総裁定例記者会見(2011年9月7日)要旨
全文
§1Question
本日の金融政策決定会合の結果について、ご説明お願いします。
§2Masaaki Shirakawa
本日の決定会合では、「無担保コールレート・オーバーナイト物を、0~0.1%程度で推移するように促す。」というこれまでの金融市場調節方針を維持することを全員一致で決定しました。こうした決定の背景となる経済・物価情勢について、ご説明します。まず、景気の現状については、「震災による供給面の制約がほぼ解消する中で、着実に持ち直してきている」と判断しています。懸念されていた夏場の電力供給不足は、企業や家計の節電対応によって、経済活動への大きな制約となることは避けられました。サプライチェーンも復旧するもとで、生産や輸出は増加を続けており、概ね震災前の水準に復しています。そうしたもとで、設備投資や個人消費などの国内民間需要についても、持ち直しています。この間、金融環境をみると、コールレートがきわめて低い水準で推移する中で、企業の資金調達コストは、緩やかに低下しています。企業からみた金融機関の貸出態度は、改善傾向が続いています。CP市場では、良好な発行環境が続いています。社債市場の発行環境についても、発行体の裾野に拡がりがみられるなど、良好な状態となっています。企業の資金繰りについては、中小企業を中心に一部で資金繰りが厳しいとする先がみられていますが、総じてみれば、改善した状態にあります。物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、本年8月に実施された基準改定に伴い、下方修正されました。
§3Masaaki Shirakawa
基準改定後の指数でみると、 7月の前年比は+0.1%と、このところ、概ねゼロ%となっています。先行きについては、堅調な海外需要を背景とする輸出の増加や、資本ストックの復元に向けた国内需要、いわゆる復興需要の顕現化などから、2011年度後半以降、わが国経済は、緩やかな回復経路に復していくと考えられます。物価面では、消費者物価の前年比は、当面、ゼロ%近傍で推移するとみられます。次に、リスク要因についてご説明します。景気面では、バランスシート調整が米国経済に与える影響や、欧州のソブリン問題の帰趨について、引続き注意が必要です。新興国・資源国については、物価安定と成長が両立する形で、経済がソフトランディングできるかどうか、なお不透明感が高いと考えています。このような海外情勢を巡る不確実性や、それらに端を発する為替・金融資本市場の変動が、わが国経済に与える影響については、前回の会合時にも十分意識しましたが、引続き丹念に点検する方針です。物価面では、国際商品市況の上昇により、わが国の物価が上振れる可能性がある一方で、中長期的な予想物価上昇率の低下などによる下振れリスクもあるとみています。日本銀行は、前回、8月4日の金融政策決定会合において、先行きのリスクについて「下振れリスクにより留意すべき情勢となっている」との判断に基づいて、資産買入等の基金を 10 兆円程度増額しました。
§4Masaaki Shirakawa
日本銀行としては、様々な不確定要因を、相当程度前広に取り込み、思い切った金融緩和を行ったと思っています。そのもとで、現在は、金融資産の買入れ等を着実に進めているところです。また、日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、現在の実質的なゼロ金利政策を継続していく方針です。この「中長期的な物価安定の理解」については、「消費者物価指数の前年比で 2%以下のプラスの領域、中心は 1%程度」となっています。日本銀行としては、こうした包括的な金融緩和政策を通じた強力な金融緩和の推進、さらには、金融市場の安定確保や成長基盤強化の支援を通じて、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰するよう、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていく方針です。
§5Question
今しがたも言及されましたが、米欧経済の下振れリスクが強まっているように思われます。日本経済への影響について、もう尐し詳しくご見解をお聞かせ下さい。
§6Masaaki Shirakawa
まず、米欧経済ですが、下振れのリスクに注意を払う必要があると考えています。最近の米国経済の状況をみると、4~6月の実質GDPの成長率は、前期比年率+1.0%となり、1~3月の+0.4%に続き、低めの成長となりました。雇用面では、8月の非農業部門の雇用者数が、前月から横ばいとなったほか、8月の失業率は、9.1%で高止まるなど、雇用環境の改善ペースも鈍化しています。また、8月の消費者コンフィデンスも大幅に悪化しています。このように、米国景気の回復ペースがきわめて緩やかであるのは、本年前半については、原油価格上昇による実質購買力の低下など、一時的な要因による面もありましたが、より基本的には、バランスシート調整圧力が、引続き経済の重石となって作用しているためであると考えています。欧州については、財政健全化を巡る懸念が強い諸国の国債利回りが大幅に上昇しており、多くの銀行がこれらの国債を保有していることから、銀行株が急落するなど、金融システムに対する不安が強まっています。また、そのことが景気の不安定要因ともなっています。このように、ソブリン問題の影響は、金融市場の動揺やマインドの悪化を通じて、実体経済にも影響が及び始めているとみられます。今後さらに、財政と金融システム、実体経済の間の負の相乗作用が、強まっていくことにならないかどうか、注意深くみていく必要があると考えています。
§7Masaaki Shirakawa
以上のように、米欧ともに根深い問題を抱えている一方で、財政・金融政策面では、これまでの大規模な政策発動により、対応の余地は次第に限られてきています。先般の、バーナンキFRB議長のジャクソンホールにおける講演でも強調されているように、経済の様々な構造的な問題への取組みが不可欠ですが、政治的、社会的な理由から、そうした取組みは遅れがちです。このような状況のもとで、今後、米欧の経済がどのように展開していくのかを巡って不確実性が高く、そのことがグローバル市場の参加者がリスク回避の姿勢を強めている背景となっているように思います。そうしたもとで、相対的な安全資産とみられている、金や、米国、ドイツ、日本の国債、あるいは通貨でも相対的に安全とみなされている、あるいはみなされていた、スイスフランや円が買われやすい地合いとなっています。こうした海外情勢を巡る不確実性や、それに端を発する為替・金融資本市場の変動は、わが国の企業マインド、ひいては経済活動にも、マイナスの影響を与えかねないということは、かねがね申し上げている通りです。そのことを踏まえ、前回の決定会合で金融緩和を一段と強化したわけですが、引続き先程申し上げた様々なリスク要因を十分念頭に置きながら、日本の経済・物価動向を丹念に点検していきたいと考えています。
§8Question
スイス国立銀行が、無制限の為替介入を行うという措置を導入しました。非常に異例なことだと思いますが、どのように受け止めているかご見解を教えて下さい。
§9Masaaki Shirakawa
中央銀行の総裁として、他国の政策について論評することは差し控える必要があると思います。ただ、いずれにせよ各国の当局は、その国の置かれた経済や金融の状況や、制度的な枠組みのもとで、最適な政策を追求していると思います。スイスの今回の措置については、スイスの当局が、昨日、その背景を公表文で説明しており、皆さんもご覧になっていると思います。自分なりの言葉で申し上げると、スイスフランは、いわゆる安全通貨、セーフ・ヘブン・カレンシーとして買いを集め、先進国通貨の中でも、もっとも上昇してきたわけですが、そうした中で、スイスの当局は、8月中、3 度に亘って金融緩和策を講じてきました。しかし、欧州の債務問題などを背景に、ユーロが上値の重い展開を辿る中で、スイスフランは、足許、再び反転上昇する兆しがみられていました。今回の措置は、こうしたスイスフランの動向が、スイスの経済や物価動向に及ぼす影響を踏まえ、決定されたものだと承知しています。
§10Question
新しい内閣の閣僚や産業界からも追加の金融緩和を求める声が上がっていた、強まっていたと思うのですが、今回追加の金融緩和を行わなかった理由について、改めて教えて頂けますでしょうか。
§11Masaaki Shirakawa
「改めて」という問いではありますが、先程かなり詳しく説明したつもりです。つまり、前回の決定会合で経済の下振れリスクに留意する必要があるということで、様々な不確定要因を相当程度前広に取り込み、思い切った金融緩和を実行したということです。現在、そのもとでの買入れがまさに始まったばかりです。われわれ自身は今回何かを「決定しなかった」という意識は無く、強力な金融緩和をまさに推進しているという意識です。今のご質問と多尐関連すると思いますが、今、日本銀行の行っている金融緩和政策のもとで、どういう金融の状態が実現しているかということを改めて振り返ってみると、言うまでもなく、短期金利は実質的にゼロ%、長期金利は1.0%前後です。「量」という側面で考えてみると、―― われわれ自身このゼロ金利環境のもとで「量」という形で金融政策の刺激度を測ることが適切とは考えていませんし、このことはFRBも全く同じですが、「量」ということで議論がなされることも多いので、あえて「量」に則して申し上げますと―― マネタリーベースの対GDP比は、日本は現在24.6%で、 FRBの17.9%、ECBの 11.5%を上回り、先進国では最大の数字になっています。米国のマネタリーベースの比率が高いということが時折言われますが、現在の米国の比率、先程申し上げた 17.9%の水準を日本が達成したのは、2002年です。
§12Masaaki Shirakawa
2002年の水準から比べても日本銀行は更にマネタリーベースを増やしているわけです。つまりFRBの現在の水準を日本は早い時期に実現し、そこから更にまた増えているということです。従って、もし、量的な意味で日本銀行の金融緩和が何か不足しているという観点でのご質問であれば、それは明らかに事実に反しているということです。いずれにせよ、日本銀行は中央銀行として適切に行動していきたいという思いはもちろん変わっていませんが、こうした事実を十分に理解頂きたいということで申し上げた次第です。
§13Question
2 つあります。1 つ目は、米国の長期金利が2%割れとなっていますが、これは、世界経済が相当減速していることの表れなのか、総裁の解釈をお伺いします。2 つ目は、物価の上昇圧力は、世界経済が減速しているということで、ひと月前より尐し弱くなっているのか、ご見解をお伺いします。
§14Masaaki Shirakawa
まず、米国金利ですが、1 つの大きな要因は、米国経済自体が足許減速しているということです。もう 1 つは、先程も申し上げましたが、世界的に不確実性が増す中で、相対的な安全資産に買いが集まる現象が影響していると思います。次に、物価ですが、このところの世界経済の減速傾向は、国内経済の減速や需給ギャップを通じて影響を与えるルートが存在します。私どもとして、これがどのような影響を及ぼしていくか、もちろん注意してみていますが、今回、物価の見通しを引き下げたということではありません。
§15Question
円高が長期化していますが、輸出の伸びも徐々に鈍化する見通しです。足許の景気に円高の影響がどの程度出てきているかをどう分析されているか、お考えをお聞かせ下さい。また、日米ともに強力な金融緩和をずっと続けているということでしたが、強力な緩和を続けていっても、なかなか経済が成長していかない、緩和の効果が表れにくくなっていると思います。金融緩和の効果が表れにくくなっている背景や要因をどのように分析されているか、ご見解をお聞かせ下さい。
§16Masaaki Shirakawa
まず、円高が長引くことに伴ってどのような影響が出ているかというご質問にお答えします。輸出量という面でみると、震災直後の供給制約が解消する過程で着実に増加しています。従って、円高が輸出の制約になっているということではないと思っています。これまでは、供給能力により経済が制約されてきました。足許は、円高により需要が減って、それがただちに景気を下押しするということにはなっていないと思います。ただし、先程も繰り返し申し上げましたが、震災後の復旧・復興の過程で円高になるということは、マインドを通じて経済に悪影響を与えていくことになります。私どもは、企業のヒアリングを広範囲で行っていますが、現在理解している範囲では、現実に何か影響がでているというよりは、マインドを通じて悪影響が出ることを懸念しています。また、2 点目の、金融緩和の効果が表れにくいことをどう考えるのかというご質問については、先程詳しくお答えしたことの繰り返しになりますが、現在、日本に限らず先進国における共通の現象です。日本はこの問題を先んじて経験し、欧米は現在遅れて経験しているということです。大変大きなバブルが起き、そのバブル崩壊後のバランスシートの調整が現在進行中である、これが本質的な姿であると思います。時期や国により、バランスシートの調整を要する部門は違います。
§17Masaaki Shirakawa
米国の場合は、当初は家計の、現在は政府も含めた調整が、欧州の場合は、当初は金融機関の、現在は政府も含めた調整が必要な局面となっています。現にバブルが起きてしまったというところからスタートすると、このバランスシート調整の痛みはマクロ経済政策で和らげることは出来ますし、実際に行ってきています。しかし、バランスシートの調整の必要性それ自体がなくなるわけではありません。日本の経験が示すように、そして現在欧米の当局者が遅れて認識しつつあるように、バランスシートの調整には時間がかかります。これがご質問に対する第 1 の理由です。さらに、現在はマクロ経済政策の発動余地もだんだん乏しくなってきています。財政政策についてみると、最終的に政府の債務返済能力がきっちりあると皆が信頼するからこそ、積極的な財政政策は効果を発揮します。しかし、もしこの信認が崩れてくると、財政と金融システムと実体経済の負の相乗作用が生じてくるということです。金融政策面でも、各国の長短金利は相当低い水準になっていますが、こうした状況でさらに低金利が続くと様々な弊害や副作用が生じてくるということを、だんだん気づき始めているということだと思います。
§18Masaaki Shirakawa
そう考えると、経済を立て直していく上で、バランスシートの調整はもちろん必要ですが、さらに、構造的な問題にしっかり取り組み、潜在的な成長率が下がっていくのをなんとか食い止め、できればそれを上げていくという努力を正面から行うことが必要だと思っています。
§19Question
1 つ目の質問は、とくに欧米経済について、8月4日以降、総裁がご説明されたようなことがありましたが、端的に言って、8月4日以降、世界経済の不確実性、リスク要因は高まったのか、大きくは変わらないのかお聞かせ下さい。2 つ目は、スイスの対応についてですが、昨日の発表を受けて円安方向に一時振れましたが、考え方によっては、スイスが強力な対応を採ることで、同じ安全資産である円が買われやすくなるという見方があると思います。日本への影響について、どのようにお考えか教えて下さい。
§20Masaaki Shirakawa
まず、世界経済全体の不確実性が、8月4日以降、高まったのかどうかということですが、不確実性というのは、なかなか定量的に評価することは難しいわけです。振り返ってみると、8月はじめの段階でも、相当に不確実性が高まったなと、たぶん、皆さんもそうだと思いますし、私も感じていました。それとの比較で、厳密にどうかというのはなかなか難しいのですが、しかしこの 1 か月間、尐なくとも良い方向の変化があったとは思いません。そういう意味では、幾分高まったという言い方になるかもしれませんが、いずれにせよ、不確実性というのはなかなか数量化できないからこそ、不確実性という言葉で表現しているのだと思います。達観して言えば、不確実性が高い状況が続いているということだと思っています。また、スイスフランに関する措置の日本経済に対する影響ですが、ご質問は、為替レートについてどういう影響があるのかということだと思います。ただ、これはいつも申し上げている通り、私の立場で為替相場の先行きについてコメントすることは不適切ですので、控えさせて頂きたいと思います。
§21Question
製造業の海外シフトに関して 2 点伺います。まず、製造業の海外シフトは、トレンドとして長らく増加していますが、今回の電力不足や先行き不安によって、このトレンドがさらに強まるのかということです。次に、本来、製造業は、人口増加や需要がある海外で製造し販売することが、民間企業としての利潤追求という面では望ましいことと思いますが、その場合、国内では雇用の問題が出てくると思います。これに関して、日銀が金融政策で直接対応することは難しいと思いますが、企業が利潤追求に伴い海外へシフトすることと、その反面で生じる国内の雇用、民間需要、日本の成長への影響についてお伺いします。
§22Masaaki Shirakawa
日本企業の海外進出については、様々なアンケートや統計があります。2010年10月の展望レポートで図表として公表した調査を紹介します。企業の海外進出について、企業自身にその理由・背景を質問したアンケート結果を示しています。その調査結果をみると、断然の1 位が進出先のマーケット拡大であると答えています。つまり、地産・地消で消費が拡大するところ、あるいは現地で需要が拡大するところに拠点を設けるということです。円高の影響による海外進出をみると、上から 4 番目でした。「現地の需要拡大」と回答した比率からすれば、「円高」と回答した比率は小さいということです。これにより申し上げたいことは、海外進出により生産拠点が移っていく際の基本的な要因は、マーケットの拡大であるということです。これは一定の企業にとっては合理性のあることです。円高は、そうした大きな流れの中で、タイミングとして ―― つまり、今年にするか来年にするか ――、円高の方が採算としては良いということで影響します。そうした意味で「円高が企業の海外進出を促進する」という言い方もできますが、最も基本的な要因は、やはり需要だと思います。もう1 つ調査で示されていることは、日本の企業が海外進出する過程で、海外での売上比率が高まっていき、海外での拠点が増えていきますが、同時に、日本の企業から海外現地法人への輸出も増加しています。
§23Masaaki Shirakawa
つまり、現地での需要の拡大と、その需要を支える高度な部品の日本からの輸出は、実は補完的な関係になっています。従って、両者を相対立するものとして捉えることは必ずしも適切ではないと思います。現在、私どもが懸念していることは、大きな流れの中で起こる合理的な海外進出ということではなく、行き過ぎた円高によってこの動きを加速してしまうことであり、これはマインドを冷やしてしまうと思っています。また、最近日本でも、海外の企業に対するM&Aが足許の円高によって増えています。日本の今後のマーケットの成長性や、抱えている対外資産の大きさを考えると、この蓄積をいかに有効に使っていくか、 M&Aをいかに増やしていくかということは大事な課題だと思います。また、雇用については、グローバル企業が世界各地での活動を増やす中で国内の雇用をどう確保するかは、どの国も直面している大きな課題であり、日本もその課題に直面しています。先程申し上げたように、対外進出は必ずしも国内の雇用縮小ということではなく、日本でしかできない高度な製品を日本は作っていくという、そういう補完関係だと思います。今回の震災の過程でも、日本のサプライチェーン、様々な企業が、いかに重要な部品を作っているのかということを改めて示したわけです。このことも、補完関係があることを示していると思います。
§24Masaaki Shirakawa
また、日本国内の雇用を考えた場合、今後急速な高齢化が進展していく中で、高齢者に対応したサービスの需要は確実に増加します。医療、介護や様々なシニア層が消費するサービス需要は拡大していきます。こうした部門は、概していえば労働集約的な活動です。こうした面で、規制緩和をはじめとして制度的な手当てが、まだ遅れているように感じています。もちろん、それだけで雇用を確保できるかどうかは様々な議論がありますが、製造業だけでなく、高齢化に対応して産業構造についても様々な見直しを図っていくことが必要だと思っています。
§25Question
欧州のソブリンリスクの問題ですが、欧州の銀行間の取引金利がじわりと上昇するなど、金融システムに波及する懸念が出ています。このように、財政の問題から金融の問題に波及する可能性についてどのようにご覧になっているか、また、邦銀に与える影響についてどのように分析されているかをお聞かせ下さい。
§26Masaaki Shirakawa
欧州の金融資本市場では、ソブリン問題に対する不透明感が強いもとで、保有国債の価格下落を通じた影響に対する懸念などから、このところ銀行の株価が下落しています。また、欧州周縁国の国債を担保とした取引や長めのタームの無担保資金の取引が減尐しており、銀行間の短期金利が徐々に上昇しています。こうした中、欧州ではユーロ圏全体にかかる金融支援の枠組みが強化されたほか、ソブリン問題を抱えた当該国では、財政健全化策や競争力強化に向けた構造改革などが打ち出されています。財政と金融システムと実体経済の負の相乗作用を防ぎ、欧州の金融システムの安定を確保するためには、申し上げたような抜本的な取り組みを着実に進めていくことが求められていると思います。金融システムの安定ということで、もうひとつ付言すると、この間、ECBでは金額無制限の資金供給オペを続け、8月には 6 か月物の同オペを再導入するなど、市場に潤沢な資金を供給しています。また、日本の金融機関に対する影響ですが、欧州の国債に対する日本の金融機関のエクスポージャー自体はそう多くありませんから、直接的な影響は大きくないと思っています。ただし、もし欧州の金融システムが不安定化した場合は、世界経済全体に大きな影響を与え、そのことが日本の経済、さらに日本の金融機関にも影響を与えることになります。今回のG7でも、欧州の問題についての議論は出ると思います。
§27Masaaki Shirakawa
金融システムが不安定化しないようしっかり取り組んでいく必要があると思います。
§28Question
先程の質問にも関連しますが、総裁も出席されたジャクソンホールの会議の中で、IMFのラガルド専務理事が、ユーロ圏の銀行への資本注入システムを組み立てるべきだという趣旨の講演をされていますが、こうした考え方について、金融市場が緊張しているもとで、多尐共鳴する部分があるか、あるいは必要と考えるか、お聞かせ下さい。
§29Masaaki Shirakawa
欧州の経済・金融の問題が、世界経済にとって大きなリスク要因であるという認識自体は、ほぼ関係者に共有されていると思います。従って、欧州の経済・金融システムの安定化に向けた取り組みが必要であるという点についても、ラガルド専務理事が初めておっしゃったことではありませんので、そういう意味では、共鳴する、しないということではなく、そもそも基本認識として、そのことが大事だという点で、私自身も同感です。ただ、具体的な方法論として、欧州の金融界に対して資本の再注入が必要だという部分については、様々な意見があり得ると思います。IMFの試算の前提について、欧州の当事者からするといろいろな反論があるでしょう。私自身、どちらかに軍配を上げるということではなく、基本的な認識については、欧州からの多くの会合参加者も含めて、同感だということだと思います。
§30Question
先程、総裁が米国経済のバランスシート調整下での対応の難しさについて説明されましたが、米欧のマスコミでは、これをジャパナイゼーション(日本化)という表現で呼んでいるようです。その結果、米国の潜在成長率は、かなり下がってくるのではという声が強くなり、長期金利が低下するという思惑もあるようです。一方、米国では、インフレの状況が尐し日本と異なるのではないかという気もしますが、米国のインフレに関して、日本との違いがどう影響するのか、ご見解をお聞かせ下さい。
§31Masaaki Shirakawa
日本の物価上昇率が、なぜ長期にわたって低いのかという理由について、ごく短期的なタイムスパンでの説明は別にして、長期的な理由として、かねてより日本において人々が将来に向けた成長期待を持てないことによるものだと申し上げてきました。つまり、潜在成長率が徐々に低下してきているということが、日本のデフレ問題の根源にあると申し上げてきました。ジャパナイゼーション云々という文脈で考えると、ご質問にありましたように、潜在成長率がどうなっていくのかが大事なポイントだと思います。この点で、バランスシート調整の過程では、現実の成長率が下がってくるので、そのことが人々の予想にも影響して、徐々に成長期待を低下させるという面もあると思います。日本と米国の経済を比較した場合、日本では 1990年代半ば以降、生産年齢人口の伸び率がマイナスに転じたわけですが、米国では、最近、ネットでみた移民の数が減ってきているとはいっても、まだ生産年齢人口の伸び率はプラスです。また、経済全体に備わっている柔軟性は、米国の方が日本よりも高いようにもみえます。ただし、バブルが崩壊して以降、つまり日本では 1990年ぐらい、米国では 2007年以降の消費者物価上昇率のパスをみると、必ずしも米国の方が高いというわけではなく、むしろパフォーマンスは良くないという感じもあります。
§32Masaaki Shirakawa
もうひとつ、日本と米国の違いは為替制度にあり、米国の場合、ドルにペッグする国が非常に多いわけです。米国の輸出先の中で、事実上ドルペッグの国をカウントすると、半分以上がそうなっています。米国の金融緩和は、バランスシート調整のある国内では刺激効果を十分持たなくても、勢いのある新興国あるいは資源国では刺激効果を持って、それが物価を上げて、それがまた米国にバックしてくるというメカニズムが働く、そこは日本と違うように思います。いずれにしても、大変に難しい問いですし、海外の当事者とこういう問題についてよく議論しますが、私自身、確たる答えを持っているわけではありません。今、申し上げたようなことを、いつも考えているということです。
§33Question
G7へ総裁もご出席されると思います。先程、欧州の問題にも言及されましたが、総裁の立場では、G7の会合でどういうことを訴えて、どういう議論をしていきたいとお考えか、また、欧州の経済・金融について、世界経済のリスク要因であるとのご認識でしたら、どういう処方箋をG7として打ち出していけるのか、お伺いします。
§34Masaaki Shirakawa
現在、国際会議の中では、 G20 が主要なフォーラムとの位置付けですから、その分、 G7はインフォーマルで自由な意見交換が出来るということが、長所であると思っています。従って、固定的な議題に沿って議論するというよりも、現在、われわれが直面している問題について、率直に意見交換していくことになると思います。当然、今のような経済情勢ですから、欧州の問題は大きなウェイトを占めるのではないかと想像していますが、これはよく分かりません。どういう主張をしていくのか、G7としてどうしていくのかというご質問ですが、もう既に、取り組むべきことは、方向性が非常にはっきりしていると思っています。欧州の当事者も、例えばEFSF(欧州金融安定基金)の拡充や、当該国の経済・財政の改革を今後進めることについて、既に宣言しています。問題は、これを着実に実行していくことであって、これはG7の参加国が強制するものではなく、当事者が自ら取り組んでいくことであり、そういう意味では、答えは自ずと出ているのだと思います。問題は、そうした痛みを伴う取り組みをきっちり行えるかどうか、これは別に他人事ではなく、日本自身もそうですが、そうした問題だと思っています。以上