め、世界的に物価を押し下げる方向に作用してきたが、地政学的リスクの高まりなどを背景に、その潮流に変化が生じてきているとの見方もある。また、やや長い目でみて、地球温暖化は穀物価格等に影響を及ぼすリスクがあるほか、世界的に進む脱炭素化の動きは、その移行過程において、化石燃料需給のひっ迫やエネルギーコストの上昇などを介して、物価に影響を及ぼすことも考えられる。

§65

企業の賃金・価格設定行動に積極的な動きがみられるもとでは、こうしたグローバルな供給ショックがわが国の物価に及ぼしうる影響についても、従来以上に注視していく必要がある。

§66

5060708090100110120130総人口①25~74歳人口②15~64歳(生産年齢)人口③就業者数(百万人)年度図表1-1-41:人口動態の見通し-1001020307080900010203040①-③②-③(出所)総務省、国立社会保障・人口問題研究所、労働政策研究・研修機構(注)シャドーは、先行き。人口の先行きは、国立社会保障・人口問題研究所の推計値。就業者数の先行きは、労働政策研究・研修機構の推計値をもとに試算。年度-20-100102030405060192021222324円ベース契約通貨ベース図表1-1-42:輸入物価指数(前年比、%)年(出所)日本銀行

§67

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 28(2)2010年代初頭までの金融政策運営バブル崩壊以降の経済・物価の展開を受けて、日本銀行は、1990年代後半にかけて利下げを行い、1999年には、世界で初めて「ゼロ金利政策」とフォワード・ガイダンス――当時、日本銀行では「時間軸政策」と呼称――を導入した。その後も、2000年代の「量的緩和政策」、2008年のグローバル金融危機後の一連の金融緩和策、 2010年代初頭の「包括的な金融緩和政策」と、非伝統的な金融政策手段を相次いで導入した。これらで企図した金融緩和の波及メカニズムは次のとおりである。(1990年代の政策金利の引き下げとゼロ金利政策の導入)日本銀行は 1991年7月に、当時の主たる金融政策手段であった公定歩合を 6.0%から 5.5%へと引き下げて金融緩和に転じた(図表1-2-1)。短期の市場金利である無担保コールレート(オーバーナイト物)は 1991年のピークの 8%台から、1995年には 0.5%を下回る水準まで低下した9。

§68

このように 1990年代後半には短期金利の引き下げ余地は縮小したが、日本銀行は、1997年に入り、わが国の金融不安が高まった局面では長めの資金を潤沢に供給したほか、経済・物価情勢の悪化を受けて、1998年には短期金利(無担保コールレート(オーバーナイト物))の誘導目標を「0.25%前後」に引き下げ、CP買現先オペレーションの積極活用等の企業金融支援策を導入した

§69

91990年代に進展した金利の自由化(預金金利自由化は1994年完了)などを受けた金融市場の変化を受けて、日本銀行は 1995年3月に、公定歩合に加え、市場金利の誘導方針も政策手段として位置付けた新しい金融政策運営の枠組みを導入した。その後、1998年に施行された新日本銀行法のもとでは、市場金利の誘導方針などを金融市場調節方針として、毎回の金融政策決定会合で決定することとした。012345678990919293949596979899無担保コールレート(O/N)公定歩合(出所)日本銀行図表1-2-1:日本銀行の政策金利等(%)年 29日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(図表 1-2-2)。その後、1999年2月には「ゼロ金利政策」を導入し、4月には同政策を「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」継続するというフォワード・ガイダンスを導入した(図表 1-2-3)。

§70

01234567891097989900年(出所)日本銀行図表1-2-2:CP買現先オペ残高(兆円)• 「より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す」• 「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」ゼロ金利政策を継続金融市場調節の操作目標「時間軸政策」(フォワード・ガイダンス)図表1-2-3:ゼロ金利政策(1999~2000年)

§71

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 30(量的緩和政策:想定した波及メカニズムと効果)日本銀行は、2000年8月に、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢に至ったとの判断から「ゼロ金利政策」を解除した。もっとも、その後、グローバルなITバブル崩壊を契機に景気が悪化するなか、物価の継続的な下落を防止し、持続的な経済成長のための基盤を整備する観点から、2001年3月に「量的緩和政策」を導入した(図表1-2-4)。「量的緩和政策」は、主として、①金融市場調節の主たる操作目標を日本銀行当座預金残高に変更し、所要準備額を大幅に上回る当座預金残高目標のもとで、潤沢な資金供給を実施(図表1-2-5)、②こうした潤沢な資金供給を消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続(フォワード・ガイダンス)、③日本銀行当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合には、銀行券発行残高を上限に、長期国債の買入れを増額、という3点から構成されていた。この政策は、主として、フォワード・ガイダンスによる長めの名目金利の押し下げと潤沢な資金供給による金融システムの安定確保の面で、効果を発揮したと考えられる10。

§72

すなわち、日本銀行が、この政策の枠組みを「消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続する」と宣言したことによって、低金利環境が当面継続するとの市場の期待を強めた。このことは、ターム物金利を含め、市場金利を押し下げた。また、金融機関に対する短期の資金供給(手形買入オペレーション等)を中心に、潤沢に資金を供給したことは、金融機関の流

§73

10 「量的緩和政策」の効果に対するサーベイとしては、鵜飼博史(2006)、「量的緩和政策の効果:実証研究のサーベイ」、『金融研究』、Vol.25(3)、pp.1-45、日本銀行金融研究所、を参照。図表1-2-4:量的緩和政策(2001~2006年)• 主たる操作目標:無担保コールレート(オーバーナイト物)⇒日本銀行当座預金残高• 「新しい金融市場調節方式は、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続する」• 狙い:デフレ予想の是正、イールドカーブ全体の低下金融市場調節の操作目標の変更強力な「時間軸効果」• 円滑な資金供給のために必要な場合には長期国債の買入れを増額する• 銀行券発行残高を上限とし金融政策の信認を確保長期国債の買入れ増額0510152025303598990001020304050607(出所)日本銀行図表1-2-5:日本銀行当座預金残高(平残、兆円)年

§74

31日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営動性不安を軽減させた11, 12。こうしたもと、金融機関による資本増強とバランスシート調整の進展も相まって、金融機関の貸出スタンスは徐々に積極化していった(図表1-2-6)。また、世界経済が2000年代後半にかけて高い成長率を実現するもとで、企業部門でも、設備投資等が循環的に増加するなど、一部で積極的な動きがみられた。 11 この間、長期国債の買入れについては、「量的緩和政策」導入前の月4,000 億円ペースから、2002年10月に同1兆 2,000 億円ペースまで増額されたあと、横ばいで維持された。12 このほか、金融システムの安定確保の観点から、 2002年11月から 2004年9月までの間、金融機関保有株式の買入れを実施した。-30-20-10010203098990001020304050607大企業中小企業(出所)日本銀行(注)2003/12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。図表1-2-6:金融機関の貸出態度(「緩い」-「厳しい」、DI、%ポイント)年

§75

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 32(グローバル金融危機後の金融緩和と包括的な金融緩和政策:想定した波及メカニズムと効果)グローバル金融危機を受けた 2008年秋以降の局面において、日本銀行は、短期金利の誘導目標を「0.1%前後」に引き下げたうえで、金融市場の安定確保や企業金融支援のための各種施策を講じた(図表1-2-7)。具体的には、各国中央銀行と協調して米ドル資金供給オペレーションを導入したほか、円資金の積極的な資金供給を行いうるよう補完当座預金制度を導入し、そのもとで、潤沢な資金供給を実施した(図表 1-2-8、図表 1-2-9)。さらに、企業金融の円滑化を念頭に、CP・社債の買入れ、適格担保の拡充、企業金融支援特別オペレーションの導入等を実施した(図表1-2-10)13。こうしたもと、グローバル金融市場において流動性が急激に低下し、世界的に需要が急減するもとでも、わが国の金融システムは安定を維持し、企業金融の円滑も確保された。その後、世界経済は、各国中央銀行の迅速な対応や巨額の財政政策などを受けて、急激な落ち込みからは立ち直ったが、先進国における過剰債務の調整の長期化や欧州債務危機などを受けて、回復ペースは緩慢なものとなった。

§76

グローバル金融市場は不安定な動きを続け、後述のように、為替レートの円高傾向が続いた。こうした環境下、2010年に導入した「包括的な金融緩和政策」は、長めの金利にまで低下圧力を加えたほか、リスク性資産買入れによる各種リスク・プレミアムの縮小を企図した政策であった(図表1-2-11)。金利への働きかけという観点では、短期金利の誘導目標を従来の「0.1%前後」から「0~0.1%程度」に変更したうえで、「物価の安定が展望できる情勢

§77

13 これらに加え、金融システムの安定確保の観点から、金融機関保有株式の買入れ再開、金融機関に対する劣後特約付貸付の供与などの施策を実施した。• 無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標:0.5%前後⇒0.3%前後(2008年10月)⇒0.1%前後(2008年12月)• 米ドル資金供給オペの導入• 補完当座預金制度の導入• 長期国債買入れの増額と買入れ対象の拡大政策金利の引き下げ金融市場の安定確保のための措置• CP等・社債の買入れ• 適格担保の拡充• 企業金融支援特別オペの導入企業金融円滑化の支援のための措置図表1-2-7:グローバル金融危機後の金融緩和(2008年以降)02004006008001,0001,2001,40007080910(億米ドル)年図表1-2-8:米ドル資金供給オペ残高(出所)日本銀行051015202507080910(平残、兆円)年(出所)日本銀行図表1-2-9:日本銀行当座預金残高

§78

33日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続する」ことを宣言した。そして、「資産買入等の基金」を創設し、長期国債の買入れについて――「基金」以外の長期国債買入れについては、従来の方針を維持しつつ――新たに短中期ゾーンの国債買入れを実施すること等を通じて、1~3年程度の、より長めの市場金利に低下圧力を加えた(図表 1-2-12)。同基金における長期国債買入れの対象年限は、当初「残存期間1年以上2年以下」としていたが、2012年には「同1年以上3年以下」に拡大した。リスク・プレミアムの縮小という観点では、同基金のなかで、国債のほか、CPや社債、ETF、J-REITなどのリスク性資産の買入れを実施した。これにより、市場参加者の投資姿勢が積極化し、各種のリスク・プレミアムに縮小方向の圧力が加わった。このほか、金融機関の一段と積極的な行動と、企業や家計の前向きな資金需要の増加を促す観点から、金融機関の貸出増加額について、希望に応じてその全額を低利かつ長期で供給する、「貸出増加を支援するための資金供給」も導入した。

§79

0246810121407080910(兆円)年社債等買入CP等買入企業金融支援特別オペCP買現先(出所)日本銀行図表1-2-10:民間企業債務を活用したオペ残高図表1-2-11:包括的な金融緩和政策(2010~2013年)• 無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標:0.1%前後⇒0~0.1%程度(2010年10月)<実質ゼロ金利>• 「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続」金利誘導目標の変更時間軸の明確化• 長期国債の買入れ拡大、リスク性資産(CP・社債・ ETF・J-REIT等)の買入れ(注)対象年限:当初「残存期間1年以上2年以下」⇒2012年4月「同1年以上3年以下」に拡大• 国債・リスク性資産など多様な金融資産の買入れと固定金利方式・共通担保資金供給オペレーションを行うため、臨時の措置として、日本銀行バランスシート上に「資産買入等の基金」を創設。資産買入等の基金の創設(注)0102030405060708010/1011/411/1012/412/10月共通担保資金供給J-REITETF社債等CP等国庫短期証券長期国債凡例用(出所)日本銀行図表1-2-12:資産買入等の基金残高(兆円)

§80

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 34(1990年代後半から 2010年代初頭までの金融政策の緩和効果)このように、1990年代末以降、日本銀行は、名目短期金利がゼロ%近くまで低下するもとで、様々な非伝統的な金融政策手段を導入してきた。これらの政策の効果は、当時の経済が直面していた課題や外部環境を踏まえたうえで、評価する必要がある。金融緩和効果の起点として重視されることが多い実質金利の動きをみると、 1990年代末から2010年代初頭にかけて、短期・長期とも――物価上昇率や予想物価上昇率が低下ないし低水準で推移するもとで――大幅に引き下げることはできなかった(図表 1-2-13)。2000年代の「量的緩和政策」の際には、長めの名目金利の低下は、主として消費者物価の前年比に紐づけたフォワード・ガイダンスによって実現された。この間、日本銀行による主たる資金供給手段は、潤沢な資金供給による金融システムの安定確保が意識されるもとで、期間1年未満の金融機関への貸出等が中心となっており、資産買入れによって長めの名目金利を押し下げる経路には働きかけていない。

§81

その後、2010年に導入した「包括的な金融緩和政策」のもとでは、上記のフォワード・ガイダンスに加え、国債買入れの増額と買入れ対象年限の拡大によって、より長めの金利にまで低下圧力を加えることとしたが、この政策で創設した資産買入等の基金では国債買入れの対象を残存期間3年以下に限定しており、イールドカーブ全体を押し下げる効果は限られた。ただし、こうした実質金利の動向だけで、当時の金融政策を評価すべきではない。1990年代末から 2000年代半ばの局面では、とくにその前半において、企業のバランスシート調整圧力や金融システム不安が残り、金融緩和効果の波及を阻害-3-2-1012395980104071013161922実質金利名目金利図表1-2-13:名目・実質金利(%)年①1年-2-101234595980104071013161922実質金利名目金利(%)年②10年(出所)日本銀行、QUICK「QUICK月次調査<債券>」、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、Bloomberg(注)各年限の実質金利は、対応する年限の国債利回りから予想物価上昇率(日本銀行スタッフによる推計値)を差し引くことにより算出。

§82

35日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営していた。この点、当時の日本経済が抱えていた諸問題の根源にあった金融システムの安定化という課題に、大量の流動性供給によって対応した政策には、流動性不安を軽減させ、景気のさらなる悪化を回避するという意味で大きな効果があった14。グローバル金融危機以降の局面では、金融市場において急激に流動性が低下するもとで、海外の中央銀行と協調して米ドル資金供給オペレーションを導入したほか、CPや社債の買入れに初めて踏み切るなど、金融市場の安定確保と企業金融支援に万全を期した。このことは、リーマン・ブラザーズの破綻等を契機とした未曽有の金融危機がわが国経済・物価・金融に及ぼす影響を緩和したと考えられる。他方で、こうした急性的な経済・金融情勢の悪化が一服したあとも、海外では、暫くの期間、先進国を中心に景気回復が緩慢なものにとどまり、欧州債務危機も次第に深刻化した。グローバル金融市場は不安定な動きを続け、米欧中央銀行が強力な金融緩和政策を導入するもとで、わが国では既に金利水準が低く金利低下余地が限られていたこともあって内外金利差が大幅に縮小し、為替レートの円高傾向が続いた(前掲図表 1-1-12、図表 1-2-14、図表1-2-15)15。国内では、東日本大震災が経済に甚大な影響を及ぼした。以

§83

14 Bowman et al. (2015)や Shioji (2019)は、脆弱な金融システムのもとで、「量的緩和政策」による流動性供給が銀行の流動性ポジションを安定化させ、貸出を促進させる緩和効果を持ったことを指摘している。Bowman, David, Fang Cai, Sally Davies, and StevenKamin (2015), "Quantitative Easing and BankLending: Evidence from Japan," Journal ofInternational Money and Finance, Vol.57, pp.15-30.Shioji, Etsuro (2019), "Quantitative 'Flooding' andBank Lending: Evidence from 18 Years of Near -ZeroInterest Rate," Journal of the Japanese andInternational Economies, Vol.52, pp.107-120.15 グローバル金融危機後の局面も含む、過去 25年間の為替動向については、補論6を参照。

§84

012345670102030405060708090060708091011121314VIX(左目盛)独伊国債スプレッド(10年物、右目盛)(出所)Bloomberg図表1-2-14:金融市場のセンチメント(%)(%ポイント)年

§85

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 36上のような厳しい状況下、日本銀行は「包括的な金融緩和政策」のもとで 2000年代と比べても強力な金融緩和を推進したが、十分に経済・物価を刺激することができなかったと考えられる。 0123450607080910111213142年物国債10年物国債(出所)Bloomberg図表1-2-15:日米金利差(米国-日本)(%ポイント)年

§86

37日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(3)2013年以降の大規模な金融緩和の経済・物価への影響16(大規模な金融緩和の波及メカニズム)日本銀行は、2013年1月に2%の「物価安定の目標」を定め、同年4月に「量的・質的金融緩和」を導入した。その後、2014年10月に同政策を拡大し、2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」、同年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入した17。こうした大規模な金融緩和が経済・物価に波及するメカニズムとして、日本銀行では、①期待への働きかけを通じた予想物価上昇率の引き上げと②大規模な国債買入れ等を通じた名目金利の押し下げによる実質金利の低下が起点となることを想定していた(図表 1-3-1)。予想物価上昇率については、日本銀行が、2%の「物価安定の目標」に対する強く明確なコミットメントのもとで大規模な金融緩和を実施 ──2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで「量的・

§87

16日本銀行は、2016年9月に、大規模な金融緩和のメカニズムがどのように機能し、一方でどのような要因が2%の「物価安定の目標」の実現を阻害したのか、また同年1月に導入したマイナス金利を含む緩和策がどのような効果を発揮し、金融市場・金融機関に影響を及ぼしたのか検証した(「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」)。その後、2021年3月には、2%の「物価安定の目標」の実現に時間がかかることが予想される状況を踏まえて、点検を行った(「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」)。本節および次節の分析は、これらの「検証」と「点検」で行った分析をベースに、より多角的に政策の効果と副作用をレビューしたものである。17 このほか、新型コロナウイルス感染症が拡大した局面において、日本銀行は、①企業等の資金繰り支援(CP・社債等買入れの増額や新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペレーションの新設・拡充)、 ②金融市場の安定確保(国債のさらなる積極的な買入れや米ドル資金供給オペレーションの拡充)、 ③資産市場におけるリスク・プレミアムの抑制(ETF・J-REIT買入れの増額)、に取り組んだ。

§88

-==+大規模な長期国債買入れ2%の「物価安定の目標」への強く明確なコミットメント「量的・質的金融緩和」人々の予想物価上昇率実質金利名目金利金融環境改善を通じ経済活動押し上げ適合的な期待形成フォワード・ルッキングな期待形成に働きかけ金利を低位に安定させる現実の物価上昇率人々の予想物価上昇率需給ギャップの改善図表1-3-1:量的・質的金融緩和

§89

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 38質的金融緩和」を継続することを約束――することによって、人々の物価に関する期待に働きかけることとした。2016年9月には、中央銀行が物価安定の実現にコミットすることによる「フォワード・ルッキングな期待形成」を強めるため、「消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」ことを約束した、「オーバーシュート型コミットメント」を導入した(図表 1-3-2)。名目金利については、短中期の国債を買入れる「資産買入等の基金」を廃止し、新たに長期・超長期国債を含めた大規模な国債買入れを行うことにより、イールドカーブ全体にわたって下押し圧力を加えた18。さらに、2016年1月には、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入し、大規模な国債買入れとの組み合わせによって――日本銀行当座預金を3段階の「階層構造」とし、マイナス金利を適用する政策金利残高を少額とすることで、金融機関収益への過度の圧迫を避けつつ――名目金利への下押し圧力を一段と強めた。

§90

その後、同年9月には、2%の「物価安定の目標」の実現のための金融緩和の長期化が見込まれるもとで、緩和の効果だけではなく、副作用にも配慮しながら、適切な水準に名目金利をコントロールする「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」の枠組みを導入した。こうした予想物価上昇率と名目金利への働きかけにより、大規模な金融緩和は、実質金利を継続的にマイナス圏内まで引き下げることに成功し、緩和的な金融環境を実現したと考えられる(前掲図表 1-2-13)。この間、海外では、欧州債務危機が沈静化に向かうなかで市場のリスクオフが和ら

§91

18 「量的・質的金融緩和」の導入時には、長期国債について、買入れの平均残存期間を、それ以前の3年弱から国債発行残高の平均並みの7年程度に延長した。図表1-3-2:長短金利操作付き量的・質的金融緩和の枠組み-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.001234567891015203040長短金利操作付き量的・質的金融緩和導入以降のイールドカーブ(%)年(残存期間)短期政策金利「▲0.1%」長期金利操作目標「ゼロ%程度」①イールドカーブ・コントロール(出所)Bloomberg(注)長短金利操作付き量的・質的金融緩和導入(2016/9/21日)から、長短金利操作の運用の一部見直し(2022/12/20日)前までの国債利回りの平均値。マネタリーベースの残高は、イールドカーブ・コントロールのもとで短期的には変動しうるが、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。 「物価安定の目標」の実現とは、物価上昇率が、景気の変動などを均してみて、平均的に2%となることを意味する。②オーバーシュート型コミットメント

§92

39日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営いできたほか、2013年には、米国の連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和を縮小するスタンスに転じつつあったもとで、為替円高傾向が反転し、株価も上昇傾向にあった。外部環境の変化とも相まって、大規模な金融緩和は、経済・物価を押し上げる方向に作用したと考えられる。以下では、金融緩和の波及メカニズムの起点となる、①期待への働きかけと②名目金利の押し下げ効果を確認したうえで、これらによる実質金利低下の経済・物価への影響を検証する。

§93

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 40(期待への働きかけ)第1に、大規模な金融緩和が、フォワード・ルッキングな期待形成を介して予想物価上昇率に及ぼした影響である。家計・企業・専門家の予想物価上昇率を合成した指標は、「量的・質的金融緩和」の導入後にいったん上昇したが、その後、原油価格下落等を受けて低下しており、単純にその推移をみても、大規模な金融緩和の影響を明確に確認することは難しい(前掲図表 1-1-27、図表 1-3-3)。学界でも、名目短期金利が実効下限制約に抵触するもとで、どの程度、金融緩和が期待に働きかけうるか、見方は分かれている19。実際、わが国の予想物価上昇率については、中央銀行の物価安定の目標にアンカーされていないため、適合的な期待形成の影響が大きかったことが知られている(図表 1-3-4)20。この点、わが国の予想物価上昇率は、その時点の実際の物価上昇率に影響を受けるだけではなく、過去の経験などにも強く影響を受けて形成されてきたとみられる(図表 1-3-5)21。例えば、家計の物価観に関して、世代ごとの違いを検証すると、わが国では、物価上昇を経験してこなかった世代――相対的に若い世代――ほど、予想物価上昇率の水準が低く、物価変動に対する予想物価上昇率の感応度が鈍い

§94

19 期待への働きかけに関する学界の議論およびVARモデルを用いた実証分析の詳細については、補論7を参照。20 この点については、日本銀行が実施した2016年の「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」および 2021年の「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」でも強調している。21 人々の予想物価上昇率の形成を理論的な枠組みで捉える際、従来は、経済主体が利用可能な情報を全て利用して期待形成を行う「完全情報下の合理的期待」に従うと仮定することが多かった。しかし、近年は、その形成過程の複雑性を考慮すると、「粘着情報仮説」や「合理的無関心仮説」などの妥当性が指摘されている。詳しくは、日本銀行(2021)、「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」の補論1を参照。02040608010012014090950005101520ドバイ・原油(出所)Bloomberg図表1-3-3:原油価格(月中平均、ドル/バレル)年

§95

41日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営傾向が窺われた(図表1-3-6)22。上記のように、わが国では、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方が長期にわたるデフレの経験によって定着していたことから、経済活動がはっきりと改善するもとでも、その転換には時間を要することとなった。そこで、多変量自己回帰(VAR)モデルを用いて、大規模な金融緩和が、どの程度、フォワード・ルッキングな期待形成を介して予想物価上昇率を押し上げ、そのことが物価変動に影響を及ぼしたのか、分析した(図表1-3-7)。その結果、①わが国の物価変動において、予想物価上昇率へのショックも物価に影響を及ぼす要素の一つとなってきたこと、②2013年以降は、予想物価上昇率ショックが物価を押し下げる状況から脱したとみられること、③ただし、大規模な金融緩和がフォワード・ルッキングな期待形成を介して予想物価上昇率に及ぼした変化だけで物価上昇率を2%にアンカーするほどの有効性はなかったこと――上記のように、わが国の予想物価上昇率については適合的な期待形成の役割が大きく、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の転換は容易ではなかったこと――、が確認された。

§96

22 ここでは、わが国家計におけるインフレ期待形成の世代ごとの違いを、日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」の個票を用いた分析で確認した。具体的には、景況感等をコントロールしたうえで、回答者の世代によって、①予想物価上昇率の水準がどの程度異なるか、②実感する物価(実際の物価)が予想形成に与える影響(感応度)がどの程度異なるか、について分析した。

§97

0.00.20.40.60.81.0日本米国ユーロ圏英国総括的検証時点(2016/3Q)直近時点(2024/2Q)②推計結果(回帰係数)1.1年先予想物価上昇率 ( )現実の物価上昇率で説明される割合が高い0.00.20.40.60.81.0日本米国ユーロ圏英国総括的検証時点(2016/3Q)直近時点(2024/2Q)(回帰係数)2.6~10年先予想物価上昇率 ( )(出所)Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、総務省、BLS、Eurostat、ONS現実の物価上昇率で説明される割合が高い図表1-3-4:適合的期待形成の推計推計式(1):1年先予想物価上昇率のうち、現実の物価上昇率で説明される割合θ11年先予想物価上昇率=θ1×前期の実績物価上昇率+(1-θ1)×6~10年先予想物価上昇率推計式(2):6~10年先予想物価上昇率のうち、現実の物価上昇率で説明される割合θ26~10年先予想物価上昇率=θ2×前期の実績物価上昇率+(1-θ2)×中銀物価目標(2%)推計期間は、日本・米国が2000/1Qから、ユーロ圏が2003/2Qから、英国が2005/1Qから凡例に表記の時点まで。実績物価上昇率は、「コア指標」を使用。①推計式

§98

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 42

§99

0.000.020.040.060.0819401950196019701980(感応度)年代前後生まれ反応が鈍い(出所)日本銀行(注)1. ②1.は、「1940年代前後生まれ」を0に基準化。2. ②のバンドは、±1.5標準誤差。2.感応度の世代差(γ)図表1-3-5:物価の期待形成に関する仮説・現時点で利用可能な情報を全て利用して、期待を形成。・これまで多くのマクロ経済モデルで仮定されてきたが、近年のミクロ・データを用いた実証研究では、説明力の限界が指摘されている。・情報の取得・処理には費用が生じるため、経済主体は、予想を必ずしもアップデートしない。・人間の情報処理能力には限りがあるため、合理的な選択の帰結として、必要性の低い情報に無関心となる。粘着情報仮説完全情報下の合理的期待合理的無関心仮説(予想物価上昇率)i,t=α+Σβm(世代ダミー)m,i,t+Σγm(世代ダミー)m,i,t×(物価の実感)i,t+θ(コントロール変数)i,t推計期間は、2006/3Q~2020/4Q。サンプル数は、約6万。世代ダミーは、各調査時点における回答者の年齢階級に基づき試算。予想物価上昇率、物価の実感は、量的質問の回答値(予想物価上昇率が-5%超+5%未満のサンプルを使用)。コントロール変数は、「景況感」、「収入」、「性別」等。

§100

図表1-3-6:世代毎のインフレ期待形成①推計式-0.2-0.10.00.119401950196019701980(%ポイント)年代前後生まれ水準が低い②推計結果1.水準の世代差(β)-3-2-10123450005101520トレンド成分金利ショック予想物価上昇率ショック需要・供給ショックCPI(除く生鮮)(出所)総務省、日本銀行、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、QUICK「QUICK月次調査<債券>」(注)CPIは、消費税率引き上げ等の影響を除くベース。ヒストリカル分解の詳しい推計手法は、補論7および開発・中野・山本(2024)を参照。図表1-3-7:CPIのヒストリカル分解(前年比、%)年

§101

43日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(名目金利の押し下げ効果)第2に、大規模な金融緩和による名目金利の押し下げ効果についてである。中央銀行の国債買入れは、①日々の国債買入れが流通市場の需給等に及ぼす効果(フロー効果)や、②中央銀行の国債保有額の増加が、市中のリスク配分等に及ぼす効果(ストック効果)を通じて、長期金利に影響を与える(図表1-3-8)。また、2016年9月に導入したイールドカーブ・コントロールの枠組みのもとでは、③長期金利が許容変動幅の上限に迫った際に、中央銀行が買入れを増加させること――そのことを市場参加者が織り込むこと――も、長期金利に影響を及ぼしうる。こうした金利押し下げ効果について、主要な経済・金融変数など、わが国の金利形成に影響を及ぼしうる諸要因をコントロールしながら、定量的な分析を行った(図表 1-3-9)23。その結果、大規模な金融緩和は、①主としてストック効果を通じて名目金利を押し下げており、②2022~2023年の長期金利上昇局面では、日本銀行がイールドカーブ・コントロールの変動幅等を設定したことも、名目金利を押し下げる方向に働いていたことがわかった。国債買入れによる長期金利の押し下げ効果は、均してみれば概ね-1%ポイント程度となっている。

§102

23 大規模な国債買入れのもとでのイールドカーブの形成についての詳細は、補論8を参照。-0.50.00.51.01.52.02.53.0012345678910152030「量的・質的金融緩和」導入以前「量的・質的金融緩和」「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」(%)年(残存期間)図表1-3-8:イールドカーブ(出所)Bloomberg(注)「量的・質的金融緩和」導入以前は2012/1/3~2013/4/3日、「量的・質的金融緩和」は2013/4/4~2016/9/20日、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は2016/9/21~2024/3/18日の平均値。

§103

被説明変数:米国長期金利 0.238 *** 0.2380.078 *** 0.159 ***コールレート 0.645 *** 0.7980.798 ***インフレ率 0.045 *** 0.0820.082 ***国債保有割合の前月差 -0.141 ** -0.208 -0.208 ***国債保有割合(リスク量ベース) -0.024 *** -0.018 -0.009 *** -0.009 **2年後にかけての国債保有割合変化幅予想 -0.012 *** -0.014 -0.014 ***指値オペ割合 0.000 -0.002 -0.002 **変動幅上限を超える確率 -0.007 * -0.046 -0.046 ***連続指値水準を超える確率 -0.021 *** -0.059 -0.059 ***変動幅下限を超える確率 0.0090.0250.025 **定数項 0.512 *** 0.4950.476 *** 0.019修正R^2 ―推計期間 1997/1~2024/3月0.9380.8330.813定式化1 定式化210年金利10年金利(係数合計)10年予想短期金利成分10年タームプレミアム図表1-3-9:国債買入れの金利押し下げ効果①長期金利関数の推計結果-2-1012397000306091215182124その他の寄与米金利の寄与変動幅等設定の効果国債買入れのフロー効果国債買入れのストック効果10年金利(%)年②長期金利の変動要因(出所)Bloomberg、総務省、日本銀行、LSEG Eikon(注)1. ①の***は1%有意、**は5%有意、*は10%有意を示す。

§104

推計の詳細は長田・中澤(2024b)を参照。2. ②は定式化1・2に基づく寄与度の平均値。

§105

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 44この間、2016年1月に導入されたマイナス金利政策は、短期金利のみならず、長期金利も大きく押し下げた(図表1-3-10)。①短期金利がマイナスとなりうるとの認識の広がりが、予想短期金利成分を引き下げる方向に作用したと考えられるほか、②プラスの金利がついている資産への需要の高まり──いわゆる"search for positive yield"――も、タームプレミアムの縮小を通じて、長期・超長期の金利を押し下げる方向に作用したとみられる(図表 1-3-11)。この点、マイナス金利政策が導入されたわが国と欧州のデータをもとに金利押し下げ効果を子細に確認すると、ともに長めの年限において効果が大きい傾向が確認された24。

§106

24 マイナス金利政策が金利形成に及ぼした影響についての詳細は、補論9を参照。-0.50.00.51.01.52.02.5051015202530導入前月(2015/12月末)導入月(2016/1月末)2か月後(2016/3月末)(%)年限①日本図表1-3-10:マイナス金利政策導入前後のイールドカーブの変化-0.50.00.51.01.52.02.5051015202530導入前月(2014/5月末)導入月(2014/6月末)2か月後(2014/8月末)(%)年限②ドイツ(出所)Bloomberg(注)イールドカーブの起点は、アナウンスされた政策金利。マイナス金利の導入(日銀当座預金の一部に-0.1%の金利を適用)短期ゾーンの金利押し下げ長期・超長期ゾーンの金利押し下げプラスの金利がついている資産への需要の高まりタームプレミアムの縮小予想短期金利成分の引き下げ短期金利がマイナスになりうるとの認識の広がり図表1-3-11:マイナス金利政策の波及経路

§107

45日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(経済・物価の押し上げ効果)次に、大規模な金融緩和による実質金利の低下と緩和的な金融環境の実現が、資金調達コストの低下や金融資本市場への好影響を介して、経済・物価に及ぼした効果を複数の手法で分析する25。1つ目は、日本銀行の大型マクロ経済モデル(Q-JEM)を用いて、上記のイールドカーブ全般にわたる金利低下などが、経済・物価に及ぼした影響をカウンターファクチュアル・シミュレーションによって分析する手法である。具体的には、大規模な金融緩和を導入しなかった場合の仮想的な経済・物価の動きを試算し、それぞれの実績値と比較した(図表1-3-12)。分析からは、2013年度以降の期間平均でみて、実質GDPの水準に対する政策効果は+1.3~+1.8%、消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比に対しては+0.5~+0.7%ポイントとの結果が得られた。実質GDPの押し上げ効果をチャネル別にみると、幅広いチャネルが押し上げに寄与しており、需要項目別にみると、設備投資や個人消費の寄与が大きい(図表 1-3-13)。消費者物価の押し上げ効果についてみると、需給ギャップおよび中長期の予想物価上昇率の寄与が同程度みられている。

§108

25 大規模な金融緩和の経済・物価への影響についての詳細は、補論 10 を参照。4805005205405605801314151617181920212223仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(季節調整済年率換算、兆円)年度図表1-3-12:Q-JEMを用いた政策効果の検証2013/2Q~2023/2Qにおける実質GDP押し上げ率、% +1.3~+1.8①実質GDP-3-2-10123451314151617181920212223仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(前年比、%)年度(出所)総務省、内閣府、井澤ほか(2024)(注)1. CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。2. シミュレーション結果のレンジは、16通りのシミュレーション結果における各時点の最大値から最小値。

§109

②CPI(除く生鮮・エネルギー)2013/2Q~2023/2Qにおけるインフレ率押し上げ幅、%ポイント+0.5~+0.7-0.50.00.51.01.52.02.53.0株価チャネル為替チャネル貸出市場チャネル実質金利チャネル合計(%)①実質GDP・波及チャネル別図表1-3-13:シミュレーション結果の要因分解(%)その他輸入輸出住宅投資設備投資個人消費合計-0.20.00.20.40.60.81.0その他需給ギャップ中長期インフレ予想合計(%ポイント)③CPI(除く生鮮・エネルギー)②実質GDP・需要項目別(出所)井澤ほか(2024)(注)1. CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。2. 実質GDPについては押し上げ率、CPIは押し上げ幅の期間平均値(2013/2Q~2019/4Q)。16通りのシナリオに基づいて算出された政策効果のうち、期間平均値が最大のもの。

§110

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 462つ目は、200 以上の指標を用いた大規模な時系列モデル(FAVARモデル)を構築し、イールドカーブ全般の金利低下を集約した指標である潜在金利の低下が、経済・物価に及ぼした影響をカウンターファクチュアル・シミュレーションによって分析する手法である(図表1-3-14)。分析の結果、2013年以降に実施された一連の金融緩和には、鉱工業生産や雇用所得環境等に対する一定の景気浮揚効果があり、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比を+0.6~+1.1%ポイント程度押し上げていた可能性が示唆された。いずれのカウンターファクチュアル・シミュレーションの結果も幅をもってみる必要はあるが、2013年以降の大規模な金融緩和は、経済・物価を一定程度押し上げ、わが国経済がデフレではない状態となることに貢献したと評価できる。

§111

図表1-3-14:時系列モデル(FAVAR)を用いた政策効果の検証-4-3-2-10123456131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(前年比、%)年②CPI(除く生鮮)60708090100110120130131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(2013/1月=100)年①鉱工業生産80859095100105110115120131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(2013/1月=100)年③雇用者数20406080100120140160131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(2013/1月=100)年④名目可処分所得(出所)経済産業省、厚生労働省、総務省、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」(注)CPIは、消費税率引き上げの影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。

§112

47日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(2%の実現に時間を要した背景)2013年に「量的・質的金融緩和」を導入した当初は、2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現することとしていた。これに対して、上記のモデル分析からは、大規模な金融緩和は経済・物価を上押ししたと考えられるが、2013~2019年度の平均的な消費者物価上昇率の実績値は、生鮮食品を除くと+0.5%、生鮮食品とエネルギーを除くと+0.6%にとどまった26。つまり、大規模な金融緩和は一定の効果を発揮したが、当初に想定していたほどの効果は発揮しなかった。この間、マネー(マネーストック、マネタリーベース)と物価・名目GDPとの間では、単純な貨幣数量説で想定するような関係はみられなかった(図表 1-3-15)。大規模な金融緩和が当初の想定ほどの効果を発揮しなかった大きな要因の一つとしては、上記の分析結果を踏まえると、期待への働きかけが容易ではなかったことが挙げられる。すなわち、わが国では、予想物価上昇率の形成において、適合的な期待形成のメカニズムの影響が強い。こうしたもと、2013年以降、いったん上昇した予想物価上昇率は、その後の原油価格の急落等を受けて、下振れることとなった。

§113

また、より本質的には、わが国では、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方が長期にわたるデフレの経験によって定着していたことから、経済活動がはっきりと改善するもとでも、その転換には時間を要することとなった。

§114

26 消費者物価は、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策、携帯電話通信料の影響を除いた日本銀行スタッフの試算値。50100150200250300350400450500550600801001201401601802002202402602803009193959799010305070911名目GDP(左目盛)CPI(除く生鮮・エネルギー、左目盛)M2(左目盛)マネタリーベース(右目盛)(1992年=100)年(1992年=100)図表1-3-15:マネー・物価・名目GDP①2011年以前501001502002503003504004505005506008010012014016018020022024026028030011131517192123(2012年=100)年(2012年=100)②2011年以降(出所)総務省、内閣府、日本銀行(注)1. CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策、携帯電話通信料の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。2. いずれも季節調整値。

§115

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 48(金融緩和の波及経路)上記のQ-JEMやFAVARの分析では、モデルにおいてどこまで明示的に定式化しているかには差があるが、金融緩和は、様々な経路を介して経済・物価に影響を及ぼすことを想定している。この点、上記のQ-JEMを用いた分析(前掲図表 1-3-12、前掲図表1-3-13)に加え、VARモデルを用いて金融緩和の波及経路を分解する分析を行った(図表1-3-16)。いずれの分析結果からも、金利低下は、資金調達コストを通じた経路に加え、株価や為替の動向など金融資本市場を通じた経路を介しても、経済・物価に影響を及ぼしたことが示唆された。ただし、金融政策と株価や為替等との関係は、局面によって大きく変化しており、不確実性が高い点には留意が必要である。わが国の金融構造をみると、引き続き銀行等を介した間接金融が中心だが、資産市場が拡大する動きもみられており、こうした変化が金融政策の波及経路を変化させている可能性もある。

§116

図表1-3-16:金利低下の波及経路需給ギャップ押し上げその他金融資本市場の改善(為替、株価)資金調達コストの低下金利低下(名目金利)①概念図下記8変数の係数制約付き多変量自己回帰(VAR)モデルを推計① 需給ギャップ、② 金利(3か月物)、③ 金利スプレッド(2年物-3か月物)、④ 金利スプレッド(5年物-2年物)、⑤ 金利スプレッド(10年物-5年物)、⑥ 総資金調達コスト、⑦ 円の名目実効為替レート、⑧ 株価推計期間は 1998/1Q~2019/4Q。ラグは1期。累積5年間の需給ギャップ押し上げ効果で算出。②モデル概要金融資本市場を通じた経路資金調達コスト33%株価36%為替20%その他11%(出所)日本銀行、Bloomberg等(注)総資金調達コストは、国内銀行の新規貸出約定平均金利、社債発行金利、CP発行金利を加重平均して算出。累積5年間。③金利低下による需給ギャップ押し上げ経路

§117

49日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(4)大規模な金融緩和の市場機能度や金融仲介機能、成長力等への影響大規模な金融緩和は、金融市場の機能度や金融仲介機能、わが国経済の成長力(経済の供給サイド)等にも影響を及ぼしたとの指摘がある。以下では、この点を検証する。(金融市場の機能度への影響)まず、国債市場の機能度への影響を確認する。日本銀行は、大規模な国債買入れやイールドカーブ・コントロールが国債市場の機能度に影響を及ぼしうることを認識してきた。そうした観点から、市場機能を維持するため国債補完供給の諸措置等の取り扱いを随時見直してきたほか、イールドカーブ・コントロールについても、その時々の経済・物価・金融情勢に応じて、その運用を見直してきた(図表 1-4-1)。もっとも、そうしたもとでも、市場参加者を対象として実施した「債券市場サーベイ」では、日本銀行が大規模な国債買入れを推進し、2016年以降はマイナス金利政策やイールドカーブ・コントロールの枠組みを導入するもとで、国債市場の機能度は大きく低下したと評価されている(図表1-4-2、図表1-4-3、図表1-4-4)。

§118

図表1-4-1:国債市場の機能度:金融市場調節運営上の工夫・国債買入れ予定の公表を開始・国債補完供給の利用条件緩和(最低品貸料の引き下げ、1日の売却総上限額の撤廃)・国債買入れペースの変更(買入れ頻度を増やし、1回当たり買入れ額を減らす)・国債補完供給の実務運用の変更(オファーの1日2回化)2014年10月・国債買入れ予定の公表を月次化・国債補完供給の利用条件緩和(売却上限額の引き上げ、連続利用日数の引き上げ)・国債補完供給の利用条件緩和(連続利用日数の引き上げ)・国債買入れオペのオファー日事前公表を開始・国債補完供給の利用条件緩和(最低品貸料の引き下げ、銘柄別売却上限額の撤廃、チーペスト銘柄等の減額措置にかかる要件の緩和)・国債買入れオペにおけるオファー予定額をレンジから固定金額に変更2021年6月・国債買入れ予定の四半期化・チーペスト銘柄等にかかる国債補完供給の要件緩和措置導入・国債買入れオペにおけるオファー予定額を固定金額からレンジに変更・10年カレント3銘柄にかかる国債補完供給上の措置導入2024年10月チーペスト銘柄等にかかる国債補完供給の要件緩和措置(減額措置にかかる要件の緩和を含む)の継続を明確化2023年2月2021年4月2022年12月2013年4月2013年6月2014年4月2015年3月2015年12月2019年4月2017年2月2022年6月・

§119

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 50

§120

-80-60-40-20020406080~QQE QQE導入~マイナス金利導入~YCC導入~2022年~機能度判断DI図表1-4-2:債券市場の機能度(DI、%ポイント)①各局面における機能度の評価-70-60-50-40-30-20-10015161718192021222324機能度判断DI(DI、%ポイント)年②各時点における機能度の評価(出所)日本銀行(注)①は債券市場サーベイの特別調査(2023年11月調査)の結果、②は債券市場サーベイの定例調査の結果に基づく。020406080100~QQE QQE導入~マイナス金利導入~YCC導入~2022年~経済・物価情勢の不確実性上昇海外金利の動向金融システムへの懸念の高まりQQEの下での日銀の国債保有比率上昇日銀によるマイナス金利政策日銀によるイールドカーブ・コントロールその他(出所)日本銀行(注)債券市場サーベイの特別調査(2023年11月調査)の結果に基づく。

§121

図表1-4-3:債券市場の機能度低下の要因(%、「低い」・「やや低い」と回答した先に占める割合)機能度を「低い」・「やや低い」と回答した先の割合020406080100~QQE QQE導入~マイナス金利導入~YCC導入~2022年~流動性プレミアムの拡大による債券発行コストの上昇国債発行の円滑消化への懸念非金融民間部門の資金調達環境悪化その他回答不能(出所)日本銀行(注)債券市場サーベイの特別調査(2023年11月調査)の結果に基づく。図表1-4-4:債券市場の機能度低下の影響(%、「低い」・「やや低い」と回答した先に占める割合)機能度を「低い」・「やや低い」と回答した先の割合

§122

51日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営この点を定量的に捉えるために、市場機能度を、流動性指標(取引高、ビッド・アスク・スプレッド)と相対価格指標(イールドカーブの歪み指標)の観点から捉え、大規模な金融緩和の影響について確認した(図表1-4-5、図表1-4-6、図表1-4-7)27。銘柄別のパネルデータを用いた分析によると、①日本銀行による国債買入れのフローは取引高を増加させる一方、日本銀行の国債保有比率の上昇や連続指値オペレーションの実施は取引高を減少させること(ただし、大規模な買入れが長期化し、保有比率が一定の閾値を超えた状況では、買入れフローも取引高を減少させる)、 ②国債買入れのフローはビッド・アスク・スプレッドを縮小させる一方、保有比率の上昇は同スプレッドを非線形的に拡大させること、③一部銘柄の保有比率の上昇や連続指値オペレーションの実施は、イールドカーブに歪みを生じさせること、が分かった。また、2022年以降、イールドカーブ・コントロールの長期金利の抑制効果がより顕在化した局面などでは、国債市場の機能度の低下が社債市場の機能度にも波及したほか、その他の金融市場のボラティリティにも影響を及ぼしたとみられる。

§123

この間、短期金融市場の機能度への影響をみると、2001~2006年の「量的緩和政策」のもとでは金融機関の取引インセンティブが低下することで、無担保コール市場等での取引残高は低水準となった(図表 1-4-8)28。一方、大規模な金融緩和下では、2008年に導入した補完当座預金制度のもとで、付利先と非付利先との間で取引インセンティブが発生し、無担保コール市場等での取引高は一定程度維持された。また、マイナス金利政策が導入された 2016年以降は、日本銀行当座預

§124

27 大規模な金融緩和の債券市場の機能度への影響についての詳細は、補論 11 を参照。28 大規模な金融緩和下における短期金融市場の動向と機能度についての詳細は、補論 12 を参照。2.82.93.03.13.23.33.40.30.40.50.60.70.80.9~QQE QQE導入~YCC導入~2022年~現物(左目盛)先物(右目盛)(出所)QUICK、日本相互証券、大阪取引所(注)1. 期間平均(~QQE:2012/1月~2013/3月、QQE導入~:2013/4月~2016/9月、YCC導入~:2016/10月~2021/12月、2022年~:2022/1月~2024/1月)。2. 現物は、2、5、10、20、30、40年債の1日当たり取引高の合計(ディーラー間取引)。図表1-4-5:国債の取引高(兆円/日)(兆円/日)0.91.01.11.21.31.41.51.60.40.50.60.70.80.91.01.1~QQE QQE導入~YCC導入~2022年~現物(左目盛)先物(右目盛)(出所)日本相互証券、日本経済新聞社「日経NEEDS」(注)1. 期間平均(~QQE:2012/1月~2013/3月、QQE導入~:2013/4月~2016/9月、YCC導入~:2016/10月~2021/12月、2022年~:2022/1月~2024/1月)。

§125

2. 現物は、10年新発債(ディーラー間取引)の1秒毎のビッド・アスク・スプレッドの平均。先物は、1分毎のビッド・アスク・スプレッドについて、スプレッドが大きいほうから10%分を平均したもの(下位10%平均)。図表1-4-6:国債のビッド・アスク・スプレッド(逆目盛、bps)(逆目盛、銭)↑ 流動性が高い↓ 流動性が低い0.000.020.040.060.080.100.1213141516171819202122235年10年(出所)日本証券業協会(注)銘柄毎のイールドカーブに3次スプライン補間を行い推定されたイールドカーブと実際の銘柄別イールドカーブの乖離の標準偏差。5年は残存3.5~5.5年、10年は同7~10.5年の銘柄が対象。図表1-4-7:国債のイールドカーブの歪み年(標準偏差、%ポイント)

§126

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 52金の「3層構造」のもとで取引が活発化した結果、無担保コール市場における取引ネットワークは拡大し、取引残高も大きく増加した。市場参加者に対するサーベイ結果をみても、短期金融市場の取引が「3層構造」のもとで活発となっていたことが窺える(図表 1-4-9)。 05101520250106111621図表1-4-8:短期金融市場の取引残高(取引残高、兆円)年①無担保コール市場(出所)日本銀行、日本証券業協会(注)②のレポ市場の取引残高は、現先・貸借取引残高の合計。0501001502002503003504000106111621②レポ市場(取引残高、兆円)年02040608010015161718192021222324低下した概ね変わらない改善した図表1-4-9:短期金融市場サーベイからみた市場機能度(%)①無担保コール取引の機能度年02040608010015161718192021222324低下した概ね変わらない改善した(%)年②国債レポ取引の機能度(出所)日本銀行

§127

53日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営(金融仲介機能への影響)次に、金融仲介機能への影響について確認する。大規模な金融緩和による金利の低下は、景気の改善等を通じて、企業の資金需要を拡大させてきたと考えられる(図表 1-4-10、図表 1-4-11)。資金供給主体である金融機関に対しては、その貸出利鞘や有価証券投資利鞘を縮小させることを通じて収益の下押しに作用した一方、資産価格上昇や信用リスクの低下は自己資本を押し上げる方向に作用したとみられる(図表 1-4-12)29, 30。これらの影響を総合的に勘案したうえで金融仲介機能への影響を評価するために、大規模な金融緩和を導入しなかった場合の仮想的な状況を試算し、日本銀行の金融マクロ計量モデル(FMM)を用いて、大規模な金融緩和が金融機関の財務やリスクテイク能力に及ぼす影響をカウンターファクチュアル・シミュレーションで分析した31。その結果、大規模な金融緩和による金利低下を受けて、①貸出利鞘が縮小した一方、貸出残高は増加したこと、②金融機関の自己資本比率への影響について大きな差はみられず、リスクテイク余力は維持されていたこと、が分かった(図表1-4-13)。

§128

貸出増加には、低金利や景気改善の効果に加え、地価の安定を背景とした担保価値の改善効果も寄与していたことが示唆される。このように、「リバ

§129

29 資産価格上昇に伴う有価証券評価損益の改善は、国内基準行では自己資本比率に算入されないものの、益出し余力が改善することから、有価証券関係損益の増加を通じて収益及び自己資本の押し上げに作用しうる。30 この間、日本銀行は、地域金融機関が将来にわたり地域経済をしっかりと支え、金融仲介機能を円滑に発揮していくための経営基盤の強化に資する観点から、金融システムの安定確保のための政策として、「地域金融強化のための特別当座預金制度」を導入し、一定の要件を満たした地域金融機関に対して日本銀行当座預金への追加的な付利を行った(申込対象期間が3年間(2020~2022年度)の時限措置)。31 FMMを用いた、大規模な金融緩和が金融仲介機能に与えた影響についての分析の詳細は、補論 13 を参照。012345678910808590950005101520短期長期(%)年図表1-4-10:国内銀行の貸出金利(出所)日本銀行(注)ストックベース。-40-2002040608090950005101520金融機関の貸出態度判断DI(短観)企業の資金繰り判断DI(短観)企業の資金需要判断DI(主要銀行貸出動向アンケート調査)年図表1-4-11:金融機関の貸出態度と企業の資金需要・資金繰り(DI、%ポイント)(出所)日本銀行(注)短観の2003/12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。

§130

緩和的・増加引き締め的・減少-6-4-202490950005101520(兆円)大手行(単体)地域銀行年度図表1-4-12:銀行の当期純利益(出所)日本銀行

§131

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 54ーサル・レート」の議論が想定しているような、大規模な金融緩和が金融仲介活動を阻害するメカニズム――例えば、金利の引き下げが、金融機関収益の圧迫等を通じて、金融機関の貸出スタンスの抑制につながる経路等――が表面化していた証左はみられていない。他方、緩和的な金融環境が長期にわたるもとでも、新型コロナウイルス感染症拡大直後の時期を除くと、貸出が経済活動を大きく上回って増加し続けることもなかった。この要因としては、①企業の貯蓄超過主体への転換に伴う外部資金需要の減少、②人口減少等による企業数の減少と実質無借金企業の増加、といった借入需要の構造変化が考えられる。この間、金融循環の観点からも、大きな金融不均衡が蓄積した様子は観察されていない(図表 1-4-14、図表 1-4-15)。

§132

0.60.70.80.91.01.11.21.31.413141516171819202122実績値仮想的なパスに基づくシミュレーション結果図表1-4-13:FMMを用いた政策効果の検証(%)年度①貸出利鞘02040608055060065070075080013141516171819202122その他(右目盛)金融要因(右目盛)マクロ経済要因(右目盛)実績値(左目盛)仮想的なパスに基づくシミュレーション結果(左目盛)②貸出残高(兆円)(兆円)年度56789101112131415シミュレーション結果有価証券評価損益の変化信用コストコア業務純益有価証券関係損益リスクアセットの変化税金等実績値上昇要因低下要因③自己資本比率1.国際統一基準行(%)(出所)日本銀行、安部ほか(2024)(注)1. 貸出利鞘は、貸出金利から調達利回りを控除したもの。2. ②は実績値と仮想的なパスに基づくシミュレーション結果の貸出残高およびその乖離要因(実績値-シミュレーション結果)を表示。「金融要因」は、貸出金利、地価、金融機関財務など、「マクロ経済要因」は需給ギャップ、人口動態などによる影響。3. ③はシミュレーション終期(2022年度)における実績値とシミュレーション結果の自己資本比率の乖離要因を表示。4. 分析の詳細は、安部ほか(2024)を参照。

§133

56789101112131415シミュレーション結果信用コストコア業務純益有価証券関係損益リスクアセットの変化税金等実績値(%)2.国内基準行(銀行)56789101112131415シミュレーション結果信用コストコア業務純益有価証券関係損益リスクアセットの変化税金等実績値3.国内基準行(信用金庫)(%)

§134

55日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 図表1-4-14:金融活動指標(ヒートマップ)(出所)Bloomberg、財務省、東京証券取引所、内閣府、日本不動産研究所、日本銀行(注)日本銀行「金融システムレポート」2024/10月号を参照。金融機関の貸出態度判断DIM2成長率機関投資家の株式投資の対証券投資比率株式信用買残の対信用売残比率民間実物投資の対GDP比率総与信・GDP比率家計投資の対可処分所得比率家計向け貸出の対GDP比率企業設備投資の対GDP比率企業向け与信の対GDP比率不動産業実物投資の対GDP比率不動産業向け貸出の対GDP比率株価地価の対GDP比率金融市場80年859005101520金融機関9500民間全体家計企業不動産資産価格-1.5-1.0-0.50.00.51.01.52.08587899193959799010305070911131517192123価格要因負債要因資産要因金融ギャップ図表1-4-15:金融ギャップ年(出所)日本銀行(注)日本銀行「金融システムレポート」2024/10月号を参照。

§135

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 56(経済の供給サイドへの影響)標準的な経済学の枠組みでは、通常、金融緩和は、実質金利の低下を介して経済の需要サイドに働きかけることを想定しており、経済の供給サイド――生産性や潜在成長率など――に及ぼす中長期的な影響は考慮されていないことが多い。もっとも、経済の需要サイドと供給サイドは密接に関連しているものであり、とくに金融緩和が長期間続く場合には、金融政策が経済の供給サイドに中長期的な影響を及ぼす可能性もある32。長期にわたる金融緩和が経済の供給面に及ぼしうる影響として、学界等では2つの波及経路が指摘されることが多い(図表1-4-16)。第1は、景気循環が成長トレンドに影響を及ぼす「履歴(ヒステリシス)効果」である。例えば金融危機などによって需要が大幅に減少するショックが発生すると、設備投資の停滞や失業の増加を通じて経済の供給面にも負の影響が及ぶことが知られている。逆に、大規模な金融緩和等による正の需要ショックによって経済の押し上げが続けば、資本の蓄積や失業回避による人的資本の蓄積等を介して、供給面に正の履歴効果が及ぶ可能性も考えられる。こうした考え方は、「高圧経済(ハイプレッシャー・エコノミー)」と呼ばれることがある33。

§136

第2は、金融緩和が長期にわたり継続することが、資源配分を歪め、生産性等を押し下げる経路である。具体的には、低金利環境下で生産性の低い企業が滞

§137

32 経済の供給サイドの変化が、自然利子率の変化等を介して、金融緩和の効果や経済の需要サイドに影響を及ぼすという経路も重要である。この点、企業による取り組みと政府による各種の施策等が相まって生産性が向上し、潜在成長率も高まっていけば――自然利子率にも上押し圧力がかかり――、金融緩和の有効性を高めることに寄与すると考えられる。33 例えば、Yellen, Janet L. (2016), "MacroeconomicResearch after the Crisis," Speech at the 60th AnnualEconomic Conference Sponsored by the FederalReserve Bank of Boston.を参照。図表1-4-16:金融緩和が経済の供給面に及ぼしうる影響:先行研究のまとめ負の需要ショック(金融危機等)経路1:履歴(ヒステリシス)効果成長トレンドを押し下げ?(経済の供給面に負の影響)成長トレンドを押し上げ?(経済の供給面に正の影響)経路2:資源配分の歪み設備投資の停滞失業の増加資源配分の歪み生産性を押し下げ成長トレンドを押し下げ?(経済の供給面に負の影響)金融緩和の長期化正の需要ショック(金融緩和等)資本の蓄積失業の回避と人的資本蓄積

§138

57日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営留する可能性などが指摘されることが多い。金融緩和が経済の供給面に及ぼした影響について実証分析を行ったところ、少なくとも現時点までのデータからは、プラス・マイナス両面で、明確な結論を得られなかった。まず、マクロデータを用いて、一定の仮定を置いたうえで、金融緩和が潜在GDPやその構成項目である潜在資本・労働投入量および生産性に及ぼした影響について統計的手法に基づく検証を行った(図表 1-4-17)。この分析によると、金融緩和が、長期的に潜在資本投入量を押し上げる傾向は観察された一方、潜在労働投入量や全要素生産性に及ぼす影響については、モデルによって統計的な有意性の評価が分かれた。これらを総合した潜在GDP全体への影響についても、同様にモデルによって有意性の評価は分かれ、僅かにプラス方向に作用した可能性を示唆するにとどまった34。

§139

34 金融緩和が経済の供給サイド(生産性等)に及ぼす影響についての詳細は、補論 14 を参照。①分析の枠組み• 潜在金利を用いたアプローチと高頻度データを用いたアプローチの2つの手法によって、わが国の金融政策ショックを識別。• 識別された金融政策ショックが、潜在GDP、潜在労働投入量、潜在資本投入量、全要素生産性(TFP)に与える影響について、ローカル・プロジェクションの手法を用いて推計。図表1-4-17:金融政策ショックの影響-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ1.潜在GDP(%)3.潜在資本投入量 4.全要素生産性四半期-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ(%)四半期-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ2.潜在労働投入量(%)四半期-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ(%)四半期(出所)経済産業省、総務省、内閣府、日本銀行、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、QUICK(注)1標準偏差の金融緩和ショックに対する累積応答。

§140

ショック前の水準からの乖離率。シャドーと点線は90%信頼区間を示す。②推計結果

§141

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 58次に、個別企業レベルのミクロデータをみても、低金利環境の生産性への影響は、はっきりとしない。一定の基準のもとで「業績が悪くて回復の見込みがないにもかかわらず、銀行等の支援で存続している」と区分される大企業の割合は、2000年代半ばにかけて低下したあと、低水準で推移している(図表 1-4-18)。このことは、大規模な金融緩和のもとでも、銀行等の資金支援で延命している可能性がある企業が増えているわけではないことを示唆している。

§142

05101520253090950005101520山田ほか(2022)の手法Banerjee and Hofmann (2018)の手法Albuquerque and Iyer (2023)の手法(全企業に占める割合、%)年度①大企業図表1-4-18:「業績が悪くて回復の見込みがないにもかかわらず、銀行等の支援で存続している」企業051015202530050709111315171921山田ほか(2022)の手法Banerjee and Hofmann (2018)の手法Albuquerque and Iyer (2023)の手法(全企業に占める割合、%)年度②中小企業(出所)日本銀行、日本政策投資銀行「企業財務データバンク」、CRD協会(注)詳細は、眞壁・八木(2024)を参照。

§143

59日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営他方、大企業について、過去 25年間で企業間の生産性のばらつきは拡大しており、生産性が低い状況が続く企業が相応に存在していることが示唆される(図表 1-4-19)。中小企業についても、企業間の生産性に相応のばらつきが確認される。もっとも、生産性等の低い企業の滞留がみられる要因として、先行研究では、低金利環境の継続に加え、労働市場における様々な構造要因、各種の政策支援の存在等も指摘されており、低金利環境の継続の影響を特定することは難しい。 0.00.10.20.3-50510151990年代2000年代2010年代(カーネル密度)労働生産性(千円/マンアワー)①大企業図表1-4-19:個別企業の生産性分布0.00.10.20.3-50510152000年代2010年代(カーネル密度)労働生産性(千円/マンアワー)②中小企業(出所)内閣府、日本政策投資銀行「企業財務データバンク」、CRD協会(注)詳細は、眞壁・八木(2024)を参照。

§144

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営 60(5)大規模な金融緩和の効果と副作用の評価ここまで指摘してきたように、2013年以降の大規模な金融緩和は、期待への働きかけが容易ではなかったことなどから、当初想定したほどの物価上押し効果を発揮しなかった。もっとも、モデル分析等からは、大規模な金融緩和は、経済・物価を一定程度押し上げる効果があったと評価できる。2020年代に入り、輸入物価が大幅に上昇した局面において、企業の賃金・価格設定行動が変化し、賃金と物価が連関して高まるようになった背景にも、人口動態の変化が進むもとで、長期にわたる大規模な金融緩和が経済活動の水準を押し上げる方向に作用し、労働需給の引き締まりが進んでいたことがあると考えられる。大規模な金融緩和の副作用についてみると、現時点での定量的な分析からは、こうした政策は国債市場の機能度にマイナスの影響を及ぼしたといえる。ただし、大規模な金融緩和の枠組みの見直しもあり、市場参加者へのサーベイでは、機能度の判断は改善傾向にある。また、金融機関に対して、大規模な金融緩和は、貸出利鞘の縮小につながったと考えられるが、現時点では、金融仲介活動を阻害したとの証左はみられない。このほか、経済の供給サイドへの影響については、プラス・マイナス両面で明確な結論が得られていない。

§145

これらを踏まえて、大規模な金融緩和について効果と副作用を評価すると、金融市場や金融機関収益などの面で一定の副作用はあったものの、現時点においては、全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響をもたらしたと考えられる。ただし、今後、なお低下した状態にある国債市場の機能度の回復が進まない、あるいは大規模な金融緩和の副作用が遅れて顕在化するなど、マイナスの影響が大きくなる可能性には留意が必要である。01002003004005006001314151617181920212223242526(兆円)年おおよそ7~8%減少図表1-5-1:日本銀行の国債保有残高(出所)日本銀行7.26.35.86.06.26.46.66.87.07.27.4QQE導入前(2013年初)調査時点図表1-5-2:国内債券部門のリソース(人)①フロント部門の人員7.142.950.00204060801001十分不十分評価できない(%)②現在のリソースの十分性6.720.040.020.013.30204060801001確保できる1年以内に解消解消に1年超確保困難評価できない(%)③不十分なリソースの確保可能性(出所)日本銀行(注)1. 債券市場サーベイの特別調査(2023/11月調査)の結果に基づく。2. ②、③は人材面に対する評価。③は、②で「不十分」と回答した先が対象。

§146

61日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:1.過去 25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営すなわち、日本銀行が、新規の国債買入れを減額するもとでも、日本銀行の国債保有残高は、暫くはきわめて高い状況が続くと見込まれる(図表1-5-1)。こうしたもとで、国債市場の機能度の回復には時間を要する可能性がある。この点、市場参加者へのサーベイでは、国内債券部門の業容は縮小してきており、そのリソースの回復には時間が相応にかかりうるとの指摘もみられる(図表1-5-2)。また、大規模な金融緩和のもとでの企業や家計の借入行動や金融機関のリスクテイク姿勢が、今後の金融仲介活動に影響する可能性もある。低金利環境や企業の借入需要の趨勢的な減少、金融機関間の貸出競争のもとで増加した貸出については、債務者の収入減少や貸出金利の上昇に対する耐性が相対的に低い案件がみられているほか、不動産業など特定業種への貸出集中もみられている(図表 1-5-3)。また、企業と家計への貸出期間や保有債券のデュレーションは長期化しており、金利リスクの増加要因となっている(図表1-5-4)。金融機関の収益力は、最近では改善に転じているものの、やや長い目でみると低下した状態にあり、その結果としてストレス耐性が低下している先もある(図表1-5-5)。

§147

この間、借入を増やした企業のなかには、収益力が改善し、財務の頑健性が増した先があった一方、収益力の低迷が続く先も一定の割合で存在してきた。これらの点は、外部環境が大きく変化した場合に、金融仲介活動を阻害する要因となりうる。

§148

0250500750808590950005101520金融保険業・個人(除く住宅ローン)住宅ローン不動産業非製造業(除く不動産業・金融保険業)製造業(出所)日本銀行図表1-5-3:貸出残高(兆円)年度1234681012140005101520家計(左目盛)企業(右目盛)図表1-5-4:企業・家計・金融機関の金利リスク(年)年度(年)①企業・家計の借入期間(出所)財務省、住宅金融支援機構、日本銀行(注)1. ①は試算値。2. ②は銀行勘定の金利リスク量(円貨金利リスク量<100bpv>、対自己資本比率)。2017年度以前は試算値。②金融機関の金利リスク量-50510150005101520大手行地域金融機関年度(%)02468101214160003060912151821大手行地域銀行信用金庫図表1-5-5:コア業務純益ROE(%)年度(出所)日本銀行(注)2012年度以降は投信解約損益を除く。 日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意 62

§149

2.先行きの金融政策運営への含意(1)非伝統的な金融政策運営の考え方日本銀行が採用してきた様々な非伝統的な金融政策手段は、経済・物価を押し上げる効果を発揮してきたと考えられる。ただし、非伝統的な金融政策手段の定量的な効果は、短期金利の操作による伝統的な金融政策手段に比べて、不確実である。また、これらの手段を大規模かつ長期間にわたって継続する場合には、金融市場の機能度や金融機関の収益に副作用をもたらしうる。そのため、今後とも、金融政策がゼロ金利制約に直面する局面では非伝統的な金融政策手段は重要な選択肢となりうるが、短期金利を操作対象とする伝統的な金融政策手段の完全な代替手段とはなりえないことを念頭に置く必要がある。今後、非伝統的な金融政策手段を用いる必要が生じた場合には、その時点の経済・物価・金融情勢のもとで、非伝統的な金融政策手段がもたらすベネフィットとコストを比較衡量していくことが重要である。また、バランスシートの拡大を伴う非伝統的な金融政策手段は、その引き締め局面で、中央銀行の財務に影響を及ぼしうる。この点、管理通貨制度のもとで、通貨の信認は、中央銀行の保有資産や財務の健全性によって直接的に担保されるものではなく、適切な金融政策運営により「物価の安定」を図ることを通じて確保される。

§150

そうした前提のもとで、中央銀行は、やや長い目でみれば、通常、収益が確保できる仕組みとなっているほか、自身で支払決済手段を提供することができる。したがって、一時的に赤字または債務超過となっても、政策運営能力に支障を生じない。ただし、いくら赤字や債務超過になっても問題ないということではない。中央銀行の財務リスクが着目されて国・地域名称・参照指標数値・達成期間物価安定の目標(Price Stability Target) 2%CPI できるだけ早期Longer-Run Goal 2%個人消費支出デフレータ長期Inflation Target 2%HICP 中期Inflation Target 2%CPI 中期Inflation-Control Target 2%CPI 一般に6~8四半期Inflation Target 2~3%CPI 中期Inflation Target 2%近傍CPI 中期Inflation Target 2%CPIF ――Inflation Target 2%CPI 長期Definition ofPrice Stability2%未満かつデフレでない状態CPI 中長期ノルウェースイス日本米国ユーロ圏英国カナダオーストラリアニュージーランドスウェーデン図表2-2-1:主要先進国の物価安定の目標(注)カナダとニュージーランドの目標値は、1~3%の中心値。

§151

63日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意金融政策を巡る無用の混乱が生じる場合、そのことが信認の低下につながるリスクがある。このため、財務の健全性を確保することは重要である35。(2)2%の「物価安定の目標」非伝統的な金融政策手段が伝統的な金融政策手段(短期金利操作)の完全な代替手段にはなりえないことを踏まえると、可能な限りゼロ金利制約に直面しないように金融政策を運営することが望ましい。こうした観点からは、景気悪化時に実質金利を引き下げることができるよう、小幅のプラスの物価上昇率を安定して実現していくことが重要である。また、消費者物価指数のバイアスは、全体として縮小してきたとみられるものの、中央銀行が、プラスの物価上昇率を目指すべきであるとする論拠として、引き続き妥当性を有していると考えられる36。こうした理解は、主要先進国の中央銀行間で共有されており、その多くは物価目標を2%に設定している(図表2-2-1)。そのうえで、金融政策運営にあたっては、その時々の物価上昇率の実績だけではなく、物価変動を規定する諸要因を見極め、物価の基調を捉えていくことが重要であるとの認識も広く共有されている。以上を踏まえると、わが国でも、引き続き、 2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、金融政策を運営していくことが適切である。

§152

この間、家計に対する「生活意識に関するアン

§153

35 中央銀行の財務と金融政策運営の関係については、日本銀行企画局(2023)、「中央銀行の財務と金融政策運営」、日本銀行調査論文、を参照。36 消費者物価の計測誤差を巡る最近の状況と課題については、小林悟・篠原武史・白塚重典・須藤直・竹内維斗文(2024)、「消費者物価指数の計測誤差の改善状況と今後の課題-主要国における物価目標の根拠としての視点から-」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-10、を参照。0102030405060708090100070911131517192123物価上昇について、「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した家計の割合(%)年図表2-2-2:家計の物価上昇に対する見方(出所)日本銀行(注)「生活意識に関するアンケート調査」を参照。

§154

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意 64ケート調査」では、物価上昇について、それだけを捉えれば「困ったことだ」との答えが大半を占めているが、「物価と収入がともに緩やかに上昇する状態」は、「物価と収入がともにほとんど変動しない状態」より好ましいとの回答が多い(図表2-2-2、図表 2-2-3①)。企業に対する「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」でも、「物価と賃金がともに緩やかに上昇する状態」の方が、事業活動上好ましいとの声が多くの先から聞かれた(図表2-2-3②)。実際、わが国で長く続いたデフレ・低インフレ環境下では、多くの品目の価格が動かなくなり、所定内給与も据え置かれる傾向が強まった。理論的・実証的な研究は十分には蓄積されていないが、こうした状況が資源配分を歪めたり、企業の前向きな投資を抑制することにつながっていた可能性もある37。これらを踏まえると、賃金上昇を伴う形で、物価が緩やかに上昇する状況を実現することが重要である。(3)財政政策と金融政策財政政策と金融政策は、双方とも、総需要に大きな影響を及ぼす重要なマクロ経済政策手段であり、その波及経路や効果は相互に依存する。両者の相互作用については、学界でも盛んに議論されている38。

§155

これらの議論の一つとして、理論的には、金融政策が名目金利の実効下限制約に直面している状況では、財政政策と金融政策のポリシーミックスが有用となる――財政乗数が高まる――との指摘

§156

37 緩やかな物価上昇に対する家計・企業の見方や最適な物価上昇に関する学術的な整理についての詳細は、補論 15を参照。38 財政政策と金融政策の相互作用に関する最近の学界の議論については、片桐満・王悠介・小川泰尭・須藤直・砂川武貴(2024a)、「金融政策と財政政策との相互作用について-グローバル金融危機以降のマクロ経済学の展開-」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-11、を参照。01020304050607080物価と収入がともに緩やかに上昇する状態どちらの状態でも変わらない物価と収入がともにほとんど変動しない状態わからない図表2-2-3:好ましい物価と賃金・収入の状態(回答比率、%)①家計(生活意識に関するアンケート)01020304050607080物価と賃金がともに緩やかに上昇する状態物価と賃金がともにほとんど変動しない状態どちらの状態でも変わらないわからない②企業(大規模企業アンケート)(回答比率、%)(出所)日本銀行(注)①は「生活意識に関するアンケート調査」(2024/9月調査)を、②は「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を参照。

§157

65日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意がある。この点、とくにグローバル金融危機後の世界的な金融緩和の強化と財政支出の拡大は、当時の経済の落ち込みに対して効果があったとの声が多い。ただし、経済が名目金利の実効下限制約に直面している時期は世界的にみて限られることから、この点についての実証分析は十分には蓄積されていない。また、コロナ禍のもとでの大規模な財政政策については、経済活動を支えた効果に加え、米国を中心に、当時の金融政策運営と相まって、その後の物価動向に及ぼした影響について、様々な議論が展開されている39。多角的レビューの過程で行ったワークショップや意見募集では、大規模な金融緩和下での国債買入れや低金利環境の継続が、財政規律の弛緩につながったとの指摘もみられた。日本銀行では、一貫して、大規模な金融緩和は、2%の「物価安定の目標」を実現するという金融政策上の必要から実施してきたことを説明してきた。今後とも、金融政策の目的はあくまで物価の安定であり、政府による財政資金の調達支援が目的の「財政ファイナンス」ではないことを明確に示していくことは、通貨の信認を確保し、物価の安定を実現していくうえで、きわめて重要である。

§158

(4)個々の政策手段を巡る論点上記のように、非伝統的な金融政策手段を用いる必要が生じた場合には、その時々の経済・物価・金融情勢のもとで、それぞれの手段がもたらすベ

§159

39 コロナ禍以降の米国の物価動向と財政政策を巡る議論として、例えば、 Ball, Leigh, and Mishra (2022) やBernanke and Blanchard (2024a)を参照。Ball, Laurence M., Daniel Leigh, and Prachi Mishra(2022), "Understanding U.S. Inflation during theCOVID Era," IMF Working Papers, No.2022/208.Bernanke, Ben S. and Oliv ier J. Blanchard (2024a),"What Caused the U .S. Pandemic-Era Inflation?"American Economic Journal: Macroeconomics ,forthcoming.

§160

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意 66ネフィットとコストを比較衡量していくことが重要である。この点、今回のレビューを踏まえると、現時点においては、将来の金融政策運営を考えるうえで、特定の手段を除外するべきではない。もっとも、大規模な金融緩和等の経験からは、各手段の効果は不確実性を伴うほか、それぞれ固有の副作用や留意点等が存在することも改めて明確となった。今後、非伝統的な金融政策手段の採用を検討する際には、これらの留意点等も勘案し、可能な限り副作用を抑制しながら効果を発揮できるよう、制度を設計していく必要がある。こうした観点からは、以下のような点を認識しておくことが有用と考えられる。(フォワード・ガイダンス)フォワード・ガイダンスは、将来の短期金利について低水準で誘導していく方針であることなど、先行きの金融政策運営方針を事前に「約束」することにより、ガイダンスの導入時点で金利を抑制する効果を発揮しうるものである。各国中央銀行では、効果的な運用を目指して、これまで様々な形態のフォワード・ガイダンスが導入されてきており、総じて金利を抑制する効果があったとの先行研究が多い40。

§161

フォワード・ガイダンスの形態は様々だが、敢えて整理すると、先行きの金融政策運営を紐づける条件について、 ① 「定性的」にするか「定量的」にするか、②「時間依存型(政策変更のトリガーとなる期日等を示す)」にするか「状態依存型(政策変更のトリガーとなる物価上昇率など経済変数の状態等を示す)」にするか、などの区分がある(図表 2-4-1)。この点、海外の先行研究では、「約束」

§162

40 近年における研究動向については、例えば Bernanke(2020)を参照。Bernanke, Ben S. (2020), "The New Tools of MonetaryPolicy," American Economic Review, Vol.110(4),pp.943-983.図表2-4-1:フォワード・ガイダンスの形態政策変更のトリガーをどう示すか?政策変更のトリガーとして何を示すか?定性的定量的政策変更のトリガーをどう示すか?政策変更のトリガーとして何を示すか?例:「期日」例:「経済変数(物価上昇率等)」時間依存型状態依存型予測ベース実績ベース例:「2%の「物価安定の目標」を安定的に持続するために必要な時点まで」例:「消費者物価(除く生鮮食品)の実績値が安定的に2%を超えるまで」

§163

67日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意の明確性や、その時々の経済状態次第で政策変更の最適なタイミングは変わりうるという観点から「定量的・状態依存型」のガイダンスの有用性が指摘されている(図表2-4-2)41。ただし、「定量的・状態依存型」のガイダンスについても、状態依存の方法が、(a)予測ベースなのか、(b)実績ベースなのか、によって、その性質が大きく異なりうる点には留意を要する。また、先行研究では「時間依存型」のガイダンスにも対外的に分かりやすいという利点があり、一概に「状態依存型」が優れているともいえないことも示唆されている42。このようにフォワード・ガイダンスの形態は様々であるが、一般論として、より明確にあるいはより強く、将来の政策について「約束」するほど、ガイダンスの導入時点で金利を抑制する効果が大きくなる。こうした観点からは、実績ベースの「定量的」なガイダンスは、より強力な効果を発揮しうる。一方、「約束」を過度に強めると、先行き、導入時点で想定していなかったリスクが顕在化する可能性が高まった場合に――金融政策の波及には時間を要することも踏まえると――必要な政策の調整が遅れることも考えられる43。こうした観点からは、将来の経済・物価見通しが変化するな

§164

41 例えば、Bernanke (2022)やWoodford (2013)を参照。Bernanke, Ben S. (2022), 21st Century MonetaryPolicy: The Federal Reserve from the Great Inflationto COVID-19, W. W. Norton and Company.Woodford, M ichael (2013), "Forward Guidance byInflation-Targeting Central Banks," Department ofEconomics Discussion Paper Series , No.1314 -15,Columbia University.42 例えば、上記の Bernanke (2020)を参照。43 例えば、Orphanides (2023)は、米欧におけるコロナ禍以降の物価上昇率の高進を引き合いに出し、「約束」を過度に強めると、予期せぬショックが加わる局面において政策対応が遅れる可能性があると指摘している。

§165

Orphanides, Athanasios (2023), "The ForwardGuidance Trap," IMES Discussion Paper Series ,No.2023-E-6, Institute for Monetary and EconomicStudies, Bank of Japan.図表2-4-2:フォワード・ガイダンスの先行研究FRBがグローバル金融危機直後に採用した定性的なガイダンスは、具体性を欠くもので、市場参加者の政策期待への影響は限定的。最適な政策金利や政策変更のタイミングは経済状態で変わりうる。2012年にFRBが「時間依存型」から「状態依存型」に変化したことは評価できる。Bernanke(2022)Woodford(2013)

§166

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意 68どした際に柔軟に対応する余地を残しておく――例えば、主要なガイダンスは予測に紐づけるなどして、情勢変化に対応しうるようにする――ことも考えられる。また、そもそも市場参加者等の各経済主体が信じえない「約束」をすると、中央銀行が将来「約束」を破るのではないかとの見方が強まり、金利抑制効果が発揮されない可能性も念頭に置いておく必要がある(時間的非整合性の問題)。中央銀行が「約束」を守れないことが、その信認に影響を及ぼすことも考えられる。日本銀行は、1999年のゼロ金利政策導入以降、名目金利の実効下限制約に直面するもとで、これらの論点も踏まえつつ、様々な形態のフォワード・ガイダンスを採用してきた(図表 2-4-3)。1999年のゼロ金利政策下で最初に導入したガイダンスは、「定性的・状態依存型」なものであったが、その後、2001年の「量的緩和政策」や2013年の「量的・質的金融緩和」で示したガイダンスは、「定量的・状態依存型」のものである。量的緩和下のガイダンスは、状態依存の方法が実績ベースだという点で強力な「約束」であったが、金融緩和の「出口」の条件とする物価上昇率はゼロ%以上とした。

§167

これに対して、「量的・質的金融緩和」の枠組みの継続にかかるガイダンスでは、「出口」の条件とする物価上昇率は2%と、「物価安定の目標」と同じ高めの水準に設定した。他方で、このガイダンスでは、状態依存の方法を予測ベースとすることで、柔軟性を確保している。

§168

また、期待(予想物価上昇率)への働きかけを強める観点から 2016年に導入したオーバーシュート型コミットメントは、状態依存の方法が実績ベースであり、かつ「出口」の条件とする物価上昇率も2%とするきわめて強力な「約束」であったが、約束を量的指標(マネタリーベース)に紐づけることで、政策金利については経済・物価・金融情勢に応じ図表2-4-3:日本銀行のフォワード・ガイダンス量的・質的金融緩和(日本銀行金融政策決定会合公表文、2016年9月)「「量的・質的金融緩和」は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続」(日本銀行金融政策決定会合公表文、2013年4月)「マネタリーベースの残高は、<中略>消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続」「デフレ懸念の払拭ということが展望できるような情勢になるまでは、<中略>(無担保コールレートを)事実上ゼロ%で推移<後略>」(速水総裁記者会見、1999年4月)ゼロ金利政策(日本銀行金融政策決定会合公表文、2001年3月)「(2%の)物価安定の目標の実現を目指し、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置を、それぞれ必要と判断される時点まで継続」(日本銀行金融政策決定会合公表文、2013年1月)量的緩和政策「(量的緩和は)消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、継続」包括的な金融緩和政策「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続」(日本銀行金融政策決定会合公表文、2010年10月)

§169

69日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意て調整しうることとした。このように制度設計を工夫することで、日本銀行が採用した各種のフォワード・ガイダンスは、長めの金利の抑制などの面で所期の効果を発揮したほか、その制約から政策の調整が遅れることもなかったと考えられる44。2000年代の量的緩和期および 2013年以降の大規模な金融緩和期のいずれにおいても、経済・物価情勢が「出口」の条件と整合的になるまでの間、短中期の金利が抑制される時間軸効果はしっかりと発揮された(図表2-4-4)。フォワード・ガイダンスを設定する際には、以上で議論したガイダンスの特性も踏まえたうえで、幅広いシナリオを考慮し、制度設計していく工夫が求められる。(国債買入れ、イールドカーブ・コントロール)大規模な国債買入れ(その一形態であるイールドカーブ・コントロールを含む)は、1 章で指摘したように、名目金利を大幅に引き下げ、経済・物価を押し上げる効果を発揮した。ただし、国債買入れの運用にあたっては、同じく1章で指摘した副作用も踏まえて、総合的に検討する視点が求められる。とりわけ、国債買入れが国債市場の機能度や金融仲介機能に及ぼす影響は、政策の継続期間によって変化しうる。

§170

こうした観点も踏まえつつ、その時々の経済・物価・金融情勢を点検し、ベネフィットとコストを比較衡量していくことが重要である。(マイナス金利政策)マイナス金利政策には、①先行きの予想金利を低下させることで、イールドカーブ全体を低下さ

§171

44 ただし、前述のように、「量的・質的金融緩和」のもとでのフォワード・ガイダンスを含む情報発信が予想物価上昇率に働きかける効果については、当初想定していたほどの効果は発揮しなかった。0.00.51.01.52.02.5989900010203040506無担保コールレート(O/N)2年物国債金利5年物国債金利①量的緩和期(2001年~)(%)年量的緩和政策導入(2001/3月)図表2-4-4:フォワード・ガイダンスの効果-0.4-0.20.00.20.40.60.81.01.2101112131415161718192021222324無担保コールレート(O/N)2年物国債金利5年物国債金利(%)年量的・質的金融緩和導入(2013/4月)②量的・質的金融緩和期(2013年~)(出所)Bloomberg

§172

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意 70せる効果に加え、②投資家による利回り追求行動を通じて、長期・超長期の金利を低下させる効果もみられた。この結果、イールドカーブを大きく押し下げたことは、実質金利の低下を通じて、経済・物価を刺激したと考えられる。一方、マイナス金利の導入によって、金融機関の預貸利鞘には縮小圧力が働いた。ただし、1章で指摘したように、こうしたマイナス金利政策が金融機関の収益へ及ぼす影響は、①日本銀行当座預金への3段階の「階層構造」の導入などの制度的工夫や②景気改善に伴う信用コストの低下等もあって緩和され、金融機関のリスクテイク余力は維持された。また、長期・超長期の金利が大きく低下するもとで、社債発行の増加等を通じても、企業の総資金調達は高めの伸びを続けた。このように、2016年以降の局面において、マイナス金利政策が金融仲介活動を阻害するメカニズムが表面化していた証左はみられていない。今後、マイナス金利政策の採用を検討する際には、経済・物価に及ぼしうるベネフィットと、金融仲介機能への影響といったコストを比較衡量する必要がある。

§173

その際、制度設計にあたっては、2016年に導入した階層構造のように、副作用を緩和する工夫を加える必要があるほか、マイナス金利政策の継続期間が長引くほど、その副作用も強まりうることについても、念頭に置いておくことが重要となる。このほか、マイナス金利政策が、フォワード・ガイダンスや大規模な国債買入れとの組み合わせにより、金利形成に大きな影響を及ぼしたことも踏まえると、政策の組み合わせも重要となる。この点、イールドカーブの過度な低下およびフラット化は、銀行等を介した金融仲介機能に影響を及ぼすだけではなく、家計の資産形成において重要となる保険・年金の商品設計余地が縮小すること

§174

71日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意などを通じて、広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらす可能性がある――このことが、マインド面を通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性もある――点も念頭に置く必要がある。(貸出ファシリティ)日本銀行は、これまで――必ずしも名目金利の実効下限制約下で金融緩和を追求するための手段というわけではないが――様々な貸出ファシリティを導入してきた(図表2-4-5)。これらは、 ①企業金融の円滑化等に資するための措置(企業金融支援特別オペレーション、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペレーション)、 ②金融機関の一段と積極的な行動と企業や家計の前向きな資金需要の増加を促す措置(貸出増加を支援するための資金供給)、 ③中長期的に物価の安定を実現していくという観点等から、民間における様々な取り組みを支援するための措置(成長基盤強化を支援するための資金供給、被災地金融機関を支援するための資金供給オペレーション、気候変動対応を支援するための資金供給オペレーション)に大別できる。①の企業金融の円滑化等に資するための措置は、グローバル金融危機や新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う企業の資金調達環境の悪化や資金需要の急増を受けたものである。

§175

例えば、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペレーションは、金融機関が行う感染症対応融資のバックファイナンスについて、インセンティブとして残高に付利するという有利な条件で行うことで、金融機関の取り組みを促進した。これらは、金融機関に強いインセンティブを付与するものであり、必要性を踏まえたうえで、一時的な事態に対応するための時限措置として導入することが望ましい。

§176

②の貸出増加を支援するための資金供給は、貸図表2-4-5:貸出ファシリティ①企業金融の円滑化②金融機関の積極的な行動と企業・家計の前向きな資金需要の促進③民間における様々な取り組みの支援(出所)日本銀行ピーク時(時点)2024年10月末時点企業金融支援特別オペ2008/12月(2010/3月末廃止)7.5兆円(2009/3月)なし新型コロナ感染症対応金融支援特別オペ2020/3月(2023/3月末廃止)86.8兆円(2022/3月)なし導入時期貸出残高ピーク時(時点)2024年10月末時点貸出増加を支援するための資金供給2012/12月79.1兆円(2024/6月~8月)78.4兆円導入時期貸出残高ピーク時(時点)2024年10月末時点成長基盤強化を支援するための資金供給2010/6月(新規貸付は2022/6月末で終了)7.0兆円(2018/6月~8月)2.6兆円被災地金融機関を支援するための資金供給オペ2011/4月0.7兆円(2018/12月~2019/5月)0.1兆円気候変動対応を支援するための資金供給オペ2021/9月直近 12.0兆円導入時期貸出残高

§177

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意 72出チャネルを介した緩和効果の強化を企図した金融緩和の一環と位置付けられる。わが国の金融仲介は、引き続き間接金融が中心であり、金融緩和効果を経済・物価に波及させていくうえで、貸出チャネルへの働きかけは、依然として有効な手段と考えられる45。③の民間における様々な取り組みを支援するための措置は、中長期的に物価の安定を実現していくという観点から行われるものであるが、オペレーションによって具体的な目的は様々である。例えば、気候変動対応を支援するための資金供給オペレーションについては、気候変動問題が中長期的に経済・物価・金融情勢にきわめて大きな影響を及ぼしうることを踏まえたものである。こうしたもとで、中央銀行の立場から民間における気候変動対応を支援していくことは、長い目でみたマクロ経済の安定に資するとの考え方に基づき実施している。これらの措置の効果等については、物価の安定という日本銀行の使命や、個々の措置で想定している目的との対比で、評価していく必要がある。(リスク性資産の買入れ)リスク性資産の買入れは、リスク・プレミアムに働きかけることを通じて、市場の不安定な動きを抑制する効果を発揮してきた。

§178

日本銀行が行ってきたCP ・社債等の買入れは、とくに金融危機後など、市場の流動性やリスクテイク余力が著しく低下している局面において、流動性の回復やリスク・プレミアムの低下をもたら

§179

45 伊藤・河西・平田(2024)は、銀行ごとの貸出データを用いた分析を行い、貸出増加を支援するための資金供給が銀行貸出にプラスの影響を及ぼした可能性を指摘している。伊藤雄一郎・河西桂靖・平田篤己(2024)、「貸出増加支援資金供給が貸出残高に及ぼした影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-19

§180

73日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意す強い効果を発揮した。企業の資金調達環境の改善や投資家のリスクテイク余力の上昇は、実体経済にプラスの影響を及ぼす効果があると考えられる46。また、ETF等の買入れについて、日本銀行が2021年3月に実施した「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」では、ETF買入れがリスク・プレミアムを縮小させる効果は、①買入れ時点の株価水準がトレンド対比で低いほど、②(株価水準がトレンドを下回る状況下で)株式市場のボラティリティが高まるほど、③買入れ実施直前の株価の下落率が大きいほど、④買入れ規模が大きいほど、大きいことを示唆する結果を示した(図表 2-4-6)47。株式市場等のリスク・プレミアムに働きかけることは、資産価格への影響や、企業および家計のコンフィデンス悪化の防止を通じて、経済・物価にプラスの影響を及ぼしてきたと考えられる。一方で、リスク性資産の買入れ、とくにETFの買入れについては、留意点を指摘されることがある。第1に、日本銀行がETFを保有すると、企業経営の規律付けが弱まるとのコーポレート・

§181

46日本銀行のCP ・社債等の買入れ政策の効果に関する分析については、大山・廣瀬(2009)やSuganuma and Ueno(2018)、落・長田(2023、2024)を参照。大山慎介・廣瀬康生(2009)、「企業金融の円滑化に向けたCPオペの効果の識別-金融危機下の資金供給オペレーションに関する一考察-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.09-J-9Suganuma, Kenji and Yoichi Ueno (2018), "TheEffects of the Bank of Japan's Corporate andGovernment Bond Purchases on Credit Spreads,"IMES Discussion Paper Series, No.2018-E-4, Institutefor Monetary and Economic Studies, Bank of Japan.落香織・長田充弘(2023)、「わが国における社債発行スプレッドの動向」、日銀レビュー・シリーズ、No.2023-J-11落香織・長田充弘(2024)、「社債市場の機能度指標」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-547 詳細は、日本銀行(2021)、「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」の補論5を参照。

§182

図表2-4-6:ETFの買入れの効果の推計(出所)日本銀行(注)推計期間は、2010/12月~2020/12月。推計についての詳細は「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」(2021年3月)を参照。<推計I>被説明変数(リスク・プレミアム指標)= β × コントロール変数+ θ × 買入れ量指標<推計II>被説明変数(リスク・プレミアム指標)= β × コントロール変数+ F(買入れ効果関数)× 買入れ量指標オプション価格に含まれる株式リスク・プレミアム個別銘柄イールド・スプレッド効果有効果有①株価水準がトレンド対比低いほど効果大効果大②(株価水準がトレンドを下回る状況下で)株式市場のボラティリティが高まるほど効果大効果大③買入れ実施直前の株価の下落率が大きいほど効果は不変(統計的に有意にならず)効果大④買入れ規模が大きいほど効果は不変(統計的に有意にならず)効果大推計Ⅰ推計Ⅱ被説明変数(株式市場のリスク・プレミアム)①株価のトレンドからの下方乖離率②株式市場のボラティリティ③買入れ実施直前の株価下落率④買入れ額の規模をそれぞれ状態変数とする関数

§183

日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意 74ガバナンス面からの指摘がある。この点、日本銀行が保有するETFを構成する個別株式の議決権については、スチュワードシップ・コードの受け入れを表明した投資信託委託会社により適切に行使される扱いとなっており、これを通じて、民間資金による投資信託等への投資と同様、企業経営への規律付けを図ってきた。第2に、ETF買入れによって、一部銘柄において日本銀行による間接保有比率が高まり、銘柄間で価格面の歪みをもたらしてきたとの指摘がある。実際、日本銀行が買入対象としてきた一部のETFが連動する株価指数(日経平均株価等)の特性から、買入れにより一部の構成株式の間接保有比率の上昇が進んだ面はある。この結果として、銘柄間で価格に持続的な歪みが生じているとの見方もあるが、日本銀行は、こうした影響を抑制するようTOPIX連動型の買入れ割合を段階的に増やし、2021年4月以降は、TOPIX連動型ETFのみを買入れることとした(図表 2-4-7)48。第3に、リスク性資産は価格変動リスクが大きいため、中央銀行の財務面へ影響が及ぶ可能性があるとの指摘がある。この点、日本銀行は、時価の総額が帳簿価額の総額を下回る場合には、引当金を計上する扱いとするなど、財務健全性確保のための手当てを講じてきた。

§184

この間、他の先進国の中央銀行をみると、欧州中央銀行(ECB)は、2010年代半ばから 2020

§185

48 例えば、 Barbon and Gianinazzi (2019) や Ichiue(2024)は、日本銀行のETF買入れが、個別銘柄の累積リターンに影響を及ぼしていると指摘している。Barbon, Andrea and Virginia Gianinazzi (2019),"Quantitative Easing and Equity Prices: Evidence fromthe ETF Program of the Bank of Japan," The Reviewof Asset Pricing Studies, Vol.9(2), pp.210-255.Ichiue, H ibiki (2024), "The Bank of Japan's StockHoldings and Long-term Returns," Working Papers onCentral Bank Communication Design, No.049 ,Graduate School of Economics, University of Tokyo.図表2-4-7:ETF買入れの運営(出所)日本銀行(注)年間買入額。JPX日経400連動ETFは、2014/11月より購入を開始。

§186

2010/10月~2016/9月は、3指数(TOPIX、日経225、JPX日経400)に連動するETFを対象に、銘柄毎の時価総額に概ね比例するように年間買入額を設定。TOPIX TOPIX・日経225・JPX日経400連動2010/10月~2016/9月2016/10月~2018/7月2.7兆円 3兆円×時価総額ウエイト2018/8月~2020/4月4.2兆円 1.5兆円×時価総額ウエイト2020/5月~2021/3月75% 25%2021/4月~ 100% (購入なし)時価総額ウエイト

§187

75日本銀行金融政策の多角的レビュー背景説明:2.先行きの金融政策運営への含意年代初にかけて、国債と併せて社債等の大規模な買入れを実施している。一方、FRBは、市場に大きなストレスがかかる局面に限って社債等の買入れを実施しているといった運用の差がある。また、ファンド形式か個別株かを問わず、金融政策手段として、株式やREITを購入した主要中央銀行の例はみられない。先進国中央銀行の関係者からは、将来、資産買入れの対象を拡大する可能性について、一概に否定する声は聞かれないが、その際には、中央銀行の信用リスクや特定のセクター・企業を優遇するリスクに留意することや、政策のベネフィットとコストを比較衡量することが重要であると指摘されている49。リスク性資産の買入れを検討するにあたっては、まず、リスク・プレミアムへの働きかけが必要な局面かを確認することが求められる。そのうえで、必要と判断した際には、上記の留意点を勘案して制度を設計していくことが重要である。 49 例えば、上記の Bernanke (2022)や Schnabel (2024)を参照。Schnabel, Isabel (2024), "The Benefits and Costs ofAsset Purchases," Speech at the 2024 BOJ -IMESConference.

§188

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 76補論補論 1:多角的レビューに関する意見交換等の取り組み............................................. 77補論 2:自然利子率の動向................................................................................... 83補論 3:グローバル化と物価変動.......................................................................... 89補論 4:「物価の基調」と賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方........ 91補論 5:企業向けアンケートからみた賃金・価格設定行動.......................................... 98補論 6:過去 25年間の為替動向........................................................................... 102補論 7:金融政策による期待への働きかけの評価...................................................... 106補論 8:大規模な国債買入れの金利形成への影響...................................................... 113補論 9:マイナス金利政策の金利形成への影響......................................................... 117補論10:大規模な金融緩和と経済・物価................................................................. 121補論11:大規模な金融緩和と債券市場の機能度......................................................... 129補論12:大規模な金融緩和下における短期金融市場の動向と機能度............................... 136補論13:大規模な金融緩和と金融システム.............................................................. 140補論14:金融緩和が経済の供給サイド(生産性等)に及ぼす影響.................................. 146補論15:緩やかな物価上昇の経済的意味................................................................. 152

§189

77日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論1:多角的レビューに関する意見交換等の取り組み金融政策の多角的レビューを進めていくなかでは、多様な知見を取り入れつつ、客観性や透明性を高める観点から、意見交換等の様々な取り組みを実施した。(取り組み内容)日本銀行では、日頃より、内外の学界や金融市場の関係者との意見交換をしているほか、本支店のネットワークを活用し、企業等へのヒアリングも行っている。こうした場に加え、以下のような形で意見交換やアンケート調査、意見募集を行った。①「金融経済懇談会」等における意見交換各地域で行う金融経済懇談会50等の場で、過去25年間の経済・物価・金融情勢や金融政策運営について、政策委員会委員等が意見交換を行った。このほか、日本銀行の参与や金融機関等からも、意見等を頂いた。②「ワークショップ」等での有識者との意見交換2023年12月と 2024年5月の2回にわたり、多角的レビューに関するワークショップを開催した(図表 A1-1)。このほか、東京大学との共催コンファレンス、金融研究所主催の国際コンファランス、PIFS51主催セミナーなどの各種コンファレンス・セミナーでも、多角的レビュー全体ないし関連する一部の論点について、内外の有識者と議論した。

§190

502023年6月から 2024年3月の間に、全国で計 17 回実施した。51 Program on International Financial Systems の略。1986年に設立され、ハーバード大学ロースクールが非財務スポンサーとなるもとで、国際シンポジウムなどを主催している。1998年以降は、毎年、日米の経済問題等をテーマにしたハイレベル・シンポジウムを開催している。

§191

図表A1-1:「ワークショップ」等での意見交換①東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局第10回共催コンファレンス・「国際経済環境の変化と日本経済」(2023年11月)②第1回「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ・「非伝統的金融政策の効果と副作用」(2023年12月)③第2回「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ・「過去25年間の経済・物価情勢と金融政策」(2024年5月)④日本銀行金融研究所主催国際コンファランス・「物価変動と金融政策の課題-教訓と展望-」(2024年5月)⑤Program on International Financial Systems (PIFS)and the Bank of Japan, Monetary Policy Seminar・ "Price Dynamics in Japan" and "UnconventionalPolicy Tools" (2023年6月)・ "The BoJ's Monetary Policy: Past, Present andWay Forward" (2024年6月)

§192

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 78③企業・家計・金融機関への大規模なアンケート調査の実施企業・家計・金融機関に対して、過去 25年間の経済・物価・金融情勢や、そのもとでの金融政策運営に関する見方について、アンケート調査を実施した(図表 A1-2)。具体的には、企業に対しては、1990年代半ば以降の企業行動の特徴や、それがわが国の経済動向および賃金・物価形成に及ぼした影響について理解を深めることを目的に、幅広い業種・規模の国内の非金融法人企業を対象とした「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を 2023年11月~2024年2月に実施した。家計に対しては、2024年3月の「生活意識に関するアンケート調査」において、過去25年間、金融緩和を続け、低金利を維持してきたことについての実感や政策運営に対する見解等の質問項目を追加した。金融機関に対しては、過去 25年間に実施してきた各種の非伝統的金融政策手段が、主として債券市場(国債市場)に与えた影響(副作用を含む)について、過去の局面ごとに明らかにすることを目的として、銀行・証券などの日本銀行の当座預金取引先に加え、保険会社や資産運用会社なども対象とした「債券市場サーベイ・特別調査」を2023年10~11月に実施した。

§193

④インターネット・郵送による「意見募集」の実施このほか、対象を限定することなく、意見を広く集めることを目的として、インターネット・郵送による意見募集を実施し、計172 件の意見を受領した。図表A1-2:企業・家計・金融機関へのアンケート調査①1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査②生活意識に関するアンケート調査③債券市場サーベイ・特別調査(注)②の対象先について、令和6年能登半島地震の影響を考慮し、石川県での調査は見合わせた。

§194

対象先金融機関:70先(国債売買オペ対象先のうち調査協力を得られた先、および大手機関投資家<生命保険会社、損害保険会社、投資信託委託会社等>)実施時期 2023年10~11月(四半期ごとの定例調査とは別に、特別調査として実施)主な調査項目・過去25年間の債券市場の機能度の評価・債券市場の機能度が低い局面で生じた問題や市場構造の変化対象先企業:2,509先(大企業に加え、中小・零細企業等を含む)実施時期 2023年11月~2024年2月方法訪問または郵送・インターネットによるアンケート調査回収率 89.9%主な調査項目・価格設定・賃金設定・物価と事業環境・過去25年間の金融緩和に関する実感対象先家計:全国の満20歳以上の個人3,970人実施時期 2024年2~3月(2024年3月調査に特別項目を追加)方法郵送またはインターネットによるアンケート調査回収率 50.4%主な調査項目・物価動向と暮らしについての考え方・過去25年間の金融緩和に関する実感

§195

79日本銀行金融政策の多角的レビュー補論(主な意見)懇談会やワークショップ、アンケート調査、意見募集等で集まった意見は、多岐にわたる。このうち、過去 25年間の金融政策運営についての意見をみると、金融緩和による効果と副作用の双方で様々な点を指摘する声が寄せられた。これらのうち、ワークショップ等での内外の有識者との意見交換の模様は、議事要旨で詳細を公表している。各種アンケート調査の主な結果や、個人・企業・金融機関から寄せられた主な意見は、以下のとおりである52。まず、金融緩和による効果としては、①企業・家計の利払い負担の軽減、②企業の投資促進と金融機関の貸出増加、③経済の下支えと金融システムの安定、④金融機関のビジネスモデル改革の促進、⑤デフレマインドの払拭といった点を指摘する声が多く聞かれた(図表A1-3、図表A1-4、図表 A1-5)。一方、金融緩和が長期にわたったことに伴う副作用としては、①金融機関の収益力低下とそれに伴うリスクテイクの拡大、②金融仲介機能および市場機能の低下、 ③預貯金などの受取利子の減少、④構造問題への対応の遅れや企業の新陳代謝の停滞、⑤一方的な為替変動による弊害、⑥日本銀行財務の悪化、⑦財政規律の低下といった点を指摘する声が多く聞かれた(図表 A1-3、図表 A1-4、図表 A1-6)。

§196

以上のような金融緩和の効果と副作用に関する指摘とともに、大規模な金融緩和の見直しを求め

§197

52 アンケート結果のうち、金融政策運営関連以外の部分については、それぞれ関連する補論等で整理している。①過去 25年間の経済・物価情勢に関する企業行動については補論5を、②大規模な金融緩和の金融市場の機能度等への影響については補論 11 を、③家計・企業の「賃金・物価がともに上がりにくい状況」への見方等については補論15を、それぞれ参照。020406080100自社の金融機関からの借入金利の低下自社の外部資金の調達期間の長期化景気の改善金融機関の融資姿勢の積極化株価の上昇為替相場の動向そもそも金融緩和の効果を実感していない製造業/大・中堅企業製造業/中小・零細企業非製造業/大・中堅企業非製造業/中小・零細企業図表A1-3:企業における金融緩和の効果・副作用に関する実感(%)①効果に関する実感020406080100低金利による自社の資金運用難企業の新陳代謝の停滞による労働者や資本等の固定化金利低下による金融機関の収益力の低下土地などの不動産市場の過熱為替相場の動向そもそも金融緩和の副作用を実感していない製造業/大・中堅企業製造業/中小・零細企業非製造業/大・中堅企業非製造業/中小・零細企業(%)②副作用に関する実感(出所)日本銀行(注)「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を参照。

§198

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 80る声と、緩和の継続を求める声の双方が聞かれた。

§199

【多角的レビューシリーズの刊行物】日本銀行(2024a)、「「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」の集計結果について」、地域経済報告(さくらレポート)別冊シリーズ日本銀行(2024b)、「「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第1回「非伝統的金融政策の効果と副作用」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行(2024c)、「「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第2回「過去 25年間の経済・物価情勢と金融政策」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行金融研究所(2024)、「「物価変動と金融政策の課題-教訓と展望-」2024年国際コンファランスの模様」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-17日本銀行調査統計局(2024)、「東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局第 10 回共催コンファレンス:「国際経済環境の変化と日本経済」の模様」、日本銀行調査論文0102030405060預貯金などの受取金利が低下した借入を過度に増加させてしまった株価が過度に上昇した地価などの不動産価格が過度に上昇した為替レートが変わったそもそも悪かったことを実感していない(%)②副作用に関する実感(出所)日本銀行(注)「生活意識に関するアンケート調査」(2024年3月調査)を参照。

§200

0102030405060ローンの借入金利が低下した雇用・処遇が改善した金融機関の融資姿勢が積極化した株価が上昇した為替レートが変わったそもそも良かったことを実感していない図表A1-4:家計における金融緩和の効果・副作用に関する実感(%)①効果に関する実感

§201

81日本銀行金融政策の多角的レビュー補論図表A1-5:金融緩和の効果に関する意見(出所)各社ヒアリング情報、「金融政策の多角的レビューに関する意見募集」提出意見企業地方の中小企業にとっては、金利負担が少なかったという点で、メリットが大きかった。企業長期にわたる金融緩和は、デフレ下の中小企業経営を金融面から支えたと強く感じる。また、借入金利の低さは、事業多角化の後押しとなった。企業金融緩和は、金融機関にとっては非常に厳しい環境との話もあるが、民間企業としては非常に助けられたという意識を持っている。個人低金利によって、住宅ローンの返済が助けられた。低金利が解除される場合は、住宅ローンの金利増加を相殺する施策をお願いしたい。企業民間企業にとっては、投資意欲を活性化させ、継続的に投資が行われてきた面で、一定の効果があった。企業低金利政策は企業の設備投資を後押ししたと感じており、中小企業にもそれなりにプラスの影響があった。金融機関企業の調達金利の低下により、企業の投資や事業拡大に寄与してきた。企業バブル崩壊以降に行われた、90年代後半の金融緩和に関する中小企業への影響という観点からは、過度な経済後退を抑え、雇用を下支えするなど、一定の効果があった。金融機関失われた30年という長いスパンで見ると、金融緩和が日本経済の下支えに奏功したことは間違いない。

§202

金融機関金融機関の破綻や不良債権問題に対応するため、ゼロ金利政策や量的緩和政策等が導入され、金融システムの安定化が図られた。直近のコロナ禍においても、ゼロゼロ融資や低金利による資金繰り支援、資金供給オペ等の措置によって、金融仲介機能を発揮することができ、大きな倒産を回避し、地域の雇用を失わずに済んだ。個人金融政策は、過去、緩和不足と拙速な引き締めが繰り返されてきた。この10年間の金融緩和によって、経済は、ようやくもとの成長軌道に戻りつつある。企業低金利環境が継続したもとで、金融機関から中小企業に対する支援メニューが、従来の資金面から、人材仲介や情報サービスの提供、事業再生支援などに拡充され、中小企業に寄り添った支援を頂いている。金融機関「もはや、単なる量の拡大や利鞘の拡大に頼った業務運営は成り立たない」と金融機関の認識を改めさせ、ビジネスモデルの変革に向けた取り組みを後押しする契機になった。金融機関地域銀行としてのビジネスモデルを見直す機会にもなり、非金融取引やコンサルティング業務、あるいは地域活性化等に目を向ける契機となった。金融機関2013年に2%の物価安定目標達成に向けた量的・質的金融緩和を導入されてから10年が経ち、未だ2%の物価目標が持続的・安定的に実現可能な状況には至っていないものの、持続的な物価下落という意味でのデフレを脱却したという点では、一定の効果があった。

§203

金融機関デフレマインドの払拭と経済の下支えという意味では、十分に機能してきた。⑤「デフレマインドの払拭」を指摘する声④「金融機関のビジネスモデル改革の促進」を指摘する声①「企業・家計の利払い負担の軽減」を指摘する声②「企業の投資促進と金融機関の貸出増加」を指摘する声③「経済の下支えと金融システムの安定」を指摘する声

§204

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 82

§205

図表A1-6:金融緩和の副作用に関する意見(出所)各社ヒアリング情報、「金融政策の多角的レビューに関する意見募集」提出意見企業かつては取引銀行が自ら貸出をしてくれたため、強い結びつきや信頼関係を感じていたが、現在は、シ・ローン等の手数料ビジネスの提案が増えたことで仲介業者の様な関係になってしまった。本当に資金が必要な時に借入できるか不安を感じる。金融機関金融機関にとっては、過剰な融資競争が生じたり、リスクテイクの前傾化により有価証券運用が増加したりするなど、非常に大きな副作用が生じた。金融機関金融機関の貸出部門では、マイナス金利を乗り切るべく、一定のリスクを許容しながらストラクチャードファイナンスの取り組みを強化したほか、ボリュームにより収益をカバーする方針への変更を迫られ、結果として過当競争に晒された。企業金融機関収益が悪化することで手数料等が引き上げられ、金融サービスが低下したと感じる。金融機関金融緩和による低金利環境の長期化によって、金融機関では既存の預貸金ビジネスのモデルが破綻し、収益は大幅に減少した。トップライン収益の低下を防ぐべく、店舗削減など大幅な経費削減に努めた結果として、特に高齢者を中心に金融サービスの利便性が低下した。

§206

金融機関銀行を含む金融業界では、極端な低金利環境における収益環境の厳しさを打ち返すべく収益力の強化に取り組んでいるが、こうした状況の必要以上の長期化は、金融仲介機能への影響を通じて、政策の副作用の側面を強めることが懸念される。個人マイナス金利政策が導入された影響で、銀行の定期預金の金利は上がりにくい環境になった。企業経済を下支えしたという大きな意義があった一方で、国内の産業構造の変化や新産業育成は停滞した。成長著しい海外へ投資が流れるなど、結果として国内外の格差が生じた。企業低金利が長く続き過ぎたことで、本来淘汰されるべき企業も生き残り、需給ギャップの解消が遠のいた。金融機関金融緩和が始まった当初は、企業が設備投資やイノベーションで付加価値を上げていく行動に繋がっていた。もっとも、金融緩和が長期化したことで、「現状維持がプラスになる」、「チャレンジをしなくても良い」というメッセージになっているのではないかと懸念している。企業金融緩和には円高解消等の一定の効果があった一方で、緩和が長引いたことで内外金利差が生じ、円安の定着や輸入価格の上昇といったデメリットもあった。個人円安の行き過ぎにより物価上昇が止まらなく、生活が厳しくなってきている。個人日銀には金利を上げて為替相場を円高にしてもらわないと庶民の生活が成り立たない。日本は原油をはじめエネルギーほか食料のほとんどを輸入に頼っている。

§207

金利を上げると何か弊害があるのだろうか。金融機関政策金利を引き上げることは、日本銀行が当座預金に金利を付けるということになるため、「日本銀行の収支に問題が出て、政策転換できないのではないか」という声も聞かれる。金融機関最近10年間の金融緩和政策については、市場機能の低下と、財政規律の低下による膨大な政府債務が将来に暗い影を落としている。金融機関財政規律への緊張感を最近は官民ともに失っているように感じる。個人政府・与党は、何かあるたびに、大型補正予算を組み、財政規律に歯止めが利かなくなっている。政府の発行する赤字国債を、事実上、ファイナンスしているのが、日銀である。⑤「一方的な為替変動による弊害」を指摘する声⑥「日本銀行財務の悪化」を指摘する声⑦「財政規律の低下」を指摘する声③「預貯金などの受取利子の減少」を指摘する声①「金融機関の収益力低下とそれに伴うリスクテイクの拡大」を指摘する声④「構造問題への対応の遅れや企業の新陳代謝の停滞」を指摘する声②「金融仲介機能および市場機能の低下」を指摘する声

§208

83日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論2:自然利子率の動向自然利子率は、投資と貯蓄がバランスし、経済・物価に対して中立的な実質金利の水準であり、金融政策のスタンスを評価する際のベンチマークの一つとして利用される。すなわち、実際の実質金利が自然利子率を上回っている場合は「引き締め的」、下回っている場合は「緩和的」と評価される。自然利子率は、経済・物価を巡る構造変化等を受けて変化するものであるほか、直接観察できるデータでもないため、一定の手法で推計する必要がある。本補論では、①自然利子率の計測を巡る論点を概観したあと、②1990年代以降の自然利子率の推移とその背景について整理する。(自然利子率の計測を巡る論点)自然利子率の推計手法は、Obstfeld (2023)の整理に基づくと、時系列モデル、期間構造モデル、準構造モデル、構造モデルの4つの類型に分けられる(図表 A2-1)53。各種のアプローチには一長一短があり、その間に明確な優劣があるわけではない。一般的には、時系列モデルや期間構造モデルは、モデルの定式化に起因する問題を回避しやすいという利点がある一方、推計結果は、実際に観察された実質金利等に引きずられやすい。これに対して、準構造モデルや構造モデルは、経済理論に基づいて解釈しやすい利点がある一方、推計結果は、モデルの仮定に強く依存することになる。

§209

したがって、自然利子率の動向を確認する際には、単一のモデルや推計手法に依拠するのではなく、複数の手法を用いて推計を行い、幅をもって解釈することが重要である。

§210

53 具体的には、杉岡・中野・山本( 2024)や Obstfeld(2023)を参照。図表A2-1:自然利子率の推計手法類型考え方時系列モデル〇時系列の手法を用いて金利の長期トレンドを推計し、自然利子率と見做す。<先行研究>・Del Negro et al.(2017)・Kiley (2020)・Goy and Iwasaki (2024)期間構造モデル〇金利の期間構造(イールドカーブの情報)を用いて、市場における短期金利の予想パスを抽出し、自然利子率と見做す。<先行研究>・Kim, Walsh and Wei (2019)・Bauer and Rudebusch (2020)準構造モデル〇IS曲線、フィリップス曲線などの構造方程式を仮定し、需給ギャップをゼロとする景気中立的な利子率の水準を推計し、自然利子率と見做す。<先行研究>・Holston, Laubach and Williams (2023)・Brand and Mazelis (2019)・今久保・小島・中島(2015)・Nakajima et al. (2023)構造モデル〇経済主体の行動にミクロ的基礎付けを与え、名目硬直性が存在しない、価格が完全に伸縮的な均衡における利子率の水準を推計し、自然利子率と見做す。

§211

<先行研究>・Barsky, Justiniano and Melosi (2014)・岡崎・須藤(2018)

§212

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 84(自然利子率の推移とその背景)上記の観点から、日本銀行は、現在6つの手法を用いて、自然利子率を推計している。これらの推計値はいずれも 1990年代初頭以降、趨勢的に低下している(再掲図表 1-1-1)54。こうした 1990年代以降の自然利子率の低下トレンドの主因として、多角的レビューの「背景説明」では、①1990年代初頭のバブル崩壊以降の企業のリスクテイク姿勢の慎重化と潜在成長率の低下、 ②グローバル化の進展、 ③人口動態の変化、を指摘している。以下では、これらについて関連分析を紹介する。第1に、1990年代初頭のバブル崩壊以降の企業のリスクテイク姿勢の慎重化と潜在成長率の低下である。一般に、潜在成長率の低下に伴い資本の収益率が下押しされると、投資と貯蓄がバランスする金利は低下する。潜在成長率については、1990年代以降、技術進歩や資本蓄積のペース鈍化などによって低下傾向をたどったあと、近年は低位にとどまってきた(図表 A2-2)55。先行きの自然利子率をみていくうえでは、デジタル・トランスフォーメーション(DX)やグリーン・トランスフォーメーション(GX)への対応の進展などが生産性を高めていくか、地域の中小企業を含めて企業行動が変化し企業の支出スタンスが積極化していくか、これらのもとで潜在成

§213

54 詳しくは、杉岡・中野・山本(2024)を参照。55 潜在成長率は、景気(総需要)の変動を均した供給力の成長トレンドとして定義されることが多いが、自然利子率と同様、複数の推計方法があり、それらの推計結果は幅をもって解釈することが重要である。この点、福永ほか(2024)では、図表 A2-2 のとおり、複数の推計方法を用いた分析結果を示している。また、福永ほか(2024)は、潜在成長率の低下とともに将来の経済成長に対する企業や家計の期待が低下し、設備投資需要などの減退につながる可能性があること、さらに、このことが供給面に波及して潜在成長率のさらなる低下につながる可能性があること、などを指摘している。-2-10123490950005101520Holston・Laubach・Williams[2023]モデルNakajima et al.[2023]モデル今久保・小島・中島[2015]モデルDel Negro et al.[2017]モデルGoy・Iwasaki[2024]モデル岡崎・須藤[2018]モデル(出所)日本銀行、財務省、厚生労働省、総務省、内閣府、Bloomberg、ConsensusEconomics「コンセンサス・フォーキャスト」(注)各モデルをベースにした推計値。

§214

図表1-1-1:自然利子率(%)年-2-1012345685899397010509131721生産関数アプローチDSGEモデル時系列(構造VAR)モデル(出所)日本銀行、内閣府、総務省、厚生労働省、経済産業省(注)詳細は、福永ほか(2024)を参照。図表A2-2:潜在成長率年(前年比、%)

§215

85日本銀行金融政策の多角的レビュー補論長率が緩やかに高まっていくか、といった点も大きなポイントの一つとなる。第2に、グローバル化の進展である。1990年代以降、全体として、先進国の長期金利は低下基調をたどってきた。この背景として、新興国からの安全資産需要の高まりなどによる "GlobalSaving Glut"の影響が、海外の中央銀行関係者からも頻繁に指摘されてきた56。そこで、グローバルな要因が自然利子率に与えた影響を把握するために、グローバルな安全資産需給および、各国・各地域固有要因の他国・他地域への波及を組み込む形で、先進諸国・地域の自然利子率の推計を試みた(図表A2-3)57。その際、グローバル化が 1990年代後半から 2000年代前半にかけて著しく進展したことの影響を検証するため、グローバル化が進むにつれて、その自然利子率に及ぼす影響が変化しうる定式化としている。分析結果からは、①グローバル要因が自然利子率に影響を及ぼす感応度は 2000年前後に高まったこと、②そうしたもとで、各国・各地域でみられた自然利子率の低下トレンドに、グローバル要因が相応に影響した可能性があること、が示唆された。先行きについては、多角的レビューの「背景説明」でも指摘したように、グローバル化の潮流に変化が生じていないか、という視点も重要である。

§216

世界的に進む脱炭素化の動きなどが、企業の投資行動や国際的な資金移動の変化などを通じて、自然利子率に影響を及ぼす可能性もある。第3に、人口動態の変化である。少子高齢化に伴う労働供給力の減少は、上記の潜在成長率の低

§217

56 Global Saving Glut の自然利子率への影響についての海外の中央銀行関係者の言及としては、例えば、Bernanke(2005)や Williams (2016)を参照。57 分析方法・結果の詳細は、畑山ほか(2024)を参照。-4-3-2-1018590950005101520(1985/1Qからの累積変化、%)年③ユーロ圏(出所)BIS、The Brookings Institution、FRB、FRED、HAVER、国際連合、Bergeaud, Cette, and Lecat (2016)、Ferreira and Shousha (2023)、畑山ほか(2024)(注)変数間の関係の構造変化を仮定した平滑推移モデルによる推計。詳細は畑山ほか(2024)を参照。-4-3-2-1018590950005101520グローバル要因生産年齢人口比率生産性自然利子率図表A2-3:グローバル要因が自然利子率に与える影響①日本(1985/1Qからの累積変化、%)年-4-3-2-1018590950005101520(1985/1Qからの累積変化、%)年②米国

§218

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 86下にもつながる。それに加え、長寿化に備えて家計が貯蓄を積み増すことで、労働力対比での資本ストックの過剰感が高まる結果、貯蓄と投資をバランスさせる自然利子率に低下圧力が働くというメカニズムが指摘されている。この点について、世代重複モデルを用いて、「1980年以降、若年人口の増加率と年齢ごとの生存率が固定された仮想ケースの自然利子率」と「実績」を比較するカウンターファクチュアル・シミュレーションを行った(図表A2-4)58。両者の差は、1980年以降の少子化と長寿化の影響と捉えることができる。分析結果からは、過去 40年間で、少子高齢化は自然利子率を-1%ポイント以上下押ししているとの結果になった。なお、今後の人口動態について一定の仮定を置いたうえで試算すると、先行き、少子高齢化による追加的な自然利子率の下押し圧力は限定的となる可能性が示唆される。

§219

【多角的レビューシリーズの刊行物】板井悠佑・前野良太・三吉慧・西野明日香(2024)、「わが国のスタートアップを取り巻く状況と地域における取り組み」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-4片桐満・小田剛正・小川泰尭・篠原武史・須藤直(2024b)、「人口動態と家計の貯蓄・投資動向」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-3杉岡優・中野将吾・山本弘樹(2024)、「自然利子率の計測をめぐる近年の動向」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-9畑山優大・岩崎雄斗(2024)、「わが国における均衡イールドカーブの推計:時系列手法によるアプローチ」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、

§220

58 分析方法・結果の詳細は、片桐ほか(2024b)を参照。-3.0-2.5-2.0-1.5-1.0-0.50.00.51.08090001020304050長寿化の寄与少子化の寄与自然利子率 (低下幅)(出所)片桐ほか(2024b)、国立社会保障・人口問題研究所、総務省、内閣府(注)世代重複モデルを用いて算出した「21歳人口増加率および各年齢の生存率を1980年の値で固定した場合」からの乖離幅。詳細は片桐ほか(2024b)を参照。図表A2-4:人口動態が自然利子率に与える影響モデル予測(%ポイント)年

§221

87日本銀行金融政策の多角的レビュー補論No.24-J-16畑山優大・岩崎雄斗・中神響子・沖本竜義(2024)、「グローバル化が先進諸国の自然利子率に与えた影響:平滑推移モデルによるアプローチ」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-14福永一郎・法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・土田悟司(2024)、「わが国の潜在成長率と物価・賃金の関係を巡る論点」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-17Hirakata, Naohisa and Mitsuru Katagiri(2024), "Role of Foreign Direct Investment asa Long -Term Capital Flow Channel," IMESDiscussion Paper Series , No.2024-E-5,Institute for Monetary and Economic Studies,Bank of Japan(片桐満・小田剛正・小川泰尭・篠原武史・須藤直(2024b)、「人口動態と家計の貯蓄・投資動向」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-3 も参照).Oda, Takemasa (2024), "A QuantitativeAssessment of the Impact of Deflation in anAging Economy," IMES Discussion PaperSeries, No.2024-E-14, Institute for Monetaryand Economic Studies, Bank of Japan (片桐満・小田剛正・小川泰尭・篠原武史・須藤直(2024b)、「人口動態と家計の貯蓄・投資動向」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-3 も参照).Ogawa, Yasutaka and Jiro Yoshida (2024)"Aging, Housing, and MacroeconomicInefficiency," IMES Discussion Paper Series ,No.2024-E-4, Institute for Monetary andEconomic Studies, Bank of Japan(片桐満・小田剛正・小川泰尭・篠原武史・須藤直(2024b)、「人口動態と家計の貯蓄・投資動向」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-3 も参照).

§222

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 88Shirota, Toyoichiro and Satoshi Tsuchida(2024), "Aggregate Implications of ChangingIndustrial Trends in Japan," Bank of JapanWorking Paper Series, No.24-E-2(代田豊一郎・土田悟司(2024)、「産業特有のトレンドの経済成長への含意-産業連関ネットワークを考慮したモデルによる接近-」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-1 も参照).

§223

89日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論3:グローバル化と物価変動―― 構造VARモデルによる試算 ――1990年代以降のグローバル化の進展は、様々な経路を介して、主要国の物価を押し下げてきたと指摘されている59。なかでも、わが国では、輸入ペネトレーション比率が趨勢的に高まるもとで、中国をはじめとするアジア諸国からの輸入品との価格競争激化を通じて、財価格を押し下げる圧力が強まったとみられる(再掲図表 1-1-10)。この点について、日本と海外(日本を除くG20諸国)の実質GDP、消費者物価、名目金利、および円の名目実効為替レートのデータを用いて、国内と海外の供給ショック、需要ショック、金融政策ショック、およびそれらで説明できない為替ショックの計7種類のショックを識別する符号制約付きの構造VARモデルを推計した(図表 A3-1①)60。ここで、海外需要ショックは、基本的に海外景気変動の影響を反映しているが、世界全体のエネルギー需要の変化に起因したエネルギー価格変動の影響なども反映していると考えられる。海外供給ショックは、海外での生産性上昇に伴う安価な輸入品の増加などの影響を反映していると考えられる。

§224

こうした構造VARモデルを用いて、わが国の消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の変動を要因分解すると、各種の海外ショックが、1990年代後半から 2010年代後半までのかなりの期間、わが国の消費者物価の前年比を押し下げる方向に作用してきたことが示唆される(図表 A3-1②)。とくに、グローバル化に伴う輸入品との価格競争激化の影響も含む海外供給ショックが、物価を押し下げる方向に作用してきたことが窺われる。また、海外との価格競争の激化は、わが国企業

§225

59 例えば、Forbes (2019)を参照。60 分析方法・結果の詳細は、福永・城戸・吹田(2024)を参照。0510152025808590950005101520日本米国(%)年図表1-1-10:輸入ペネトレーション比率(出所)内閣府、BEA(注)輸入ペネトレーション比率=輸入÷(GDP+輸入-輸出)図表A3-1:構造VARによるCPIの分解①ショックの識別条件+符号制約(プラス) 0 長期制約-符号制約(マイナス) 0 小国の仮定供給需要金融政策為替供給需要金融政策1.実質GDP ++-2.消費者物価-+-3.名目金利++4.円名目実効為替+++5.日本の実質GDP/海外の実質GDP ++---+6.消費者物価 000 -+-7.名目金利 0000 ++1.実質GDP 00002.消費者物価3.名目金利4.円名目実効為替5.日本の実質GDP/海外の実質GDP 000006.消費者物価 0007.名目金利 0000海外短期制約国内海外長期制約国内海外変数/ショック国内-3-2-101234598000204060810121416182022海外金融政策海外需要海外供給為替国内金融政策国内需要国内供給初期値+トレンド(出所)福永・城戸・吹田(2024)(注)①の「長期制約」は、需要・金融政策ショックが長期的には実質GDPに及ぼす影響がゼロになるという仮定。

§226

「小国の仮定」は、国内および為替ショックが同時点および長期的に海外変数に及ぼす影響がゼロになるという仮定。(前年比、%)年②要因分解CPI(除く生鮮・エネルギー)

§227

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 90の価格マークアップの縮小につながった。このことは、補論4で指摘するように、賃金を抑制する方向に作用し、結果として、賃金・物価が上がりにくいとの慣行や考え方が社会に根付く一因になったと考えられる。【多角的レビューシリーズの刊行物】福永一郎・城戸陽介・吹田昂大郎(2024)、「インフレの国際連動性と日本の物価変動」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-2法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・來住直哉(2024)、「国際経済環境の変化と日本経済-論点整理-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-1

§228

91日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論4:「物価の基調」と賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方1990年代後半以降、わが国では、緩やかなデフレが継続するもとで、賃金・物価が前年比ゼロ%近傍で動きにくい状況が定着した。本補論では、①「物価の基調」を捉える諸指標等を用いてこうした状況を確認するとともに、②その背景にある社会構造や企業行動等の変化――賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着――を考察する。その後、 ③2020年代以降、窺われる変化について点検する。(1990年代後半以降の物価変動:基調的な物価上昇率からみた動向)1990年代後半以降、わが国の物価は、輸入物価の上昇等を受けて一時的に上昇する局面はみられたものの、総じてみれば前年比ゼロ%近傍で動きにくい状況が続いた。なかでも、コストに占める人件費の比率が高く、輸入物価等の影響を受けにくい品目、典型的にはサービス価格は、動きにくくなった。この点は、物価の動向から、輸入物価上昇等による一時的なコストプッシュの影響などを取り除いた「物価の基調」――賃金と物価の相互連関に由来する物価上昇圧力を捉えるための指標等――をみることで、より明確に確認できる(図表 A4-1、図表 A4-2、再掲図表 1-1-27①)61。

§229

これらの指標は、幾つかの仮定に基づいた試算値であるため幅をもってみる必要があるが、いずれも 1990年代後半にゼロ%近傍まで低下したあと、2010年代に至るまで、粘着的に推移した。この間、賃金動向をみると、賞与支給額の増減や非正規雇用の増加などによりマクロでみた名目賃金は相応に変化しているが、一般労働者の所定内給

§230

61 図表 A4-1、図表A4-2、前掲図表1-1-27 の諸指標についての詳細は、日本銀行(2024d)のBOX4を参照。-0.50.00.51.01.52.02.5-101234590950005101520CPI(低変動品目、左目盛)CPI(サービス)のトレンド(左目盛)一般労働者の所定内給与(左目盛)CPIの変動要因(賃金要因、右目盛)(出所)総務省、厚生労働省、日本銀行(注)各指標の推計方法等は、2024年4月展望レポートBOX4、尾崎ほか(2024)、Ueno(2024)を参照。図表A4-1:賃金変動を反映しやすい指標(%)(前年比、CPI(除く生鮮)への寄与度、%ポイント)年-1.0-0.50.00.51.01.52.02.5070911131517192123モデル1(フィリップス曲線の切片)モデル2(時変VARモデル)モデル3(準構造モデル)(出所)日本銀行、厚生労働省、総務省、内閣府、Google Trends、QUICK「QUICK月次調査<債券>」、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、Bloomberg(注)各指標の推計方法等は、2024年4月展望レポートBOX4を参照。

§231

図表A4-2:推計された物価のトレンド(%)年0.00.51.01.52.02.5070911131517192123合成予想物価上昇率(10年後)うち家計うち企業うち専門家図表1-1-27:予想物価上昇率(%)年①合成予想物価上昇率(出所)日本銀行、QUICK「QUICK月次調査<債券>」、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、Bloomberg(注)合成予想物価上昇率は、企業(短観)、家計(生活意識に関するアンケート調査<質的質問・量的質問>)、専門家(QUICK調査、コンセンサス・フォーキャスト、インフレ・スワップ・レート)によるインフレ予想について、主成分分析を用いて共通成分を抽出したもの。企業の2013年以前の値は、Nakajima(2023)に基づく推計値を利用。

§232

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 92与の伸び率については、ゼロ%近傍で推移した。(賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方)このように賃金・物価がゼロ%近傍で粘着的に推移するようになった背後では、社会構造の変化や企業・労働者の行動変化――賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着――が進んでいたと考えられる。この点は、企業へのアンケート調査(「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」)62に加え、以下のようなミクロ価格データ等を利用した実証分析からも確認できる。第1に、1990年代後半から 2010年代前半にかけて、企業にとっての価格改定のコスト――いわゆる「メニューコスト」 ――が上昇したことや、企業の価格据え置き慣行と関係する需要曲線の屈折――いわゆる「屈折需要曲線」――の度合いが大きくなったこと、が観察された(図表A4-3)63。前者について、ここでの価格改定のコストとは、値札を貼り替えるための物理的費用(狭義のメニューコスト)だけでなく、価格改定のための情報収集や対外交渉などに伴う間接費用なども含めたもの(広義のメニューコスト)を示しており、一定の手法で推計すると、1990年代後半以降に上昇したことがわかる。

§233

また、後者について、需要曲線の屈折度合いが大きくなることは、小幅の値上げが大幅な需要減少につながること――自社だけが他社よりも価格を引き上げると、自社製品・サービスの需要が大幅に減少し、市場シェアが大きく低下すること――を意味する。こうした状況では、コストが上昇

§234

62 補論5を参照。63 分析方法・結果の詳細は、Furukawa et al. (2024)を参照。0.00.51.01.52.02.53.03.54.01990~1994年1995~2012年2013~2020年2023年図表A4-3:価格改定コストと屈折需要曲線(%)①上方改定時のコスト-0.3-0.2-0.10.01990~1994年1995~2012年2013~2020年2023年(出所)Furukawa et al. (2024)(注)屈折需要曲線を考慮した動学モデルによる推計結果(サービス価格が対象)。モデルにおける上方改定時のコストは、価格の引き上げ時に要するコストの単位労働当たり賃金に対する比率。需要曲線の屈折度合いは、需要曲線の曲率を規定するパラメータ。②需要曲線の屈折度合い屈折度合いが大

§235

93日本銀行金融政策の多角的レビュー補論しても、企業は、価格転嫁を躊躇しやすいとされており、競合他社を含め、すべての企業が価格を据え置くことが最適戦略となりやすい64。各経済主体の行動が、関係する経済主体の行動に依存する状況において、全員が同様の行動を採ることが最適となることは「戦略的補完性」と呼ばれる65。推計の結果、1990年代後半以降に屈折度合いが大きくなったことがわかり、1990年代後半から2010年代前半にかけて、上記メカニズムの強まりが、価格据え置き慣行の広がりにつながったと考えられる。当時の社会情勢を振り返ると、1990年代の半ばから後半頃には、この頃の円高もあって内外価格差の是正が課題になったほか、1990年代後半以降は、大手企業の大規模な事業構造改革やサプライチェーンにおける系列の解体などが進んでいた(再掲図表 1-1-16)。こうしたなか、顧客が価格上昇に対してきわめてセンシティブとなり、企業は仕入価格の上昇をコストカットで吸収し、販売価格を抑制することに傾斜していったと考えられる。社会的にも、仕入価格の上昇は、企業がコストカットで対応するものであるとの意識が広がったといえる。

§236

第2に、価格競争が激化し、「価格マークアップ(販売価格と限界費用の乖離)」が縮小するもとで、長きにわたり雇用過剰感が強い状況が続いたことと相まって、企業が生産性対比でみて賃金を抑制する「賃金マークダウン(労働の限界生産物収入と賃金の乖離)」の拡大が観察された(再掲図表 1-

§237

64 渡辺 (2022)や Aoki, Ichiue, and Okuda (2019)は、わが国では、低インフレ環境が持続するもとで、企業が価格を引き上げない行動を採ることが最適となる均衡に陥っていたと指摘している。65 池田ほか( 2022)や Koga, Yoshino, and Sakata(2019)では、日本銀行の短観個票を用いて分析し、わが国企業の価格設定行動には「戦略的補完性」が存在しており、各社は他社の動向をみて価格設定していることを示している。0.51.01.52.090950005101520日本米国ユーロ圏英国(出所)BIS、IMF(注)PPP実効為替レート/名目実効為替レートで算出。PPP実効為替レートは、2国間のPPP為替レートを、実効為替レート計算上のウエイトにより実効化したもの。図表1-1-16:内外価格差(主要先進国)(倍)年

§238

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 941-23)66。つまり、わが国企業は、価格マークアップの縮小によるコスト転嫁の抑制を続けるもとで、賃金マークダウンの拡大による賃金抑制傾向を強めることで収益を確保してきたといえる。結果的に、価格マークアップの縮小は物価への下押し圧力に、そして賃金マークダウンの拡大は賃金への下押し圧力となり、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着につながった。この間、労働者サイドを含め、社会全体として、構造調整を進めていく過程において、賃金上昇よりも正規雇用の安定を優先する傾向が強まった。また、非正規雇用を増やすことによって総人件費の固定化を抑制しようとする企業の動きも広くみられた。これらに伴う賃金の抑制は、コスト面からも物価が上がりにくい傾向を強めることにつながったと考えられる。このように、社会構造や企業・労働者の行動変化を伴いつつ、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方は根付いていくことになった。(最近の変化点)上記の各種分析結果からは、長年続いた賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方について、最近、状況が変化し始めていることも確認できる。

§239

まず、基調的な物価上昇率は、いずれの指標をみても、最近では、賃金と相まって上昇し始めており、賃金や物価が上がりにくい状況が変化していることを示唆している(前掲図表A4-1、前掲図表 A4-2、前掲図表 1-1-27①)67。この点、

§240

66 分析方法・結果の詳細は、青木ほか(2024)を参照(同論文では、青木・高富・法眼(2023)の手法を参考に推計している)。67 最近の基調的な物価上昇率の動向等について、詳しくは、尾崎ほか(2024)も参照。0.91.01.11.21.3950005101520全産業製造業非製造業図表1-1-23:価格マークアップ・賃金マークダウン(倍)年度販売価格抑制①価格マークアップ0.20.61.01.41.82.22.6950005101520全産業製造業非製造業(倍)年度賃金抑制②賃金マークダウン(出所)経済産業研究所、財務省、内閣府、日本政策投資銀行「企業財務データバンク」、青木ほか(2024)(注)価格マークアップは、販売価格と限界費用の比率。賃金マークダウンは、労働を1単位投入した時に増加する収入と、労働者に支払われる対価(賃金)の比率。2023年度は4~12月の値。

§241

95日本銀行金融政策の多角的レビュー補論Bernanke and Blanchard (2024b)の国際プロジェクトのもとで、わが国にBernanke andBlanchard (2024a) のモデルを適用したNakamura et al. (2024)の賃金・物価モデルを用いると、輸入物価上昇等の財市場に起因するショックに加え、最近では、賃金上昇が消費者物価を押し上げている姿が窺われる(図表A4-4)68, 69。実際、2024年春の価格改定では、賃金上昇が波及する形で、多くのサービス品目で「期初の値上げ」がみられた70。こうした変化は、長年、販売価格判断の変更に慎重な企業にも広がっている(図表 A4-5)。また、価格改定のコストと需要曲線の屈折度合いについて、最近では、1990年代前半に近い水準まで低下ないし縮小しており、長年みられた価格の硬直性や、企業間の戦略的補完性を通じた価格据え置き慣行が、最近では弱まっている可能性が示唆される(前掲図表A4-3)71。加えて、足もとでは、賃金マークダウンの拡大に頭打ちの兆しも観察され、人手不足などによって、労働者の賃

§242

68 Bernanke and Blanchard (2024a)は、新型コロナウイルス感染症拡大以降の、世界的な高インフレの背景を捉えるための賃金・物価モデルを構築した。その後、日本銀行(詳細は、Nakamura et al. (2024)を参照)を含む各国の中央銀行は、両氏の呼びかけに応じて同モデルをベースに、各国の事情を勘案したモデルを構築した。Bernankeand Blanchard (2024b)は、その結果を集約している。69 図表 A4-4 は、Nakamura et al. (2024)の分析結果を示している。直近については、最新のデータを用いて延伸した。①はヒストリカル分解の結果であり、食料品価格等が物価全体を押し上げてきたことが分かる。そうしたもとで、過去の平均的な関係では説明しきれない部分(残差)が、最近の物価変動の多くを説明する姿となっており、これを分解すると、②のとおり、賃金ショックの寄与が大きいとの結果になった。702024年春の「期初の値上げ」や最近の企業行動の変化について、詳しくは、尾崎・八木・吉井(2024)を参照。71 この点に関して、池田ほか(2022)では、日本銀行の短観個票を用いて、企業の価格設定スタンスを分析し、長期間にわたって販売価格の設定スタンスを変えてこなかった先が、今次局面では行動を変化させていることを明らかにしている。

§243

-2-10123452021222324残差輸入物価要因需給要因初期条件CPI(総合)図表A4-4:CPIの要因分解(前年比、%)年①ヒストリカル分解-1.0-0.50.00.51.01.52021222324賃金ショック等短期インフレ予想ショック長期インフレ予想ショック残差(前年比寄与度、%ポイント)年②残差の分解(出所)総務省、厚生労働省、内閣府、日本銀行、QUICK「QUICK月次調査<債券>」、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、Bloomberg、Google Trends(注)1. Nakamura et al. (2024)のモデルに基づく要因分解。2.「輸入物価要因」は、エネルギー価格と食料品価格の寄与の合計。「需給要因」は、生産性、供給不足、労働需給の寄与の合計。「賃金ショック等」は、賃金ショックとインフレ率ショックの寄与の合計。

§244

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 96金交渉力が高まっている可能性がある(前掲図表1-1-23)。実際、近年の労使交渉では、雇用維持を重視する先が減少しており、労使の関心事項が変化していることが窺える。この点、流動性の低さなどが課題だったわが国の労働市場において、人口動態の変化を契機に、転職市場が拡大するなど、状況が変化し始めており、賃金上昇圧力が強まっているといえる(図表 A4-6)72。以上のような状況変化に加え、エネルギー価格等の仕入価格の大幅な上昇は、各主体の慣行や考え方を転換させる契機になったと考えられる73。このように、長年続いた賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の変化を観察する際には、様々な側面から評価していくことが重要である74。

§245

【多角的レビューシリーズの刊行物】青木浩介・法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・高富康介(2024)、「わが国企業における価格マークアップの決定要因と生産性への含意」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-11福永一郎・法眼吉彦・上野陽一(2024)、「過去25年間のわが国経済・物価情勢:先行研究と論点整理」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-10古川角歩・法眼吉彦・大高一樹(2024)、「わが国企業の価格設定行動とゼロインフレ・ノルム」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-18

§246

72 詳しくは、池田ほか(2024)を参照。73 新型コロナウイルス感染症拡大下における物価動向について、日本銀行では、「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップを3回にわたって開催した。詳しくは、日本銀行企画局(2022)、日本銀行調査統計局(2022)、日本銀行企画局・調査統計局(2022)を参照。74 詳しくは、福永・法眼・上野(2024)を参照。-40-30-20-1001020304050071013161922販売価格判断の変更に慎重な企業<20%>その他の企業<80%>図表A4-5:販売価格設定スタンスの変化①全体(販売価格判断DI、「上昇」-「下落」、%ポイント)年-10-505101520253035071013161922販売価格判断の変更に慎重な企業(財)販売価格判断の変更に慎重な企業(サービス)(販売価格判断DI、「上昇」-「下落」、%ポイント)②内訳年(出所)日本銀行(注)短観ベース(全規模)。「販売価格判断の変更に慎重な企業」は、1991~2019年の約95%以上の期間において、販売価格判断を「もちあい」と回答した先。①の<>内は、全企業に占める割合。②の財は製造業、サービスは非製造業。

§247

97日本銀行金融政策の多角的レビュー補論Furukawa, Kakuho, Yoshihiko Hogen, KazukiOtaka, and Nao Sudo (2024), "On the Zero-Inflation Norm of Japanese Firms," IMESDiscussion Paper Series, No.2024 -E-15,Institute for Monetary and Economic Studies,Bank of Japan.Ueno, Yoichi (2024), "Linkage between Wageand Price Inflation in Japan," Bank of JapanWorking Paper Series, No -24-E-7(上野陽一(2024)、「わが国における賃金・物価上昇率の連関」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-2 も参照).

§248

6065707580859095100012345678121416182022正社員転職率(マイナビ、左目盛)正規→正規の転職者(労働力調査、右目盛)図表A4-6:転職市場の拡大①推移年(%)(万人)024681012141620代 30代 40代 50代男性(2023年)女性(2023年)2016年(%)②年齢別正社員転職率(出所)マイナビ「転職動向調査2024年版(2023年実績)」、総務省(注)転職率は、過去1年間に転職した20~50代の正社員の割合。

§249

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 98補論5:企業向けアンケートからみた賃金・価格設定行動日本銀行では、1990年代半ば以降、わが国の物価や賃金等の停滞が長きにわたって続いた背景について理解を深める観点から、本支店・事務所ネットワークを活用し、幅広い業種・規模の国内の非金融法人企業(約2,500 社)を対象とした大規模なアンケート調査(「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」)を実施した75。その際、企業行動の変化を確認する観点から、1990年代半ば以降の期間を、 ①1990年代半ば~2000年代頃、 ②2010年代頃、 ③調査時点での直近1年程度を念頭に置いた3つに分けて調査を行った。また、回答を得られた企業の半数以上に対して、経営者あるいは経営層へのヒアリング調査も実施した76。(1990年代半ば以降の賃金・価格設定行動)企業の価格設定行動に関して、まず、1990年代半ば頃から 2000年代頃の局面において、約8割の企業がコストの価格転嫁について困難と感じていたことが確認された(再掲図表 1-1-28①)。

§250

この背景について、バブル崩壊や金融危機といった大きな負のショックを受けて、消費者の低価格志向や企業のコストカット意識が強まるなか、幅広い業種において競合他社との価格競争が激化した点が、価格転嫁を抑制する方向に大きな影響を及ぼしたことが示唆された(再掲図表1-1-28②)。

§251

75 調査期間は、2023年11月から 2024年2月頃。回答を得られた 2,256 社の内訳は、企業規模別にみると、大企業(資本金 10 億円以上)が 529 社、中堅企業(同1 億円以上 10 億円未満)が393 社、中小企業(同2,000 万円以上 1 億円未満)が782 社、零細企業(同2,000 万円未満)が 552 社となった。また、業種別には、製造業が638 社、非製造業が 1,618 社となった。76 アンケートでは、賃金・価格設定行動以外の点も調査した。このうち、過去 25年間の金融政策運営に対する意見は補論1を、賃金・物価がともに上がりにくい状況への見方等については、補論 15 をそれぞれ参照。なお、アンケート調査の詳細は、日本銀行(2024a)を参照。

§252

01020304050607080当てはまるある程度当てはまる当てはまらない前半(1990年代半ば~2000年代頃)後半(2010年代頃)現在(過去1年程度)(%)図表1-1-28:企業向けアンケートからみた価格設定行動①コストの価格転嫁の困難さ01020304050607080競合他社との価格競争消費者の強い節約志向値上げによるイメージ悪化懸念社内・取引先との調整・交渉コスト物価全体の低迷業界の規制・制度の存在その他前半後半現在(%)②価格転嫁が困難な理由(出所)日本銀行(注)1. 詳細は、「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を参照。2. ②は、①で「当てはまる」「ある程度当てはまる」と回答した企業に占める比率。当てはまるもの3つまで選択可。

§253

99日本銀行金融政策の多角的レビュー補論加えて、製造業においては、サプライチェーンや元請・下請関係といった重層的な取引構造に起因する社内や取引先との調整・交渉コストの存在も価格転嫁を困難にしたことが窺われた。他方、非製造業では、消費者との直接取引が多いこともあって、値上げによるイメージ悪化への懸念なども価格設定行動を慎重化させる要因になったとみられる。価格転嫁が困難な状況下でのコスト上昇への対応を尋ねたところ、多くの企業において、利益を減少させたり、人件費を抑制したりすることでコスト上昇を吸収し、価格を維持してきた姿が確認された(図表 A5-1①)。同時に、大企業を中心に調達先の見直しや調達価格の引き下げ要求が広がったことで、相対的にサプライチェーンの川上に位置する中小・零細企業へと価格抑制圧力が連鎖したことも示唆された(図表 A5-1②)。企業の賃金設定行動に目を転じると、1990年代半ば頃から 2000年代頃の局面では、約8割の企業において、正規労働者の基本給の引き上げ(ベースアップ)が抑制されてきたことが確認された(図表 A5-2)。人件費上昇を販売価格に転嫁することが困難ななか、バブル崩壊後の低成長や非正規雇用の増加を受けて労働者の雇用安定志向が強まるもとで、賃金を引き上げなくても正規労働者を確保できたことが、こうした企業行動につながったとみられる(図表 A5-3)。

§254

また、この間、少子高齢化を背景として社会保障負担が増加したことも、企業が賃金抑制姿勢を強める要因となった。以上のように、アンケート調査の結果、1990年代半ば以降、様々な負のショックを受けて消費者の低価格志向などが強まったことをきっかけに、企業の賃金・価格設定行動の慎重化が同時に進行し、これが消費者の低価格志向を定着させる悪循環を招いたことが分かった。また、景気が緩やかな改善を続けた 2010年代頃の局面についても、01020304050607080容量や付随サービスの縮小商品・サービスのラインナップの変更調達先の見直し・値下げ要求人件費の抑制商品・サービスの提供中止・事業縮小利益の減少その他前半後半現在(%)図表A5-1:コスト上昇時の対応①全規模01020304050607080容量や付随サービスの縮小商品・サービスのラインナップの変更調達先の見直し・値下げ要求人件費の抑制商品・サービスの提供中止・事業縮小利益の減少その他大企業中堅企業中小企業零細企業(%)(出所)日本銀行(注)詳細は、「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を参照(以下同様)。図表1-1-28①で「当てはまる」「ある程度当てはまる」と回答した企業に占める比率。当てはまるもの3つまで選択可。②後半・企業規模別

§255

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 100こうした企業の慎重な賃金・価格設定行動に大きな変化はみられなかったことが確認された。(最近の賃金・価格設定行動の変化)アンケート調査の結果、最近では、企業の賃金・価格設定行動が徐々に積極化していることも確認された。価格設定面では、8割以上の企業から、コストの価格転嫁の難しさが緩和していることが示唆された(図表 A5-4)。輸入物価の大幅な上昇に伴うコストプッシュ圧力をきっかけに物価全体が大きく上昇するなかで、幅広い業種・規模の企業から、値上げは仕方ないとの認識の広がりや競合他社の値上げの増加などが、価格転嫁を後押ししているとの指摘がみられた。企業へのヒアリングでは、人件費の価格転嫁について、原材料費に比べるとなお難しいという指摘が多かったものの、輸入物価上昇分の価格転嫁が成功したことなどを契機に、人件費の上昇を販売価格に転嫁する動きが広がりつつあることも確認された。また、賃金設定面についても、9割程度の企業から、賃上げの動きが積極化していることが示唆された(図表 A5-5)。新卒採用の困難化や若者を中心とした転職の増加などを背景に、幅広い業種・規模の企業において労働者の確保への懸念が急速に強まっていることが、こうした変化を促していることが確認された。

§256

そうしたもとで、大幅な物価上昇もあって、わが国企業全体で賃上げに向けた動きが広がっていると考えられる。

§257

01020304050607080物価上昇率の低迷先行きの物価上昇期待の低さ賃上げ分を価格に転嫁できないこと他社も賃上げを抑制パート・非正規により労働者を確保できたこと割高な賃金の是正賃上げより雇用安定を優先する労働者の姿勢削減困難な固定費の増加を懸念社会保険料負担の拡大長期的な業績の低迷前半後半現在(出所)日本銀行(注)図表A5-2で「当てはまる」「ある程度当てはまる」と回答した企業に占める比率。当てはまるもの5つまで選択可。なお、一部の項目への回答結果を抜粋。図表A5-3:ベースアップ抑制の背景(%)01020304050607080当てはまるある程度当てはまる当てはまらない前半後半現在図表A5-2:正規労働者のベースアップの抑制(%)①全規模01020304050607080当てはまるある程度当てはまる当てはまらない当てはまるある程度当てはまる当てはまらない当てはまるある程度当てはまる当てはまらない大・中堅企業中小・零細企業(%)<前半><後半><現在>②企業規模別(出所)日本銀行 101日本銀行金融政策の多角的レビュー補論【多角的レビューシリーズの刊行物】日本銀行(2024a)、「「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」の集計結果について」、地域経済報告(さくらレポート)別冊シリーズ

§258

01020304050607080値上げは仕方ないとの認識の広がり値上げしても堅調な需要供給制約による製品の品薄競合他社の値上げ増加物価全体の大幅な上昇先行きの物価上昇期待価格転嫁の難しさは緩和していない製造業/大・中堅企業製造業/中小・零細企業非製造業/大・中堅企業非製造業/中小・零細企業(出所)日本銀行(注)当てはまるもの3つまで選択可。なお、一部の項目への回答結果を抜粋。図表A5-4:価格転嫁の難しさが緩和している理由(%)01020304050607080物価の大幅な上昇先行きの物価上昇期待他社での賃上げの増加労働者の確保に支障が出ることへの懸念業績の改善世の中全体の賃上げムードの高まり政府や経済団体等の要請賃上げのスタンスを積極化させていない製造業/大・中堅企業製造業/中小・零細企業非製造業/大・中堅企業非製造業/中小・零細企業図表A5-5:賃金設定スタンスが積極化している理由(%)(出所)日本銀行(注)当てはまるもの3つまで選択可。なお、一部の項目への回答結果を抜粋。

§259

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 102補論6:過去 25年間の為替動向わが国の為替相場は、過去 25年間、大きく変動してきた。本補論では、こうした変化の背景として市場等で指摘されてきた事項を確認するとともに、金融政策と為替相場との関係についても整理する。(過去 25年間の為替相場の動向)わが国の名目為替レートの推移をドル/円レートでみると、1995年に1ドル 80 円台となったあと、国内の金融危機やアジア通貨危機等を背景に、1998年頃には 150 円近くまで円安が進行した(再掲図表 1-1-12)。その後は円高方向の動きとなり、危機の影響が和らぐもとで、2000年代半ばにかけては100~120円程度で推移する期間が長くなった。2007年頃からは、グローバル金融危機が次第に深刻化するもとで、円高傾向の動きが強まった。この背景としては、①グローバル金融危機やその後の欧州債務危機などを受けて、世界的に金融市場が不安定な動きを続けるもとで、安全通貨とみられていた円に対する需要が強まったこと、②米欧中央銀行が強力な金融緩和政策を導入するもとで、わが国では既に金利水準が低く、金利低下余地が限られていたこともあって、内外金利差が大幅に縮小したこと、などが市場で指摘されていた(再掲図表1-2-15)。こうしたなか、2011~2012年にかけて、一時 70 円台まで円高が進んだ。

§260

為替相場は、その後、2012年末頃から反転し、2015年頃にかけて 120 円台まで円安が進んだ。この背景としては、わが国において、2%の「物価安定の目標」の導入や、その後の「量的・質的金融緩和」の導入・拡大といった金融政策運営の大きな転換があったことに加え、上記の2つの環境が変化したことも市場で指摘されていた。すな70809010011012013014015016017090950005101520年ドル/円レート(出所)Bloomberg(注)月末値。図表1-1-12:為替レート(円)円安円高0123450607080910111213142年物国債10年物国債(出所)Bloomberg図表1-2-15:日米金利差(米国-日本)(%ポイント)年

§261

103日本銀行金融政策の多角的レビュー補論わち、①欧州債務危機が沈静化に向かうなかで、市場のリスクオフが和らいできたほか、②米国経済が回復傾向を強めるなかで、2013年には米国の連邦準備制度理事会(FRB)は新規の資産買入れの縮小(テーパリング)開始を示唆するなど、金融緩和を縮小するスタンスに転じつつあった。その後は、2016年にかけて中国経済の減速懸念等から円高が進む局面がみられるなど、相応の変動を伴いつつも、ドル/円レートは 100~120円程度で推移していた。もっとも、2022年以降は、急速な円安が進み、2024年には一時 160 円台に達した。この間、わが国が金融緩和を継続していた一方、米国は物価上昇率が目標を大幅に上回るなかで政策金利を急速に引き上げていた。こうした状況下、市場では、日米での金融政策の方向性の違いに伴う内外金利差に市場参加者の注目が集まり、それが為替相場に影響したと指摘されていた。(為替変動の背景:金融政策の影響)このように、過去の為替相場の変動の背景としては、グローバルな金融市場のセンチメントの変化――リスクオン・オフ――や内外の金融政策運営の影響が指摘されることも多い。ただし、金融政策の変更や内外金利差の変動と為替相場の変化の関係は局面によって大きく変化しており、不確実性が高いようにみえる。

§262

過去25年間の、わが国の金融政策変更時のドル/円レートの動きをみても、区々の反応となっている(図表 A6-1)。

§263

この点、イールドカーブの変化と為替相場の変化から金融政策ショックを識別し、それに対する為替相場の反応を推計すると、為替相場の金融政策ショックに対する反応は、その時々の市場動向等によって大きく変化しうることが示唆-2 -101234ゼロ金利導入(99/2/12)速水総裁会見(時間軸政策)(99/4/13)量的緩和(QE)導入(01/3/19)〃拡大(6兆円程度)(01/8/14)〃(6兆円超)(01/9/18)〃(10~15兆円程度)(01/12/19)〃(長国買入れ増額)(02/2/28)〃(15~20兆円程度)(02/10/30)〃(17~22兆円程度)(03/3/5)〃(22~27兆円程度)(03/4/30)〃(27~30兆円程度)(03/5/20)〃(27~32兆円程度)(03/10/10)〃(30~35兆円程度)(04/1/20)利下げ(0.5→0.3%前後)(08/10/31)利下げ(0.3→0.1%前後)(08/12/19)長国買入れ増額(09/3/18)固定金利3M共担オペ導入(09/12/1)物価安定の理解の明確化(09/12/18)固定金利オペ増額(10/3/17)固定金利6M共担オペ導入(10/8/30)包括緩和導入(10/10/5)基金増額(3.11)(11/3/14)基金増額+為替介入(11/8/4)中長期的な物価安定の目途(12/2/14)デフレ脱却に向けた取組(12/10/30)2%目標導入(13/1/22)量的・質的金融緩和(QQE)導入(13/4/4)QQE拡大(14/10/31)〃補完の諸措置(15/12/18)マイナス金利(16/1/29)YCC導入(16/9/21)枠組み強化(18/7/31)コロナ対応(20/3/16)金融緩和の「点検」(21/3/19)連続指値オペ明確化(22/4/28)図表A6-1:金融政策決定会合等の当日のドル/円レートの値動き円安 →(各日9時から17時にかけての変化率、%)量的緩和期量的・質的金融緩和期包括緩和期(出所)日本銀行

§264

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 104された77。(為替変動の背景:購買力平価や国際収支)また、より長い目でみると、購買力平価や国際収支などが為替レートの基調を決定する要因として重要であると指摘されることも多い。購買力平価については、そもそも計測が難しく、計測方法によって異なる値となりうるため、十分に幅をもって評価する必要がある。そのうえで、例えば経済協力開発機構(OECD)が公表している日米の絶対的購買力平価をみると、1990年代半ば以降、長期にわたって円高傾向が続いてきたが、2012~2013年頃を境にトレンドが変化し、その後は概ね横ばいとなっている。なお、実際の為替レートをOECDの購買力平価と対比すると、1980年代後半から 2012年頃にかけては円高となっていたが、2022年頃までは概ね同程度、その後は円安となっている(図表 A6-2)。国際収支についてみると、わが国では大幅な経常収支の黒字が続いてきた点に変わりはない。ただし、その内訳は大きく変化している。まず、2000年代までは貿易収支の黒字が、経常収支黒字の主因となっていた。

§265

その後、2010年頃からは、大企業を中心とした海外生産移転やグローバル展開の拡大、東日本大震災後の化石燃料の輸入増加などもあって、貿易収支がゼロ近傍ないし赤字となる一方、所得収支の黒字が拡大し、経常収支の黒字要因となっている(図表 A6-3)。この間、サービス収支について、最近では、旅行収支の黒字が拡大する一方、デジタルサービスに対する海外への支払増加が指摘されることも多い。過去 25年間を振り返ると、グローバル化の進展といった国際情勢の変化が進むもとで、企業行動

§266

77 分析方法・結果の詳細は、一方井・川本・桜(2024)を参照。-120-60060120180240300360609012015018021024027030075808590950005101520(A)-(B) (右目盛)ドル/円レート(A)(左目盛)絶対的購買力平価(B)(左目盛)(出所)OECD、日本銀行図表A6-2:絶対的購買力平価年(円)(円)円安円高-30-20-1001020304075808590950005101520貿易収支サービス収支所得収支など貿易外収支(~1984年)経常収支図表A6-3:経常収支(兆円)年(出所)内閣府、財務省・日本銀行(注)1984年以前については、貿易収支とその他で分類。また、国際収支統計のドル表示額を、ドル/円レートで円換算したものであり、1985年以降の数値とは接続しない。

§267

105日本銀行金融政策の多角的レビュー補論も変化しており、長い目でみた為替動向に影響している可能性もある。このほか、経常収支以外の資金フローの観点から、市場では、機関投資家や家計による外貨資産への投資行動の変化が、為替レートに影響を与えている可能性も指摘されている。(名目為替レートと実質為替レート)ここまで名目為替レートの動向をみてきたが、内外の物価動向を勘案した実質為替レートの変化を実質実効為替レートでみると、1970年代から1990年代半ばにかけて円高傾向が続いたあと、円安傾向が続いている(図表 A6-4)。こうした実質為替レートの変動には、内外経済の多くの要素が影響した可能性がある。例えば、内外経済の成長力の差に加え、各通貨に対する需要変動や、投資の際に自国通貨建て資産が選好されやすい傾向(ホームバイアス)、為替ヘッジ等のリスクシェアリングの動向、財政・金融政策など、様々な要因が影響しうる。為替市場では日々膨大な取引が行われていることも踏まえると、為替変動の背景を特定化することは困難であるが、日米の貿易部門の相対的な生産性の変化も、こうした変動に影響した可能性があるとの指摘もみられている78。

§268

【多角的レビューシリーズの刊行物】一方井宏汰・川本卓司・桜健一(2024)、「わが国の非伝統的金融政策と為替レート変動」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-26法眼吉彦・來住直哉(2024)、「わが国におけるバラッサ・サミュエルソン効果について」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-24

§269

78 法眼・來住(2024)を参照。4060801001201401601807075808590950005101520日本米国ドイツ英国(出所)BIS(注)ブロードベース。1993年以前は、ナローベースを使用して接続。2024年は1~10月の値。図表A6-4:実質実効為替レート年(2020年=100)自国通貨高自国通貨安

§270

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 106補論7:金融政策による期待への働きかけの評価「量的・質的金融緩和」導入以降の大規模金融緩和では、長短名目金利の低下に加えて、2%の「物価安定の目標」に強く明確にコミットすることでインフレ期待を高め、実質資金調達コストを低下させる「期待に働きかける経路」(フォワード・ルッキングな期待形成)が想定されていた。以下では、期待への働きかけに関する先行研究を整理したうえで、フォワード・ルッキングな期待形成が物価変動にどのような影響を及ぼしてきたのか、分析する。(先行研究)中央銀行の将来の政策スタンスが、経済主体の期待を変化させる重要な要因になることは、古くから指摘されてきた(図表 A7-1)79。近年でも、多くの研究において、中央銀行の政策スタンスやコミュニケーションは、経済主体の予想形成に影響を及ぼす重要な要素の一つであると指摘されている80。グローバル金融危機後、多くの国で名目金利が実効下限に直面するもとで、金融政策による期待に働きかける政策の重要性は高まり、各国の中央銀行でコミュニケーション戦略が強化された。

§271

各中央銀行の具体的な施策をみると、政策金利の運営方針に加え、例えば、米国の連邦準備制度理事会(FRB)では大規模な資産買入れの方針を、欧州中央銀行(ECB)では非伝統的金融政策を総動員する方針を、それぞれ提示し、各経済主体の期待に働きかけることを目指した。もっとも、名目金利が実効下限に直面するもとで、金融政策が人々の期待を変えうるかを巡っては、様々な見方が存在する。具体的には、金融政

§272

79 Hawtrey (1938)を参照。80 例えば、Mishkin (2004)は、中央銀行の透明性とコミュニケーションが期待形成に果たす役割の大きさを強調している。Hawtrey (1938)公定歩合の引き上げの効果が生じなければ、人々は、効果が生ずるまで公定歩合の引き上げが続くと予想する。Mishkin (2004) 中央銀行の透明性とコミュニケーションが、期待形成に果たす役割は大きい。Krugman (1998) 流動性の罠の問題に対処するために、インフレ目標政策を採用すべき。Bernanke (2000) 予想に対するアナウンス効果が生じ得ることは理論・実務が示唆。Sims (2004)名目金利の実効下限に直面するもとでは、中央銀行はインフレに影響を与える手段を持たない。期待への働きかけは難しい。「期待への働きかけ」に対する金融政策の効果金利の実効下限制約のもとでの見方図表A7-1:期待への働きかけに関する学界での議論

§273

107日本銀行金融政策の多角的レビュー補論策が期待に働きかけうることは、理論・実務面で支持されており、デフレ・低インフレの状況でも、インフレ目標政策を採用すべきとの主張がみられる81。一方で、名目金利の実効下限に直面するもとでは、中央銀行はインフレに影響を与える手段を持たないため、期待への働きかけは難しいとする見方も存在する82。これらの議論は、金融政策による期待への働きかけを評価するうえで、非伝統的な金融政策が緩和手段として有効性を持つかどうかが重要な論点であることを示唆している。このほか、現実の家計や企業が経済的な意思決定をする際に直面する情報制約や、実際に企業が価格を決定するプロセスを踏まえると、予想物価上昇率が一般物価水準などの経済活動に影響を及ぼすとは考えにくいという指摘もみられる83。(予想物価上昇率の推移)わが国の中長期的な予想物価上昇率について、過去の推移を振り返ると、次のことが確認できる(図表 A7-2)。まず、1990年代後半から 2000年代前半にかけて、名目金利が実効下限制約に直面するもとで、民間経済主体の予想物価上昇率は、徐々に水準を切り下げていった。

§274

続いて、2000年代半ば頃には、グローバルな商品市況の上昇等を起点とした物価上昇が波及する形で、予想物価上昇率が一時的に上昇する場面もあったが、グローバル金融危機を契機とした景気後退局面で再び予想物価上昇率は低下した。

§275

81 詳しくは、Krugman (1998)や Bernanke (2000)を参照。82 例えば、Sims (2004)を参照。83 吉川(2020)を参照。 日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 108その後、2013年に「物価安定の目標」が導入され、予想物価上昇率は、再び上昇に転じた。もっとも、2010年代半ば頃には、原油価格の下落等によって消費者物価の伸び率が鈍化し、適合的な予想形成メカニズムが強く働くもとで、予想物価上昇率は低下し、1%近傍での推移が続いた。そして、2020年以降、新型コロナウイルス感染症拡大後にみられたエネルギー価格・食料品価格の上昇や、労働需給の引き締まりを背景に、予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。(期待への働きかけに関する実証分析)わが国のインフレ期待のショック――とくに、金融政策のアナウンスメント等による外生的な予想物価上昇率のショック――が物価動向に及ぼしてきた影響について、可変パラメータ多変量自己回帰(TVP-VAR、Time-Varying ParameterVector Auto Regression)モデルによる分析を行った(図表 A7-3①、図表 A7-3②)84。具体的には、Diegel and Nautz(2021)を参考に、需給ギ

§276

84 分析方法・結果の詳細は、開発・中野・山本(2024)を参照。図表A7-3:予想物価上昇率ショックの影響• 下記4変数の可変パラメータ多変量自己回帰(TVP-VAR)モデルを推計。① 需給ギャップ② 消費者物価指数(前年比)③ 潜在金利④ 合成予想物価上昇率(10年)• 推計期間:1983年1Q~2023年4Q• ラグ:2期• 固有ショックの識別は表②の符号制約を使用。①モデル概要②符号制約(注)「+」はショックと同方向、「-」はショックと逆方向の反応を示す。構造ショック需要供給金利予想需給ギャップ+++インフレ率+ ― +潜在金利 ―予想物価上昇率+変数0.00.51.01.52.09294969800020406081012141618202224合成予想物価上昇率(10年後)(出所)日本銀行、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、QUICK「QUICK月次調査<債券>」(注)合成予想物価上昇率(10年後)は、企業(短観)、家計(生活意識に関するアンケート調査<質的質問・量的質問>)、専門家(QUICK調査、コンセンサス・フォーキャスト、インフレ・スワップ・レート)によるインフレ予想について、主成分分析を用いて共通成分を抽出したもの。企業の2013年以前の値は、Nakajima(2023)に基づく推計値を利用。

§277

図表A7-2:非伝統的金融政策と予想物価上昇率(%)時間軸政策→ ←「物価の安定」についての考え方←中長期的な物価安定の理解同明確化→中長期的な物価安定の目途→←物価安定の目標マイナス→金利←イールドカーブ・コントロールオーバーシュート型コミットメント年長短金利操作付き量的・質的金融緩和ゼロ金利政策量的緩和政策包括的な金融緩和政策量的・質的金融緩和-2-10123450481216(出所)総務省、日本銀行、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、QUICK「QUICK月次調査<債券>」(注)予想物価上昇率を1標準偏差上昇させるショックに対する推計期間を通じた平均的なインパルス応答を図示。ショックは0期時点。シャドーは68%信用区間。(%)四半期-2-10123450481216(%)四半期2.消費者物価(前年比)1.需給ギャップ③予想物価上昇率ショックに対するインパルス応答

§278

109日本銀行金融政策の多角的レビュー補論ャップ・消費者物価(除く生鮮食品)・潜在金利(shadow rate)・中長期的な予想物価上昇率の4つの指標から、需要要因・供給要因・潜在金利・中長期的な予想物価上昇率に生じた、外生的なショックを識別し、それらのショックが過去 25年間の物価変動に及ぼした影響について、インパルス応答関数を踏まえて要因分解を行った85。フォワード・ルッキングな期待形成が予想物価上昇率や物価に影響を及ぼしているならば、①この期間に外生的な予想物価上昇率のショックが生じ、②これらが物価を押し上げる方向に作用していることが予測される。また、先行き物価が低下していくとの予想が物価を押し下げるような局面では、予想物価上昇率のショックが物価を押し下げる方向に作用することになる。なお、過去25年間の経済構造や物価を巡る環境が大きく変化していることを踏まえ、TVP-VARモデルでは、予想物価上昇率と物価動向の関係等が時間を通じて変化している可能性を考慮したうえで分析しているのも大きな特徴である。インパルス応答の結果をみると、わが国において、中長期的な予想物価上昇率を外生的に押し上げるショックは、実質金利の低下を通じて需給ギャップを改善させるほか、実際の物価上昇率にも押し上げ効果を持つことが確認された(図表 A7-3③)。

§279

これは、大規模な金融緩和で想定された「期待に働きかける経路」が、わが国において有効であることを示す結果と考えられる。また、物価変動の要因分解からは、過去 25年間のわが国の物価変動において、中長期的な予想物価上昇率の変化も物価に影響を及ぼす要素の一つとなってきたことが示唆された。すなわち、局面別にみると、2000年代前半にかけては、負の

§280

85 潜在金利は、Imakubo and Nakajima (2015)モデルを用いて算出した。潜在金利については、補論 10 も参照。

§281

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 110需要・供給要因に加えて、中長期的な予想物価上昇率に生じた負のショックが、物価を持続的に押し下げる要因として働いており、予想物価上昇率の低下がデフレ圧力を生んでいたことが示唆される(再掲図表 1-3-7)。その後、2013年の2%の「物価安定の目標」および大規模な金融緩和の導入以降に目を転じると、予想物価上昇率は一転して物価を押し上げる要因として寄与しており、わが国経済がデフレではない状態になる要因の一つとなった。以上の結果は、2013年の「物価安定の目標」や大規模な金融緩和の導入が、一定程度、期待を転換させる力を持ちえたこと――フォワード・ルッキングな期待形成が効果を発揮したこと――を示唆している。ただし、分析結果は、外生的な予想物価上昇率ショックによる物価上押し効果について、それだけで物価上昇率が2%に到達するほどの強さは持たなかったことも示している。2013年以降、いったん高まった物価上昇率や予想物価上昇率は、その後の原油価格低下等を受けて下落する展開となった。

§282

このことは、賃金や物価が上がりにくいとの慣行や考え方が根強い――予想物価上昇率の形成メカニズムにおいて、過去の物価情勢の影響が大きい――もとで、大規模な金融緩和による期待への働きかけの効果は、2%の「物価安定の目標」へ物価上昇率をアンカーさせるほどの有効性を持たなかったことを示唆している。このように期待への働きかけが容易でなかったことは、大規模な金融緩和が当初の想定ほどの効果を発揮しなかった大きな要因の一つと考えられる。この間、マネー(マネーストック、マネタリーベース)と物価の間には、単純な貨幣数量説が想定するような関係はみられなかった(再掲図表 1-3-15)。

§283

-3-2-10123450005101520トレンド成分金利ショック予想物価上昇率ショック需要・供給ショックCPI(除く生鮮)(出所)総務省、日本銀行、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、QUICK「QUICK月次調査<債券>」(注)CPIは、消費税率引き上げ等の影響を除くベース。ヒストリカル分解の詳しい推計手法は、補論7および開発・中野・山本(2024)を参照。

§284

図表1-3-7:CPIのヒストリカル分解(前年比、%)年50100150200250300350400450500550600801001201401601802002202402602803009193959799010305070911名目GDP(左目盛)CPI(除く生鮮・エネルギー、左目盛)M2(左目盛)マネタリーベース(右目盛)(1992年=100)年(1992年=100)図表1-3-15:マネー・物価・名目GDP①2011年以前501001502002503003504004505005506008010012014016018020022024026028030011131517192123(2012年=100)年(2012年=100)②2011年以降(出所)総務省、内閣府、日本銀行(注)1. CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策、携帯電話通信料の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。2. いずれも季節調整値。

§285

111日本銀行金融政策の多角的レビュー補論(過去の物価情勢の予想物価上昇率への影響に関する実証分析)以上のように、わが国の中長期的な予想物価上昇率の形成メカニズムを考える際には、過去の物価情勢が期待に及ぼす影響も考慮することが重要となる。この点、日本銀行の大型マクロ経済モデル(Q-JEM86)を用いて、中長期的な予想物価上昇率の形成メカニズムについて複数のモデルを想定することで、予想物価上昇率の予測精度がどのように変化するのか、分析を行った87。具体的には、予想物価上昇率について、①インフレ目標と過去の予想物価上昇率を用いた「単純粘着情報」、 ②これらに加えて、過去の消費者物価上昇率の実績値を用いた「海外中銀型」、 ③海外中銀型で用いた変数について、インフレ目標と過去の消費者物価の実績値によって説明される部分のパラメータが時間を通じて変化することを許容した「TIPS(トレンドインフレ率推計システム)」の3つのモデルを推計し、その予測精度を比較した。分析結果をみると、2013年から 2023年第 2四半期までの期間において、3通りの定式化の予測精度(先行き 8 四半期までの予測値の二乗平均平方根誤差)に大きな違いはなく、その誤差の水準も小さくはない(図表A7-4)。また、子細にみると、各モデルの精度の優劣は、局面によって異なっている。

§286

すなわち、わが国において、過去の物価情勢が予想物価上昇率にどのように影響を及ぼしてきたのかについては、かなりの不確実性があるといえる。このように、名目短期金利が実効

§287

86 Q-JEM(Quarterly Japanese Economic Model)は、実体変数、金融変数、期待変数など、日本経済を分析するうえで重要な 200 以上の変数を持つ大規模なマクロ経済モデルであり、わが国のデータを用いて、各方程式が推計されている。詳細は、Hirakata et al. (2019)を参照。87 分析方法・結果の詳細は、喜舎場ほか(2024)を参照。0.00.10.20.30.40.50.60.70.81314151617181920212223単純粘着情報海外中銀型TIPS(出所)日本銀行等、喜舎場ほか(2024)(注)1. 四半期ごとのRMSE(二乗平均平方根誤差)は、関数の推定に用いるサンプル始期を1991/4Qで固定し、終期を2012/4Qから1期ずつ延ばして算出した予測値に基づき算出(横軸は予測始期)。2. 2022/2Q以前については、8四半期先予測に基づき算出。2022/3Q~2023/2Qについては、それぞれ7~4四半期先予測に基づき算出。図表A7-4:予想物価上昇率の予測誤差年(RMSE)

§288

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 112下限制約に抵触するもとで、中央銀行が民間経済主体の予想をどの程度変化させうるのかは、予想物価上昇率の形成メカニズムの解明とあわせて、引き続き重要な論点である。【多角的レビューシリーズの刊行物】開発壮平・中野将吾・山本弘樹(2024)、「中長期インフレ予想の変動が経済・物価へ及ぼす影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-20喜舎場唯・柴田菜緒・福永一郎・米山俊一(2024)、「わが国のインフレ予想形成の不確実性-マクロ経済モデルQ-JEMを用いた予想形成メカニズムの分析-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-23

§289

113日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論8:大規模な国債買入れの金利形成への影響大規模な金融緩和の一環として実施されてきた国債の買入れは、イールドカーブ全体を押し下げ、それを起点として経済・物価に影響を与えてきたと考えられる(再掲図表 1-3-8)。国債買入れが長期金利に影響を及ぼす経路としては、①日々の買入れが流通市場の需給等に及ぼす効果(フロー効果)や、②中央銀行の国債保有額の増加が、市中のリスク配分に影響を及ぼす効果(ストック効果)が想定される。また、③長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の枠組みのもとで長期金利の変動幅等を設定したことも、長期金利に影響を及ぼした可能性がある。(国債買入れがイールドカーブに及ぼす影響の考え方)ストック効果とは、中央銀行が国債を大規模に保有することにより、市中のリスク配分に影響を与えることを通じて、様々な年限の金利を押し下げる経路である。最近の実証研究では、フロー効果よりもストック効果の方が、より持続的な効果がみられると指摘するものが多い88。中央銀行の保有国債残高(ストック)の増加は、市中の金利リスク量を減少させ、市場参加者の新たなリスクテイクを通じて金利(タームプレミアム)を低下させると考えられる。

§290

こうした影響は、市場参加者が先行きの国債買入れを予想することによって、実際の買入れが行われる前に生じる面もある――いわゆる「アナウンスメント効果」――。2016年9月に導入した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、大規模な国債買入れを通じて市場の金利形成に影響を与える点において国債買入れの一類型と呼ぶことも可能であり、長期

§291

88 例えば、Bernanke (2020)やSudo and Tanaka (2021)を参照。-0.50.00.51.01.52.02.53.0012345678910152030「量的・質的金融緩和」導入以前「量的・質的金融緩和」「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」(%)年(残存期間)図表1-3-8:イールドカーブ(出所)Bloomberg(注)「量的・質的金融緩和」導入以前は2012/1/3~2013/4/3日、「量的・質的金融緩和」は2013/4/4~2016/9/20日、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は2016/9/21~2024/3/18日の平均値。

§292

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 114金利に影響を及ぼす経路としてはストック効果が重要と考えられる。ただし、この政策は、イールドカーブ・コントロールのもとで、長期金利の水準そのものを直接の目標とする枠組みであるため、その影響の仕方はいくつかの点で従来の国債買入れとは異なる。第1に、「買入れ量」を定める従来の枠組みでは、国債需要が変動した場合、金利の変動も大きくなるが、「長期金利の変動幅」を固定化するイールドカーブ・コントロールでは、国債需要の変動に応じて、買入れ量が内生的に決まることから、金利の変動は小さくなると考えられる。第2に、イールドカーブ・コントロールが、変動上限や下限を設定する形で運用される場合、それが市場に織り込まれ、実際の買入れの増減がなくとも、自己実現的に金利がその範囲内に収まるようになる可能性がある89。(推計の概要)長期金利は、日本銀行による国債買入れを含め、様々な要因で変動するため、各経路を通じた金利押し下げ効果を正確に定量化することは容易ではないが、上記の議論を踏まえて以下のような長期金利関数を推計し、定量的な評価を試みた(図表A8-1)90。

§293

推計する長期金利関数は、被説明変数を 10年物国債金利とし、説明変数としては、主要な経済・金融変数に加え、①買入れのフロー効果および②ストック効果、③イールドカーブ・コントロールの変動幅等の設定の効果を捕捉する変数を設定した。具体的には、①フロー効果を捕捉するための説明変数として、「日本銀行の国債保有割合の前月差」を使用し、②ストック効果を捕捉するための

§294

89 イールドカーブ・コントロールの導入後に、10年金利の変動が抑制されてきたことは、 Hattori and Yoshida(2023)でも指摘されている。90 分析方法・結果の詳細は、長田・中澤(2024b)を参照。図表A8-1:長期金利関数の推計式(注)推計の詳細は、長田・中澤(2024b)を参照。10年物国債金利(%)=f(主要経済・金融変数<米国長期金利、コールレート、消費者物価>、①国債買入れのフロー効果<国債保有割合の前月差>、②国債買入れのストック効果<国債保有割合、将来の保有割合の変化幅予想>、③YCCの変動幅等の設定の効果<変動幅上限や連続指値オペ水準を超える確率等>)+定数項推計期間:1997年1月~2024年3月

§295

115日本銀行金融政策の多角的レビュー補論説明変数として、毎月の「日本銀行の国債保有割合91」に加えて、市場参加者が織り込む将来予想の影響をみるため、「将来的な日本銀行の国債保有割合の変化幅予想」も説明変数に含めている92。また、③イールドカーブ・コントロールの変動幅等を設定したことの効果を捉えるための説明変数としては、金利オプションの価格データから算出した「変動幅上限や連続指値オペ水準を超える確率」を設定している。同確率が高まると、日本銀行による金利上昇を抑制する対応が強化されるとの見方が織り込まれ、金利形成に影響を及ぼしうると考えられる93。(推計結果とその含意)この推計はシンプルな関数による試算値であり、その結果については相応の幅をもってみる必要はあるが、上記の説明変数は、国債金利に対して、いずれも統計的に有意な影響を及ぼすことが分かった(再掲図表 1-3-9①)。例えば、ストック効果については、国債発行残高に占める日本銀行の保有割合が1%ポイント上昇すると、-0.02%程度の金利押し下げ効果を持つとの結果となっている。この推計結果を用いて長期金利の変動要因を分解すると、国債買入れによる金利押し下げ効果は、ストック効果を中心に、2013年の「量的・質的金

§296

91 国債保有割合は、リスク量ベースで各年限の保有国債を合計したもの。92 「将来的な日本銀行の国債保有割合」を考えるにあたっては、日本銀行による各時点の情報発信(月間の買入れペースや買入れ予定額<2016年10月以降>等)をもとに市場参加者が予想を形成すると仮定している。これを踏まえ、各時点の買入れペース、または公表されている最新の買入れ予定額を2年間継続した場合に実現する、日本銀行の国債保有割合を、市場参加者が予想する「将来的な日本銀行の国債保有割合」と見做した。93 これらのほか、主要な経済・金融変数(米国 10年国債金利、無担保コールレート<オーバーナイト物>、消費者物価の前年比<除く生鮮食品・エネルギー、消費税調整済み>)を説明変数とした。

§297

被説明変数:米国長期金利 0.238 *** 0.2380.078 *** 0.159 ***コールレート 0.645 *** 0.7980.798 ***インフレ率 0.045 *** 0.0820.082 ***国債保有割合の前月差 -0.141 ** -0.208 -0.208 ***国債保有割合(リスク量ベース) -0.024 *** -0.018 -0.009 *** -0.009 **2年後にかけての国債保有割合変化幅予想 -0.012 *** -0.014 -0.014 ***指値オペ割合 0.000 -0.002 -0.002 **変動幅上限を超える確率 -0.007 * -0.046 -0.046 ***連続指値水準を超える確率 -0.021 *** -0.059 -0.059 ***変動幅下限を超える確率 0.0090.0250.025 **定数項 0.512 *** 0.4950.476 *** 0.019修正R^2 ―推計期間 1997/1~2024/3月0.9380.8330.813定式化1 定式化210年金利10年金利(係数合計)10年予想短期金利成分10年タームプレミアム図表1-3-9:国債買入れの金利押し下げ効果①長期金利関数の推計結果-2-1012397000306091215182124その他の寄与米金利の寄与変動幅等設定の効果国債買入れのフロー効果国債買入れのストック効果10年金利(%)年②長期金利の変動要因(出所)Bloomberg、総務省、日本銀行、LSEG Eikon(注)1. ①の***は1%有意、**は5%有意、*は10%有意を示す。

§298

推計の詳細は長田・中澤(2024b)を参照。2. ②は定式化1・2に基づく寄与度の平均値。

§299

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 116融緩和」導入以降、徐々に強まっており、2016年のイールドカーブ・コントロール導入以降については、-1%ポイント程度の金利下押しに作用している(再掲図表 1-3-9②)94。また、イールドカーブ・コントロールの変動幅等を設定したことが、とくに2022~2023年頃の局面を中心に、長期金利に上昇圧力がかかったタイミングにおいて、金利上昇を抑制する効果を発揮していた可能性があることも確認できる。また、同様の関数について、各年限の金利を被説明変数として推計すると、大規模な金融緩和が、10年物国債金利のみならず、イールドカーブ全体を押し下げてきたことが示唆される(図表A8-2)。【多角的レビューシリーズの刊行物】長田充弘・中澤崇(2024b)、「大規模国債買入れのもとでのわが国の長期金利形成」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-7

§300

94日本銀行が 2021年3月に実施した「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」でも、長田・中澤(2024b)とはやや異なる定式化のもとで、日本銀行の国債買入れが、長期金利の押し下げに有意に影響しており、均してみれば-1%程度の下押し効果があったことを示している。12345678910-1.0-0.8-0.6-0.4-0.20.00.20.4その他の寄与米金利の寄与変動幅等設定の効果国債買入れのフロー効果国債買入れのストック効果イールドカーブの変化幅(2012年1月~2013年3月平均対比、%ポイント)年図表A8-2:イールドカーブの変動要因①QQE導入後~YCC導入まで(2013年4月~2016年8月平均)12345678910-1.0-0.8-0.6-0.4-0.20.00.20.4(2012年1月~2013年3月平均対比、%ポイント)年②YCC導入後~廃止まで(2016年9月~2024年3月平均)(出所)Bloomberg、総務省、日本銀行、LSEG Eikon(注)推計の詳細は、長田・中澤(2024b)を参照。

§301

117日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論9:マイナス金利政策の金利形成への影響マイナス金利政策は、中央銀行の当座預金の一部等にマイナス金利を適用することにより、イールドカーブの起点となる短期金利をマイナス圏まで引き下げる政策である。ここでは、マイナス金利政策の導入が、各年限の金利形成に及ぼした影響について考察する。(金利への波及メカニズム)日本銀行当座預金へのマイナス金利の適用は、短期金利の低下をもたらしたほか、先行きの短期金利予想を変化させ、長期金利も低下させたと考えられる(再掲図表1-3-11)。先行研究をみると、マイナス金利政策の実施によって、市場参加者が想定する金利の下限値が低下し、政策変更の波及効果が長期金利にまで及ぶことが、理論・実証研究の両面から指摘されている95。また、マイナス金利政策は、金融機関が中央銀行当座預金に残高を持つインセンティブを減少させ、プラスの金利がついている資産への需要シフトを促すことで――いわゆる"search for positive yield"――、とりわけ、長期・超長期の国債金利の押し下げにつながったと考えられる。

§302

この点、金利の引き下げは、そもそも、相対的に利回りの高い資産への需要シフトを促す傾向にあるが、利回りがマイナスとなった資産の保有を回避しようとする投資家が存在するため、マイナス金利政策の導入が金利形成に及ぼす影響は、とくに強かった可能性が指摘されている96。このほか、マイナス金利政策が、フォワード・ガイダンスや大規模な国債買入れと組み合わさることにより、金利形成に大きな影響を及ぼす可能

§303

95 例えば、Grisse, Krogstrup, and Schumacher (2017)を参照。96 Lane (2019)を参照。マイナス金利の導入(日銀当座預金の一部に-0.1%の金利を適用)短期ゾーンの金利押し下げ長期・超長期ゾーンの金利押し下げプラスの金利がついている資産への需要の高まりタームプレミアムの縮小予想短期金利成分の引き下げ短期金利がマイナスになりうるとの認識の広がり図表1-3-11:マイナス金利政策の波及経路-0.50.00.51.01.52.02.5051015202530導入前月(2015/12月末)導入月(2016/1月末)2か月後(2016/3月末)(%)年限①日本図表1-3-10:マイナス金利政策導入前後のイールドカーブの変化-0.50.00.51.01.52.02.5051015202530導入前月(2014/5月末)導入月(2014/6月末)2か月後(2014/8月末)(%)年限②ドイツ(出所)Bloomberg(注)イールドカーブの起点は、アナウンスされた政策金利。

§304

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 118性も指摘されている。先行研究では、フォワード・ガイダンスとの組み合わせにより、先行きの短期金利予想の変化を通じた金利低下効果が強化される面があると指摘されている97。また、大規模な国債買入れとの組み合わせが、利回り追求行動を一段と促し、長期金利を低下させる相乗効果を生むとも指摘されている。(国債金利に及ぼした影響)マイナス金利政策が導入されたわが国やユーロ圏では、政策の導入前後で、短期金利だけでなく、長期・超長期金利の低下も観察された。マイナス金利導入前後のイールドカーブの推移を確認すると、イールドカーブが起点からシフトダウンする動きがみられたほか、長期・超長期ゾーンにかけて、ラグを伴いつつ大きく低下する動きが確認された(再掲図表 1-3-10)。また、金利の期間構造モデルをもとに、わが国とユーロ圏のイールドカーブについて、「先行きの短期金利予想の平均値として計算される部分(予想短期金利成分)」とそれ以外の部分である「タームプレミアム」に分解したうえで、マイナス金利政策の導入前後でそれらの変化を比較した(図表A9-1、図表 A9-2)98。分析結果をみると、予想短期金利成分の押し下げが幅広いゾーンですぐに観察されたことに加え、マイナス金利導入から2か月後には、タームプレミアムの低下が長期・超長期ゾーンで目立つことが分かる。

§305

このことは、マイナス金利政策の導入は、①予想短期金利成分を押し下げたほか、②投資家の"search for positive yield" を通じてタームプレミアムを押し下げ、長期・超長期の金利低

§306

97 Rostagno et al. (2019)を参照。98 分析方法・結果の詳細は、伊藤・河西・幅(2024)を参照。(出所)Bloomberg、LJKmfa(注)1. マイナス金利政策の導入アナウンスの前日からの変化幅を図示。2. 予想短期金利成分はKrippner (2022)による推計値。-0.8-0.6-0.4-0.20.00.22年5年10年30年タームプレミアム予想短期金利成分合計(%ポイント)①マイナス金利政策の導入から1か月後-0.8-0.6-0.4-0.20.00.22年5年10年30年(%ポイント)②マイナス金利政策の導入から2か月後図表A9-1:イールドカーブの変化(日本)(出所)Bloomberg、LJKmfa(注)1. マイナス金利政策の導入アナウンスの前日からの変化幅を図示。2. 予想短期金利成分はKrippner (2022)による推計値。-0.8-0.6-0.4-0.20.00.22年5年10年30年タームプレミアム予想短期金利成分合計(%ポイント)①マイナス金利政策の導入から1か月後-0.8-0.6-0.4-0.20.00.22年5年10年30年(%ポイント)②マイナス金利政策の導入から2か月後図表A9-2:イールドカーブの変化(ドイツ)

§307

119日本銀行金融政策の多角的レビュー補論下につながったことを示唆している。なお、図表 A9-3 では、わが国とユーロ圏のデータを用いて、マイナス金利政策導入によるタームプレミアムへの影響について、年限別に推計した。推計結果をみると、タームプレミアムの低下を通じた金利押し下げ効果は、長めの年限において、より顕在化しやすい傾向がある。これは、相対的に高い利回りの債券に対する需要シフトがより顕著に現れることを示唆しており、この結果として、マイナス金利政策には、イールドカーブ全体を押し下げ、フラット化させる効果があったことが窺える。(貸出金利等への影響)マイナス金利政策の導入に伴う幅広い年限における金利低下は、貸出金利や社債金利の低下をもたらし、企業や家計の前向きな投資拡大につながったと考えられる。先行研究をみると、ユーロ圏において、マイナス金利政策の導入によって貸出金利が明確に低下したことが報告されている99。こうした傾向は、わが国においても確認され、マイナス金利政策の導入による国債金利の低下は、貸出、社債、CPの金利低下につながったと考えられる(図表 A9-4)100。これらの金利の低下幅と政策金利の低下幅を比較すると、概ね過去の利下げ局面における平均並みとなっている。ただし、マイナス金利政策の導入は、金融機関の収益を悪化させ、貸出金利への波及効果を低減させるとの見方も存在する。

§308

欧州の事例では、マイナス金利の導入前後で、政策金利の貸出金利への波及効果が低減したことを報告する研究も存在する101。政策金利の低下が貸出金利にどう波及していく

§309

99 Eisenschmidt and Smets (2019)を参照。100日本銀行(2016)を参照。101 Adolfsen and Spange (2020)を参照。: 年タームプレミアムの - ~ + 期までの変化: マイナス金利政策ショック・推計対象:日本、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン・期間:2014年1月1日~2018年12月31日図表A9-3:マイナス金利政策によるタームプレミアム押し下げ効果(注)コントロール変数は、t+1~t+h期のマイナス金利政策ショック、t~t+h期のその他金融政策ショック、国別固定効果、時間固定効果。①モデル概要②推計結果-40-30-20-10010202年5年10年30年(bps)タームプレミアムの低下1.アナウンス当日2年5年10年30年-40-30-20-1001020 (bps)2.60営業日後(出所)Altavilla et al. (2019)、Bloomberg、Grisse, Krogstrup, and Schumacher (2017)、Kubota and Shintani (2022)、LJKmfa(注)▲10bpsのマイナス金利政策ショックに対する累積インパルス応答を図示。シャドーの範囲は、90%タイルバンド。推計の詳細は、伊藤・河西・幅(2024)を参照。

§310

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 120かは、金融機関の経営方針にも依存する。金融機関の収益環境など、その時々の経済・金融環境のもとで、金利形成に及ぼす影響は変化する点に留意が必要である。【多角的レビューシリーズの刊行物】伊藤雄一郎・河西桂靖・幅俊介(2024)、「マイナス金利政策の金利形成や貸出への影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-25

§311

6910643124050100150200短期貸出長期貸出 CP 社債図表A9-4:各局面での金利追随率(%)①2016年1月(+0.1%→▲0.1%)865310537050100150200短期貸出長期貸出 CP 社債(%)②2008年10~12月(+0.5%→+0.1%)108122203255050100150200短期貸出長期貸出 CP 社債(%)(出所)日本銀行、証券保管振替機構、キャピタル・アイ、アイ・エヌ情報センター、Bloomberg(注)1. 追随率は、各金利の変化幅の、政策金利(または付利金利)変更幅に対する割合(%)。各金利の変化幅は、各金利の「政策変更後4~6か月目の平均」と「政策変更前3か月間の平均」の差として算出。2. 貸出は、新規貸出約定平均金利。CPは、①はa-1格、②③はa-1格以上の、3か月物の発行利回り。社債は、AA格の平均発行利回り。③2001年2~3月(+0.25%→0%)

§312

121日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論 10:大規模な金融緩和と経済・物価―― カウンターファクチュアル・シミュレーション ――本補論では、2013年以降の大規模な金融緩和が経済・物価に及ぼした政策効果について、マクロ経済モデルを用いた定量分析を説明する。分析の枠組みは、以下のとおりである。はじめに、主要な金融経済変数について、大規模な金融緩和がなかった場合の「仮想的なパス」を作成した(図表 A10-1①)。そのうえで、金融経済変数が仮想的なパスをたどった場合の経済・物価の動きについて、マクロ経済モデルを用いてカウンターファクチュアル・シミュレーションを行った(図表 A10-1②)。最後に、シミュレーションの結果――反実仮想の値――と実績値の差分を、政策効果と見做した。分析にあたっては、モデルの不確実性を考慮し、①日本銀行の大型マクロ経済モデル(Q-JEM102)に加え、②今回新たに大型多変量時系列モデル(FAVARモデル)を構築し、2つの異なるモデルによるシミュレーション結果を比較することとした。以下では、モデルごとに、シミュレーションの概要と分析結果を説明する。(Q-JEMによるシミュレーション)シミュレーション方法Q-JEMは、経済理論を勘案した準構造型モデルであり、波及経路を特定して政策効果の分析ができるという特徴を持つ。

§313

ここでは、2013年以降の大規模な金融緩和が、5つの金融経済変数(①名目金利、②中長期的な

§314

102 Q-JEM(Quarterly Japanese Economic Model )は、実体変数、金融変数、期待変数など、日本経済を分析するうえで重要な 200 以上の変数を持つ大規模なマクロ経済モデルであり、わが国のデータを用いて、各方程式が推計されている。詳細は、Hirakata et al. (2019)を参照。政策効果「仮想的なパスに基づくシミュレーション結果」実績値②実質GDP・CPIへの影響のシミュレーション図表A10-1:政策効果の推計の考え方「仮想的なパス」実績値①株価・為替などの「仮想的なパス」の設定

§315

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 122予想物価上昇率、③貸出態度判断DI、④為替レート、 ⑤株価)を起点とした経路を通じて、経済・物価に与える影響を分析した103。はじめに、上記5つの変数について、以下の方法により、大規模な金融緩和を導入しなかった場合の仮想的なパスを、それぞれ2パターンずつ作成する。そのうえで、各変数に2パターンずつ存在する仮想的なパスの組み合わせを用いて、Q-JEMによるカウンターファクチュアル・シミュレーションを行う。①名目金利<年限別(1~10年)>名目金利の仮想的なパスは、回帰分析により政策効果を抽出する方法で作成した(図表 A10-2、図表 A10-3)。すなわち、名目金利を被説明変数、日本銀行による国債保有割合等の政策変数を説明変数とする金利関数を推計したうえで、政策変数が大規模な金融緩和の導入直前の水準から横ばいで推移した場合の金利関数の予測値を、仮想的なパスとした。ここでモデル不確実性を考慮し、政策変数として国債保有割合実績を用いるケース(手法1)と、国債保有割合予想やイールドカーブ・コントロールにおける金利変動幅上限を超える確率等を用いるケース(手法2)104を推計し、計2本の仮想的なパスを作成した。②中長期的な予想物価上昇率中長期的な予想物価上昇率の仮想的なパスは、以下の2つの手法により作成した(図表 A10-4)。

§316

第1に、大規模な金融緩和がなかった場合、中長期的な予想物価上昇率が 2012年10~12月の水準から横ばいで推移したと想定し、仮想的なパスを作成した(手法1)。第2に、中長期的な予想

§317

103 分析方法・結果の詳細は、井澤ほか( 2024)を参照。104 手法2の推計方法の詳細は、長田・中澤(2024b)を参照。-0.8-0.40.00.40.81.21.608091011121314151617181920212223実績値手法1手法2(%)年←QQEの導入図表A10-2:名目金利の仮想的なパス(1~10年金利の平均値)(出所)財務省(注)手法1、2の詳細は図表A10-8を参照(以下同様)。-1.0-0.8-0.6-0.4-0.20.012345678910手法1手法2(%ポイント)年限図表A10-3:年限別名目金利の平均的な政策効果(注)QQE導入以降について、手法1・2による仮想的なパスと実績値の差分を示している(2013/2Q~2023/2Qの平均値)。2012/4Q0.00.20.40.60.81.01.21.41.608091011121314151617181920212223実績値手法1手法2(%)年←QQEの導入図表A10-4:中長期インフレ予想の仮想的なパス(出所)Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、QUICK「QUICK 月次調査<債券>」、日本銀行

§318

123日本銀行金融政策の多角的レビュー補論物価上昇率に対する政策効果を、「直接効果」と名目金利の押し下げを通じた需給ギャップの改善による「間接効果」に分けて試算することにより作成した(手法2)。「直接効果」は、中長期的な予想物価上昇率を被説明変数、物価上昇率のトレンド成分や外生要因である国際商品市況 105を説明変数とする関数を推計したうえで、これらの変数で説明できない残差として算出した 106。「間接効果」は、前述の名目金利(①の手法2)の仮想的なパスをQ-JEMに外挿し、大規模な金融緩和がなかった場合の中長期的な予想物価上昇率の値を試算したうえで、実績値と試算値の差として算出した。③貸出態度判断DI貸出態度判断DIの仮想的なパスは、政策効果を、「直接効果」と、実質金利の低下を通じた景気刺激に伴う「間接効果」に分けて試算する方法により作成した(図表 A10-5)。「直接効果」は、短観の貸出態度判断DIを被説明変数、短観の業況判断DIを説明変数とする貸出態度判断関数を推計107したうえで、業況判断DIでは説明できない残差として算出した。「間接効果」は、前述の名目金利(①の手法2)と中長期的な予想物価上昇率(②の手法2)の仮想的なパスをQ-JEMに外挿し、大規模な金融緩和が導入されなかった場合の貸出態度判断DIの値と実績値の差として算出した。

§319

トータルの「政策効果」については、「直接効果」と「間接効果」のシ

§320

105 国際商品市況は、GSCI 商品指数(トレンドからの乖離)を利用。なお、物価上昇率のトレンド成分および国際商品市況のトレンドからの乖離の算出方法の詳細は、井澤ほか(2024)を参照。106 「直接効果」は、これが実質金利チャネルを通じて予想物価上昇率を追加的に押し上げる効果を含む。詳細は、井澤ほか(2024)を参照。107 大規模な金融緩和が実施される直前の 2013年1~3月期までのデータを使用した。-15-10-505101520253008091011121314151617181920212223実績値手法1手法2(「緩い」―「厳しい」、DI、%ポイント)年←QQEの導入緩い厳しい図表A10-5:貸出態度判断DIの仮想的なパス(出所)日本銀行

§321

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 124ンプルな合計値とするケース(手法1)に加え、コロナ禍における政府の事業者向け資金繰り支援の影響等が「直接効果」に含まれている可能性を踏まえ、2020年1~3月以降の「直接効果」を2019年10~12月の水準を上限と仮定した場合の「間接効果」との合計値とするケース(手法2)の2パターンを試算した。④為替レート<ドル/円レート>為替レート(ドル/円レート)の仮想的なパスは、以下の2つの手法を用いて作成した(図表A10-6)。第1に、ドル/円レートを被説明変数、日米の長期ゾーンの金利差と物価上昇率の差を説明変数とする為替関数を推計したうえで、前述の名目金利(①の手法2)の仮想的なパスを為替関数に外挿して得られた予測値を、ドル/円レートの仮想的なパスとした(手法1)。第2に、2013年4月以降の5回の金融政策変更イベント108に着目し、前営業日から翌四半期末までにおけるドル/円レートの変化幅を、大規模な金融緩和による政策ショックとみなした。そのうえで、Q-JEMを用いて政策ショックがない場合のドル/円レートを試算し、仮想的なパスとした(手法2:イベントスタディ・アプローチ)。⑤株価株価の仮想的なパスは、以下の2つの手法を用いて作成した(図表 A10-7)。第1に、上記の名目金利(①の手法2)、中長期的な予想物価上昇率(②の手法2)、貸出態度判断

§322

108 ①「量的・質的金融緩和(QQE)」の導入(2013年4月)、②QQEの拡大(2014年10月)、③マイナス金利の導入(2016年1月)、④イールドカーブ・コントロールの導入(2016年9月)、⑤新型コロナウイルス感染症の拡大の影響を踏まえた金融緩和の強化(2020年3月)の計5回。70809010011012013014015008091011121314151617181920212223実績値手法1手法2(円/ドル)年←QQEの導入図表A10-6:為替レートの仮想的なパス(出所)日本銀行5008001,1001,4001,7002,0002,30008091011121314151617181920212223実績値手法1手法2(ポイント)年←QQEの導入図表A10-7:株価の仮想的なパス(出所)Bloomberg(注)TOPIXベース。

§323

125日本銀行金融政策の多角的レビュー補論DI(③の手法1)、為替レート(④の手法1)の仮想的なパスをQ-JEMに外挿したうえで、大規模な金融緩和が導入されなかった場合の株価を試算し、仮想的なパスとした(手法1)。第2に、為替レートと同様に 2013年4月以降の5回の金融政策イベントにおける政策ショックを抽出したうえで、Q-JEMにより政策ショックがなかった場合の株価を試算し、仮想的なパスとした(手法2:イベントスタディ・アプローチ)。続いて、以上の方法で得られた各変数の仮想的なパスを組み合わせることで、合計 16 パターンの仮想的なシナリオを作成109し、 Q-JEMに外挿してシミュレーションを行った(図表A10-8)。シミュレーション結果シミュレーション結果をみると、実質GDPおよび消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比について、大規模な金融緩和がなかった場合の仮想的なパスに基づくシミュレーション結果は、いずれのケースにおいても、実績値を下回った(再掲図表 1-3-12)。これは、大規模な金融緩和が経済・物価を押し上げる効果を持っていたことを示唆する。こうした結果は、日本銀行が2021年3月に実施した「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検(以下、点検)」で行った分析110とも、整合的となっている。

§324

なお、当シミュレーションにより得られた政策効果の大きさをみると、2013年第2四半期の大規模な金融緩和の導入から 2023年第2四半期までの期間において、実質GDPの水準を平均+

§325

109 為替レートと株価については、同一アプローチ同士で組み合わせを固定したうえで、合計 16 通り(24 通り)のシナリオを作成した。110 詳細は、川本ほか(2021)を参照。

§326

図表A10-8:Q-JEMシミュレーションにおける仮想的なパスの作成方法手法1 手法2①名目金利日本銀行の国債保有割合実績等を政策変数に用いた推計により作成日本銀行の国債保有割合予想等を政策変数に用いた推計により作成②中長期インフレ予想2%の「物価安定の目標」導入直前の水準から横ばいと仮定し作成トレンドインフレ率や国際商品市況で説明できない変動(直接効果)と金利低下に伴う景気刺激を通じた影響(間接効果)の推計により作成③貸出態度判断DI業況判断DIで説明できない変動(直接効果)と実質金利低下に伴う景気刺激を通じた影響(間接効果)の推計により作成同左(ただし、コロナ禍における政府による資金繰り支援策等の影響を調整)④為替レート⑤株価実質金利の低下や貸出アベイラビリティの改善等を踏まえた推計により作成金融政策イベント前後における為替レート・株価変動を政策ショックと仮定して作成(イベントスタディ・アプローチ)4805005205405605801314151617181920212223仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(季節調整済年率換算、兆円)年度図表1-3-12:Q-JEMを用いた政策効果の検証2013/2Q~2023/2Qにおける実質GDP押し上げ率、% +1.3~+1.8①実質GDP-3-2-10123451314151617181920212223仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(前年比、%)年度(出所)総務省、内閣府、井澤ほか(2024)(注)1. CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。

§327

2. シミュレーション結果のレンジは、16通りのシミュレーション結果における各時点の最大値から最小値。②CPI(除く生鮮・エネルギー)2013/2Q~2023/2Qにおけるインフレ率押し上げ幅、%ポイント+0.5~+0.7

§328

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 1261.3~+1.8%程度(各シナリオの平均で+1.6%程度)、消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比を同+0.5~+0.7%ポイント程度(同+0.6%ポイント程度)押し上げる結果となった。実質GDPの押し上げ効果を要因分解すると、チャネル別では、幅広いチャネルが押し上げに寄与しているほか、需要項目別では、設備投資や個人消費の寄与が大きい(再掲図表 1-3-13)。物価押し上げ効果を要因分解すると、需給ギャップおよび中長期的な予想物価上昇率の寄与が同程度みられている。以上のように、Q-JEMを用いた分析結果からは、2013年以降の大規模な金融緩和の導入以降の低位な実質金利、良好な金融資本市場、緩和的な貸出態度を通じた政策効果が、経済・物価を押し上げたことが示唆される。(FAVARモデルによるシミュレーション)シミュレーション方法時系列分析の手法の一つである多変量自己回帰(VAR、Vector Autoregression)モデルは、変数間の構造的な関係を予め明示的に仮定しないため、推計にあたっての制約条件が構造型モデルに比べ少なく、実際のデータとの整合性が相対的に高くなりやすい特徴がある。

§329

FAVAR (Factor-Augmented VAR)モデルは、こうしたVARモデルの特徴に加え、多くの変数を同時に扱うことが可能であるという特徴を持つ。そこで当シミュレーションでは、消費者物価を含めて200 を超える金融・経済変数からなるFAVARモデルを推計し、Q-JEMとは異なるモデルを用いた場合に、大規模な金融緩和が経済・物価に及ぼす影響がどの程度確認できるか、分析を行った111。

§330

111 分析方法・結果の詳細は、開発ほか( 2024)を参照。-0.50.00.51.01.52.02.53.0株価チャネル為替チャネル貸出市場チャネル実質金利チャネル合計(%)①実質GDP・波及チャネル別図表1-3-13:シミュレーション結果の要因分解(%)その他輸入輸出住宅投資設備投資個人消費合計-0.20.00.20.40.60.81.0その他需給ギャップ中長期インフレ予想合計(%ポイント)③CPI(除く生鮮・エネルギー)②実質GDP・需要項目別(出所)井澤ほか(2024)(注)1. CPIは、消費税率引き上げ・教育無償化政策、旅行支援策の影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。2. 実質GDPについては押し上げ率、CPIは押し上げ幅の期間平均値(2013/2Q~2019/4Q)。16通りのシナリオに基づいて算出された政策効果のうち、期間平均値が最大のもの。

§331

127日本銀行金融政策の多角的レビュー補論シミュレーションにあたっては、FAVARモデルに組み込む政策変数として何を用いるかが重要になる。ここでは、この間の大規模な金融緩和が主として長期金利の押し下げを通じて経済・物価に影響を及ぼすと想定していたことを踏まえ、国債のイールドカーブ全体の情報を集約した「潜在金利(shadow rate)」を推計し、これを政策変数とすることとした。具体的には、3つの異なる金利の期間構造モデル 112を用いて潜在金利を推計したうえで、これらを用いた3つの異なるFAVARモデルを推計した(図表 A10-9)。そのうえで、政策変数である潜在金利について、大規模な金融緩和がなかった場合の仮想的なパスを作成した。具体的には、推計された潜在金利のうち、水準が負となる部分は、大規模な金融緩和によって実現したと仮定し、当該部分をゼロとする潜在金利の仮想的なパスを作成した。この仮想的な潜在金利のパスをFAVARモデルに外挿することで、政策ショックがなかった場合の仮想的な経済・物価の動きを試算し、実績値と比較した。シミュレーション結果シミュレーションの結果、2013年以降に実施された一連の金融緩和には、鉱工業生産や雇用所得環境等に対する一定の景気浮揚効果があることが示された(再掲図表 1-3-14)。

§332

また、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比について、大規模な金融緩和が実施されなかった場合の仮想的なパスに基づくシミュレーション結果は、いずれの潜在金利を用いたケースでも、実績値を下回った。シミュレーションから得られた政策効果の大きさをみると、大規模な金融緩和が導

§333

112 本分析では、①わが国のイールドカーブの特徴に合わせて構築された Imakubo and Nakajima (2015) モデルに加え、米国等のイールドカーブの分析のために構築された②Wu and Xia (2016)モデルと③Krippner (2015)モデル、の合計3モデルを用いた。

§334

-6-5-4-3-2-1012000204060810121416182022Imakubo・Nakajima[2015]モデルWu・Xia[2016]モデルKrippner[2015]モデル無担保コールレート(O/N)(出所)日本銀行、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」図表A10-9:潜在金利の推移(%)年図表1-3-14:時系列モデル(FAVAR)を用いた政策効果の検証-4-3-2-10123456131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(前年比、%)年②CPI(除く生鮮)60708090100110120130131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(2013/1月=100)年①鉱工業生産80859095100105110115120131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(2013/1月=100)年③雇用者数20406080100120140160131517192123仮想的なパスに基づくシミュレーション結果のレンジ実績値(2013/1月=100)年④名目可処分所得(出所)経済産業省、厚生労働省、総務省、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」(注)CPIは、消費税率引き上げの影響を除いた日本銀行スタッフによる試算値。

§335

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 128入された2013年4月から2023年6月にかけて、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比を+0.6~+1.1%ポイント程度(3パターンの平均で+0.9%ポイント程度)押し上げる結果となった。以上の結果は、2021年の「点検」や本補論前段のQ-JEMシミュレーションの結果とも概ね整合的である。(まとめ)本補論では、2013年以降の大規模な金融緩和が経済・物価に及ぼした政策効果に関する定量分析を示した。大規模な金融緩和がなかった場合における金融経済変数の「仮想的なパス」をどのように作成するかによって定量的な結果にやや幅があるものの、2つの分析結果からは、この間の大規模な金融緩和は、わが国の経済・物価に対して一定のプラスの影響を及ぼしてきたことが示唆される。さらに、2つの異なる特徴をもつモデルによる分析結果が概ね整合的であった点を踏まえると、こうした大規模な金融緩和に対する評価は、一定の頑健性を有していることが窺える。

§336

【多角的レビューシリーズの刊行物】井澤公彦・喜舎場唯・高橋悠輔・幅俊介・米山俊一(2024)、「「量的・質的金融緩和」導入以降の政策効果の計測-マクロ経済モデルQ-JEMを用いた経済・物価への政策効果の検証-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-22長田充弘・中澤崇(2024b)、「大規模国債買入れのもとでのわが国の長期金利形成」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-7開発壮平・河西桂靖・平田篤己・山本弘樹・中島上智(2024)、「非伝統的金融政策の効果と副作用:潜在金利を用いた実証分析」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-13

§337

129日本銀行金融政策の多角的レビュー補論補論 11:大規模な金融緩和と債券市場の機能度補論 10 に記載のとおり、「量的・質的金融緩和(QQE)」やその一形態であるイールドカーブ・コントロール(YCC)は、実質金利の低下等を通じて、経済・物価の押し上げ効果を発揮してきた。一方、こうした大規模な金融緩和のもとで、日本銀行の国債保有残高が増加したことで、国債市場の機能度が低下したとの指摘がある。また、国債市場の機能度の低下は、社債市場など、関連する市場の機能度にも影響が及んだとの指摘もみられている。本補論では、大規模な金融緩和が国債・社債市場の機能度に及ぼした影響についての分析結果を紹介する。(国債市場の機能度への影響)国債市場の機能度を捉える指標には様々なものが存在するが、ここでは、流動性指標(具体的には「取引高」と「ビッド・アスク・スプレッド」)113、相対価格指標(「イールドカーブの歪み」)を、市場機能度の指標として採用する(再掲図表 1-4-5、再掲図表 1-4-6、再掲図表 1-4-7)。そのうえで、これらの指標を被説明変数とした回帰分析を、現物国債の銘柄別パネルデータを用いて行った(図表 A11-1)114。日本銀行の国債買入れには、市場流動性を改善させる効果(スポットライト効果)と悪化させる効果(希少性効果)があると考えられる115。

§338

スポットライト効果は、日本銀行が特定の銘柄の国債を買入れることで、市場参加者がその銘柄の国債

§339

113 国債の流動性指標については、土川・西崎・八木(2013)や黒崎ほか(2015)を参照。114 分析方法・結果の詳細は、北村ほか( 2024)を参照。115 スポットライト効果と希少性効果については、Pelizzon et al. (2018)なども参照。2.82.93.03.13.23.33.40.30.40.50.60.70.80.9~QQE QQE導入~YCC導入~2022年~現物(左目盛)先物(右目盛)(出所)QUICK、日本相互証券、大阪取引所(注)1. 期間平均(~QQE:2012/1月~2013/3月、QQE導入~:2013/4月~2016/9月、YCC導入~:2016/10月~2021/12月、2022年~:2022/1月~2024/1月)。2. 現物は、2、5、10、20、30、40年債の1日当たり取引高の合計(ディーラー間取引)。

§340

図表1-4-5:国債の取引高(兆円/日)(兆円/日)0.91.01.11.21.31.41.51.60.40.50.60.70.80.91.01.1~QQE QQE導入~YCC導入~2022年~現物(左目盛)先物(右目盛)(出所)日本相互証券、日本経済新聞社「日経NEEDS」(注)1. 期間平均(~QQE:2012/1月~2013/3月、QQE導入~:2013/4月~2016/9月、YCC導入~:2016/10月~2021/12月、2022年~:2022/1月~2024/1月)。2. 現物は、10年新発債(ディーラー間取引)の1秒毎のビッド・アスク・スプレッドの平均。先物は、1分毎のビッド・アスク・スプレッドについて、スプレッドが大きいほうから10%分を平均したもの(下位10%平均)。図表1-4-6:国債のビッド・アスク・スプレッド(逆目盛、bps)(逆目盛、銭)↑ 流動性が高い↓ 流動性が低い

§341

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 130を売却しやすくなり、業者間の取引が活発化して、市場流動性が改善するという効果である。この効果は、日本銀行の国債買入れ比率(日本銀行の国債買入れ額<フロー>を発行残高で割った値)等で捕捉することができる。他方、希少性効果は、日本銀行が国債を買入れることで、市中流通残高が減少し、取引高も減少して、市場流動性が悪化するという効果である。この効果は、日本銀行の国債保有比率(日本銀行の国債保有残高<ストック>を発行残高で割った値)によって捉えることができる。日本銀行のオペレーション(以下、オペ)のうち、指値オペや連続指値オペの実施も、市場機能に影響を与えうる。具体的には、イールドカーブの形状に対して直接的な影響を与えるほか、「先々、連続指値オペが行われて、対象銘柄の利回りが連続指値オペの金利水準に張り付き、値幅が限定的になる」との予想から、取引が消極化することも考えられる。これらの影響については、対象銘柄の利回りが連続指値オペの金利水準から一定の値(3bps)以内の時に1となるダミー、(連続)指値オペに応札があった場合に1となるダミーによって捉えることができる。

§342

図表A11-1:国債の銘柄別パネルデータ分析の枠組み①流動性指標(取引高、ビッド・アスク・スプレッド)金利の大幅上昇を抑制するために、特定年限の国債を固定金利で無制限に買入れる指値オペYCC変動幅上限張付きダミーYCC(長短金利操作)長期金利の操作目標を実現するための指値オペ中銀が特定銘柄を買入れると、当該銘柄の業者間取引が増加中銀が買入れると、市中流通残高が減少して、取引が減少日銀買入れ比率日銀保有比率QQE(大規模国債買入れ)スポットライト効果希少性効果②イールドカーブの歪み(銘柄別イールドカーブのスプライン補間からの乖離)QQE日銀が保有することで、市中流通残高が減少特定銘柄の市中流通残高が減少すると、当該銘柄の需給バランスが歪む日銀保有比率YCC金利の大幅上昇を抑制するために、特定年限の国債を固定金利で無制限に買入れる指値オペ長期金利の操作目標を実現するための指値オペ指値オペダミー・連続指値オペダミー(注)スポットライト効果や希少性効果については、例えばPelizzon et al.(2018)を参照。0.000.020.040.060.080.100.1213141516171819202122235年10年(出所)日本証券業協会(注)銘柄毎のイールドカーブに3次スプライン補間を行い推定されたイールドカーブと実際の銘柄別イールドカーブの乖離の標準偏差。

§343

5年は残存3.5~5.5年、10年は同7~10.5年の銘柄が対象。図表1-4-7:国債のイールドカーブの歪み年(標準偏差、%ポイント)

§344

131日本銀行金融政策の多角的レビュー補論国債の銘柄別パネルデータ分析①:取引高への影響取引高を被説明変数とした分析によると、日本銀行の国債買入れは取引高を増加させる(スポットライト効果)一方、日本銀行の国債保有比率の高まりは取引高を減少させる(希少性効果)(図表A11-2①)。また、連続指値オペは取引高を減少させる。ただし、大規模な国債買入れが長期化し、日本銀行の国債保有比率が一定の閾値(約 70%)を上回った状態では、日本銀行の国債買入れ額(フロー)の増加は取引高を減少させる方向に作用する(図表A11-2②)。この結果は、日本銀行の国債保有比率が一定の値に達すると、市場参加者の間では市場流動性の薄さが強く意識され、日本銀行のオペへの応札以外の取引動機が生じにくくなり、負のスポットライト効果が生じることを示唆している。

§345

①推計結果図表A11-2:パネルデータ分析(国債取引高への影響)日銀買入れ比率(%) 0.0114 ***日銀保有比率(%) -0.0024 ***日銀買入れ比率(%)×日銀保有比率(%) -0.0002 ***YCC変動幅上限張付きダミー -0.1978 ***新発債ダミー 0.9622 ***第1既発債ダミー 0.2576 ***チーペスト銘柄ダミー 0.0704 ***銘柄固定効果時間固定効果修正決定係数サンプルサイズ推計期間 2012年1月~2023年6月Yes0.5241,313被説明変数:取引高Yes②スポットライト効果と日銀保有比率の関係(出所)QUICK、日本相互証券(注)1. ①の***は1%有意を示す。推計の詳細は、北村ほか(2024)を参照。2. ②のシャドーは99%信頼区間を示す。-0.02-0.010.000.010.020102030405060708090100(日銀買入れ<フロー>が取引高に及ぼす影響の弾性値)日銀保有比率(%)日銀買入れ〈フロー〉が取引高を増やす(スポットライト効果)日銀買入れ〈フロー〉が取引高を減らす

§346

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 132国債の銘柄別パネルデータ分析②:ビッド・アスク・スプレッドへの影響ビッド・アスク・スプレッドを被説明変数とした分析によると、日本銀行の国債買入れはビッド・アスク・スプレッドを縮小させる(スポットライト効果)一方、日本銀行の国債保有比率の高まりはビッド・アスク・スプレッドを拡大させる傾向がある(希少性効果)(図表A11-3①)。また、ビッド・アスク・スプレッドは、日本銀行の国債保有比率が 40%程度までであれば変動が小さいものの、50%を超えると非線形的に拡大していく(図表 A11-3②)116。

§347

116 推計結果を詳しくみると、日本銀行の国債保有比率にかかる係数は負の値、その2乗項の係数は正の値となっている。図表A11-3:パネル分析(国債のビッド・アスク・スプレッドへの影響)①推計結果日銀買入れダミー -0.0337 *** -0.0291 ***日銀保有比率(%) 0.0062 *** -0.0039 **日銀保有比率(%)・2乗項 ― 0.0001 ***YCC変動幅上限張付きダミー -0.5613 *** -0.4909 ***新発債ダミー 0.0737 ** 0.0806 **第1既発債ダミー 0.01730.0286チーペスト銘柄ダミー -0.0131 -0.0189銘柄固定効果時間固定効果修正決定係数サンプルサイズ推計期間被説明変数:ビッド・アスク・スプレッド定式化(1) 定式化(2)YesYes0.0519,3502015/10月~2023/6月YesYes0.0519,350(出所)QUICK、日本相互証券(注)①の***、**はそれぞれ1%、5%有意を示す。推計の詳細は、北村ほか(2024)を参照。②日銀保有比率の影響-0.10.00.10.20.30.40.50.60.70.80102030405060708090100(日銀保有比率がビッド・アスク・スプレッドに及ぼす影響、bps)日銀保有比率(%)ビッド・アスク・スプレッドが拡大する

§348

133日本銀行金融政策の多角的レビュー補論国債の銘柄別パネルデータ分析③:イールドカーブの歪みへの影響イールドカーブの歪みを被説明変数とした分析によると、日本銀行の国債保有比率の一部銘柄での上昇や連続指値オペは、イールドカーブに低下方向の歪みを生じさせた(図表A11-4①)。また、サンプル期間をQQE導入以降、 YCC導入以降、2022年以降の3つに分けたうえで、10年新発債の各期におけるイールドカーブの歪みを要因分解した結果をみると、2022年以降の期間については、連続指値オペの実施がイールドカーブの歪みに大きく作用していた(図表 A11-4②)。

§349

②変動要因分解(10年新発債)-0.06-0.05-0.04-0.03-0.02-0.010.000.010.02QQE導入~ YCC導入~ 2022年~日銀保有比率連続指値オペダミー指値オペダミーSLF実施ダミー新発債ダミー固定効果+残差イールドカーブの歪み(%ポイント)(出所)QUICK、日本証券業協会(注)①の***、*はそれぞれ1%、10%有意を示す。推計の詳細は、北村ほか(2024)を参照。図表A11-4:パネル分析(イールドカーブの歪みへの影響)①推計結果日銀保有比率(%) -0.0002 ***連続指値オペダミー -0.0033 ***指値オペダミー 0.0001SLF実施ダミー -0.0425新発債ダミー 0.0009第1既発債ダミー 0.0018 *チーペスト銘柄ダミー -0.0170 ***銘柄固定効果時間固定効果修正決定係数サンプルサイズ推計期間 2008年1月~2023年6月被説明変数:イールドカーブの歪みYesYes0.0250,254

§350

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 134(社債市場の機能度への影響)大規模な金融緩和が社債市場の機能度に及ぼした影響をみるために、わが国の社債発行市場と流通市場の双方について、取引価格・取引量・取引環境に関する様々な指標を集め、それらを集計することにより包括的な合成指数(「社債市場機能度指数」)を作成した(図表A11-5)117。また、「発行市場指数」および「流通市場指数」を、それぞれの市場に関係する指標から作成した。債券市場サーベイによる国債市場の機能度判断DIと社債市場機能度指数の相関係数を計算すると、全体として正の相関がみられており、とくに流通市場指数との相関が高い(図表 A11-6)。流通市場指数は、2016年のマイナス金利導入時や2020年に新型コロナウイルス感染症が拡大した際に、大きめに低下していたことが確認できる(前掲図表 A11-5)。また、社債市場機能度指数を被説明変数として、国債市場の機能度や日本銀行の社債等買入れ額を含む、様々な指標で回帰分析を行った。分析結果によると、わが国の国債市場の機能度を示す指標(「日本金利ボラティリティ」、「日本国債利回り曲線の歪み」、「スワップ-国債金利スプレッド」)が悪化(上昇)すると、社債市場にも影響が及び、その機能度が低下する傾向がみられた(図表A11-7)。

§351

さらに、日本銀行による社債買入れの影響をみると、社債買入れ(フロー)は、流通市場指数を有意に上昇(改善)させる。他方、社債買入れによる保有額増加(ストック)は、発行市場指数を有意に上昇(改善)させる一方、流通市場指数を有意に低下(悪化)させる。この結果は、日本銀行の社債等の買入れが、発行市場には企業の資金

§352

117 分析方法・結果の詳細は、落・長田( 2024)を参照。-80-60-40-200-3-2-101215161718192021222324社債市場機能度指数(左目盛)発行市場指数(左目盛)流通市場指数(左目盛)長期国債市場の機能度判断DI(右目盛)図表A11-5:社債市場機能度指数(「高い」-「低い」、%pt)機能度高(出所)キャピタル・アイ、アイ・エヌ情報センター、QUICK、Bloomberg、各社決算情報、証券保管振替機構、日本証券業協会、日本銀行(注)各指数の詳細は、落・長田(2024)を参照。年(出所)キャピタル・アイ、アイ・エヌ情報センター、QUICK、Bloomberg、各社決算情報、証券保管振替機構、日本証券業協会、日本銀行(注)***は1%有意、**は5%有意を示す。詳細は、落・長田(2024)を参照。図表A11-6:国債市場の機能度判断DIと社債市場機能度指数の相関社債市場機能度指数 0.39 **発行市場指数 0.20発行スプレッド 0.48 ***発行額 -0.14発行年限 0.00流通市場指数 0.45 ***流通スプレッド 0.56 ***取引額 0.08金利目線のばらつき 0.22相関係数

§353

135日本銀行金融政策の多角的レビュー補論調達環境改善を受けた発行活発化などの好影響をもたらす一方で、流通市場にはそうした影響が及びにくいことを示唆している。【多角的レビューシリーズの刊行物】落香織・長田充弘(2024)、「社債市場の機能度指標」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-5北村冨行・竹村啓太・福間則貴・前橋昂平・松田尚樹・渡辺康太(2024)、「量的・質的金融緩和やイールドカーブ・コントロールが国債市場の機能度に及ぼした影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-12

§354

②社債市場機能度指数の決定要因被説明変数:(1) (2) (3)-0.09* -0.11** -0.11**(0.05) (0.05) (0.05)-0.32*** -0.32*** -0.32***(0.04) (0.04) (0.04)-0.07* -0.08** -0.06(0.04) (0.04) (0.04)-0.34*** -0.33*** -0.30***(0.05) (0.05) (0.06)-0.04 -0.05 -0.08(0.04) (0.04) (0.05)-0.01 -0.02(0.01) (0.02)0.31(0.31)修正決定係数 0.6180.6180.618サンプル・サイズ 192192192社債等買入れ額(ストック)社債等買入れ額(フロー)社債市場機能度指数日本金利ボラティリティ日本国債利回り曲線の歪みスワップ-国債金利スプレッド米国金利ボラティリティ米国社債市場機能度指数-2-1010810121416182022社債等買入れ額米国社債市場機能度指数米国金利ボラティリティスワップ-国債金利スプレッド日本国債利回り曲線の歪み日本金利ボラティリティ指数の実績値図表A11-7:社債市場機能度指数の変動要因年①社債市場機能度指数の推移被説明変数:発行市場指数流通市場指数-0.08 -0.12*(0.07) (0.06)-0.37*** -0.27***(0.06) (0.05)-0.09 -0.04(0.06) (0.05)-0.32*** -0.28***(0.08) (0.07)0.06 -0.21***(0.07) (0.06)0.04* -0.07***(0.02) (0.02)0.060.62*(0.44) (0.37)修正決定係数 0.4330.567サンプル・サイズ 192192社債等買入れ額(ストック)社債等買入れ額(フロー)日本金利ボラティリティ日本国債利回り曲線の歪みスワップ-国債金利スプレッド米国金利ボラティリティ米国社債市場機能度指数(出所)キャピタル・アイ、アイ・エヌ情報センター、QUICK、Bloomberg、各社決算情報、証券保管振替機構、日本証券業協会、FRB NY、LSEG、ICE DataIndices、日本銀行、落・長田(2024)(注)1. ①は②の(3)式を用いた要因分解結果。

§355

2. ②、③の***は1%、**は5%、*は10%で有意であることを、()内は標準誤差を示す。推計期間は、2008年1月から2023年12月。3. 詳細は落・長田(2024)を参照。③発行・流通市場指数の決定要因

§356

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 136補論 12:大規模な金融緩和下における短期金融市場の動向と機能度日本銀行は、各種の非伝統的な金融政策を実施するなか、過去 25年間の大半の期間で、所要準備額を大きく上回る潤沢な資金を供給してきた。この期間は、超過準備への付利の状況に応じて、①量的緩和期(2001~2006年)、②補完当座預金制度導入からマイナス金利政策導入までの期間(2008~2016年)、③マイナス金利政策期(2016~2024年)の3局面に大別できる(図表A12-1)。以下では、こうした超過準備下での短期金融市場における取引動向等を振り返ることで、非伝統的な金融政策が短期金融市場に与えた影響を評価する。

§357

0100200300400500600700800010203040506070809101112131415161718192021222324(兆円)所要準備額超過準備額準備預金制度非対象先(含非補完当預先)量的緩和マイナス金利第1局面超過準備:0.0%コールレート0.1%前後補完当座預金制度の導入コロナオペ開始利下げ・包括的金融緩和量的・質的金融緩和(マイナス金利付き)・長短金利操作付き量的・質的金融緩和イールドカーブ・コントロール(超過準備僅少)第2局面超過準備:+0.1%第3局面3層構造(政策金利残高:▲0.1%)日銀当座預金残高5兆円程度→30~35兆円程度マネタリーベース+60~70兆円/年マネタリーベース+80兆円/年年コールレート0~0.1%程度図表A12-1:日本銀行当座預金残高(出所)日本銀行

§358

137日本銀行金融政策の多角的レビュー補論(第1局面:2001~2006年の量的緩和期)2001年3月に導入された量的緩和政策下では、日本銀行の金融市場調節における操作目標が金利(無担保コールレート<オーバーナイト物>)から量(日本銀行当座預金残高)となり、日本銀行は、各種のオペレーション(以下、オペ)を通じて積極的な資金供給を行った。日本銀行の当座預金取引先の多くが所要準備を超過する当座預金残高を保有するなかで、金融機関間の資金過不足を調整するための取引ニーズは減少した(図表A12-2)。加えて、当時は、下記の第2局面以降と異なり、超過準備への付利が存在していなかったことから、これに基づく裁定目的の取引も発生しなかった。このため、一部先における資金繰りニーズやリレーション維持目的の取引を除くと、金融機関の取引インセンティブは低下した。こうしたもとで、無担保コールレートは、ほぼゼロ%に張り付いた状態となり、無担保コール市場の取引残高は大きく減少した(再掲図表 1-4-8①)。(第2局面:2008~2016年の補完当座預金制度導入からマイナス金利政策導入までの期間)2008年11月に導入された補完当座預金制度のもとでは、従前は無利息だった日本銀行当座預金のうち、所要準備額を上回る超過準備に+0.1%の利息が付利されることになった。

§359

同制度のもとでは、日本銀行と当座預金取引を行い付利が受けられる先(以下、「付利先」)は、短期金融市場において、付利金利より低い金利で資金を調達し、日本銀行当座預金で資金を運用するというインセンティブが生じた(図表 A12-3)。一方、投信等の補完当座預金制度の非対象先(以下、「非付利先」)は、通常は余資の有利な運用手(リレーション目的)(取引ニーズ無し)日銀当預口座を持たない先(投信等)B銀行A銀行余資残高(+0.0%)超過準備残高(+0.0%)所要準備残高(+0.0%)所要準備残高(+0.0%)超過準備残高(+0.0%)資金繰りニーズ(証券・一部外銀等)図表A12-2:量的緩和期の取引インセンティブ図表A12-3:補完当座預金制度のもとでの取引インセンティブ余資残高(+0.0%)裁定取引後の余資残高(+0.0%)非付利先(投信等)B銀行A銀行所要準備残高(+0.0%)所要準備残高(+0.0%)超過準備残高(+0.1%)超過準備残高(+0.1%)裁定取引後の超過準備残高(+0.1%)裁定取引後の超過準備残高(+0.1%)0510152025010305070911131517192123図表1-4-8:短期金融市場の取引残高(取引残高、兆円)年①無担保コール市場(出所)日本銀行

§360

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 138段が限られ、付利金利より低い金利でも資金を放出するインセンティブが生じた。この結果、短期金融市場では、付利先と非付利先との間で一定の取引が発生することとなった。このように、第2局面では、超過準備が潤沢で資金の余剰感が強いなかにあっても、補完当座預金制度のもとで超過準備に対して付利がなされていたことで、時間の経過とともに、付利先と非付利先との間で相応の規模の取引が日常的に発生するようになり、第1局面と比べると、無担保コール市場等の機能度は改善した(前掲図表 1-4-8①)。(第3局面:2016~2024年のマイナス金利政策期)2016年1月に導入されたマイナス金利政策のもとでは、金融機関の日本銀行当座預金は、①マイナス金利政策導入前と同水準の「基礎残高」、 ②日本銀行の資金供給や基準比率の変動に伴って増減する「マクロ加算残高」(所要準備額を含む)、③当座預金残高から「基礎残高」と「マクロ加算残高」を差し引いた「政策金利残高」の3層に分けられ、基礎残高には+0.1%、マクロ加算残高にはゼロ%、政策金利残高には-0.1%の付利を行うこととされた(図表 A12-4)。3層構造のもとでは、日本銀行当座預金の付利先には、短期金融市場で取引を行う前の時点における日本銀行当座預金残高の水準の違いから、裁定取引を行うインセンティブが発生した。

§361

すなわち、政策金利残高(-0.1%付利)を有する先は、同残高を圧縮すべく、政策金利(-0.1%)より高いレートで資金放出するインセンティブが生じた一方、マクロ加算残高(ゼロ%付利)の余裕枠がある先は、マイナスレートで資金調達し、日本銀行当座預金で運用するインセンティブが生じた(図表 A12-5)。図表A12-4:3層構造の概要「基礎残高」の割当て「政策金利残高」の割当て「マクロ加算残高」の割当て日本銀行が定める額基準平均残高等×「基準比率」+コロナ対応オペ・貸出支援基金等の残高に応じた額+所要準備額等下記を上回る部分2015年1月~12月の平均残高(基準平均残高)-所要準備額=概ね固定値基礎残高政策金利残高当座預金残高マクロ加算残高▲0.1%0%+0.1%基礎残高(+0.1%)基礎残高(+0.1%)マクロ加算残高(+0.0%)マクロ加算残高(+0.0%)裁定取引後の政策金利残高(▲0.1%)政策金利残高(▲0.1%)マクロ加算残高の余裕枠(+0.0%)裁定取引後の余資残高(手数料▲0.1%)余資残高(手数料▲0.1%)A銀行 B銀行非付利先(投信等)図表A12-5:3層構造のもとでの取引インセンティブマイナスレートで資金調達政策金利(▲0.1%)以上のレートで資金運用金銭信託手数料(▲0.1%)以上のレートで資金運用

§362

139日本銀行金融政策の多角的レビュー補論この間、非付利先に関しても、政策金利残高を有する付利先と同様、- 0.1%以上のレートで資金運用するインセンティブが生じた。マイナス金利政策下では、信託銀行がマイナス金利負担を転嫁する形で、金銭信託に- 0.1%を手数料として課したため、投信等の非付利先にとっては、当該手数料の-0.1%が無担保コール市場における実質的な放出レートの下限として機能した。また、とくに新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペの導入以降では、いわゆる「マクロ加算2倍措置118」の影響もあって、地銀を中心に、これまで無担保コール市場で取引を行っていなかった先が新たに取引を開始するなど、市場参加者の顔ぶれが多様化し、無担保コール取引の裾野が広がった119。こうした取引ネットワークの拡大を通して、無担保コール市場の機能がしっかりと維持されたことは、円滑な市場取引を支える基盤として履歴効果を持ち、マイナス金利政策解除後の円滑なプラス金利への移行につながった。【多角的レビューシリーズの刊行物】日本銀行金融市場局(2024)、「超過準備下の短期金融市場の動向と機能度-マイナス金利政策解除後の動きも含めて-」、日本銀行調査論文

§363

118 新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペは、利用インセンティブを付加する観点から、利用額の2倍をマクロ加算残高の上限値に加算する扱いとしていた。119 この間、地銀では、「地域金融強化のための特別当座預金制度」に基づく特別付利の適用開始後、無担保コール市場で積極的に資金調達する動きがみられた。 日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 140補論 13:大規模な金融緩和と金融システム―― カウンターファクチュアル・シミュレーション ――大規模な金融緩和には、補論 10 のとおり、実質金利の押し下げや緩和的な金融環境の醸成などにより、実体経済を一定程度押し上げる効果があったと考えられる。経済活動の改善は、金融機関に対しても、貸出の増加や信用コストの減少などの面で、プラスの効果があったとみられる(図表A13-1)。他方、低金利環境の継続は、貸出利鞘の縮小や有価証券利回りの低下により、金融機関の収益を押し下げていた面もある。大規模な金融緩和が金融仲介機能に与えた影響を考えるうえでは、これら両方の側面を意識する必要がある。

§364

図表A13-1:大規模な金融緩和が金融システムに及ぼす影響大規模緩和市場金利低下・貸出金利低下(2)マイナスの影響金融機関の収益・自己資本比率は金利上昇に対して、プラス、マイナスの双方の可能性が考えられるため、貸出残高に対する影響の方向も事前には確定できない。貸出の利鞘縮小債券の利鞘縮小(1)プラスの影響金融機関の収益・自己資本比率信用リスク低下企業財務改善貸出残高増加有価証券評価損益改善資産価格上昇(地価・株価・債券)GDP上昇(出所)安部ほか(2024)

§365

141日本銀行金融政策の多角的レビュー補論以上の点を念頭に、大規模な金融緩和による金利低下が金融仲介機能に与えた影響について、マクロモデルを用いて分析を行った120。具体的には、第1に、大規模な金融緩和が導入されなかった場合の仮想的な金利パスを想定し、そのもとでの実体経済や株価等の推移を、マクロ経済モデル(Q-JEM121)を用いて推計した。第2に、Q-JEMで推計した各変数や金利の仮想パスを金融マクロ計量モデル(FMM122)の外生変数として用いて、金融機関の貸出残高や資金利益、信用コスト、自己資本比率などの変数を試算した(カウンターファクチュアル・シミュレーション)。仮想的な金利パスに基づくシミュレーション結果――反実仮想の値――と実績値の差は、大規模な金融緩和による金利低下の影響と見做すことができる。本補論では、シミュレーションの考え方と結果について説明する。(シミュレーションの前提)まず、大規模な金融緩和が導入されなかった場合の仮想的な金利パスを設定した。仮想的な金利パスは、補論8で紹介した考え方123に基づき、国債買入れのストック効果と、イールドカーブ・コントロールにおける変動幅等を設定した効果の双方を勘案のうえ、推計した。金利パスについて、仮想的なパスと実績のパスを比較すると、実績は仮想的なパスを下回っており、その傾向は長期ゾーンで顕著である(図表 A13-2)。

§366

120 分析方法・結果の詳細は、安部ほか( 2024)を参照。121 Q-JEM(Quarterly Japanese Economic Model )は、実体変数、金融変数、期待変数など、日本経済を分析するうえで重要な 200 以上の変数を持つ大規模なマクロ経済モデルであり、わが国のデータを用いて、各方程式が推計されている。詳細は、Hirakata et al. (2019)を参照。122 FMM(Financial Macro-econometric Model)は、日本銀行がわが国の金融システムの頑健性の包括的・定量的な評価をするために行っているマクロ・ストレステストに用いているモデル。詳しくは、奥田ほか(2022)を参照。123 長田・中澤(2024b)も参照。図表A13-2:国債利回りの想定(出所)財務省、安部ほか(2024)(注)シャドーはシミュレーション期間を表す。シミュレーションの詳細は、安部ほか(2024)を参照。-0.50.00.51.01.52.0101214161820221Y(実績) 1Y(反実仮想)5Y(実績) 5Y(反実仮想)10Y(実績) 10Y(反実仮想)(%)年度

§367

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 142次に、こうして推計された仮想的な金利パスのもと、実質GDPや需給ギャップ、株価、名目為替レートの動きをQ-JEMで推計した。図表A13-3 は、このうち、需給ギャップの動きを示したものである。実績値は反実仮想の値を上回っており、大規模な金融緩和が、金利低下を通じて、需給ギャップを押し上げたことが確認できる。(シミュレーションの概要と結果)以上の準備のもと、大規模な金融緩和が金利低下を通じて金融仲介機能に与えた影響について、金融システムをモデルに組み込んだFMMを用いて分析した。本シミュレーションでは、上記で推計した金利、実質GDP、需給ギャップ、株価、名目為替レートの各変数を所与とし、金融機関の収益や信用コスト、自己資本比率の反実仮想の値を推計している。資金利益をみると、大規模な金融緩和による金利低下の影響が反映された実績値は、反実仮想の値を下回っている(図表 A13-4)。資金利益を構成する貸出金利益や有価証券利益をみても、同様の結果となった。貸出金利益については、金利低下に伴う景気の改善、貸出金利の低下、地価の上昇などが貸出残高を押し上げたものの、預金金利の低下余地が限られるなかで、貸出残高増加の効果が貸出利鞘縮小の影響を打ち消し切れず、全体として押し下げられた形となった。

§368

一方、信用コスト率は、借入金利の低下やそれに伴う景気の改善を背景に、企業財務が改善するもとで、実績値は反実仮想の値よりも抑制されている(図表 A13-5)。大規模な金融緩和による金利低下は、資金利益の下押し要因となったものの、信用コストの減少が、最終利益の減少による自己資本への影響を軽減する方向に働いたことが分かる。-8-6-4-202410121416182022実績反実仮想(出所)日本銀行、安部ほか(2024)(注)シャドーはシミュレーション期間を表す。シミュレーションの詳細は、安部ほか(2024)を参照。(%)年度図表A13-3:需給ギャップの想定

§369

143日本銀行金融政策の多角的レビュー補論

§370

年度図表A13-4:資金利益①国際統一基準行(出所)日本銀行、安部ほか(2024)(注)資金利益の対リスクアセット比率。シミュレーションの詳細は、安部ほか(2024)を参照。②国内基準行(銀行)1315171921有価証券要因(右目盛)貸出要因(右目盛)実績(左目盛)反実仮想(左目盛)012341315171921(%)-0.50.00.51.01.51315171921(実績-反実仮想、%pt)③国内基準行(信用金庫)年度年度年度年度図表A13-5:信用コスト率①国際統一基準行(出所)日本銀行、安部ほか(2024)(注)シミュレーションの詳細は、安部ほか(2024)を参照。

§371

②国内基準行(銀行) ③国内基準行(信用金庫)-0.2-0.10.00.10.20.30.41315171921GDP要因(右目盛)金利要因(右目盛)実績(左目盛)反実仮想(左目盛)(%)1315171921-0.2-0.10.00.10.20.30.41315171921(実績-反実仮想、%pt)年度56789101112131415シミュレーション結果有価証券評価損益の変化信用コストコア業務純益有価証券関係損益リスクアセットの変化税金等実績値上昇要因低下要因③自己資本比率1.国際統一基準行(%)(出所)日本銀行、安部ほか(2024)(注)シミュレーション終期(2022年度)における実績値とシミュレーション結果の自己資本比率の乖離要因を表示。分析の詳細は、安部ほか(2024)を参照。56789101112131415シミュレーション結果信用コストコア業務純益有価証券関係損益リスクアセットの変化税金等実績値(%)2.国内基準行(銀行)56789101112131415シミュレーション結果信用コストコア業務純益有価証券関係損益リスクアセットの変化税金等実績値3.国内基準行(信用金庫)(%)図表1-4-13:FMMを用いた政策効果の検証

§372

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 144この間、有価証券評価損益の実績値は、反実仮想の値を上回っており、大規模な金融緩和による金利低下は、債券価格や株価を押し上げ、有価証券評価損益を改善させる方向に作用したことも確認された。以上を踏まえ、規制資本ベースでみた自己資本比率のシミュレーションを行った(再掲図表 1-4-13③)。金利低下は、利鞘の縮小を通じてコア業務純益を減少させ、同比率を押し下げる方向に作用した一方、企業財務の改善に伴う信用コストの減少や、資産価格上昇による有価証券評価損益の改善は、同比率を押し上げる方向に働いており、金利低下によって自己資本が必ずしも大きく下押しされたわけではないことが示されている。また、景気の改善や貸出金利の低下は、企業部門からの資金需要を拡大させ、貸出残高の増加につながったほか、企業財務の改善は、信用リスクを抑制することで、企業と金融機関の間で円滑な貸出取引を可能とし、金融仲介機能の円滑化に寄与したと考えられる。さらに、住宅ローンについても、企業部門と同様に、景気の改善による所得環境の改善、貸出金利の低下、土地などの資産価格の上昇が、家計の借入需要増加や信用リスク抑制を通じて、貸出残高の増加につながったと考えられる。

§373

試算結果は、モデル内の関数の定式化等にも依存するため、相応の幅をもってみる必要はあるが、以上の結果を踏まえると、大規模な金融緩和による金利低下は、金融機関の利鞘を縮小させた面はあるものの、実体経済や家計・企業部門を通じた影響も勘案すれば、全体として金融仲介活動の円滑化につながった可能性が示唆される。【多角的レビューシリーズの刊行物】安部展弘・石黒雄人・小池洋亮・古仲裕貴・高野

§374

145日本銀行金融政策の多角的レビュー補論優太郎・平形尚久(2024)、「大規模金融緩和の金融システムへの影響に関する反実仮想分析」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-6長田充弘・中澤崇(2024b)、「大規模国債買入れのもとでのわが国の長期金利形成」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-7日本銀行金融機構局(2024)、「金融緩和が金融システムに及ぼした影響」、日本銀行調査論文

§375

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 146補論 14:金融緩和が経済の供給サイド(生産性等)に及ぼす影響金融緩和が経済の供給面、とくに生産性に及ぼす影響について、先行研究では見方が分かれている。金融緩和は、物的・人的資本の蓄積や研究開発投資の増加等を通じて、生産性の向上につながるとの主張がみられる一方、金融緩和によって非効率な企業が温存され、資源配分の歪みを通じて、生産性が低下するとの主張も存在する124。この点、金融政策のマクロ経済に対する長期的な影響については、理論的には様々な経路が想定され、実証的に検証されるべき問題であるとの指摘もみられている。(先行研究の整理)金融緩和が経済の長期トレンドに正の影響を与えるとする研究としては、研究開発投資の増加を通じてマクロの生産性に対して長期的な押し上げ効果を持つという主張125や、金融緩和によって収益力や成長力の高い企業が生産資源を得ることができる結果、マクロの生産性が向上するとの主張126、などが存在する。また、緩和的な金融環境のもとで、資本蓄積が進むとの主張もみられている127。

§376

このほか、金融政策との直接的な関係を示したものではないものの、需要動向が経済の長期トレンドに影響を与えるとする研究として、生産量の増加に伴う技術水準の向上や、失業減少に伴う労働者のスキル向上などが生産性の押し上げに作用するとの分析がみられている(図表A14-1)128。一方、金融緩和が負の影響を与えるとする研究

§377

124 近年のわが国の生産性動向とその変動要因については、Nakamura, Kaihatsu, and Yagi (2019)や八木・古川・中島(2022)を参照。125 Ma and Zimmermann (2023)を参照。126 Baqaee, Farhi, and Sangani (2024)を参照。127 Yellen (2016)を参照。128 技術水準に関する研究は Stadler (1990)、労働者のスキル向上に関する研究は Pissarides (1992)を参照。論点正の効果を指摘する研究負の効果を指摘する研究生産性・研究開発投資の増加・生産量の増加に伴う技術水準の向上・失業減少に伴う労働者のスキル向上・成長力の高い企業が資源を獲得・非効率な企業の温存・資源配分の歪み資本・労働・資本蓄積の促進・失業の長期化を防ぐ・資産バブルが生じるとの見方が広がると、経済成長経路が下方にシフト図表A14-1:金融緩和が経済の長期トレンドに与える影響

§378

147日本銀行金融政策の多角的レビュー補論としては、非効率な企業が温存され、資源配分の歪みを通じて、生産性を押し下げるとの分析がみられている129。また、緩和的な環境が続き、将来的に資産バブルが発生するとの見方が広がると、資本蓄積ペースの鈍化を通じて経済成長経路が下方にシフトするとの主張も存在する130。このように、金融緩和の生産性への影響について、現時点では、理論的にコンセンサスが得られていないほか、わが国を対象とした実証分析も限られている。そこで、以下では、マクロデータおよび企業レベルのミクロデータを用いて、金融緩和と生産性等との関係について、検証することを試みた。(マクロデータを用いた実証分析)マクロデータを用いた分析として、①マクロデータから金融政策ショックを識別したうえで、②その生産性等への影響を計測することを試みた。具体的には、金融政策ショックの識別の際には、分析の頑健性を確保する観点から、①潜在金利(shadow rate)と短期の符号制約を用いたアプローチ(潜在金利アプローチ)と、②金融市場の高頻度データを用いたアプローチ(高頻度アプローチ)の2つの手法を用いる(再掲図表1-4-17①)131。

§379

ここでの金融政策ショックとは、経済・物価・金融動向で説明できない金融政策の動きであり、例えば、長期にわたり低金利環境が継続した場合、マイナスのショック(金融緩和ショック)として識別されることを企図している。そのうえで、識別された金融政策ショックが、潜在GDPおよびその内訳項目(潜在資本投入量、潜在労働投入量、全要素生産性<TFP>)に与える影響について、

§380

129 Banerjee and Hofmann (2018)を参照。130 Guerron-Quintana, Hirano, and Jinnai (2023) を参照。131 分析方法・結果の詳細は、伊藤ほか( 2024)を参照。①分析の枠組み• 潜在金利を用いたアプローチと高頻度データを用いたアプローチの2つの手法によって、わが国の金融政策ショックを識別。• 識別された金融政策ショックが、潜在GDP、潜在労働投入量、潜在資本投入量、全要素生産性(TFP)に与える影響について、ローカル・プロジェクションの手法を用いて推計。

§381

図表1-4-17:金融政策ショックの影響-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ1.潜在GDP(%)3.潜在資本投入量 4.全要素生産性四半期-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ(%)四半期-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ2.潜在労働投入量(%)四半期-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.81.0081624潜在金利アプローチ高頻度アプローチ(%)四半期(出所)経済産業省、総務省、内閣府、日本銀行、Bloomberg、Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、QUICK(注)1標準偏差の金融緩和ショックに対する累積応答。ショック前の水準からの乖離率。シャドーと点線は90%信頼区間を示す。②推計結果

§382

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 148ローカル・プロジェクションの手法を用いて計測した。同手法に基づき計測したインパルス応答を用いて、金融政策の中長期的な影響をみると、いずれのアプローチでも、金融緩和ショックは、潜在資本投入量を有意に押し上げることが確認された(再掲図表 1-4-17②)。一方、潜在労働投入量については、高頻度アプローチでは押し上げ効果が確認されたものの、潜在金利アプローチでは、――短期的かつ一時的な押し上げ効果は観察されたが――中長期的にみて統計的に有意な影響は確認されなかった。TFPについては、高頻度アプローチでは中長期的にみて統計的に有意な影響は観察されなかったが、潜在金利アプローチでは押し下げ効果がみられた。これらを総合した潜在GDP全体への影響についても、同様にモデルによって統計的な有意性の評価は分かれ、わずかにプラス方向に作用した可能性を示唆するにとどまった。さらに、別の分析として、金融政策の影響を直接的に識別するものではないが、この間における、業種間の労働移動を通じたマクロの労働生産性の変動要因について確認する。

§383

具体的には、業種別の労働生産性を算出したうえで、マクロの労働生産性を、「内部効果(各業種の生産性変化がマクロの生産性変化に与える影響)」と「再配分効果(各業種における就業者数のシェア変化がマクロの生産性変化に与える影響)」に分解することを試みた132。再配分効果は、成長産業への労働者の移動が生じていればプラスの寄与となる。分析結果をみると、わが国の労働生産性上昇率は、ほとんどが各業種の内部効果で説明されることがわかる(図表 A14-2)。再配分効果については、①2000年代前半などの期間において、相対

§384

132 分析方法・結果の詳細は、福永ほか( 2024)を参照。-2-101234868992959801040710131619再配分効果内部効果:非製造業内部効果:製造業一人当たり労働生産性(前年比、%)年度図表A14-2:労働生産性の変動要因(出所)内閣府、経済産業研究所、財務省、福永ほか(2024)(注)推計の詳細は、福永ほか(2024)を参照。後方7年移動平均。リーマン・ショックのかかる2008年度、コロナ禍のかかる2020年度は除く。

§385

149日本銀行金融政策の多角的レビュー補論的に生産性上昇率の低い非製造業の就業者シェアが高まったこともあって、マクロの生産性上昇率を抑制する方向に作用していたが、そもそも、その下押し寄与は限られていたこと、②その後、大規模な金融緩和が実施された時期において、こうした下押し寄与はみられていないこと、が指摘できる。(企業レベルのミクロデータを用いた実証分析)続いて、個別企業レベルのミクロデータを用いて、金融緩和に伴う低金利環境が実体経済に与えた影響について検証した133。まず、先行研究の手法を用いて、「業績が悪くて回復の見込みがないにもかかわらず、銀行等の支援で存続している」と区分される企業を抽出する(図表 A14-3①)134。大企業について、こうした企業が全企業に占める割合は、1990年代前半に上昇したあと、2000年代半ばにかけて低下し、足もとにかけて低水準で推移している(図表A14-3②)。中小企業については、データの制約上、時系列がやや短くなるものの、近年、こうした企業の割合は低位で推移している(図表 A14-3③)。このように、近年の大規模な金融緩和のもとでも、先行研究で指摘されるところの銀行等の資金支援で延命されている可能性がある企業が増えているわけではないといえる。他方で、大企業について、過去 25年間で企業間の生産性のばらつきが拡大している(再掲図表1-4-19①)。

§386

このことは、一部の企業がグローバ

§387

133 分析方法・結果の詳細は、眞壁・八木(2024)を参照。134 眞壁・八木(2024)では、「業績が悪くて回復の見込みがないにもかかわらず、銀行等の支援で存続している」企業を抽出する方法として、山田ほか(2022 )やAlbuquerque and Iyer (2023)、Banerjee and Hofmann(2018)を参照している。

§388

図表A14-3:「業績が悪くて回復の見込みがないにもかかわらず、銀行等の支援で存続している」企業山田ほか(2022)Banerjeeand Hofmann(2018)Albuquerqueand Iyer(2023)下記3要件を3年連続で満たす先下記2要件を3年連続で満たす先下記2要件を2年連続で満たす先支払金利<貸出平均金利(ストックベース)もしくは今期の借入金>前期の借入金ICR<1かつレバレッジ比率>業界中央値成長性企業年齢10年以上企業年齢10年以上増収率<0先行研究抽出基準金利 ―― ――支払能力・経営体力ICR<1 ICR<1(出所)各種先行研究①抽出方法05101520253090950005101520山田ほか(2022)の手法Banerjee and Hofmann (2018)の手法Albuquerque and Iyer (2023)の手法(全企業に占める割合、%)年度②抽出結果:大企業051015202530050709111315171921山田ほか(2022)の手法Banerjee and Hofmann (2018)の手法Albuquerque and Iyer (2023)の手法(全企業に占める割合、%)年度③抽出結果:中小企業(出所)日本銀行、日本政策投資銀行「企業財務データバンク」、CRD協会(注)詳細は、眞壁・八木(2024)を参照。

§389

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 150ル需要を取り込むことなどで、成長力を高めている証左であると考えられる。こうした一部の企業は、外部環境の変化に応じて、M&A等も活用しつつ、注力する分野を見直すなど企業内での新陳代謝を進め、生産性を高めているとみられる。一方で、データからは、生産性が低い状況が続く企業が相応に存在していることも示唆される。中小企業についても、企業間の生産性に相応のばらつきが確認される(再掲図表 1-4-19②)。上記のように生産性の低い企業が存続している点について、その背景を特定することは難しい。企業の財務データを用いて分析すると、1990年代後半以降、低金利環境が継続してきたもとで、生産性の低い状況が続く企業が増えた可能性は示唆されるが、その影響度合いは必ずしも大きくない。また、1990年代後半以降のわが国経済をみると、低金利環境が継続するとともに、企業を支援するための各種の政策が導入されてきた。この点、先行研究では、こうした支援策が生産性の低い企業の発生や継続につながったとの指摘 135もみられているが、各種政策支援と低金利政策は同時期に実施されているため、両者の効果を識別することは容易ではない。

§390

以上を整理すると、少なくとも現時点で利用可能なデータを用いたマクロ・ミクロ実証分析からは、大規模な金融緩和が経済の供給面に及ぼした影響について、プラス・マイナス両面で、明確な結論を得られなかったといえる。上記のとおり、先行研究でも様々な見方が存在しており、理論・実証の両面で研究や議論の蓄積が望まれる。

§391

135 例えば、Morikawa (2021)を参照。このほか、アトキンソン(2020)は、わが国の中小企業は政策面で優遇されており、成長せずに中小企業の状態を維持するインセンティブが存在している可能性を指摘している。0.00.10.20.3-50510151990年代2000年代2010年代(カーネル密度)労働生産性(千円/マンアワー)①大企業図表1-4-19:個別企業の生産性分布0.00.10.20.3-50510152000年代2010年代(カーネル密度)労働生産性(千円/マンアワー)②中小企業(出所)内閣府、日本政策投資銀行「企業財務データバンク」、CRD協会(注)詳細は、眞壁・八木(2024)を参照。 151日本銀行金融政策の多角的レビュー補論【多角的レビューシリーズの刊行物】伊藤雄一郎・中野将吾・幅俊介・山中貴大(2024)、「金融政策の中長期的な影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-21福永一郎・法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・土田悟司(2024)、「わが国の潜在成長率と物価・賃金の関係を巡る論点」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-17眞壁祥史・八木智之(2024)、「低金利環境と企業の利払い負担・生産性の関係」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-15

§392

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 152補論 15:緩やかな物価上昇の経済的意味(家計・企業の「賃金・物価がともに上がりにくい状況」に対する見方)日本銀行では、家計・企業が賃金・物価上昇に対してどのように受け止めているかを理解する観点から、 ①家計に対しては、「生活意識に関するアンケート調査」、②企業に対しては、幅広い業種・規模の国内の非金融法人企業(約2,500 社)を対象とした大規模なアンケート調査(「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」)を行った。調査結果をみると、家計では、物価上昇について、それだけを捉えれば「困ったことだ」との答えが大半を占めている(再掲図表 2-2-2)。もっとも、「物価と収入がともに緩やかに上昇する状態」は、「物価と収入がともにほとんど変動しない状態」よりも好ましいとの回答が多い(再掲図表 2-2-3)。また、企業においても、「物価と賃金がともに緩やかに上昇する状態」の方が、事業活動上好ましいとの声が多く聞かれた。

§393

01020304050607080物価と収入がともに緩やかに上昇する状態どちらの状態でも変わらない物価と収入がともにほとんど変動しない状態わからない図表2-2-3:好ましい物価と賃金・収入の状態(回答比率、%)①家計(生活意識に関するアンケート)0102030405060708090100070911131517192123物価上昇について、「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した家計の割合(%)年図表2-2-2:家計の物価上昇に対する見方(出所)日本銀行(注)「生活意識に関するアンケート調査」を参照。01020304050607080物価と賃金がともに緩やかに上昇する状態物価と賃金がともにほとんど変動しない状態どちらの状態でも変わらないわからない②企業(大規模企業アンケート)(回答比率、%)(出所)日本銀行(注)①は「生活意識に関するアンケート調査」(2024/9月調査)を、②は「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を参照。

§394

153日本銀行金融政策の多角的レビュー補論企業に対して、物価と賃金の緩やかな上昇が好ましいと考える理由を問うと、「賃金の増加は家計の消費にプラスだから」といった理由や、「価格転嫁が容易になるから」といった理由がとくに多く選択されている(図表A15-1)。このほか、「価格や賃金を調整しやすいから」、「コストカットが不要になるため前向きな投資などを行いやすいから」、――とくに製造業では――「為替が安定するから」といった理由も比較的多くの企業に選択されている。以上のような家計や企業の考え方は、賃金・物価が緩やかに上昇する環境が実現すれば、長い目でみた経済主体の行動にも影響を及ぼしうる――前向きな投資の増加などにより、プラスの影響も及ぼしうる――可能性を示唆している。

§395

(出所)日本銀行(注)「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」を参照。図表2-2-3②で「物価と賃金がともに緩やかに上昇する状態」と回答した企業に占める比率。当てはまるもの全て選択可。020406080100価格転嫁が容易になり収益を確保しやすいと思うから販売価格や賃金を調整しやすいから値上げを抑制するためのコストカットが不要になり、前向きな設備投資や賃上げを行えるようになるから賃金が増えると家計のマインドや消費にプラスだと思うから既存の債務の返済負担が軽くなるから景気悪化の際に金利が低下する余地ができるから海外の物価との乖離が小さくなり、為替が安定するからその他製造業/大・中堅企業製造業/中小・零細企業非製造業/大・中堅企業非製造業/中小・零細企業図表A15-1:物価と賃金が緩やかに上昇する状態が好ましいと考える理由(企業アンケート)(%)

§396

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 154(最適な物価上昇に関する学術的な整理)こうした家計・企業の声にみられるような、物価変動が社会厚生に及ぼす影響は、マクロ経済学の重要な論点の一つであり、様々な視点から評価されてきた。望ましい物価上昇率を巡っては、1990年代までは、貨幣保有の機会費用を前提に、インフレのコストを主張する研究が多くみられた(図表 A15-2)136。2000年頃からは、価格硬直性を前提に、価格は変動しないことが望ましいとの見方が中心となった。その後、グローバル金融危機を経て主要国が低インフレを経験すると、ゼロ金利制約や賃金硬直性による弊害など、デフレ・低インフレに伴うコストが盛んに論じられるようになった。これらの経緯を経て、「最適な物価上昇率」については様々な分析が行われてきたが、その結果はばらつきが大きく、学術的なコンセンサスは得られていない。そのうえで、望ましい物価上昇率を巡る学術的研究において重要な役割を果たしている、価格硬直性、名目賃金の硬直性、ゼロ金利制約といった論点については、近年、以下のような点が指摘されている。

§397

第1に、価格硬直性――財やサービスの価格が需給バランスによって直ちに調整されにくい性質――に関する従来の議論では、一般物価の上昇に伴って企業の生産コストが上昇すると、価格硬直性により一部企業が価格転嫁を行えないため、企業間の相対価格に歪みが生じ、相対需要の歪みを通じて、社会全体でみた生産効率が低下するとされている。こうした観点からは、物価変動を最小化させるゼロインフレが、価格のシグナリング機能を通じて効率的な資源配分を実現すると考えられている。

§398

136 詳細は、杉岡ほか(2024)を参照。貨幣保有の機会費用(Friedman, 1969)・名目金利がプラスであれば、貨幣保有に伴う機会費用が発生する。税制の非中立性(Feldstein, 1999)・名目ベースの課税により、実績ベースの実効税率に歪みが生じる。メニューコスト(Levy et al., 1997)・価格改定時に発生する資源投入により、厚生損失が発生する。価格硬直性(King and Wolman, 1999)・価格に硬直性があるもと、一般物価が変動すると、相対価格に歪みが生じ、経済活動の効率性が低下する。貨幣錯覚(Fisher, 1928)・名目値の変動が経済主体の判断ミスを誘発。名目賃金の下方硬直性(Kim and Ruge-Murcia, 2009)・実質賃金が低下余地を失い、景気後退局面で労働需要が減少する。ゼロ金利制約(Coibion, Gorodnichenko, and Wieland, 2012)・ゼロ金利制約に直面すると、金融政策の対応余地が縮小し、経済安定に負の影響。トービン効果(Tobin, 1965)・貨幣価値が増加することで、実物資産への投資が停滞する。負債デフレ論(Fisher, 1933)・予期せぬ実質負債残高の増加が、債務者の消費低迷を通じ、需要減少を引き起こす。

§399

図表A15-2:最適な物価上昇に関する先行研究(注)先行研究の詳細は、杉岡ほか (2024)を参照。③デフレ・低インフレのコスト②物価変動のコスト①インフレのコスト

§400

155日本銀行金融政策の多角的レビュー補論一方で、わが国のように一般物価上昇率が長い間ゼロ%近傍にとどまると、人々は、物価は上がらないものだという予想を形成し、値上げに対して敏感に反応するようになり、そうしたもとで、企業は価格据え置き慣行を強め、費用のかかる商品開発を抑制するようになるため、社会全体のコストになるという主張もみられている137。さらに、近年の研究では、価格硬直性があるなかでも、製品や企業の異質性を考慮すると、物価の緩やかな上昇が、社会厚生上望ましい可能性が指摘されている138。第2に、名目賃金の硬直性を巡る議論では、従来から、不況期等に名目賃金を下げられない傾向を表す「名目賃金の下方硬直性」が指摘されている。そのうえで、名目賃金の調整が制約されているもとでは、正の物価上昇率によって実質賃金の調整余地を残すことが、社会厚生の改善に寄与しうると示唆されている139。また、近年、名目賃金の下方硬直性により、不況期等において賃金が高止まりするとの懸念から、上方にも硬直性が生じ、名目賃金が動かなくなる傾向も指摘されている140。こうした傾向は、名目賃金の下方硬直性に直面しやすいデフレ・低インフレ下において強まると考えられる。実際、わが国の名目賃金上昇率の分布をみると、物価上昇率が低迷した 2000年代以降、名目賃金上昇率がゼロ%近傍に集中している(図表A15-3)141。

§401

賃金が硬直的な場合には、労働者・企業ごとの生産性に応じた賃金設定が困難となる可能性がある。近

§402

137 渡辺(2022)や渡辺(2024)を参照。138 Adam and Weber (2019, 2023)や猪熊・片桐・須藤(2024)を参照。139 Tobin (1972)を参照。140 Daly and Hobijn (2014)、玄田 (2017)、平田・丸山・嶺山 (2020) 等を参照。141 詳細は、Date et al. (2024)を参照。05101520-10 -5051015201990年2000年2019年2021年(出所)厚生労働省、総務省、Date et al.(2024)(注)Date et al.(2024)による集計。フルタイム労働者の所定内給与。図表A15-3:名目賃金上昇率の分布(労働者数構成比、%)(賃金上昇率、%)~~

§403

日本銀行金融政策の多角的レビュー補論 156年の議論では、賃金上昇率について、物価上昇率の上昇とともに労働者間・企業間でばらつきが生じれば、労働者のスキル向上や前向きな労働移動を促進する可能性が指摘されている 142。加えて、正の物価上昇率を実現することは、賃金・価格のシグナリング機能を高めるほか、資源配分の効率化にもつながる可能性がある、との指摘もみられている。第3に、ゼロ金利制約を巡る議論である。ゼロ金利制約のもとで持続的な物価下落が発生すると、実質金利の上昇により消費や投資が停滞するおそれがある。こうした可能性を低減する観点から、正の物価上昇率を維持することが望ましいとの見方がある。各国中央銀行が実施してきた非伝統的金融政策には一定の有効性があると考えられるものの、その効果は不確実であり、副作用も生じうることから、ゼロ金利制約に起因する厚生損失は引き続き政策運営上の重要な論点であると考えられる。このように、近年の研究では、正の物価上昇率を実現することが、賃金・価格のシグナリング機能を高め、資源配分の効率化にもつながる可能性があるとの指摘がみられている。また、非伝統的な金融政策の有効性を踏まえたもとでも、ゼロ金利制約は、重要な論点であり続けるとの指摘もみられている。ただし、これらの研究は発展段階であり、学界におけるコンセンサスはなお得られていない。

§404

物価変動が社会厚生にもたらす影響には、多岐にわたる論点が存在しており、今後も理解を深め、多面的に評価していくことが不可欠である。【多角的レビューシリーズの刊行物】猪熊宏士・片桐満・須藤直(2024)、「イノベーションの選択と製品サイクルが最適トレンドインフ

§405

142 例えば、渡辺 (2023)や伊藤 (2024)を参照。 157日本銀行金融政策の多角的レビュー補論レ率に与える含意」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-21杉岡優・伊藤雄一郎・開発壮平・高富康介(2024)、「物価変動のコスト・ベネフィットを巡る議論の潮流」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-4 日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 158有識者講評143 コロンビア大学伊藤隆敏教授........................ 159中央大学塩路悦朗教授................................ 163慶應義塾大学鶴光太郎教授........................... 166東京大学福田慎一教授................................ 169東京大学星岳雄教授................................... 172立正大学村田啓子教授................................ 174東京大学吉川洋名誉教授.............................. 177東京大学渡辺努教授................................... 181 143 五十音順。

§406

159日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評コロンビア大学伊藤隆敏教授このような 25年間の金融政策、金融システム安定化政策についての総合的(comprehensive)な検討(レヴュー)が行われたことは、学問的にも、政策的にも、大変に意義深いものである。このレヴューはI. 1990年以降の成長、雇用、賃金などを含む、実体経済でなにが起きたのか、II. 1998年以降の金融政策、III. 将来についての含意、の3 つのパートからなっているが、字数の関係もあり、II. に焦点をあてて、講評したい。全体を通じての感想は、金融政策が経済やインフレ率にどのように影響を与えたかについては良く分析されている。結果もこれまでの研究の蓄積に沿うものが多く、金融政策効果や伝達経路についての実証分析としては優れている。ただし、その時々の金融政策決定が、正しかったか、間違っていたか、という問題提起や政策分析は避けられている。これは組織内でのレヴューとしてはいたしかたないものかもしれない。もうひとつ、国際比較の観点があまりないことだ。レヴューで検討の対象となった事象のなかには、日本独特のものと、国際的に共通なもの、日本で先行して起きた(行った)ものと、外国で先行して起きた(行った)ものが混在しているが、この区別と、外国(中央銀行、金融政策)と日本の相違についての言及、検討は少なかった。

§407

「II. 1998年以降の金融政策」のセクションは、多くの補完的な研究成果にも言及しつつ、総合的な検討となっている。レヴューの主な結論は次の通り。第一に、1999~2012年までの金融政策についてみると、ゼロ金利政策(ZIRP、1999~2000年)、量的緩和政策(QE、2001~2006年)、フォワードガイダンス(時間軸効果)が実施されたが、実質金利は大きく低下せず、十分に経済・物価を刺激することはできなかった。第二に、2013年以降の金融政策についてみると、2013年1月に 2%物価安定目標を採用、4月に量的・質的金融緩和(QQE)を採用したほか、2014年10月に QQE を拡大した。さらに、2016年1月にマイナス金利政策(NIRP)、9月にイールドカーブ・コントロール(YCC)が導入された。想定された伝達経路は、①期待への働きかけを通じた期待インフレ率の 2%への引き上げ、②QQE による名目金利の押し下げだが、①は起きなかった。②は NIRP、YCC を通じて起こすことができた。第三に、QQE の市場機能、金融仲介機能、成長力への影響を検討した結果、①QQE の長期化で、国債市場の機能度が低下、②QQE は金融仲介機能を阻害せず、③供給サイドへの影響は、資本蓄積を推進するとともに、失業回避で人的資本の蓄積を進めた一方、資源配分をゆがめて生産性等を押し下げた。

§408

これに対して、つぎのような感想をもった。1999年以降の金融政策は次の 4 つの時期に分けて検討することができる(Ito and Hoshi (2020)参照)。第一の時期は、1999~2008年である。この時期の ZIRP、QE が、なぜ効果を持たなかったのかの分析がもう少し欲しかった。分析のためには、次のような仮説が考えられる。仮説(A)ZIRP、期近債の購入を中心とするQE、およびフォワードガイダンスではそもそも景気刺激の手段として十分ではなかった。仮説(B)それぞれ効果を持っていたのだが、ZIRP の終了、QE の終了が早すぎた。仮説(B1)早すぎた理由は、当時の日本銀行が物価の安定とは 0%インフレ率(あるいはその近傍)だと考えていたから。仮説(B2)そもそも日本銀行が、これらの手段の効果に懐疑的でコミュニケーションに失敗したから。仮説(B3)正のインフレ率は目指していたが、景気・インフレ率の見通しが楽観的すぎたため、解除の判断を

§409

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 160誤ったから。仮説(C)2006年の QE 終了は早すぎたとは言えない。QE 終了後も、成長は続き、インフレ率は正の値を維持して、2008年の世界金融危機直前には、完全雇用に近付いていた。世界金融危機さえなければ、日本経済はデフレを脱却して、成長軌道に乗っていただろう。このような仮説検証というスタイルはとられていない。第二の時期は、2008年の世界金融危機から 2012年までで、円高が進行、経済停滞、デフレも悪化した。これを引き起こしたのは、欧米が大規模なQE に踏み出す中、日本銀行のQE は極めて小規模だったため、というのが通説である。自然利子率低下のいくつかの理由(P14、および補論2)は、いずれももっともらしいが、1990年以降の国債金利の低下は先進国共通の現象。日本だけではない理由も重要ではないか。長期的には実質利子率は資本の限界生産性であると考えると、資本効率がこの時期低下を続けた理由はなにか。とくに ICT、DX や AI など生産性を高める技術進歩が起きていた時期であるにもかかわらず。ICT、DX や AI のとりこみに失敗したのは日本だけなのか。

§410

また、少子高齢化の自然利子率への影響(図 1-1-9、図 A2-4)は非常に興味深いが、これは日本には当てはまるが、それ以外の国では少子高齢化が起きていないので、グローバルな低下の理由にはならない。−2%は、かなり大きいという印象。デフレの背景として、「賃金・物価が上がりにくい慣行」があったとして、さまざまな角度からの検討が行われている。ここが一番説得力のある説明。日本がほかの先進国とは違う、ということも説明できる。多くの図表のいずれも重要で興味深い。補論4、補論5、も説得力を補強している。第三の時期は、2013年から 2015年にかけての、QQE 採用後の 3年間である。2013年1月、2%のインフレ目標政策の採用、4月に QQE を開始、2014年10月には QQE を拡大した。これらの政策については、経済を刺激、インフレ率を上昇させた、というのが通説で、ほとんど異論は聞かれない。本レヴューでもこの時期の金融政策については、肯定的な評価を与えている。ただし、QQE から経済刺激にいたる伝達経路については諸説ある。レヴューでは、想定された伝達経路である、期待への働きかけを通じた期待インフレ率の 2%への引き上げ、は起きなかったとしている。しかし、細かく見ていくと、予想インフレ率は 2013年から 2014年にかけて上昇したものの、2015年にかけて下落したとある。

§411

「その後、原油価格下落等を受けて低下」(P40)と説明しているが、経済学者のなかには、2014年の消費税引き上げと消費の停滞を挙げる人もいる。QQE 導入時の 2年で 2%達成は、いいところまで行ったのに、消費税増税で、チャンスを逃した、という説だ。「学界でも、名目短期金利が実効下限制約に抵触するもとで、どの程度、金融緩和が期待に働きかけうるか、見方は分かれている」(P40、補論7)とあるが、2013~2014年にかけて、期待インフレが上がりかけていた、ことをどう評価するか、分析が望まれる。期待以外の経路(円安、株高からの投資、消費増)が大きかった。大規模な金融緩和は、主としてストック効果を通じて名目金利を押し下げた。国債買い入れによる長期金利の押し下げ効果があり、概ねマイナス 1%ポイント程度としている。2016年1月に導入されたマイナス金利政策は、短期金利のみならず長期金利も大きく押し下げた、としている。後者については、もう少し分析が必要ではないか。長期金利の大幅下落は、インフレ期待への働きかけがまったく機能していなかったことの証左ではないか。大型マクロ経済モデル Q-JEM モデルによる分析では、QQE を導入しなかった場合に比べて「実質GDP

§412

161日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評の水準に対する政策効果は、+1.3~+1.8%、消費者物価指数の前年比に対しては、+0.5~+0.7%ポイントとの結果が得られた」。また、大規模時系列モデル(FAVAR)による分析では、潜在金利の低下は、消費者物価指数の前年比を+0.6~+1.1%ポイント程度押し上げていた。これらの結果は、定量的な分析としてもっともらしいように思われる。QQE の市場機能、金融仲介機能、成長力への影響について。QQE 拡大が継続したために、政府の財政赤字抑制のタガがはずれた(モラルハザード)という批判もある。私は、モラルハザード論は当たらないと思う。2013年1月のインフレ目標の「合意」のなかで、政府は財政規律を守ることを約束している、と指摘することもできる。そこで、日本銀行はインフレ目標、政府は財政健全化という政策割り当てができている。市場機能度は、流動性指標(取引高、ビッド・アスク・スプレッド)と相対価格指標(イールドカーブの歪み指標)の観点から捉え、大規模な金融緩和の影響について確認した、とある。①買入フローは取引高を増加させる。日本銀行の保有比率の上昇は取引高を減少させる。②買入フローは、ビッド・アスク・スプレッドを縮小させる。日本銀行の保有比率の上昇はビッド・アスク・スプレッドを非連続的に拡大させる。

§413

③一部銘柄の保有比率の上昇や連続指値オペの実施はイールドカーブに歪みを生じさせる。これらの結論はもっともらしいが、機能度の低下が、どれほどの非効率、資本市場、国債運用業への悪影響を引き起こしていたのかがわからない。中央銀行の B/S は、非伝統的金融政策開始前の水準までは減少しない(すべきではない)という意見もある。つまり超過準備に付利をして B/S を膨らませておくことの意味は、Financial Stability のためか?B/S が、平常時でも一つの追加的政策手段になるのではないか、という意見もある。第四の時期は、2016年以降現在に至る時期。2016年は、1月に NIRP、9月に YCC が導入された。しかし、これ以降の金融政策については、大きな批判がある。第一は、NIRP 導入でイールドカーブが過度にフラット化して、国債を保有する金融機関の収益を圧迫した(金融システム不安定化)という批判である。YCC は、イールドカーブを低位に、しかし正のスロープを持たせるような政策であったといえる。レヴューでは、名目金利の押し下げを、NIRP、YCC を通じて起こすことができた、と評価しているが、イールドカーブのフラット化の影響については、大きくなかったと結論づけている。

§414

第二の批判は、インフレ率が 2%を超えて上昇する(ただし欧米よりはマイルドなインフレ)中で、円安が進行、QQE の副作用が大きくなった、といわれるものである。つまり正常化のステップが遅い、という批判である。第三の批判は、QQE による国債購入が継続したために、政府の財政赤字抑制のタガがはずれた(モラルハザード)である。レヴューでは、「財政ファイナンス」ではない、と日本銀行は一貫して説明してきた、としている。2016年以降に導入した政策の効果については、レヴューの中で、もう少し踏み込んだ評価があっても良かったのではないか。金融機関の抱えるリスクについては、不動産業など特定業種への貸出集中や、貸出期間・保有債券の満期長期化による金利リスクの増加が大きな要因である。これらは銀行の資本増強( counter-cyclicalbuffer も活用)により対処すべきで、金融政策から金利を操作する必要がある場合には、金融仲介機能に

§415

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 162過度に配慮すべきではない、という原則論もあると思われる。2020年代の変化から現在の状況について、女性と高齢者の追加的労働供給の余地がなくなってきている、と述べている(通説に沿っている)。量的にはそのとおりだが、質的(生産性、つまり高度な職種、賃上げ、有能者の定年延長)な余地はまだある。また、企業の賃金・価格設定行動の変化は、どれくらいで定着すると考えられるか。あと1~2年、企業の高収益、春闘におけるインフレ率超えのベースアップ、が続けば、完全に変わるかもしれない。そうすると、2%インフレ目標がようやく定着するのだろうか。最後に、「III. 将来への含意」のセクションでは、非伝統的金融政策はその効果は不確実で、また副作用をもたらしうるので、将来の採用に当たっては、コスト・ベネフィットを考えるべき、としているが、具体的にコストやベネフィットの計量化を提案しているわけではない。個別の論点については、割愛する。参考文献Ito, Takatoshi, and Takeo Hoshi (2020), The Japanese Economy, Second Edition, The MIT Press.

§416

163日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評中央大学塩路悦朗教授日本銀行(以下日銀)が自身の政策の「多角的レビュー」を公開の場で行うことを歓迎する。本論に入る前に 2 点述べておきたい。第1 に、本レビュー対象期間中の日本の金融市場は大きなショックの連続だった。1999年当時はまだ不良債権問題の解決が見えていなかったし、その後もグローバル金融危機、東日本大震災、コロナ禍に見舞われた。にも関わらず日本経済は本格的な金融パニックに陥ることはなかった。日銀だけの力ではないにせよ、我々は、マクロ的な金融政策についてどう感じるかに関わらず、この点を正当に高く評価すべきである。第2 に、非伝統的金融政策のコストの少なくない部分は同政策が終了した後、経済が正常化する過程で生じると見られる。例えば同政策に関わる日銀財務上のコストの全貌が判明するのはこれからである。よって観察可能なデータや事実に基づいて政策全体を評価できるまでにはあと数年を要する。「期末試験」はまだ少し先である。ここでは今後の展開についての推測を交えつつ、現時点での評価を試みる。まずは本レビューではあまり踏み込まれなかった4つのトピックを掘り下げたい。その後に他の論点を簡潔に取り上げる。(1) 財政政策と金融政策の間の関係の整理伝統的金融政策の基本は財政政策と金融政策の間に壁を作って分離することである。

§417

わざわざそうする理由は第 1 に、財政当局には金融当局が生み出す貨幣発行益に頼ってしまう誘惑があり、これを断つためである。第2に、金融当局は国民から付託を受けた人物の直接の監視下にないので、インフレ(ある程度は景気も)を短期金融市場経由で安定化する政策(及び金融システムの安定性確保)以外に権限を持つべきではないと考えられていることである。非伝統的金融政策は非常時にあってこの壁を意図的に壊すところから始まる。それだけに、その継続期間中における財政当局と金融当局の役割分担をあらかじめ明確に定めておくことが重要になる。この点、日本で画期的だったのは政府・日銀の 2013年共同声明である。デフレ脱却には政府・日銀が一体となって取り組むものとされ、政府は持続可能な財政構造を確立するものとされた。しかしこれでも、協力関係の内実が充分に明確化されたとは言えない。次の 4 点において改善の余地がある。①脱デフレを希求する中で日銀は時に大きな損失を負う可能性がある。脱デフレが政府との共同作業ならば、当然、政府に補てん義務が発生すると思える。しかしそう明文化されているわけではない。本稿執筆時点で日銀単独財務の先行き健全性に懸念を表明する識者が増えていることは、民間でそのような理解が確立されていないことを示唆する。

§418

今回のレビューでも日銀財務健全性の確保が謳われているが、共同声明の精神から言えば、日銀はそれを気にせず 2%インフレ定着に専心できる環境を保証されるべきである。このことを明文化する必要がある。英国における財務省とイングランド銀行の間の取り決めが参考になるだろう。②非伝統的体制下、日銀は幅広い政策手段にアクセスできるようになる。このため、資源配分に大きな影響を与える、一種の産業政策にまで踏み出すことができる。また所得・資産分配にも平時以上に影響できてしまう。これらをどこまで認めるのか、事前に詰めておくべきだった。目的をインフレや金融システムの安定に限るとしても、それらと全く無関係と言い切れる経済事象は多くないので、歯止めにならない。日銀の影響力が増大すると「あれも、これも」という圧力にさらされることになりやすいので、日銀自身のためにもよいものではない。③関連するが、伝統的体制下では当局間の「壁」を可

§419

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 164視化するため、様々な歯止めが用意されていた。例えば銀行券ルールは、それ自体は経済学的にあまり根拠があるように見えないかもしれないが、そうした先人の知恵の1 つだった。それを非常時に一時的に外すのは仕方ないにしても、代わりの歯止めは必要ないのか。もう少し事前の議論があってもよかったのではないか。④政府が財政持続可能性を「どのように」保証するのかが明らかでなかったために、本レビューで紹介された声のように、財政ファイナンスの懸念を払しょくできていない。(2) 為替レートを通じた金融政策効果の波及言うまでもなく、為替水準のコントロールは日銀の政策目的ではない。そうあるべきでもないと考える。それでも本レビューも認めるように、為替レートは金融緩和波及経路として重要なものとなり得る。輸入財が国内消費財・サービスの生産コストに占める割合はそれほど高くない。しかし為替の振れ幅自体が大きいため、国内物価にはそれなりのインパクトがある。また人々の普段の生活で目につきやすいモノの価格に影響するので、日銀が重視する予想インフレへの影響が大きいと思われる。今後改めて精査すべきは内外金利差が為替決定に果たす役割だろう。

§420

2020年代にようやくインフレ率が 2%を上回るようになったのは、欧米が利上げに走る中、日銀が我慢を重ねて内外金利差が広がった結果、円安が生じたからではないか。同様に、グローバル金融危機時に円高になったのは日銀が欧米に追随して量的緩和に踏み切らなかったからだという指摘が多くなされてきたが、その効果はどのくらい重要だったのか。むしろ日本の金利がゼロ近傍でほとんど動けない中、下げ余地のあった欧米との金利差が縮まってしまったのが大きかったのではないか。(3) 量か金利か前項後半と関連するが、政策手段としての量(マネタリーベース、長期国債買入残高など)の有用性については今後さらに精査が必要だろう。金利が下限に張り付いた下でマネタリーベースの供給を増やしてもマネーストックの増加につながらなかったのは、日銀にとって想定内だっただろう。しかしそれでは、どういった政策波及経路が想定されるのだろうか(予想経路については次項参照)。それに比べれば金利の方が波及経路についての理解が進んでいる。日銀は 2016年秋に主な政策手段を量から金利(も量も)に切り替えた。正しい判断だったと評者は考えるが、どうだろうか。もちろんYCCが可能だったのは日銀が長期国債市場で圧倒的なプレゼンスを確立していたからであり、量の政策と完全に切り離して考えられるものではない。

§421

それでも例えばコロナ禍初期の2020年3月、長期国債需要が急変動した折に長期金利の乱高下を抑えられたのは、YCCの優位性を表しているのではないか。(4) 「コミュニケーション」とは?「コミットメント」とは?本レビューが認めるように、日銀は民間予想を変えるのに苦労してきた。予想形成を重視すること自体は、現代的なマクロ経済学の考え方と整合的であり、正しい姿勢である。ただ、政策波及効果が確実な政策手段があまりなく、日銀が半ば手足を縛られている状態で、日銀が「こうしたい」と言うと民間がそれを素直に信じるとなぜ思えるのか、本レビューを読んでもまだわからなかった。本レビューでは家計・企業の適合的期待形成が強調されている。しかし、日銀が政策目標を宣言しても、それを達成する手段が足りていないことを冷静に見切られていただけという可能性はないのだろうか。今

§422

165日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評後の追加検証に期待したい。日銀による操作可能性がより高い、債券市場を通じたフォワードガイダンス効果にしても、2024年に起きた非伝統的政策解除の前後の時期には有効に機能していたと思える。それに対して、すでに10年以上、金利のゼロ制約にどっぷり浸かっており、あと10年は続きそうだというような時に、10年以上先の政策についてシグナルを送っても、市場の反応は乏しかったという印象が残っている。これはニューケインジアンのマクロモデルが言うのとは逆である。「浅いゼロ金利」と「深いゼロ金利(あるいはゼロ金利の沼)」の違いは何なのだろうか、こちらも今後の追加検証に期待したい。(5) その他のポイント・非伝統的政策の問題点として、長い間続けているうちに、金融市場の本来の均衡がどこなのか見えなくなってくる、ということがある。特に長期金利は低水準を続けてきたが、そのうちどれだけがタームプレミアムをつぶした政策効果なのか、読めない。これは今後の正常化の過程で長期金利がどこまで上がってくるかという判断に関わるので、引き続き精査をお願いしたい。・上でも取り上げた適合的期待形成という用語だが、これはマクロ経済学では民間予想が現実を「後追い」することを意味する。

§423

日本で実際に起きたことはもう少し強く、予想がゼロで凝り固まって根雪のように動かなくなった、という印象を持っているのだが、どうだろうか。・日本経済の現状について、本レビューは人手不足による賃上げ圧力が強まっているという見立てである。評者も恐らくはそうだと思いつつ、まだ信じ切れていない。本レビューが指摘するように、女性についてはまだ、正社員への転換などで労働時間を伸ばす余地がある。高齢者の労働力率の推移を、65-69 歳という狭い年齢層の男性に限って見てみると、2004年の 45.6%から 2023年には 63.8%まで上昇している。しかし1969年にはもっと高い 68.3%だった。当時は自営業者が多かったことや産業構造の違いはあるが、本当に労働力化の限界が来ているのか、さらに検証が必要だろう。・長い非伝統的政策の歴史の中で日銀はいくつもの新しい政策手段を生み出してきた。例としてはYCC、超過準備付利の三層構造、資金供給オペなどがある。これらの政策に関する記録(例えば金融市場がどう変容したかなど)をぜひ克明に残していただきたい。それは日本だけでなく多くの国々にとって貴重な財産となるであろう。(以上)

§424

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 166慶應義塾大学鶴光太郎教授「金融政策の多角的レビュー」(以下、レビュー)に対する講評として、以下、私見を述べさせていただく。まず、今回のレビュー策定のプロセスにおいて、ワークショップ等で有識者と積極的に意見交換を行ったり、一般から意見募集を行うなど多様な知見、意見を取り入れることにかなり注力されるとともに、レビュー発表前に有識者に内容がそのまま公表されることを前提とした自由な講評を依頼されたことは英断と評価したい。その上で、今回のレビューについて、評価すべき点と課題について述べることにする。高く評価できる点は、大きく分けて、以下の 2 点が挙げられる。第一は、過去 25年の金融政策について、反省すべき点があったことを率直に認めていることだ。中央銀行に限らず、政策当局が自ら行ってきた政策を後から客観的に評価することは容易ではないことを考慮すると、大変思い切った判断と評価できる。具体的には、まず、「期待への働きかけだけで物価上昇率を2%にアンカーするほどの有効性はなかった」(P4)、「上記の期待への働きかけの難しさ」(P4)、「大規模金融緩和は導入当初に想定していた程度の効果を発揮しなかった」(P4)など、期待への働きかけを通じた予想物価上昇率の引上げは難しかったことを認めている。

§425

また、「大規模な国債買入れの長期化、長短金利操作が国債市場の機能低下を招いた」(P5)こと、「金融市場や金融機関収益に一定の副作用があった」(P5)ことを認め、さらには、「機能度の回復には時間を要する」、「大規模な金融緩和の副作用が遅れて顕在化する」可能性まで言及してきたことだ(P6)。特に、長短金利操作については、長期金利を中央銀行が長期国債の売買を通じて直接コントロールするというのはそもそも「禁じ手」であったはずであり、実施する前から市場の機能低下、副作用はある程度予想できたことを考えると、必ず問題点として認めるべき部分であったといえる。第二は、政策評価を行う場合、そのメリット・デメリットを含めた政策効果を多様なモデルを利用し、できる限り実証的な手法を用いて明らかにしようとする姿勢を貫いている点である。大規模な金融緩和は、「大規模金融緩和が当初の想定ほど効果を発揮しなかった」(P47)、「全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響」(P6)との認識もモデル分析の結果からすれば妥当な評価だ。大規模な金融緩和の経済全体への影響を高い精度をもって計測することは容易ではないが、株価や為替の動向を通じた経済・物価への影響への指摘(P4、P48)は重要であり、実感としてはプラス効果があったとすればそこが一番大きかったと筆者は考えていた(鶴(2024b))。

§426

図表1-3-16 では金利低下の需給ギャップ押上げ要因で株価と為替の経路が合わせて 56%と半分以上を占めたことは強調されるべきだ。逆に、伝統的な金融政策が想定する貸出増で経済・物価にプラスの影響を与える経路は弱かったことが窺われる(図表 1-3-15、2011年以降の MB と M2 の動向の乖離拡大)。さらに、金融緩和の長期継続が経済の供給サイドに中長期的にプラスの影響を与える可能性(いわゆる、「高圧経済論」)が分析で確認されなかったことは妥当であるものの、そもそも、中央銀行が潜在成長率までコントロールできると考えること自体、相当無理があり、2000年代以降、日本企業における人的資本の蓄積の停滞が観察されていることを考えると、仮説自体、現実性が乏しかったと言わざるを得ない。以上を

§427

167日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評踏まえて、「非伝統的な金融政策手段は、~その定量的効果は~不確実である。~伝統的な金融政策の完全な代替的手段にはなりえず」(P6)との記述は率直な認識と感じた。以上のように、レビューの内容については概ね妥当と評価している。その一方で、いくつかの課題も挙げられる。第一は、「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方」(以下、「慣行」)、物価・賃金の先行きへの見方である。「慣行」の転換は容易ではない理由として、「我が国の予想物価上昇率は、適合的な期待形成の影響が大きい傾向にあり、過去の経験などにも強く影響を受けて形成されてきた」(P4)との記述があり、適合的な期待形成自体に問題があるようなニュアンスも感じられるが、現実の期待形成としてはごく自然なものであろう。むしろ、マクロ経済学における合理的期待形成を前提とした上で政策当局のコミットメントがありさえすれば経済主体の予想を自由に変えることができるという「常識」に囚われすぎた面があったのではないか。「慣行」という言葉が使われている以上、容易には変わらないことを前提にしていると思われる。

§428

その一方で、「企業の賃金・価格設定行動に従来よりも積極的な動きがみられ、賃金が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方にも変化が窺われる」(P2)、「長らく続いてきた世界的なディスインフレ傾向にも変化が生じている可能性がある」(P2)、との記述には、現在、進行中の変化が一時的なものではなく、永続的・構造的な変化と認識していることが窺われ、先行きについてやや楽観的な印象を受けた。その根拠として人手不足を挙げているが、コロナ前、2019年当時も人手不足は現在と匹敵するレベルであることには留意が必要だ。「慣行」はあくまで「前提」あっての「慣行」で、「前提」、つまり、「物価・賃金が上がりにくい」という状況が変わりさえすれば、「慣行」も当然変わるはずだという考え方が背景にあると理解した。しかし、その場合も、経済主体が「物価・賃金が上がる」という現在の状況を一時的かそれとも永続的・構造的と認識しているかで、今後の物価・賃金、ひいては、「慣行」の行方は変わってくるであろう。レビューでは、「慣行」を従来のマクロ経済学の期待形成の枠組みの中で考えているが、ミクロ経済学、ゲーム理論的な視点で再考する必要があり、特に、比較制度分析のアプローチが有益と考えている(鶴(2024c)の参考参照)。

§429

つまり、「慣行」を慣習や社会規範などと同様に、比較制度分析でいうところの、制度=ゲームの均衡と考える、つまり、ゲームのルールに従いプレイヤーが戦略的に行動した結果として生まれる安定的な行動パターンと考えるアプローチだ。様々な経済主体の戦略の組み合わせとして「物価と賃金が上がらない」という均衡が選択されていると考える。この場合、こうした均衡の実現が、「物価と賃金が上がらない」という共有化された予想を生み、それがまたその均衡を強化するという循環が繰り返される。しかし、均衡が変わるためには、各経済主体が選択している戦略の合理性が環境変化に対応して変化しているかを確認する必要がある。今世紀になって長らく賃金が上がらなかったのは、労使ともにベアよりも正社員の雇用維持を選択した結果であったし、ベアがゼロでもメンバーシップ型の雇用の下での定昇の存在で経済全体は賃金が上がらなくてもメンバーの正社員は毎年一定の賃上げを享受できたことが背景にある。また、企業の価格設定においては、コスト引下げ競争と価格低下競争の悪循環(同質財のベルトラン競争)とい

§430

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 168う協調の失敗に陥り、企業のマークアップ率低下傾向と賃金への下方圧力を生んできたとみられる(以上、鶴(2024a,c)参照)。この中で、外生ショック的な要因が強い物価上昇に対し、それに対応する形で価格や賃金設定を変えてきたと解釈すべきで、経済主体が行うゲームの前提が大きく変わったとは考えにくい。「慣行」が変化したといえるためには、ゲームの前提の変化が永続的・恒久的と認識される必要があるが、「慣行」を形成した労働市場や最終市場における競争環境・企業行動などに構造的な変化の兆しは顕著に表れていないのが現状である。第二は、 2%の物価目標である。「中央銀行がプラスの物価上昇率を目指すべき」(P7)は同意したとしても、「(先進国の)多くは物価目標を2%に設定している」(P7)からといって、日本も2%の目標を設定したことが適切であったのか。2%の物価目標の妥当性が十分検証されていないとの印象を受けた。なぜなら、日本と他の先進国とでは物価を巡る経済状況がかなり異なるためだ。長期にわたるデフレの経験は言うに及ばず、コロナ以降の外的ショックに起因する物価の上昇はある程度、先進国共通であったが、物価の反応度は日本では遅く、弱いという印象があった。また、図表1-3-4 に示されているように予想物価上昇率の適合的期待形成の強さにも日本の独自性が表れている。

§431

2%の目標はそもそも日本にとっては荷が重すぎ、1%程度の目標を設定するべきではなかったかという疑問が残る。中央銀行の政策自由度を十分残すために 2%目標が必要であったということであれば、それは「身内の論理」と言われても仕方ない。今、食品など生活必需品の物価上昇に苦しむ庶民は物価が上がることを本当に望んでいるのか。アンケートで物価・賃金が双方とも上がる状況がより望ましいと答えているが、物価が上がる状況が良いと思っているとは言えないのではないか。「賃金上昇を伴う形で、物価が緩やかに上昇する状況を実現することが重要」(P7)は指摘通りであり、結局、庶民も中央銀行も実質賃金の上昇が望ましいと考えているといえる。これは企業ベースでも国ベースでも労働分配率や交易条件一定という前提に立てば、生産性向上によって実現するしかない。しかし、生産性向上は金融政策がコントロールできる範囲外である。つまり、潜在成長率や自然利子率が低下すれば金融政策の自由度も当然低下することは致し方ないにもかかわらず、金融政策、中央銀行がオールマイティであるかのような考え方が蔓延したことが大きな問題であったと総括できよう。第三は、財政政策との関係である。

§432

「大規模な金融緩和が財政規律の弛緩につながった」(P7)かどうかについては、コロナ下、世界的にみても大規模な財政出動が行われた時期を挟んで、慢性的に弛緩を続けてきた財政運営に対し、意図しなかったとしても金融政策が結果として相互補完的な役割を果たしたことは事実である。民間金融機関からとはいえ、いくらでも長期国債を買い入れるというコミットメントは限りなく財政ファイナンスに近い状況を意味する。「「財政ファイナンス」でないことを明確に示していくことはきわめて重要」(P7)と記述されているが、それはチープトークではなく、コミットメントを伴った自律的な政策遂行で初めて達成することができるであろう。以上参考文献:鶴(2024a)「物価と経済の好循環、道険し」経済教室日本経済新聞朝刊(2024/1/15)鶴 (2024b)「「株価ターゲティング」の功罪」経済教室日本経済新聞朝刊(2024/5/8)鶴(2024c)「令和 6年度経済財政白書へのコメント」第 83 回 ESRI 政策フォーラム(2024/10/8)

§433

169日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評東京大学福田慎一教授非伝統的な金融政策は、日銀が伝統的な枠組みを超えて行った未知の分野へのチャレンジであった。しかし、日銀が非伝統的な手法で市場に大規模に介入すればするほど、期待されることが増し、結果的にその本来の役割が見過ごされていった可能性がある。以下では、過去 25年間のわが国の経済・物価の動向を振り返る際に重要となると考えられる3つの論点に関して議論したい。第1の論点は、その間の経済・物価の低迷が、循環的なものだったのか、構造的なものだったのかというものである。仮に低迷が循環的な需要不足によるものであれば、金融政策は経済・物価を刺激する上で有効な手段である。これは名目金利が下限制約に達した後も、一定の妥当性を持つ。多角的レビューにおける「大規模な金融緩和は、経済・物価を押し上げる方向に作用した」との指摘は、そのことを示唆するものといえる。他方、仮に低迷が構造的な供給サイドの問題である場合、その有効性は大きく低下する。構造的な問題の多くは金融政策が本来解決すべき範疇を超えており、そこで日銀が果たすことができた役割はあったとしても限定的だった。過去 25年間を振り返ると、景気の「谷」は、1999年1月、2002年1月、2009年3月、2012年11月、2020年5月と全部で5回あった。

§434

非伝統的な金融政策が、これら景気の「谷」にほぼ対応する形で強化されてきたのは、景気循環の視点からは自然なことであった。とくに、2008年秋以降の世界金融危機や 2020年の感染症によるパンデミック危機は、日本経済に深刻なダメージを与えた。深刻な機能不全に陥った市場を回復させるため、当時の日銀が伝統的な枠組みを超えた超金融緩和に踏み切ったことは意義があった。他方、過去25年間の日本では、潜在成長率のトレンド的な低下が顕著であった。日銀の試算では、1990年代初頭に 4%を超えていた潜在成長率は、1998年度下期には 1%を割り込み、その後アップダウンを繰り返しながらも緩やかな低下トレンドを辿った。この間、非伝統的な金融政策は節目節目で強化されたが、それによって潜在成長率が改善したという兆候は見られていない。とくに、2013年に大規模な金融緩和が開始された直後には 1%を超えていた潜在成長率が、その後金融緩和が強化されるなか下落を続け、2019年には 0.2%近くとなった。多角的レビューでは、金融政策が経済の供給サイドに及ぼす中長期的な影響に関して、プラスとマイナスの両面があるとして明確な結論を避けている。しかし、潜在成長率がトレンド的に低下したことを鑑みれば、プラスの効果があったとは考えにくい。

§435

この点に関しては、2013年1月に日銀が2%の「物価安定の目標」を定めた際に出された政府・日銀の共同声明(アコード)は、重要な視点を提供している。そこでは、日銀は金融緩和を推進して物価安定目標の実現を目指す一方、政府が経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを推進することの必要性が盛り込まれた。政府が経済構造の変革を図るなど、競争力と成長力の強化に向けた取り組みを行うことで、金融政策はその本来の機能を発揮できるとの考え方である。しかし、その後、政府による取り組みが十分に進まないなか、異次元の金融緩和だけが強化され、潜在成長率は低下トレンドを辿ってしまった。

§436

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 170第2の論点は、過去25年間、低水準で推移した予想インフレ率が、経済・物価の低迷の原因なのか結果なのかというものである。仮に低い予想インフレ率が経済・物価の低迷の主要な原因であれば、日銀が2%の「物価安定の目標」に強力にコミットして大規模な金融緩和を推し進めることは有効な手段となる。とくに、日本経済が複数均衡のうちの悪いデフレ均衡に陥ったという視点に立てば、予想インフレ率さえ上向かせれば、経済を良い均衡に向かわせることができる。他方、仮に低い予想インフレ率が経済・物価の低迷の結果であれば、低迷の原因が解決できない限り、人々の予想インフレ率を上向かせることは難しい。とくに、低迷の原因が、循環的な需要不足ではなく、構造的な問題である場合、いかに大胆な金融政策を行っても人々の予想インフレ率を上昇させることは困難である。経済・物価が低迷する日本経済を回復させるため、人々の予想インフレ率を高めることの有効性を最初に主張したのは、ポール・クルーグマン(現ニューヨーク市立大学教授)であった。その後、内外の多くの研究者が、人々のインフレ期待に働きかける金融政策の重要性に関して精緻な議論を展開した。日銀も「時間軸政策」と呼ばれたフォーワード・ガイダンスを世界の中央銀行に先駆けて採用し、名目金利が下限制約に直面するなかでもその政策効果の強化に努めた。

§437

日銀のフォーワード・ガイダンスは、超低金利政策が当面続くとの期待を生み、長期の名目金利を低下させることには成功した。とくに、長期国債を含めた大規模な国債買入は、フォーワード・ガイダンスの効果を高め、名目金利をイールドカーブ全体にわたって押し下げた。その一方、フォーワード・ガイダンスは、予想インフレ率を持続的に高めることはできなかった。多角的レビューが「大規模な金融緩和は、期待に働きかけることで、予想インフレ率に一定の影響を及ぼした」と指摘したように、大規模な金融緩和が一時的に予想インフレ率を高めることはあった。しかし、その効果は長続きせず、金融緩和が強化されるなかでも予想インフレ率は低迷を続けた。過去 25年間を振り返ると、1998-99年、2001-03年、2009-11年などでは大幅な需要不足が発生し、それが慢性的なデフレと低い予想インフレ率につながった面がある。その一方、大規模な金融緩和が強化されるなか、需給ギャップは2017年にはプラスに転じ、2018-19年には数字上は大幅な需要超過の状態となった。しかし、需給ギャップが大幅に改善するなかでも、賃金と物価が上がりにくい状況は続いた。多角的レビューにおいて、女性や高齢者などの労働供給の増加を、賃金が上がりにくかった要因の1 つとした点は興味深い。

§438

ただ、賃金・物価の低迷は、職種のミスマッチなど他の労働市場の構造的な要因にも起因した可能性がある。また、世界的なディスインフレ傾向や日本の国際競争力の低下に加えて、国内で企業の新陳代謝が進まず、多くの低収益企業が市場に残ったままだったことなども賃金・物価が上がりにくい状況を生み出した可能性がある。これら物価をめぐる環境は、世界的にインフレが顕在化するなか、日本でも変化がみられる。とくに、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、2022年4月以降、2%を一貫して上回るようになった。当初は、輸入物価の急騰という外的ショックが、物価上昇の主要因であった。しかし、賃上げの影響もあり、物価上昇は国内サービスの価格にも徐々に波及している。もっとも、人手不足が深刻

§439

171日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評になるなかでも、物価の上昇に名目賃金の伸びが追いつかない状況は続いており、家計のマインドにも大きな改善は見られない。より大きな問題は、物価が上がりにくい原因となってきた国内の構造的な問題の多くが、いまだ十分に解決されていないことである。日本が本当に2%の「物価安定の目標」を持続的に達成できるかを見極めるにはもう少し時間がかかるかと思われる。第 3 の論点は、大規模な緩和が金融市場における国内の資金フローに与えた副作用に関するものである。多角的レビューでは、大規模な緩和によって、とくに長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の導入後、国債市場の機能度が低下したことが指摘されている。その一方、大規模な緩和が金融仲介活動を阻害するメカニズムが表面化した証左は見られないとする。ただ、マクロ経済の資金フローは、過去 25年間の超金融緩和政策のもとで大きく変化した。25年前までの日本経済では、家計貯蓄の大半は、金融セクターを仲介して、企業セクターに流れていた。しかし、最近の25年間では、超低金利下で貸出等の利鞘が縮小し、信用リスクが低下するなかでも、企業の資金需要の回復は限定的で、家計貯蓄の多くが政府セクターに流れるようになった。

§440

累積の一途をたどる政府セクターの赤字が、最終的には家計の膨大な金融資産で賄われるという構図が定着してしまったといえる。金融セクターを介した家計部門の豊富な貯蓄の行先が、潜在的な成長可能性をもつ民間企業セクターから、生産性の低い政府セクターへと変化したことは、日本の潜在成長力の低下にもつながった可能性がある。このような資金フローの変化の本源的な要因は、債務の拡大に歯止めがかけられない政府セクターにある。しかし、大規模な金融緩和は、その意図に反して、政府による財政資金の調達を容易にし、財政規律の弛緩につながったといえる。多角的レビューにおいて、金融政策の目的が物価の安定であり、「財政ファイナンス」でないことが明確に言及されたことは重要である。しかし、今後も引き続き政府債務の拡大が見込まれるなか、国債市場とどう向き合っていくかは、今後日銀が金融政策を正常化していく上での大きな課題となる。

§441

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 172東京大学星岳雄教授多角的レビューの目的は、1990年代末からの日本銀行の一連の金融緩和策について、経済・金融の幅広い分野との「相互関係を念頭に置きつつ」検討し、「将来の政策運営にとって有益な知見を得る」ことであった。このたび完成した「レビュー」は、このような目的を十分に達するものだと考える。レビューは、まず金融緩和の背景となった長期にわたるデフレの原因を、①慢性的な需要不足、②グローバル化による価格競争激化や技術革新の広がり、③賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行の定着の3つに整理する。その上で、金融政策については、2010年代初頭までとそれ以降に分けて、それぞれの時期について、どのような非伝統的金融政策がとられたのか、その効果はどうだったのか、またどのような副作用があったのか、といった点を、最新のデータ・手法を使った緻密な分析で検討する。2010年代初頭までに、日銀はゼロ金利政策、フォワード・ガイダンス、量的緩和政策など、その後非伝統的金融政策と呼ばれるようになった政策を、世界に先駆けて導入した。2010年の「包括的な金融緩和政策」では、資産買入等を目的とする基金を作って国債以外の資産の買入れも拡大したが、デフレ的な状態を解消することはなかなかできなかった。

§442

ただこうした政策は、日本の銀行危機や 2000年代末の世界金融危機の後で、金融市場に大量の流動性を供給して金融システムの安定化に効果を持った、とレビューは指摘する。2013年1月に2%の物価安定の目標が設定され、4月から量的・質的金融緩和が導入されると、慢性的な需要不足もようやく解消に向かい、物価の持続的な下落という意味でのデフレではなくなったが、インフレ率は依然として低く、その後、マイナス金利政策やイールド・カーブ・コントロールを加えて量的・質的金融緩和は拡大されていった。賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行がなかなか変化しなかったということだろう。2013年以降の量的・質的金融緩和については、特に国債市場の機能度の低下など副作用もあった、と認める。しかし、現時点では効果のプラスの方が副作用のマイナスよりも大きかったと判断される、とレビューは結論する。こうした分析の今後の金融政策運営への含意について、レビューは大きく三つの点を指摘する。まず、非伝統的な金融政策一般の効果は、短期金利の操作による金融政策に比べて不確実で、副作用も考えられるが、2013年以降の量的・質的金融緩和も含めて、必要となれば今後も使う価値があるとする。ただし、中央銀行のバランスシートの拡大を伴う手段については、財務の健全性の観点から注意が必要だとされる。

§443

2%の物価安定の目標については、非伝統的な金融政策に頼らざるを得ない状況をできるだけ避けるという意味からも、今後も持続するべきだと言う。最後に財政政策と金融政策の関係については、マクロ経済政策として両者の協調を評価しながらも、金融緩和が財政ファイナンスとなって通貨の信認が揺らいでしまうことは避けなければならない、と結論する。このレビューに関して大きな異論はない。25年間の金融政策を網羅的に整理して、その効果と副作用について妥当な分析を行ったと思う。25年間を 2010年初頭までとそれ以降に分けて考察したのも適切だった。2013年以降の大規模金融緩和はそれ以前の非伝統的金融政策とは、その規模の大きさと手法の大胆さにおいて質的に違っており、考えられる効果も副作用も大きいのではないかと思われ

§444

173日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評るからである。分析結果から導き出された今後の政策運営に関する含意も、もっともだと思う。もちろん、このレビューですべての問題が解決されたわけではない。特にこのレビューでも指摘されているように、非伝統的金融政策の副作用については、時間が経ってから顕れてくる可能性のあるものも多い。今後注視し続けなければならない点として、4つほど挙げておこう。まず、長期にわたる金融緩和が資源配分を歪めるという副作用について、現時点では明確な結論が得られていない、という結論は正しいと思うが、近い将来にあらためて丁寧な検証が必要なところだろう。直近の大きな金融緩和はコロナ危機対策だったが、非常時ということで金融政策も財政政策も資源配分を歪める可能性を重視する状況ではなかった。いまコロナ危機から経済が回復を続ける中で、資源配分の歪みがどれくらいに達したのか、それがいつ頃解消するのか、見極めなければならない。また、金融政策の観点からは、資源配分の歪みのどれくらいが金融緩和によるもので、どれくらいが他の政策、たとえば企業や産業への財政的支援によるものかを明らかにすることも重要だろう。次に、大規模金融緩和が国債市場の機能度を低下させたというが、この分析も一歩進めて、観測された市場機能度の低下がどの程度大規模金融緩和によるものだったのかということも吟味するのが望ましい。

§445

金融政策とは関係なく、市場の機能度が低下するということも考えられるからである。そもそも非伝統的な金融政策が必要となるような状況は、金利のゼロ制約などによって、市場の機能が低下してしまう状況と言うこともできる。大規模金融緩和は、それがなかった時に比べて、どれくらい市場の機能度を低下させたのか?この場合、市場の機能度をどう測るのかということも精査が必要かもしれない。現在の分析は基本的に市場での取引がどれだけ円滑に行われているかということを測ろうとしていて、それも市場関係者のサーベイに頼るところが大きい。それに加えて、もっと客観的な指標を加えていくことも重要だろう。第三に、大規模な金融緩和が財政規律の弛緩につながったかという点は、政治経済的な分析も含めてさらなる研究が急務だろう。財政規律は、このレビューが指摘するように通貨の信認や物価の安定にとって重要なものである。しかし、中央銀行が財政規律を直接確保することはできない。それでも、間接的には金融政策が財政規律に影響を与えることができるのか?あるいは国債市場を通じて財政規律が促されることを期待すべきなのか?財政規律を促すような国債市場の機能に金融政策が与える影響はどう考えるのか?財政規律と物価の安定は切り離すことができないという観点から、政府と中央銀行の明示的な協力をさらに推進すべきなのか?

§446

日銀がレビューの目的とした範囲を超える問題になるが、我々研究者も一緒に解を模索すべき問題だろう。最後に、バランスシートの拡大を伴う非伝統的金融政策の採用にあたっては中央銀行の財務リスクを考えなければならないというが、日銀のバランスシートは大規模金融緩和によってすでに巨大になっている。金融政策が正常化して金利が上昇する局面に入っているいま、日銀の財務リスクはすでに顕在化している。どの程度の財務リスクがあり、どれくらいのショックまでなら、金融政策の運営能力を削ぐことなく対応できるのか?そのような分析を市場と対話しつつ行っていく必要があるのではないか。

§447

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 174立正大学村田啓子教授日本銀行は、2013年の異次元緩和(QQE)以降、金融政策運営の節目に合わせて「総括的検証」(2016年9月)、「点検」(2021年3月)を公表してきた。今回の「レビュー」では、ゼロ金利政策導入以降の25年間を振り返り、日本でデフレ傾向が長期にわたり続いた要因を明らかにするとともに、その間の金融政策運営の効果と限界を評価し、今後の金融政策運営への含意を提示している。金融政策が引き締め方向に転じたこのタイミングで、ゼロ金利政策以降の金融政策運営をレビューすることは意義深い。全体を通じて特筆すべきは、多角的レビューの名にふさわしく、一つの理論やモデルに固執せず、多様なモデルやデータを用いて、多面的に検証を行っていることである。そもそも完璧な経済モデルは存在しないが、なかでも名目金利の下限制約という標準的な経済モデルの枠を超えた領域の分析は蓄積が限られていることを踏まえると、様々な意見が起こり得ることにも対応した賢明な判断といえる。企業や家計を対象とした独自アンケート調査を活用し、定性的な説明により議論を補完しようとする努力もみられる。レビューの作業過程においては、国内外の研究者らと議論の機会を複数回設けるとともに、一般からの意見募集も行った。

§448

今回のレビューは、そうした労力をかけつつも、文章や図表は厳選され、読みやすい内容となっている。植田総裁の就任後最初の講演における「論理的に判断し、できるだけわかりやすく説明する」との発言を想起させる。レビューを読んで改めて得た教訓は、「デフレは長期化させてはならない」ということではないだろうか。以下、今後の日本経済を展望する視点から3点を指摘し、最後に若干の留意点を述べたい。1. 2022年以降消費者物価はなぜ上昇に転じたのかレビューでは、バブル崩壊後の 1990年代後半以降の日本経済を3期に分けて、丁寧に分析している。まず、2010年初頭にかけて緩やかなデフレが続いた要因として、①自然利子率の低下と需要不足の慢性化、②グローバル化の進展など供給面からの物価下押し圧力、③賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方が定着したこと、の3 点を挙げた上で、特に、緩やかなデフレの長期化により生じた③の要因がデフレからの脱却を困難たらしめたとの論考となっている。QQE 以降、物価動向は小幅なプラス基調となったが、2%の物価安定目標は達成できなかった。阻害要因として、上述した賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着に加え、女性や高齢者の労働供給増を指摘している。2020年代に入ると、輸入物価が急騰する。

§449

レビューではこの時期について、人手不足と輸入物価の大幅上昇の下で、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方にも変化が窺えるようになり、これに伴い、中長期の予想インフレ率も2%に向け高まっていると論じている。上記レビューの分析に則って考えれば、今後、人々の長期インフレ予想を2%で安定化できるか否かは、企業の賃金・価格設定行動、およびその背景にある賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の変化次第ということだろう。レビューの分析は変化の兆しを指摘しているが、構造変化があったと断言できるかには疑問も残る。今後は、構造変化の定着を確認する作業が、EBPM 的観点から求められる

§450

175日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評だろう。日本経済がデフレ傾向から脱したのは、結局のところ輸入インフレが契機であった。2021年春以降の輸入物価高騰は、1980年の第 2 次石油危機以来の規模で、かつ2年にわたり高騰が続いた。コストプッシュで国内価格にも転嫁され電気・ガスや財価格を中心に上昇したことなどから、1年ほど遅れて消費者物価が2%を超えて上昇するようになった。そのタイミングで政府・日銀が賃上げを強く提唱し、企業は人員確保と従業員の生活維持のため賃上げを行った。サービス価格も上昇基調となり、 2%超のインフレが続いているのが現況である。2.非伝統的金融政策の物価引上げ効果をどう評価すべきか2016年の「総括的検証」では、 QQEの緩和メカニズムとして期待への働きかけ(インフレ予想形成)の重要性を強調していた。インフレ予想上昇を妨げている要因の一つとして適合的な期待形成を挙げ、フォワードルッキングな予想形成をさらに強化するための手段としてオーバーシュート型コミットメントが導入された。21年の「点検」では、この路線を継承しつつも、女性や高齢者の労働参加や企業の生産性向上がコスト上昇圧力を吸収したこと、また物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が定着したことが目標達成の阻害要因となっているとの見方が示された。

§451

一方、今回のレビューでは、2013年以降の大規模緩和は、「期待への働きかけだけで物価上昇率を2%にアンカーするほどの有効性はなかった」と結論づけている。有効性が十分に発揮されなかった要因として、従来から指摘されていた適合的な期待形成に加え、1.で上述した「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方」が強調されている。つまり、大規模緩和は、輸入インフレと人手不足に助けられて、11年目に結果として目標を達成したと言える。さらに、レビューでは、非伝統的な金融政策手段の定量的な効果は、短期金利を操作対象とする伝統的な金融政策手段に比べて不確実であるとし、前者は後者の完全な代替とはなりえないと評価した。その上で、今後、非伝統的な金融政策を用いる必要が生じた場合には、その時点の経済・物価・金融情勢のもとで、非伝統的な手段がもたらすベネフィットとコストを比較衡量していくことが重要としている。今回経験した大規模緩和の限界が賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着にも由来していた(金融政策ではそれを変えられなかった)という論考を踏まえれば、日本経済が将来再びデフレに直面した場合には、政府・日銀は認識を共有し、協調して、デフレの長期化が「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方」の定着につながることを防ぐことが肝要である。

§452

また、非伝統的な手段のコスト・ベネフィットに係る比較衡量を行うにあたっては、どのようなコストをどのような時間軸で評価すべきか、またそれらを適切に定量化する手法について、さらに検討を深めておくことも必要だろう。3.非伝統的金融政策長期化の副作用長短金利水準が低く抑えられ続けたことは、景気の下支えとなる一方で、副作用もあった。レビューでは、国債市場の機能度低下や貸出利鞘縮小など金融市場や金融機関収益への影響を分析しているほか、経

§453

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 176済の供給サイドである成長力への影響、および財政規律の問題にも言及している。このうち、財政規律については、低金利環境の下で債権者(貯蓄超過主体)である家計から債務者である政府への所得移転が継続するとともに、利払い費抑制を通じて財政規律の緩みも恒常化している。財政規律の弛緩については意見交換等で指摘されたとあるが、レビューでこの点に触れたことは評価したい。4.その他最後に、今後の留意事項及び気づきの点として2点指摘したい。第1に、先にも述べた企業の賃金・価格設定行動は本当に変わったのか、という点である。レビューでの定量分析では、現時点では、構造的な変化があったかまでは明確でないことを踏まえると、中小企業の動向を含め、今後しばらくは慎重にみていくことが賢明であろう。併せて、賃金は物価に遅れて変動しがちなことなども踏まえると、物価安定目標は、他の先進国同様中長期目標として位置づけ、状況に応じある程度幅を持った柔軟な運営が望ましい。第2は、要望ないし疑問と言えるかもしれないが、レビューでは、企業については様々な分析や論考がなされているのに対し、家計の議論が手薄に感じられる。

§454

レビューで物価が上がりにくい重要な要因として指摘された「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方」は、バブル崩壊後厳しい雇用情勢が続くなか、賃上げより雇用保蔵を優先したのは企業であったとしても、その後価格を据え置くようになったのには、賃金が上がらない環境における家計の低価格志向もその形成にかかわったかもしれない。たとえば低価格志向の強い家計の特徴や、最近変化がみられるのか、景気と価格志向の関係、あるいは家計の世代別インフレ期待形成のより最近の状況など、物価と家計に関する分析をより深めることも意義あるように思われる。

§455

177日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評東京大学吉川洋名誉教授「金融政策の多角的レビュー」(以下「レビュー」)は、1990年代初頭におけるバブル崩壊以降、直近までの過去 25年ほどの期間を対象にしている。しかし、世の中の関心、また現在も進行中の「正常化」との関係で最も重要なのは、2013年4月から 2023年3月まで黒田東彦総裁の下で 10年間行われた、いわゆる「異次元緩和」の評価である。したがって、本稿ではこの10年間の金融政策につきコメントすることにしたい。「レビュー」1 章は、(2)2010年代初頭までの金融政策運営、に続き、(3)2013年以降の大規模な金融緩和の経済・物価への影響、と期間を区分した上で、(3)節を次のような書き出しで始めている。「日本銀行は、2013年1月に 2%の『物価安定の目標』を定め、同年4月に『量的・質的金融緩和』を導入した。」しかし、2013年1月になされた政府との「アコード」は、白川方明総裁の下でなされたものであり、4月に始まる黒田日銀の金融政策とは、基本的な考え方をまったく異にするものであった。両者の間に「断層」がないかのような平板な記述には違和感を禁じえない。正しい節の区分は、「2013年以降」ではなく、図表 3 にあるとおり「2013年4月以降」である。

§456

2013年4月に始まった「量的・質的金融緩和」は、明確な考え方に基づく前例のない金融政策であった。(1) 1990年代に入り始まった日本経済の長期的停滞の主因は、戦後先進国が陥ることのなかったデフレである。(2) デフレはインフレと並び「貨幣的な現象」であるから、マネーを十分に増やせば止めることができる。(3) 名目金利がゼロなど下限まで低下したとしても、十分に貨幣の数量 (マネーストック)を増やせば経済主体の「期待インフレ」が上昇するから、実質金利は低下し経済は回復する(合わせて現実の物価も上昇する)。こうした認識、金融政策に関する考え方は、1990年代からアメリカの多くのマクロ経済学者、またそれに同調するわが国の経済学者により主張された。(3)のモデルとしては、Krugman (1998)が嚆矢となった。評者は、上記(1)、(2)、(3)の主張はいずれも誤りである、と考えている(吉川 (2013))。デフレについては、1930年代の大不況のときのような「劇症性のデフレ」と、1990年代末から日本経済が経験したようなマイルドなデフレとをはっきりと区別する必要がある。1930年代、大不況のさなかに世界が経験した前者は、Fisher、Keynes が指摘したとおり「資本主義経済にとって最大の脅威」である。

§457

一方、後者については、19 世紀中葉、世界の最先端を行く経済であったイギリス経済がビクトリア女王の治下、実体面で高成長を謳歌するなか、数十年にわたりマイルドなデフレを続けたという歴史的な事実からしても、それがマクロ経済にとって「最大の脅威」になるなどということは、一般に言えない。実際、戦後の多くの国についても、このことが確認されている(Borio et al. (2015))。1990年代後半からわが国が経験したのは、このマイルドなデフレである。

§458

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 178「レビュー」に直接関係するのは、上記(2)、(3)すなわち「リフレ」と称する「異次元緩和」政策の評価である。2012年12月の総選挙の結果、誕生した第 2 次安倍晋三内閣は、「3 本の矢」から成る経済政策「アベノミクス」を掲げたが、「第一の矢」と位置づけられたのが「大胆な金融緩和」であった。新たに任命された黒田新総裁は、就任直後2013年4月の政策決定会合で、マネタリーベースを 2年で 2 倍にし、これにより 2年で消費者物価の上昇率 2%の目標を達成する、とした。マネタリーベースを 2年で 2 倍にするという公約は守られたが、物価上昇率の2%目標は達成されなかった。しかしその後も 2016年1月には「マイナス金利」、同年9月から「YCC(10年物国債金利操作)」が導入されるなどしつつ、結局、国債の大量購入を伴う「異次元緩和」は、2024年3月まで続けられた。こうした政策、「大規模な金融緩和」の「効果」について、「レビュー」は「①期待への働きかけが容易ではなかったことから、当初想定したほどの物価上押し効果は発揮しなかったが、②経済・物価を一定程度押し上げる効果があったと評価できる」としている。

§459

この政策が国債市場の機能を著しく低下させるなど副作用を伴ったことへの言及はあるが、「効果と副作用を評価すると、金融市場や金融機関収益などの面で一定の副作用はあったものの、現時点においては、全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響をもたらしたと考えられる。」これが「レビュー」の結論である。この結論に評者は同意できない。「レビュー」の本文は 7.5 ページと簡潔だが、15 の補論、多数の図表が付されている。しかし、それは詳細に個々の木を調べ上げ、あえて森全体を見ようとしない試みのように思える。「大規模な金融緩和」が目標とした 2%の物価上昇を達成できなかったことは、数字から明らかであり、誰もその事実を認めないわけにはいかない。当然、なぜ達成できなかったかが最大の問題である。「大規模な金融緩和は、期待に働きかけることで、予想物価上昇率に一定の影響を及ぼしたとみられる(フォワード・ルッキングな期待形成)。ただし、わが国の予想物価上昇率は、適合的な期待形成の影響が大きい傾向にあり、過去の経験などにも強く影響を受けて形成されてきた。賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の転換は容易ではなく、期待への働きかけだけで物価上昇率を 2%にアンカーするほどの有効性はなかった。

§460

」上記(2)、(3)で述べたとおり、これはKrugman 以来、多くの米国の経済学者が唱え、「グローバル・スタンダードに適った」金融政策だと言われた「リフレ派」の基本的フレームワークにほかならない。この総括では、期待に働きかけるリフレ政策は正しかったが、日本経済の「体質」が悪かったために目標が達成されなかった、ということになる。しかし評者は、目標を達成できなかったのは、こうしたリフレの理論的フレームワークそのものが根本的に誤りであったからだと考える(Yoshikawa(2022))。物価を論じる以上、物価がどのように決まるかを知らなければならないことは、改めて言うまでもない。株や為替レートなど資産価格、石油や小麦など一次産品の価格は「期待」によって決まると言っても過言ではない。しかし Kalecki (1939)以来、多くの経済学者は、消費者物価指数を構成するモ

§461

179日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評ノやサービスの価格は、一次産品価格とはまったく異なり、「ノーマルコスト」に基づき個々の供給者(企業)が決めるものだと考えてきた。そこで「期待」が果たす役割はない。この点に関連して補論 4 に言及がある「屈折需要曲線」の理論については、今日経済学者の間にも混乱がみられるので、コメントしたい。たとえば、渡辺 (2024)にも、「屈折需要曲線は、価格がなぜ据え置かれるのかを説明するための理論です」(p.49)と書かれているが、不正確な記述である。不完全競争下にある企業の個別需要曲線が屈折しているときには、1つの企業がライバル企業の行動を意識し、単独で・・・値上げすることには慎重になる。Negishi (1979)は、このフレームワークで、実物的(リアル)な需要増は数量の変化に吸収され、価格は不変に保たれることを示した(数量が数量を決めるケインズの「有効需要の原理」のミクロ的基礎づけ)。ただし、こうしたことは、企業による値上げを妨げるものではない。屈折需要曲線に直面する企業が値上げに慎重になるのは、あくまで1社の行動に関してであり、1つの業界、産業に属する企業がこぞって値上げする場合には一様な値上げが起きる。類似のモノ・サービスを供給している1つの産業に属する企業が一様に価格を引き上げる必要を感じるのは、ほかでもないコストの上昇である。

§462

したがって、屈折需要曲線は、実はノーマルコスト・プライシングを説明する理論なのである(伊東 (1965))。実際、2022年からのインフレは、「川上」から「川下」に向かい多くの産業に一様に影響を与える一次産品の国際価格、輸入物価の上昇から始まった。いまひとつ「レビュー」が、適合的な期待形成をフォワードルッキングな期待形成、たとえば合理的期待に対立する概念であるかのように記述しているのは、正しくない(Muth (1960))。このことは、評者は繰り返し指摘してきたのだが、「レビュー」でいまだに同じ誤りが繰り返されていることは遺憾である。期待形成が適合型になるのは、現実の価格が資産価格と異なり、強いinertia 慣性を持っていることを、消費者が理解しているからである。大規模緩和は、実体経済にどのような影響を与えただろうか。「レビュー」では、「経済・物価」という表現が使われている。「経済」は実質GDP など実体経済を表しているのであろう。「レビュー」は、「大規模な金融緩和は、経済・物価を押し上げる方向に作用したと考えられる」と述べる。「複数の異なるモデルによる分析」がその根拠として挙げられているが、計量的なモデルの中で「一定程度」の効果があることを示すことは容易である。しかし大規模緩和が行われた10年間の日本経済の動きは、こうした結論と平仄が合わない。

§463

2013-19年にかけての民間の実質消費の伸びは、年平均0.0%(コロナ禍の 20年以降を入れるとマイナス)であり、金融緩和が消費を押し上げることに貢献したとは到底言えない(この間、消費性向は下がり続けた)。企業の設備投資、研究開発投資が低迷し続けたことは周知の事実である。論理的には、大規模緩和がなければ消費、投資ともさらに落ち込んでいたという議論はありうるかもしれないが、それを示す十分な論拠は見当たらない。最後に、非伝統的な金融政策について「ベネフィットとコストを比較衡量していくことが重要」と慎重な記述をしているが、その一方で10年にわたる大規模緩和は「全体としてみれば、わが国経済に対してプラスの影響をもたらした」と言っているのだから、たとえマイルドでもデフレになったら、

§464

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 180もう一度繰り返すというのが論理的帰結ということになるが、それで良いのか。

§465

参考文献伊東光晴 (1965)、『近代価格理論の構造:競争・寡占・独占』、新評論.吉川洋 (2013)、『デフレーション:"日本の慢性病"の全貌を解明する』、日本経済新聞出版社.渡辺努 (2024)、『物価を考える:デフレの謎、インフレの謎』、日本経済新聞出版社.Borio, Claudio, Magdalena Erdem, Andrew Filardo, and Boris Hofmann (2015), "The Costs ofDeflations: A Historical Perspective," BIS Quarterly Review, March 2015, pp.31-54.Kalecki, Michal (1939), Essays in the Theory of Economic Fluctuations , George Allen andUnwin.Krugman, Paul R. (1998), "It's Baaack: Japan's Slump and the Return of the Liquidity Trap,"Brookings Papers on Economic Activity, No.2, pp.137-205.Muth, John F . (1960), "Optimal Properties of Exponentially Weighted Forecasts," Journal ofthe American Statistical Association, Vol.55(290), pp.299-306.Negishi, Takashi (1979), Microeconomic Foundations of Keynesian Macroeconomics , North-Holland Publishing Company.Yoshikawa, Hiroshi (2022), Reconstruction of Macroeconomics: Methods of Statistical Physics,and Keynes' Principle of Effective Demand, Springer.

§466

181日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評東京大学渡辺努教授コメント#1:慢性デフレの原因は総需要なのか総供給なのか慢性デフレの原因として、報告書では、自然利子率の低さとそれに伴う総需要の弱さが挙げられている。低い自然利子率に合わせて実質金利を引き下げるべく、日銀は名目金利の引き下げとインフレ予想の引き上げを行ったが、自然利子率のレベルまで実質金利を下げることができず、そのために総需要が不足したーーこれが報告書に記載されているシナリオである。しかし、もし自然利子率の低さとそれに伴う総需要の弱さが慢性デフレの原因なのであれば、22年春以降の慢性デフレからの脱却局面では、その反対のことが起きていなければならない。ところが実際には、22年春以降、自然利子率が上昇したという事実はなく、総需要が増えたという事実もない。主たるシナリオではないが、報告書に記載されているもうひとつのシナリオは、「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方の定着」(1 頁)である。これは、企業や労組のプライシング(企業の価格設定と労組の賃金設定)の歪みであり、総需要ではなく総供給に問題があったことを意味する。

§467

プライシングの歪みというシナリオは、慢性デフレ自体はもちろん、22年春以降の脱却プロセスも統一的に説明できる(つまり、22年春以降は企業・労組のプライシングが正常化されたのでデフレ脱却を果たせた)。慢性デフレの原因が総需要にあったのか、それとも総供給にあったのかについて、もう一歩踏み込んだ検証を行う必要がある。仮に、慢性デフレの原因が総需要ではなく総供給であったとすると、日銀の政策の評価は変わってくる可能性がある。図表 1-1-13 と図表 1-1-14 からわかるように、企業・労組のプライシングの歪みは遅くとも 2000年初頭には始まっていた。しかし評者が知る限り、日銀は当時この歪みを認識しておらず、したがって歪みの是正に向けた適切な施策が採られることもなかった。そうした無作為の期間が長く続いた結果、「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方」(1 頁)が定着してしまった可能性がある。そうだとすれば、日銀は、プライシングの歪みという意味での慢性デフレの発生に深く関与したことになる。報告書ではその視点からの分析と考察が欠落している。なお、評者の理解では、日銀は 2013年以降、プライシングの歪み(特に賃金設定の歪み)を認識し、是正しようとしてきたし、現在も賃金・物価のプライシングの正常化という姿勢を明確にしており、その点は評価できる。

§468

コメント#2:慢性デフレのコストは何だったのか25年間の政策レビューを行おうとする際に最も重要な論点は、「慢性デフレにはどのような弊害があったか」であり、その弊害が日銀の施策によりどの程度、除去できたかである。報告書では、「賃金が硬直的な場合には労働者・企業ごとの生産性に応じた賃金設定が困難となる可能性がある」(補論の項目 15)といった記述はあるものの、日銀として慢性デフレのコストをどう認識していたのか、そのコストを政策によって減らすことができたのか否かという議論がほぼ完全に欠落している。クスリを服用すべきか否かを議論するのであれば、①服用しなかった場合に体のどこの部位がどれだけ悪化してしまうのか、②クスリの服用によってどこまで体調が回復するのか、服用に伴う副作用

§469

日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評 182は何か、を定量化した上で両者を比較する必要がある。しかし評者の知る限り、日銀は①について明確なメッセージをこれまで出したことがない。今回の報告書でも、 ②については多くを語っているが、①については議論がなされていない。言うまでもなく、①を無視して②だけを議論してみても結論は出ない。過去 25年間の日銀の施策を巡る議論が混迷した原因の一端はそこにあったように思う。慢性デフレのコストが何かというのは難しい問いではあるが、だからといって放置しておいてよいものではない。今後の分析に期待したい。

§470

コメント#3:反実仮想シミュレーション図表 1-3-12 や図表 1-3-14 では、FAVAR等の手法を用いて反実仮想シミュレーションを行っており、政策効果の定量的な評価に資する有用な材料が提供されている。ここで行われているシミュレーションは、「2013年以降、仮に異次元緩和が行われていなければ何が起きていたか」を知ろうとするものである。これはもちろん有用であるが、評者がより重要と考えるのは、「2013年以前に(例えば 2000年代初頭に)インフレターゲティングが導入され、異次元緩和が実行されていたとすればいったい何が起きていたか」という反実仮想である。もしそうした政策が 2000年代初頭に採られていれば、雇用・賃金や物価を押し上げる効果が期待でき、「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方」(1 頁)の定着を回避できたかもしれない。今回の政策レビューは、日銀が「やったこと」の帰結(効果と副作用)を調べることに主眼が置かれている。しかし、政策運営の是非を評価するには、日銀が「(やるべきだったのに)やらなかったこと」の帰結を探ることも、それと同じかそれ以上に重要であると思う。

§471

コメント#4:名目金利のゼロ下限日銀による 25年間の施策が「非伝統的」だったのは、99年以降、名目金利のゼロ下限に突き当たってしまったからである。この間に行われた施策はすべて、このゼロ下限を突破するための試みであった。報告書はその試みを総括して、「非伝統的な政策手段は短期金利を操作目標とする伝統的な金融政策手段の完全な代替手段とはなりえず」(6 頁)と結論している。非伝統的手法が完全な代替手段にならないという教訓はどのような含意をもつか。第1 に、非伝統的な手段を使わなくてすむようにすること、つまり、金利ゼロの壁に突き当たらないようにすることが肝要だ。そのためには、平時から金利を高めに設定しておく必要がある。報告書では、物価目標を(ゼロではなく)2%にすることがこれに資すると記されている(7 頁)。2%で十分な金利の下げ代を確保できるかという点についてはさらに分析を重ねる必要があるものの、今後の方向性として妥当である。また、24年3月以降進められている一連の利上げは、将来、金利ゼロの壁に突き当たることを回避する(=非伝統的手段を再度使うことを回避する)うえで有用と評価できる。第 2 に、日銀は金利ゼロの壁自体を取り払うことを検討すべきだ。日銀が16年に導入したマイナス金利政策はその試みのひとつだが、マイナス金利が適用されたのはマネーのうち日銀当座預金だけ

§472

183日本銀行金融政策の多角的レビュー有識者講評であり日銀券には適用されなかった。このため「リバーサル・レート」(54 頁)の問題が懸念される状況が生じた。金利ゼロの壁を完全に撤去するには銀行券を含むマネー全体にマイナス金利を付す必要がある。壁の完全撤去は非現実的とされることが多く、実際、報告書では一切言及されていない。しかし日銀が 25年間にわたって金利ゼロの壁を前にして様々な非伝統的手法を試した結論が「金利ゼロの壁は越せない」ということなのであれば、次のステップとして考えるべきは壁の完全撤去ではないか。日本の自然利子率の低さを踏まえると、金利ゼロの壁に突き当たる日が再び訪れる確率は残念ながらゼロではなく、それなりに高いと見ておくべきだろう。その日に備えて壁を壊す準備を今から進めておくべきである。

§473

コメント#5:物価と賃金の据え置きの因果関係報告書では、25年間に、物価の据え置きと賃金の据え置きの両方の現象が同時進行したとの認識を示すとともに、両者の因果については、「物価据え置き→賃金据え置き」と主張している。例えば、補論4には「わが国企業は、価格マークアップの縮小によるコスト転嫁の抑制を続けるもとで、賃金マークダウンの拡大による賃金抑制傾向を強めることで収益を確保してきた」(94 頁)との記載がある。他の箇所でも、「物価据え置き→賃金据え置き」を前提とする記述が多くなされている。しかし図表 1-1-23 にあるように、価格マークアップの縮小と賃金マークダウンの拡大はほぼ同時に起きており、どちらが原因でどちらが結果かはこの図からはわからず、報告書が前提とする因果の方向を検証する試みもなされていない。報告書と逆の因果(「賃金据え置き→物価据え置き」)、つまり、ベア凍結などで賃金マークダウンが拡大し、それが価格マークアップの縮小を可能にしたという可能性は排除されていない。この時期の物価と賃金の動きを説明し政策の適否を考えるうえで物価と賃金のどちらがドライブしたかは重要な論点である。さらなる分析に期待したい。

§474

日本銀行金融政策の多角的レビュー多角的レビューシリーズの刊行物 184多角的レビューシリーズの刊行物【実体経済関連】板井悠佑・前野良太・三吉慧・西野明日香(2024)、「わが国のスタートアップを取り巻く状況と地域における取り組み」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-4片桐満・小田剛正・小川泰尭・篠原武史・須藤直(2024b)、「人口動態と家計の貯蓄・投資動向」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-3代田豊一郎・土田悟司(2024)、「産業特有のトレンドの経済成長への含意-産業連関ネットワークを考慮したモデルによる接近-」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-1日本銀行(2024a)、「「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」の集計結果について」、地域経済報告(さくらレポート)別冊シリーズ日本銀行調査統計局(2024)、「東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局第10回共催コンファレンス:「国際経済環境の変化と日本経済」の模様」、日本銀行調査論文福永一郎・法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・土田悟司(2024)、「わが国の潜在成長率と物価・賃金の関係を巡る論点」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-17福永一郎・法眼吉彦・上野陽一(2024)、「過去25年間のわが国経済・物価情勢:先行研究と論点整理」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-10法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・來住直哉(2024)、「国際経済環境の変化と日本経済-論点整理-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-1法眼吉彦・來住直哉(2024)、「わが国におけるバラッサ・サミュエルソン効果について」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-24眞壁祥史・八木智之(2024)、「低金利環境と企業の利払い負担・生産性の関係」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-15Hirakata, Naohisa and Mitsuru Katagiri (2024), "Role of Foreign Direct Investmentas a Long-Term Capital Flow Channel," IMES Discussion Paper Series, No.2024-E-5, Institute for Monetary and Economic Studies, Bank of Japan.Oda, Takemasa (2024), "A Quantitative Assessment of the Impact of Deflation in anAging Economy," IMES Discussion Paper Series, No.2024-E-14, I nstitute forMonetary and Economic Studies, Bank of Japan.

§475

185日本銀行金融政策の多角的レビュー多角的レビューシリーズの刊行物Ogawa, Yasutaka and Jiro Yoshida (2024) "Aging, Housing, and MacroeconomicInefficiency," IMES Discussion Paper Series, No.2024-E-4, Institute for Monetaryand Economic Studies, Bank of Japan.Shirota, Toyoichiro and Satoshi Tsuchida (2024), "Aggregate Implications ofChanging Industrial Trends in Japan," Bank of Japan Working Paper Series,No.24-E-2.【物価関連】青木浩介・法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・高富康介(2024)、「わが国企業における価格マークアップの決定要因と生産性への含意」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-11猪熊宏士・片桐満・須藤直(2024)、「イノベーションの選択と製品サイクルが最適トレンドインフレ率に与える含意」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-21上野陽一(2024)、「わが国における賃金・物価上昇率の連関」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-2長田充弘・中澤崇(2024a)、「期間構造や予測力からみたインフレ予想指標の有用性」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-5小林悟・篠原武史・白塚重典・須藤直・竹内維斗文(2024)、「消費者物価指数の計測誤差の改善状況と今後の課題-主要国における物価目標の根拠としての視点から-」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-10杉岡優・伊藤雄一郎・開発壮平・高富康介(2024)、「物価変動のコスト・ベネフィットを巡る議論の潮流」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-4福永一郎・城戸陽介・吹田昂大郎(2024)、「インフレの国際連動性と日本の物価変動」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-2古川角歩・法眼吉彦・大高一樹(2024)、「わが国企業の価格設定行動とゼロインフレ・ノルム」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-18Furukawa, Kakuho, Yoshihiko Hogen, Kazuki Otaka, and Nao Sudo (2024), "On theZero-Inflation Norm of Japanese Firms," IMES Discussion Paper Series, No.2024-E-15, Institute for Monetary and Economic Studies, Bank of Japan.Ueno, Yoichi (2024), "Linkage between Wage and Price Inflation in Japan," Bank of

§476

日本銀行金融政策の多角的レビュー多角的レビューシリーズの刊行物 186Japan Working Paper Series, No.24-E-7.【金融政策関連】井澤公彦・喜舎場唯・高橋悠輔・幅俊介・米山俊一(2024)、「「量的・質的金融緩和」導入以降の政策効果の計測-マクロ経済モデルQ-JEMを用いた経済・物価への政策効果の検証-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-22伊藤雄一郎・河西桂靖・幅俊介(2024)、「マイナス金利政策の金利形成や貸出への影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-25伊藤雄一郎・河西桂靖・平田篤己(2024)、「貸出増加支援資金供給が貸出残高に及ぼした影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-19伊藤雄一郎・中野将吾・幅俊介・山中貴大(2024)、「金融政策の中長期的な影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-21長田充弘・中澤崇(2024b)、「大規模国債買入れのもとでのわが国の長期金利形成」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-7開発壮平・河西桂靖・平田篤己・山本弘樹・中島上智(2024)、「非伝統的金融政策の効果と副作用:潜在金利を用いた実証分析」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-13開発壮平・中野将吾・山本弘樹(2024)、「中長期インフレ予想の変動が経済・物価へ及ぼす影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-20片桐満・王悠介・小川泰尭・須藤直・砂川武貴(2024a)、「金融政策と財政政策との相互作用について-グローバル金融危機以降のマクロ経済学の展開-」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-11喜舎場唯・柴田菜緒・福永一郎・米山俊一(2024)、「わが国のインフレ予想形成の不確実性-マクロ経済モデルQ-JEMを用いた予想形成メカニズムの分析-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-23杉岡優・中野将吾・山本弘樹(2024)、「自然利子率の計測をめぐる近年の動向」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-9日本銀行(2024b)、「「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第1回「非伝統的金融政策の効果と副作用」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行(2024c)、「「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第2回「過去25年間の経済・物価情勢と金融政策」の模様」、日本銀行調査論文

§477

187日本銀行金融政策の多角的レビュー多角的レビューシリーズの刊行物日本銀行企画局(2023)、「中央銀行の財務と金融政策運営」、日本銀行調査論文日本銀行金融研究所(2024)、「「物価変動と金融政策の課題-教訓と展望-」2024年国際コンファランスの模様」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-17畑山優大・岩崎雄斗(2024)、「わが国における均衡イールドカーブの推計:時系列手法によるアプローチ」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-16畑山優大・岩崎雄斗・中神響子・沖本竜義(2024)、「グローバル化が先進諸国の自然利子率に与えた影響:平滑推移モデルによるアプローチ」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-14【金融市場関連】一方井宏汰・川本卓司・桜健一(2024)、「わが国の非伝統的金融政策と為替レート変動」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-26落香織・長田充弘(2024)、「社債市場の機能度指標」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-5北村冨行・竹村啓太・福間則貴・前橋昂平・松田尚樹・渡辺康太(2024)、「量的・質的金融緩和やイールドカーブ・コントロールが国債市場の機能度に及ぼした影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-12日本銀行金融市場局(2024)、「超過準備下の短期金融市場の動向と機能度-マイナス金利政策解除後の動きも含めて-」、日本銀行調査論文【金融システム関連】安部展弘・石黒雄人・小池洋亮・古仲裕貴・高野優太郎・平形尚久(2024)、「大規模金融緩和の金融システムへの影響に関する反実仮想分析」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-6日本銀行金融機構局(2024)、「金融緩和が金融システムに及ぼした影響」、日本銀行調査論文

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日本銀行金融政策の多角的レビュー参考文献 188参考文献144

§479

⻘⽊浩介・高富康介・法眼吉彦(2023)、「わが国企業の価格マークアップと賃金設定行動」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.23-J-4⻘⽊浩介・法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・高富康介(2024)、「わが国企業における価格マークアップの決定要因と生産性への含意」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-11アトキンソンデービッド(2020)、『日本企業の勝算:人材確保×生産性×企業成長』、東洋経済新報社安部展弘・石黒雄人・小池洋亮・古仲裕貴・高野優太郎・平形尚久(2024)、「大規模金融緩和の金融システムへの影響に関する反実仮想分析」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-6池田周一郎・川野潮・高田耕平・眞壁祥史・八⽊智之(2024)、「人口動態の変化が労働市場や賃金の動向に与える影響」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-12池田周一郎・倉知善行・近藤卓司・松田太一・八⽊智之(2022)、「短観からみた最近の企業の価格設定スタンス」、日銀レビュー・シリーズ、No.2022-J-17井澤公彦・喜舎場唯・高橋悠輔・幅俊介・米山俊一(2024)、「「量的・質的金融緩和」導入以降の政策効果の計測-マクロ経済モデルQ-JEMを用いた経済・物価への政策効果の検証-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-22板井悠佑・前野良太・三吉慧・西野明日香(2024)、「わが国のスタートアップを取り巻く状況と地域における取り組み」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-4一方井宏汰・川本卓司・桜健一(2024)、「わが国の非伝統的金融政策と為替レート変動」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-26伊藤元重(2024)、「新陳代謝を阻んだ下方硬直性」、日経ヴェリタス(2024年2月25日)、日本経済新聞社伊藤雄一郎・河西桂靖・幅俊介(2024)、「マイナス金利政策の金利形成や貸出への影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-25伊藤雄一郎・河西桂靖・平田篤己(2024)、「貸出増加支援資金供給が貸出残高に及ぼした影

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144 文章中で参考文献を引用する際、著者が3名以下の場合は全著者名を記載し(例:⻘⽊ ・高富・法眼(2023))、4名以上の場合は省略する(例:⻘⽊ほか(2024))扱いとしている。

§481

189日本銀行金融政策の多角的レビュー参考文献響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-19伊藤雄一郎・中野将吾・幅俊介・山中貴大(2024)、「金融政策の中長期的な影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-21猪熊宏士・片桐満・須藤直(2024)、「イノベーションの選択と製品サイクルが最適トレンドインフレ率に与える含意」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-21今久保圭・小島治樹・中島上智(2015)、「均衡イールドカーブの概念と計測」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.15-J-4上野陽一(2024)、「わが国における賃金・物価上昇率の連関」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-2鵜飼博史(2006)、「量的緩和政策の効果:実証研究のサーベイ」、『金融研究』、Vol.25(3)、pp.1-45、日本銀行金融研究所大山慎介・廣瀬康生(2009)、「企業金融の円滑化に向けたCPオペの効果の識別-金融危機下の資金供給オペレーションに関する一考察-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.09-J-9岡崎陽介・須藤直(2018)、「わが国の自然利子率-DSGE モデルに基づく水準の計測と決定要因の識別-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.18-J-3奥田達志・金井健司・川澄祐介・近松京介・中山功暉・宗像晃(2022)、「金融マクロ計量モデル(FMM)-2022年バージョン-」、日本銀行調査論文尾崎達哉・神保真宏・八⽊智之・吉井彬人(2024)、「賃金・物価の相互連関を巡る最近の状況について」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-2尾崎達哉・八⽊智之・吉井彬人(2024)、「消費者物価における最近の企業のサービス価格設定行動」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-11長田充弘・中澤崇(2024a)、「期間構造や予測力からみたインフレ予想指標の有用性」、日銀レビュー・シリーズ、No.2024-J-5長田充弘・中澤崇(2024b)、「大規模国債買入れのもとでのわが国の長期金利形成」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-7落香織・長田充弘(2023)、「わが国における社債発行スプレッドの動向」、日銀レビュー・シリーズ、No.2023-J-11落香織・長田充弘(2024)、「社債市場の機能度指標」、日本銀行ワーキングペーパーシリー

§482

日本銀行金融政策の多角的レビュー参考文献 190ズ、No.24-J-5開発壮平・河西桂靖・平田篤己・山本弘樹・中島上智(2024)、「非伝統的金融政策の効果と副作用:潜在金利を用いた実証分析」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-13開発壮平・中野将吾・山本弘樹(2024)、「中長期インフレ予想の変動が経済・物価へ及ぼす影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-20片桐満・王悠介・小川泰尭・須藤直・砂川武貴(2024a)、「金融政策と財政政策との相互作用について-グローバル金融危機以降のマクロ経済学の展開-」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-11片桐満・小田剛正・小川泰尭・篠原武史・須藤直(2024b)、「人口動態と家計の貯蓄・投資動向」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-3川本卓司・中澤崇・喜舎場唯・松村浩平・中島上智(2021)、「マクロ経済モデルQ-JEMを用いた「量的・質的金融緩和」導入以降の政策効果の推計」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.21-J-7喜舎場唯・柴田菜緒・福永一郎・米山俊一(2024)、「わが国のインフレ予想形成の不確実性-マクロ経済モデルQ-JEMを用いた予想形成メカニズムの分析-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-23北村冨行・竹村啓太・福間則貴・前橋昂平・松田尚樹・渡辺康太(2024)、「量的・質的金融緩和やイールドカーブ・コントロールが国債市場の機能度に及ぼした影響」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-12黒崎哲夫・熊野雄介・岡部恒多・長野哲平(2015)、「国債市場の流動性:取引データによる検証」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.15-J-2経済企画庁(1989)、『物価レポート'89』、経済企画協会経済企画庁(1995)、『物価レポート'95』、経済企画協会経済企画庁(1996)、『物価レポート'96』、経済企画協会玄田有史(編)(2017)、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』、慶應義塾大学出版会小林悟・篠原武史・白塚重典・須藤直・竹内維斗文(2024)、「消費者物価指数の計測誤差の改善状況と今後の課題-主要国における物価目標の根拠としての視点から-」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-10代田豊一郎・土田悟司(2024)、「産業特有のトレンドの経済成長への含意-産業連関ネット

§483

191日本銀行金融政策の多角的レビュー参考文献ワークを考慮したモデルによる接近-」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-1新谷幸平・倉知善行・西岡慎一(2016)、「わが国の公共料金の特徴~制度面における欧米との比較を中心に~」、日銀レビュー・シリーズ、No.2016-J-12杉岡優・伊藤雄一郎・開発壮平・高富康介(2024)、「物価変動のコスト・ベネフィットを巡る議論の潮流」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.24-J-4杉岡優・中野将吾・山本弘樹(2024)、「自然利子率の計測をめぐる近年の動向」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-9土川顕・西崎健司・八⽊智之(2013)、「国債市場の流動性に関連する諸指標」、日銀レビュー・シリーズ、No.2013-J-6日本銀行(2016)、「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」日本銀行(2021)、「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」日本銀行企画局(2022)、「「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップ第 1 回「わが国の物価変動の特徴点」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行調査統計局(2022)、「「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップ第 2 回「わが国のフィリップス曲線とコスト転嫁」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行企画局・調査統計局(2022)、「「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップ第 3 回「わが国の賃金形成メカニズム」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行企画局(2023)、「中央銀行の財務と金融政策運営」、日本銀行調査論文日本銀行(2024a)、「「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」の集計結果について」、地域経済報告(さくらレポート)別冊シリーズ日本銀行(2024b)、「「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第1回「非伝統的金融政策の効果と副作用」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行(2024c)、「「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第2回「過去25年間の経済・物価情勢と金融政策」の模様」、日本銀行調査論文日本銀行(2024d)、「経済・物価情勢の展望(2024年4月)」日本銀行(2024e)、「金融システムレポート(2024年10月号)」日本銀行金融機構局(2024)、「金融緩和が金融システムに及ぼした影響」、日本銀行調査論文

§484

日本銀行金融政策の多角的レビュー参考文献 192日本銀行金融研究所(2024)、「「物価変動と金融政策の課題-教訓と展望-」2024年国際コンファランスの模様」、日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ、No.2024-J-17日本銀行金融市場局(2024)、「超過準備下の短期金融市場の動向と機能度-マイナス金利政策解除後の動きも含めて-」、日本銀行調査論文日本銀行調査統計局(2024)、「東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局第10回共催コンファレンス:「国際経済環境の変化と日本経済」の模様」、日本銀行調査論文畑山優大・岩崎雄斗(2024)、「わが国における均衡イールドカーブの推計:時系列手法によるアプローチ」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-16畑山優大・岩崎雄斗・中神響子・沖本竜義(2024)、「グローバル化が先進諸国の自然利子率に与えた影響:平滑推移モデルによるアプローチ」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-14平田渉・丸山聡崇・嶺山友秀(2020)、「賃金版フィリップス曲線のフラット化と名目賃金の下方硬直性:2010年代の経験」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.20-J-3福永一郎・城戸陽介・吹田昂大郎(2024)、「インフレの国際連動性と日本の物価変動」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-2福永一郎・法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・土田悟司(2024)、「わが国の潜在成長率と物価・賃金の関係を巡る論点」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-17福永一郎・法眼吉彦・上野陽一(2024)、「過去25年間のわが国経済・物価情勢:先行研究と論点整理」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-10古川角歩・法眼吉彦・大高一樹(2024)、「わが国企業の価格設定行動とゼロインフレ・ノルム」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-18法眼吉彦・伊藤洋二郎・金井健司・來住直哉(2024)、「国際経済環境の変化と日本経済-論点整理-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-1法眼吉彦・來住直哉(2024)、「わが国におけるバラッサ・サミュエルソン効果について」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-24眞壁祥史・八⽊智之(2024)、「低金利環境と企業の利払い負担・生産性の関係」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.24-J-15八⽊智之・古川角歩・中島上智(2022)、「わが国の生産性動向-近年の事実整理とポストコロナに向けた展望-」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.22-J-3

§485

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§493

201日本銀行金融政策の多角的レビュー金融政策運営の主な変遷金融政策運営の主な変遷1999年2月「ゼロ金利政策」の開始 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。2000年8月「ゼロ金利政策」の解除 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。2000年10月「「物価の安定」についての考え方」の公表2001年2月金融市場調節方針の変更 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.15%前後で推移するよう促す。補完貸付制度の新設2001年3月「量的緩和政策」の開始 日本銀行当座預金残高が5兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。 強力な時間軸効果2003年6月資産担保証券の買入れの導入2004年4月国債の補完供給制度の導入2006年3月「量的緩和政策」の解除 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、概ねゼロ%で推移するよう促す。「「物価の安定」についての考え方」の公表 消費者物価の前年比が0~2%程度であれば、「中長期的な物価安定の理解」の範囲と大きくは異ならない(中心値は概ね1%前後)。

§494

2006年7月金融市場調節方針の変更 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%前後で推移するよう促す。2007年2月金融市場調節方針の変更 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.5%前後で推移するよう促す。2008年9月日本銀行、欧州中央銀行、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国民銀行は、それぞれ米国連邦準備制度と時限的なスワップ取極を締結。固定金利方式で適格担保の範囲内で米ドルを供給するスキーム(米ドル資金供給オペ)を導入。

§495

日本銀行金融政策の多角的レビュー金融政策運営の主な変遷 2022008年10月金融市場調節方針の変更 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.3%前後で推移するよう促す。補完当座預金制度の導入、CP等買現先オペの積極活用2008年12月金融市場調節方針の変更 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.1%前後で推移するよう促す。企業金融支援特別オペの導入2009年1月 CP等買入れの導入2009年2月社債買入れの導入2009年12月「「中長期的な物価安定の理解」の明確化」の公表 ゼロ%以下のマイナスの値は許容していない。中心は 1%程度。2010年5月日本銀行、欧州中央銀行、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国民銀行は、それぞれ米国連邦準備制度と時限的なスワップ取極を再締結。米ドル資金供給オペを再開。2010年6月成長基盤強化を支援するための資金供給の導入 民間金融機関による成長基盤強化に向けた融資・投資の取り組みに応じて、当該金融機関に対し、長期・低利で資金供給。2010年10月「包括的な金融緩和政策」の導入 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~0.1%程度で推移するよう促す。

§496

 時間軸の明確化 「資産買入等の基金」を通じた金融資産の買入れ等・長期国債、国庫短期証券、 CP等、社債等、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)の買入れ・固定金利方式・共通担保資金供給オペ(国債、社債等の幅広い資産を担保に固定金利(0.1%)で資金供給)2011年4月被災地金融機関を支援するための資金供給オペ等の導入2011年11月日本銀行、米国連邦準備制度、欧州中央銀行、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国民銀行は、左記中央銀行いずれの通貨でも流動性供給を行えるよう、各中央銀行間でそれぞれ時限的なスワップ取極を締結することに合意。2012年2月「「中長期的な物価安定の目途」について」の公表 消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域、当面は1%を目途。2012年10月「デフレ脱却に向けた取組について」の公表

§497

203日本銀行金融政策の多角的レビュー金融政策運営の主な変遷2012年12月貸出増加を支援するための資金供給の導入 金融機関の一段と積極的な行動と企業や家計の前向きな資金需要の増加を促す観点から、金融機関の貸出増加額について、希望に応じてその全額を長期・低利で無制限に資金供給。2013年1月2%の「物価安定の目標」の導入 日本銀行は、「物価安定の目標」を中心的な物価指標である消費者物価の前年比上昇率で2%とすることとしたうえで、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指すことを明示。「期限を定めない資産買入れ方式」の導入「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」の公表2013年4月「量的・質的金融緩和」の導入 マネタリーベース・コントロールの採用 長期国債買入れの拡大と年限長期化 ETFおよびJ-REITの買入れの拡大 「量的・質的金融緩和」は、 2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続する。

§498

2014年10月「量的・質的金融緩和」の拡大 マネタリーベース増加額の拡大 長期国債買入れの拡大と平均残存期間の長期化 ETF、J-REITの買入れの拡大2015年12月「「量的・質的金融緩和」を補完するための諸措置」の導入 設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業に対するサポート 「量的・質的金融緩和」の円滑な遂行のための措置・長期国債買入れの平均残存期間の長期化・ J-REITの銘柄別買入限度額の引き上げ2016年1月「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入 金融機関が保有する日本銀行当座預金にー0.1%のマイナス金利を適用する。具体的には、日本銀行当座預金を3段階の階層構造(「基礎残高」、「マクロ加算残高」、「政策金利残高」)に分割し、それぞれの階層に応じてプラス金利、ゼロ金利、マイナス金利を適用する。 2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を継続する。2016年4月平成二十八年熊本地震にかかる被災地金融機関を支援するための資金供給オペの導入

§499

日本銀行金融政策の多角的レビュー金融政策運営の主な変遷 2042016年7月「金融緩和の強化について」 ETF買入れ額の増額 企業・金融機関の外貨資金調達環境の安定のための措置2016年9月「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入 長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)・短期金利:日本銀行当座預金のうち政策金利残高にー0.1%のマイナス金利を適用。・長期金利:10年物国債金利が概ね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう、長期国債を買入れ。買入れ額については、概ね現状程度の買入れペース(保有残高の増加額年間約 80 兆円)をめどとしつつ、金利操作方針を実現するよう運営。 長短金利操作のためのオペの導入・日本銀行が指定する利回りによる国債買入れ(指値オペ)・固定金利の資金供給オペを行うことができる期間を10年に延長(従来は1年)。 オーバーシュート型コミットメント:2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する。

§500

2018年7月「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」 政策金利のフォワードガイダンスを導入・当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定。 「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の持続性を強化する措置・ 10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債を買入れ。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし、買入れ額については、保有残高の増加額年間約 80 兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施。・ ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れ。その際、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうる。2020年3月「新型感染症拡大の影響を踏まえた金融緩和の強化について」 国債買入れやドルオペを含む一層潤沢な資金供給の実施 企業金融支援のための措置・新型コロナウイルス感染症にかかる企業金融支援特別オペの導入・ CP・社債等買入れの増額 ETF・J-REITの積極的な買入れ

§501

205日本銀行金融政策の多角的レビュー金融政策運営の主な変遷2020年4月「金融緩和の強化について」 CP・社債等買入れの増額等 新型コロナ対応金融支援特別オペの拡充 国債のさらなる積極的な買入れ2020年5月「中小企業等の資金繰り支援のための「新たな資金供給手段」の導入」2021年3月「より効果的で持続的な金融緩和について」 貸出促進付利制度の創設 長期金利の変動幅についての明確化(上下に±0.25%程度) 連続指値オペ制度の導入 ETF・J-REIT買入れについて、年間増加ペースの上限を感染症収束後も継続し、必要に応じて買入れ2021年9月気候変動対応を支援するための資金供給オペの導入2022年12月イールドカーブ・コントロールの運用の一部見直し 国債買入れ額を大幅に増額しつつ、長期金利の変動幅を、従来の「±0.25%程度」から「±0.5%程度」に拡大する。2023年1月共通担保資金供給オペの拡充2023年7月イールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化 長期金利の変動幅は「±0.5%程度」を目途とし、長短金利操作について、より柔軟に運用する。

§502

2023年10月イールドカーブ・コントロールの運用のさらなる柔軟化 長期金利の上限は 1.0%を目途とし、金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。2024年3月「金融政策の枠組みの見直しについて」 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~0.1%程度で推移するよう促す。 長期国債の買入れ・これまでと概ね同程度の金額で長期国債の買入れを継続する。 ETFおよびJ-REITについて、新規の買入れを終了。 CP等および社債等について、買入れ額を段階的に減額し、1年後をめどに買入れを終了。2024年7月金融市場調節方針の変更 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す。長期国債買入れの減額計画の決定