総裁定例記者会見(2012年11月20日)要旨
全文
§1Question
本日の金融政策決定会合の結果について、景気の認識と併せてご説明をお願いします。
§2Masaaki Shirakawa
本日の決定会合では、「無担保コールレート・オーバーナイト物を、0~0.1%程度で推移するよう促す。」というこれまでの金融市場調節方針を維持することを全員一致で決定しました。こうした決定の背景となる経済・物価情勢について、ご説明します。まず、海外経済をみると、減速した状態が続いています。欧州経済については、債務問題の悪影響が周縁国だけでなくコア国でも一段と強まるもとで、設備投資や生産は減少し、個人消費も弱めの動きとなるなど、景気は緩やかに後退しています。また、中国経済は、ウエイトの高い欧州向けの輸出が落ち込んでいることに加え、素材産業など幅広い分野で在庫調整圧力が根強く残っていることなどから、減速した状態が長引いています。NIEs・ASEAN経済についても、輸出・生産面で弱めの動きが続いており、持ち直しの動きが緩やかになっています。この間、米国経済については、生産や設備投資といった企業部門に弱めの動きがみられる一方、個人消費は緩やかに増加し住宅投資も持ち直しの動きを続けるなど、家計部門中心に緩やかな回復基調を続けています。国際金融資本市場では、欧州債務問題を背景とする投資家のリスク回避姿勢は、やや後退した状態が続いています。
§3Masaaki Shirakawa
もっとも、EU・IMFによるギリシャへの支援融資の行方や、スペインのユーロ圏諸国への全面支援要請の有無等を巡って不透明感の強い状況が続く中、今後の市場の展開には十分注意していく必要があると考えています。次に、わが国の景気ですが、「弱含みとなっている」と判断しています。輸出や鉱工業生産は、海外経済の減速した状態が続いていることなどから、減少しています。設備投資は、非製造業中心に緩やかな増加基調にあるものの、海外経済減速の影響などから製造業に弱めの動きがみられています。個人消費は、底堅さを維持していますが、足許では、乗用車購入において需要刺激策の一部終了に伴う反動減がみられています。この間、公共投資は増加を続けており、住宅投資も持ち直し傾向にあります。経済主体の支出・投資活動を支える金融環境は、日本銀行の強力な金融緩和を反映して、緩和した状態にあります。すなわち、企業の資金調達コストは、新規の貸出約定平均金利が短期・長期とも 1.0%程度となるなど、低水準で推移しています。CP・社債市場の発行環境についてみると、一部の銘柄で業績悪化等からスプレッドが拡大していますが、投資家の需要が引き続き底堅い中で、総じてみれば良好な状態が続いています。また、企業からみた金融機関の貸出態度や企業の資金繰りなどに関する指標は、2000年以降の平均を上回る水準で改善した状態が続いています。
§4Masaaki Shirakawa
物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、概ねゼロ%となっています。わが国経済の先行きについては、「当面弱めに推移する」と考えられます。展望レポートの公表時点では、「当面横ばい圏内の動きにとどまる」とみていましたが、この間に得られたミクロ情報等も踏まえ、当面、輸出や鉱工業生産は減少を続け、景気全体も弱めに推移すると判断しました。もっとも、そうした局面を脱した後については、「国内需要が全体としてみれば底堅さを維持し、海外経済が減速した状態から次第に脱していくにつれて、緩やかな回復経路に復していく」という基本的な見通しは、展望レポートから変更していません。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、当面、ゼロ%近傍で推移するとみられます。リスク要因をみると、欧州債務問題の今後の展開や米国経済の回復力、新興国・資源国経済の持続的成長経路への円滑な移行の可能性、日中関係の影響の拡がりなど、日本経済を巡る不確実性は引き続き大きいと考えています。金融・為替市場動向が景気・物価に及ぼす影響にも、引き続き注意が必要です。具体的には、まず、欧州債務問題が深刻化し、国際金融資本市場の動揺から欧州経済ひいては世界経済の一段の下振れにつながるリスクについては、一頃よりやや後退したとはいえ、引き続き強く意識しておくべきと考えています。
§5Masaaki Shirakawa
中国経済についても、インフラ投資が増加するなど財政・金融両面での景気刺激策の効果が一部でみられ始めていますが、過剰設備の問題を克服し持続可能な成長経路に順調に移行できるかどうか引き続き注視していく必要があります。また、米国経済については、大統領・議会選挙後も、いわゆる「財政の崖」の問題などについて不透明感が強い状態が続いており、十分な注意が必要です。日本銀行は、日本経済がデフレから早期に脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することが極めて重要な課題であると認識しています。この課題は、幅広い主体による成長力強化の努力と金融面からの後押しが相俟って実現されていくものです。こうした認識のもとで、日本銀行は、金融機関による成長基盤強化の取組みおよび貸出の増加を支援するとともに、実質的なゼロ金利政策と資産買入等の基金の着実な積上げを通じて、強力な金融緩和を間断なく推進していきます。日本銀行としては、引き続き適切な金融政策運営に努めるとともに、国際金融資本市場の状況を十分注視し、わが国の金融システムの安定確保に万全を期していく方針です。この間、政府におかれては、デフレからの早期脱却のため、日本経済の成長力強化の取組みを強力に推進することを強く期待しています。
§6Question
先週発表されたGDPも 3 四半期ぶりのマイナス、月例報告でも 4 か月連続の景気判断下方修正と、日本経済が景気後退局面に入ったという指摘もある中で、日銀が描いている展望レポートの景気回復シナリオが崩れているのではないかという見方もあるのですが、その点はどのように認識されていますか。
§7Masaaki Shirakawa
ご指摘の通り、7~9月の実質GDP(1次速報値)は、前期比マイナス 0.9%、年率マイナス 3.5%と、2011年10~12月期以来のマイナス成長となりました。こうしたGDPの動きは、海外経済減速の影響から輸出や鉱工業生産が減少し、内需にもその影響が一部及び始めており、景気全体は弱含みとなっている、という展望レポートでも示した景気の厳しい現状を確認する内容であったと思います。先程も申し上げた通り、わが国経済の先行きについては、当面弱めに推移すると考えています。わが国経済が景気後退局面に入った可能性が高いとのご指摘は、景気動向指数の一致CIが6か月連続で低下したことを踏まえたものと認識しています。景気動向指数の一致CIには、鉱工業生産を始め所定外労働時間、大口電力使用量など製造業の生産活動と密接に関係する指標が数多く含まれているため、最近の海外経済減速の影響が強く出ている面もあるように思います。いずれにせよ、景気基準日付に基づく正式な景気後退局面の認定は、別途、内閣府が決定することになるわけですが、景気後退と認定されるかどうかにかかわらず、景気が弱めであることは事実です。
§8Masaaki Shirakawa
こうした情勢認識に立って、日本銀行は、9月、10月と 2 か月連続で、景気判断の下方修正を行うとともに、日本経済が物価安定のもとでの持続的な成長経路に復していく軌道を踏み外さないようにするために、金融緩和を一段と強化してきたところです。先程申し上げた通り、わが国経済の先行きは、当面弱めに推移するとみられます。もっとも、そうした局面を脱した後には、展望レポートで記述した通り、国内需要が全体としてみれば底堅さを維持し、海外経済が減速した状態から次第に脱していくにつれて、緩やかな回復経路に復していくと考えています。こうした見通しには、日本銀行が既に決定した累次にわたる金融緩和の効果や、政府の成長力強化の取組みの成果も織り込んでいます。また、こうした見通しの前提となる海外経済の動向に関する日本銀行の見方は、IMF等の国際機関や民間エコノミストの見方と大きく違わないわけですが、同時に様々な不確実性が存在することは十分認識しています。とりわけ、海外経済の減速が一段と長引くことで、輸出や鉱工業生産の持ち直しが遅れ、ひいては内需への悪影響が一段と強まることがないかどうか、丹念に経済指標や各種のミクロ情報を点検していく方針です。
§9Question
自民党の安倍総裁が、日銀に対する一段の金融緩和を求める発言を繰り返されていますが、「2~3%のインフレ目標を設けて無制限に金融緩和を求める」とか、「当座預金の付利について、ゼロかマイナス」という発言、あるいは「建設国債をできれば日銀に全部買ってもらって新しいマネーを強制的に市場に出す」という一連の発言について、総裁はどのようなお考えをお持ちか、お聞かせ下さい。
§10Masaaki Shirakawa
ご質問の安倍総裁のご発言について、詳細を承知しているわけではありませんので、ご指摘の個々の論点について具体的にコメントすることは差し控えたいと思います。一般論として、日本銀行の金融政策運営の考え方を改めてご説明すると、日本銀行は、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的と判断する物価上昇率について、消費者物価の前年比上昇率で 2%以下のプラスの領域にあると判断しています。その上で、当面は 1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により、強力に金融緩和を推進しています。当初 35 兆円程度、2011年末までとして導入した資産買入等の基金については、現在は 91 兆円程度、2013年末までと、当初の予定を遥かに超えて大規模なものとなり、期限も大幅に延長されています。また、成長基盤強化支援の拡充や、先月決定した新たな貸出増加支援策の導入など、様々な施策も次々と導入してきています。この貸出増加支援策については、金融機関の希望に応じて全額資金供給を行い、限度を設けない、すなわち無制限の資金供給とする、ということは先月公表した通りです。このように、日本銀行の考え方は、現在ゼロ%近傍で推移している消費者物価について、当面「+1%」を目指して、その実現に最大限の努力を尽くすということです。
§11Masaaki Shirakawa
デフレからの脱却は、成長力の強化と金融面からの後押しの両方が揃って初めて実現するものです。この点、先般の政府との共通理解にも示されている通り、思い切った規制緩和を始め、政府による成長力強化の取組みは極めて重要であり、日本銀行としては政府の強力な取組みを強く期待しています。そうした成長力強化への取組みの成果が挙がっていった場合には、目指すべき物価上昇率が 1%よりも高まっていくと考えられます。日本銀行は、そうした可能性も十分念頭に置いて、「中長期的な物価安定の目途」について、原則として、ほぼ 1年毎に点検していく方針であるということを明らかにしています。また、日本銀行は積極的な金融緩和政策を実施してきているところであり、それだけに、日本銀行による大量の長期国債の買入れが、財政ファイナンスであるという誤解が生じると、長期金利が上昇し、財政再建だけでなく実体経済にも大きな悪影響を与えることになると思います。特に、日本の政府債務残高が大きく積み上がっており、また、金融市場のグローバル化が進展しているもとでは、金融市場の受け止め方には十分な注意が必要であると思います。いずれにせよ、日本銀行としては、今後とも、政府との十分な意思疎通を図った上で、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的成長経路への復帰に向けて、自らの責任と判断において中央銀行としての使命をしっかり果たしていく方針です。
§12Question
一般論で結構ですが、国債を日銀が直接引き受ける、買い入れることについて、総裁としてはどうお考えでしょうか。先程、「財政ファイナンス」という言葉がありましたが、なぜそれが問題になるのかという点について、一般論で結構ですから、改めてご説明をお願いします。
§13Masaaki Shirakawa
今、記者の方がおっしゃった通り、あくまでも一般論として申し上げたいと思います。まず、現在、日本銀行は、極めて多額の国債の買入れを行っています。基金では、来年末に向けて、さらに、長期国債を 17.4 兆円、短期国債を 12.1兆円買い入れることになっています。これに加えて、成長通貨オペとして、年間21.6兆円の長期国債の買入れを行っています。そのことを申し上げた上で、中央銀行による財政ファイナンス、あるいはそれを端的に表した国債の引受けですが、これは、先進国でそうしたことが行われていないということだけでなく、発展途上国でも、例えば、IMFも中央銀行制度に関する助言を行う際に、行ってはならない項目リストの最上位に掲げるようなものです。これは、中央銀行が、その通貨を発行する権限をバックに、国債の引受け、あるいは引受け類似の行為を行っていくと、通貨の発行に歯止めが利かなくなり、その結果様々な問題が生じるという内外の歴史の教訓を踏まえたものだと考えています。
§14Question
現在、日銀は、物価目標を 1%としていると思いますが、現在の日本経済において、一般論として、3%という物価目標が現実的な目標だと思われますか。
§15Masaaki Shirakawa
まず、日本銀行が発表している「中長期的な物価安定の目途」ですが、これは正確に言うと、「2%以下のプラスの領域」ということです。その上で、当面は 1%を目指すというのが、私どもの正式な表現です。今、3%に関するご質問を頂きましたが、その問いに対するお答えは、現実的ではない、ということですし、また、経済に対する悪影響が大きい、と判断しています。このように判断する理由ですが、いつも申し上げている通り、わが国においては、バブル期で景気が最も過熱した時期、すなわち 1980年代後半においても、海外の物価上昇率よりも低く、平均 1.3%でした。1986年、87年、88年には、1%以下、つまりゼロ%台の物価上昇率でした。そうした状況を踏まえると、日本の家計や企業が「物価が安定している」と考える物価上昇率は、欧米の場合よりは幾分低いと判断されます。こうしたもとで、例えば、3%という物価上昇率を、国民の皆さんが「物価が安定している」と感じられるのかどうか、これは慎重に検討する必要があると思っています。国民の皆さんが望んでいるデフレ脱却というのは、単に物価だけが上昇する状態ではないと思います。これは先般の講演でも触れましたが、国民の皆さんに対して行っているアンケート調査をみると、物価の上昇について「望ましい」と答える方は少ないという結果になっています。
§16Masaaki Shirakawa
これは、結局、国民の皆さんが望んでいるデフレ脱却とは、単に物価だけが上昇する状態ではなく、企業収益や雇用の増加、賃金の上昇などを伴って、経済が全体として改善し、その結果として物価が緩やかに上昇していく状態であると思います。仮に、今まで経験したことのない物価上昇率を掲げ、それに向けて政策を総動員していくということで、その物価上昇率だけが信じられた場合には、長期金利がまず上がってしまいます。そうすると、財政再建にも悪影響が出ますし、実体経済にも悪影響が出ます。特に、日本の場合には、金融機関が国債を大量に保有しているわけですから、保有している国債のキャピタルロスを通じて、金融機関が実体経済を支える力も低下していくと思います。私が申し上げている意味で経済全体の底力を上げていく結果として、少しずつ体温を上げていく、物価が上昇していく、という状況を実現するために、日本銀行は最大限の努力を行っていくし、また政府も最大限の努力を行っていく必要があるということです。
§17Question
日銀の当座預金の金利を、仮にマイナスにするということを行った場合に、貸出が増えて経済が活性化するという効果が見込み得るのか、また、仮にそのようなことを行った場合にどのような弊害ないし副作用があるとお考えでしょうか。
§18Masaaki Shirakawa
マイナス金利は、エコノミストの議論としては、時折行われているわけですが、先進国で大規模に実施に移したというケースはありません。従って、ご質問の通り、そのあり得る効果なりコストを、想像を巡らせて考えていくことになると思います。これまでの金融経済に関する経験を踏まえて、マイナス金利については、大きく 4 つの論点が指摘されることが多いと思います。第 1 は、金利をゼロないしマイナスまで引き下げていった場合に、市場参加者がいざ必要というときに市場から資金調達ができるという安心感がなくなってしまうわけです。そうすると、経済に何かショックが加わった場合に、流動性調達に不安が生じるという問題があると思います。第 2 に、金融機関からの預け金である中央銀行の当座預金に大幅なマイナス金利を適用すると、額面価値が保証され、かつマイナス金利が付かない銀行券に大規模なシフトが生じることになります。第 3 に、金融機関がマイナス金利のコストを貸出金利に上乗せすることになり、結果的に企業が直面する金融環境が引き締まるという指摘もなされています。第 4 に、金融機関は、中央銀行のオペに応じて資金を調達して当座預金に置くとコストがかかるわけですから、むしろオペに応じなくなるということになってくると思います。
§19Masaaki Shirakawa
いずれにせよ、日本銀行としては、マイナス金利を巡る様々な議論を踏まえた上で、現在日本の置かれた状況に即して最適な金融緩和政策を模索しようということです。先般、貸出増加支援のスキームについて検討することを発表しましたが、私どもは、日本の置かれた状況に即して、一番、金融緩和の効果がある政策を考えていきたいという姿勢です。
§20Question
金融政策が選挙の争点になりつつあると思うのですが、その辺について、どのようなご感想をお持ちかお聞かせ下さい。
§21Masaaki Shirakawa
政治情勢については、中央銀行の総裁として、コメントを差し控えたいと思います。私として申し上げたいことは、中央銀行制度、中央銀行の独立性は、内外の長い経済・金融の歴史の中から得られた、数々の苦い教訓を踏まえて考えられた制度であるということです。つまり、やや長い目でみた経済・金融の安定を図っていく、そういう組織が必要である、それを中央銀行の独立性という形で制度設計したわけです。これは、ある経済学者が以前使った言葉ですが、中央銀行は経済における目覚まし時計のような役割であるということです。つまり、人は朝起きるため、目覚まし時計をかけます。時計が鳴るその瞬間は、確かに起きることが辛いのですが、一定の条件が揃っていた場合に、長い目でみた経済の安定、あるいは人々の生活の安定を考えた上で警告を発していくのが目覚まし時計であるわけです。中央銀行の独立性は、そうした長い経験の中で培われたものです。特に、このグローバル化の時代では、各国がそうした中央銀行の独立性を尊重しています。日本銀行としては、独善に陥ることなく、金融政策を適切に行うべく、最大限の努力をしていきます。同時に、中央銀行の独立性ということを、是非、尊重して頂きたいと思っています。これは、現在の議論に対するコメントでは全くありません。あくまでも、一般論として申し上げました。
§22Question
先程から質問が出ていますが、各方面から金融政策に対する要請というか、非常に色々な要望が相次いでいます。金融政策への依存度が経済政策の中でも高まっているのではないかと思いますが、これについてどうお考えでしょうか。もう 1 つ、これは、世界的にそういう傾向が強まっていると思いますが、主要中銀が大規模な金融緩和を数年にわたって続けていますが、なかなか経済が抜本的に回復するという結果には至っていません。金融緩和の有効性について、我々はどこまで期待してよいのか、総裁のお考えを伺いたいと思います。
§23Masaaki Shirakawa
今、記者の方からご質問があったように、中央銀行の金融政策への期待が高まっているということは、日本に限らず先進国に共通する現象です。先日行われたIMF・世銀総会を含め、最近私が出席する様々な国際会議でも、このことは大きな論点の1つとして議論されていますし、学者の間でも、そうした議論が高まっているように思います。先日、ある有名な米国の経済学者が、“the only game in town”という言葉で、「必ずしもそれが最適ではないが、他の手段が採られていないためにその政策だけが採られている」という状況を表現していましたが、そうした問題意識は、実は、先進国ではどこでも高まっていると思います。次にお尋ねの件は、金融政策の有効性を、現在の局面でどのように考えるのかという問題に帰着すると思います。リーマンショック後の先進各国の状況を、日本を含めてみてみると、最後の貸し手としての中央銀行の積極的な施策だけでなく、財政政策、金融政策が総動員されました。このことは、グローバルな金融の収縮を防ぎ、世界経済の大きな落込みを防ぐ上で大きな効果があったと思います。もっとも、その後の米欧経済の回復力は、各国中央銀行の積極的な金融政策にもかかわらず、総じて弱いものとなっています。
§24Masaaki Shirakawa
以前、この席でも申し上げましたが、今回の信用バブル崩壊後の米欧の景気回復のパス、例えば実質GDPのパスをみると、1990年代の日本のバブル崩壊後のパスよりもむしろ芳しくないというのが実態です。何故そうなっているのかということが、先程申し上げた、様々な国際会議での議論の問題意識です。これは、もちろん答えが出ているわけではありませんが、3 つほど要因が考えられると思います。1 つは、米欧経済が、2000年代半ばにかけて、信用バブルのもとで過剰債務が著しく増加し、現在はその過剰債務の調整過程にあるためです。過剰債務を抱えた経済主体は、金融がいくら緩和されても債務返済を優先せざるを得ないため、支出を切り詰める、そのことが経済活動を抑制するということです。いわゆるバランスシート調整です。2 つ目は、低金利環境が長期化していることによる影響です。先程、バランスシート調整について申し上げましたが、もちろん、現在でも、バランスシートの問題に直面していない経済主体もたくさん存在しています。そうした主体に働き掛けることが低金利の効果です。ただ、これは、基本的には、将来投資ないし支出を行おうとしていた主体が、それを現在に繰り上げることが効果の源泉です。従って、低金利が長く続くと、将来から持ってくる需要が徐々に減ってくるということ、これが 2 つ目の理由です。
§25Masaaki Shirakawa
3 つ目は、為替レートを通じた金融緩和のルートが機能しづらいということです。国内の経済成長を促すために、為替の減価を通じて、外需の増加を促していくという対応は、世界経済全体が成長しているもとで一国だけが金融緩和を行っている時には有効となり得るわけです。しかし、現在のように世界的に経済成長が弱く、先進国がいずれも実質的なゼロ金利政策を採用している時には、いわば効果がお互いに相殺されてしまうことにもなってきます。こう考えると、中央銀行として、金融緩和政策はしっかりやっていく必要がありますし、日本銀行も、これまで様々な工夫を行ってきて、今後ともそれは考えていきたいという姿勢で臨んでいますが、それと同時に、経済の潜在的な成長力を引き上げていく様々な経済構造改革が必要だと思っています。それからもう 1 つ、世界的に低成長が続くときには、どうしても、米国の1930年代――世界経済もそうでしたが――のような保護主義に陥り易く、そのことがまた世界経済全体の成長力を下げていくことになります。従って、不適切な政策を採用しないことも、経済が出来るだけ早く回復経路に復帰するためには、大事だと思っています。
§26Question
先程から議論になっている通り、総選挙を控えて各党から金融緩和に対する期待感、そして日銀法改正という声も出ています。こういった声が高まることによって、市場には、金融緩和期待が高まっている面もあると思います。こうしたことが、日本銀行の冷静な議論に影響を与えることを心配する声があるのかないのか、総裁はどうお考えですか。
§27Masaaki Shirakawa
先程の質問へのお答えと重なりますが、一般論として申し上げると、中央銀行の独立性は、通貨・金融の長い歴史の中から得られた内外の数々の苦い教訓を踏まえて、中央銀行が中長期的な観点から経済・金融の安定を保つことが重要だという考え方になり、これは国際的にも確立されたものです。従って、仮に、日本銀行法のような、わが国の経済・金融の基本法についての改正議論を行うのであれば、十分に時間をかけて、慎重な検討を行うことが必要だと思っています。日本銀行の政策運営の基本的な構え・スタンスですが、日本銀行の金融政策の使命は明確で、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」です。それから、決済システムの円滑な運行を通じて金融システムの安定を確保することです。この「物価の安定」と「金融システムの安定」をしっかり確保することが、経済の持続的な成長につながるわけであり、日本銀行はそのことだけを考えて政策を行っていくということです。そうした思いは、私自身もそうですし、決定会合に出席している他の政策委員も同じだと思います。
§28Question
今回、先行きの景気については、前回よりも若干下振れに変更されたと思いますが、政策については、9月、10月の緩和強化の効果を見守るという中で、短期的な、ソフト・パッチ的な下振れに過ぎないという見方でよいでしょうか。それとも、可能性としてはリーマンショック後のような大きな下振れになり得るが、現時点ではハード・データで確認できないということで、こういう判断になったのか、ご見解をお聞かせ下さい。
§29Masaaki Shirakawa
まず、先程も申し上げた通り、10月末の展望レポートの基本的なシナリオは変えていません。ただ、展望レポートでも強調している通り、様々なリスク要因が存在しています。私どもは、そうしたリスク要因も踏まえた上で、先般、金融緩和を行ったわけです。足許の景気の弱さの原因を考えてみた場合、幾つか挙げられます。1 つ目は、海外経済自体の弱さです。これが内需にも波及してきているということです。海外経済については、8月、9月と段々悪化していますが、先般出席した 11月のG20では、世界経済がさらに悪化してきているということではなかったように思います。この先は分かりませんが、もし世界経済全体の減速が段々止まっていけば、この面でのマイナスの影響は次第に消えていくことになります。2 つ目は、最近における日中関係の影響です。9月、10月と、その影響が強くなってきていると思いますが、この点は、10月の貿易統計でも確認されると思います。これが、この先、どんどん悪化していくのかどうかについては、今後の展開をみて判断していく必要があると思います。3 つ目は、一時的な要因ですが、エコカー補助金終了の影響です。これは、元々予測されていたものですが、やはり影響が出てきたということです。このように考えると、リーマンショック後のような大きな落込みを想定しているわけではありません。
§30Masaaki Shirakawa
しかし、日本銀行の毎回の発表文の最後に書いてある通り、私どもとしては、現在、世界経済に関する最大のリスク要因は何と言っても欧州債務問題だと思っています。足許、投資家のリスク回避姿勢はやや後退していますが、基本的な問題が解決されているわけではありません。リーマンショックの場合、国際金融資本市場の安定が確保されるかどうかが決定的な鍵を握っていたと思います。従って、私どもとして、金融システムの安定に万全を期していくということを毎回書いているのは、そういう趣旨です。
§31Question
先日の総裁の講演資料の中で、新しい、制限を設けない貸出のスキームについて、直近のデータを用いると 15 兆円の効果があると黄色くハイライトして書いてありました。それをなぜ講演でお触れにならなかったのでしょうか。それがもし事前に分かっていたら、例えば、この前の決定会合の発表の時にも、なぜそれを発表、強調されなかったのでしょうか。もう少し宣伝してもいいのではないかという趣旨で、もしそのような効果についての試算があるなら、30日の決定会合のステートメントの中で触れられてもよかったのではないでしょうか。もう 1 点の質問は、金融緩和とは直接関係ありませんが、日銀ネットなどのシステムの維持ということで、もし仮に府中のデータセンターが機能しなくなって、バックアップである大阪も機能しなくなった場合、どのような対策を講じられるのでしょうか。その場合は、システム自体が止まってしまうのでしょうか、それともそういうことは想定されていないのでしょうか。
§32Masaaki Shirakawa
まず、1 問目の「15 兆円」ですが、私の意識としては、「15 兆円」を随分とPRしているつもりでしたので、質問の意味が十分に理解できなかった面がありますが・・・。前回の 10月末の決定会合後の公表文における骨子素案の中で「15 兆円」と書いていますし、記者会見の席でも、15 兆円に金融機関の努力が加わればプラス・アルファがあり得ると話しました。いずれにせよ、「無制限」ということを、自分自身では、ややしつこいかな、というくらい強調したのですが、もし強調が足りないということであれば、いくらでも強調しますし、むしろこれは大いにPRして欲しいと思っています。次に、日銀ネットについてです。私どもは、昨年の東日本大震災もそうですが、様々な障害の発生を意識して、ビジネス・コンティニュイティ・プラン(BCP)が、日本銀行として、非常に大事な課題であると認識しています。これは、日本銀行として、人的資源も含め多くの資源を投入しています。府中のセンターに加え、大阪のセンターを持っており、日本銀行としては、2つのセンターで万全を期しています。その上で、もちろん、様々な事態に備えてどういう対応策があり得るか、今後とも考えていきたいと思います。民間のBCPもそうですが、日本銀行のBCPも、予算を使っていきます。その中で、日本銀行については、ひと際高いBCPの基準が求められます。
§33Masaaki Shirakawa
この点についても、様々なバランスを意識した上でしっかりと取り組んでおり、今後ともそうしていきたいと思っています。
§34Question
2 点伺います。1 点目は、先程から幾つか質問があり、総裁からご説明があって、政策目的は「物価の安定」と「金融システムの安定」であるとおっしゃっていますが、ここに「雇用の最大化も加えろ」という意見が色々なところから出ていると思います。「米国の真似をしろ」という意見だと思いますが、こういうことをする必要があるのか、もし必要がないとすれば、米国と何が違うのかという点を伺います。2点目は、先程から、マイナス金利とか無制限の緩和とか高めの物価目標とか、色々な政策を色々な方がおっしゃっていて、結果的に株高とか円安につながっており、市場を含めてそういう政策に期待が高まっている状態だと思います。総裁がおっしゃるような問題点は承知していますが、現状、ゼロ金利などの政策の効果がない中で、そういう「大胆な政策をやれ」という期待があるのも事実だと思います。そういう政策を、コストを払ってでも行う価値があるのか、改めて伺います。
§35Masaaki Shirakawa
1 点目の「雇用の最大化」に関するご質問です。これも一般論ということでお答えします。日本銀行法では、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」をもって金融政策の理念としています。また、先程も触れましたが、決済システムの円滑な運行の確保を通じて金融システムの安定を実現していくことも、日本銀行の重要な役割とされています。この「物価の安定」と「金融システムの安定」のもとで、持続的な成長が実現され、またそのもとで、雇用の安定にもつながっていくと考えています。1990年代以降に制定された各国の中央銀行法の目的規定は、こうした理解に基づいて作られていると思います。あえて言うと、リーマンショック以降の経験を踏まえ、従来、目的規定に「物価の安定」だけを入れていた中央銀行について、「金融システムの安定」をもう少し意識した規定にした方がよい、という変化が起きているように思います。もちろん、各国の中央銀行法は、各国の置かれた経済の状況、あるいは中央銀行法が制定された当時の時代環境も反映して異なっています。米国では、「物価の安定」と並んで「雇用の最大化」が金融政策の目的として掲げられていますが、これは第二次大戦直後の特殊な時代背景のもとで定められていたのではないかと思います。
§36Masaaki Shirakawa
いずれにせよ、私が申し上げたいことは、「物価の安定」と「金融システムの安定」と、それをもって実現される持続的な経済成長が雇用の安定にもつながっていくということです。日本銀行は雇用について意識していないわけではありません。まさに持続的な経済成長ということは、結果的に雇用の安定にもつながっていくと考えています。2点目の市場動向ですが、為替レートや株価といった金融市況の動向は様々な思惑で変動するものですので、私の立場で具体的にコメントすることは控えたいと思います。私自身は、市場の動向に人一倍の注意を払って毎日の動きをみています。それと同時に、例えば、ユーロが発足してからの 10年間を考えてみると、ユーロ圏の国債金利は、欧州周縁国も含めて、ドイツとほぼ同じ金利水準であったということも、また市場であるということです。そういう意味で、市場の動向は注意深くみると同時に、中央銀行としては、やや長い目でみて経済の先行きをしっかり判断していくという自らの軸を持っていないと、経済の安定役を果たしていくことにならない、というのが私の市場観です。大胆な金融政策への期待ということですが、日本銀行自身は──「大胆」という言葉がよいかどうか分かりませんが──、非常に積極的な政策を行っています。
§37Masaaki Shirakawa
後世、日本の金融政策を振り返った歴史家は、1990年代後半以降の日本銀行の金融政策が、如何に積極的であったか、大胆であったか、あるいは革新的であったかとみると思います。その上で、金融政策だけでもちろん全ての問題が解決するわけではありません。一般論として、積極的な政策、あるいは大胆な政策がよいとか悪いとか、そういうことではなく、あくまでも期待される効果とコスト、副作用というものを比較考量して、最適な政策を追求していくということです。昨年、私どもは東日本大震災を経験しましたが、その時の 1 つのキーワードは、想定外は許されない、というものでした。私どもとしては、想定されるコストを考えた上で、経済の状況に応じて最適な政策を追求していくという姿勢を貫きたいと思っています。
§38Question
中東情勢がかなり緊迫し、イスラエルとパレスチナの問題で軍事的な緊張も高まり、原油価格等も少し反応してきています。この地政学リスクは、世界経済をみる上でのかなりのリスク要因の1つであると思いますが、総裁のご見解をお伺いしたいと思います。もう 1 点お伺いします。本日、色々な金融政策にまつわる質問と総裁のご見解も出ていますが、今、こうした議論をきっかけに「マネーをたくさん出せば効果があるのだから、試しに出してみたらどうか」といった声もあり、それに対しては「慎重であるべきだ」、一方では「やってもみないで、どうなのだ」という議論もあると思います。やはり、マネーに需要がないのに供給だけ増やしても弊害があるとは思うのですが、この点につき、簡単に総裁のご見解をお伺いできますか。
§39Masaaki Shirakawa
まず、1 問目の中東情勢ですが、展望レポートの議論でもそうでしたし、本日の議論でも、中東情勢を 1つのリスク要因として指摘する意見もありました。そういう意味で、私どもとして意識しているリスクの 1 つです。2 問目のマネーに関する質問です。今、「やってもみないで」という言葉を使われましたが、いいえ、日本銀行は、まさに「やってきている」わけです。マネーの「量」についてのご質問だと受け止めましたので、「量」についてお答えします。中央銀行の供給するマネー、いわゆるマネタリーベースの対名目GDP比の動向をみると、リーマンショック後、あるいは 2007年以降の変化に限ってみても、その増加幅は他の欧米先進国と同じです。加えて、日本銀行はそれ以前からマネタリーベースを増やしていますので、現在、マネタリーベースの対名目GDP比は、先進国では最も高い数字であり、まさに、これまでも現に行ってきているわけです。そのような政策を行った上で、現在の経済の状況があることの重さはしっかり受け止める必要があると思います。私は、マネーが重要ではないと言っているわけではありません。日本銀行は、今後、基金での資産買入れをさらに増やしていきますが、そのことは、マネタリーベースの動きに翻訳すれば、マネタリーベースが増えていくことをイメージするわけです。
§40Masaaki Shirakawa
しかし、今、大事なことは、マネーの量そのものより、マネーが実際に使われること、つまりマネーの回転速度を上げていくような政策であり、それは日本に限らず先進国に共通した理解だと思っています。ちなみに、米国も欧州もそうですが、金融政策の議論を聞く限り、「量」に着目した議論はほとんど行われていないというのが私の印象です。どの国でも、資産の買入れを通じて、金利あるいはスプレッドにどのような影響を与えるかによって、金融緩和効果を生み出していくということが、ほぼ共通した理解になっていると思います。
§41Question
かねてから総裁が言われているように、日本銀行が強力な金融緩和を推進している中でも、こういった、日本銀行にさらなる強力な行動を求める声が出てくるのは、日本銀行の政策に対するアピールが、十分に外部に伝わっていないという原因もあるのでしょうか。その点、どうお考えになりますか。
§42Masaaki Shirakawa
日本銀行の政策に関する説明がどの程度うまくいっているかについては、私がここで述べるより、皆様方が評価をするものと思います。私どもとしては、金融政策の判断の根拠となる経済・物価情勢を丁寧に説明し、その上で、金融政策の考え方を丁寧に説明していくことが大事だと思っています。金融政策が、ゼロ金利になり、あるいは様々な非伝統的な政策を展開するようになると、ごく普通の国民の方からみて、金融政策の細かい技術的なことは、やはりなかなか理解し難いのが現実だと思います。私自身が心掛けているのは、細かい技術的な説明は専門家の方に向けてしっかり行うと同時に、ごく普通の国民の方からみて中央銀行が物価の安定のもとでの持続的な成長に向けて、長い目でみて自分達の生活をしっかり守っていくという姿勢で臨んでいる、という安心感を得られていくように努力をしていきたいと考えています。以上