総裁定例記者会見(2015年9月15日)要旨
全文
§1Question
本日の決定会合の決定内容について、ご説明をお願いします。
§2Haruhiko Kuroda
本日の決定会合では、「マネタリーベースが、年間約 80 兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う。」という金融市場調節方針を維持することを賛成多数で決定しました。資産買入れに関しても、長期国債、ETF、J-REITなどの資産について、これまでの買入れ方針を継続することを賛成多数で決定しました。わが国の景気についてですが、輸出と鉱工業生産は、新興国経済の減速の影響などから、このところ横ばい圏内の動きとなっています。一方、国内需要の面では、企業部門において、収益が過去最高水準まで増加していることなどを背景に、前向きな投資スタンスが維持されています。4~6月の法人企業統計では、収益が一段と改善していることが確認されました。家計部門については、雇用・所得環境の着実な改善が続く中、個人消費が底堅く推移し、住宅投資も持ち直しています。このように、企業部門・家計部門ともに、所得から支出への前向きな循環メカニズムは、しっかりと作用し続けていると考えています。従って、景気の総括判断としては、「輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられるものの、緩やかな回復を続けている」としました。項目別にやや詳しく申し上げますと、海外経済については、新興国経済は減速していますが、先進国を中心とした緩やかな成長が続いています。
§3Haruhiko Kuroda
輸出と鉱工業生産は、新興国経済の減速の影響などから、このところ横ばい圏内の動きとなっています。先行きは、先進国を中心とした成長が続き、その好影響が波及することなどを背景として、新興国経済は減速した状態から脱していくと考えられます。そうしたもとで、輸出は、当面横ばい圏内の動きを続けた後、既往の円安による下支え効果もあって、緩やかに増加していくと考えられます。鉱工業生産は、当面横ばい圏内の動きを続けた後、輸出の増加や、一部の業種でみられている在庫調整の進捗などを背景として、緩やかに増加していくと考えられます。また、企業収益が明確な改善を続ける中で、設備投資は、緩やかな増加基調にあります。雇用・所得環境をみると、労働需給は着実な改善を続けており、雇用者所得も緩やかに増加しています。個人消費は、底堅く推移しており、住宅投資も持ち直しています。この間、公共投資は、高水準ながら緩やかな減少傾向に転じています。わが国の金融環境は、緩和した状態にあります。企業の資金調達コストは低水準で推移し、企業からみた金融機関の貸出態度は改善傾向が続いています。銀行貸出残高は、中小企業向けも含め緩やかに増加しています。物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、 0%程度となっています。予想物価上昇率は、やや長い目でみれば、全体として上昇していると判断されます。
§4Haruhiko Kuroda
わが国経済の先行きについては、緩やかな回復を続けていくと考えられます。物価面では、消費者物価の前年比は、エネルギー価格下落の影響から、当面 0%程度で推移するとみられますが、物価の基調が着実に高まり、原油価格下落の影響が剥落するに伴って、「物価安定の目標」である 2%に向けて上昇率を高めていくと考えられます。2%程度に達する時期は、2016年度前半頃になると予想していますが、原油価格の動向によって多少前後する可能性はあります。リスク要因としては、新興国・資源国経済の動向、欧州における債務問題の展開や景気・物価のモメンタム、米国経済の回復ペースなどが挙げられます。金融政策運営については、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮しており、今後とも、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続します。その際、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行っていくという方針に変わりはありません。
§5Question
新興国の減速に絡んでお尋ねします。前回の会合以降、世界的に、特に株式市場を中心にマーケットが非常に揺れ動きました。その背景として、中国を始めとする新興国の減速や米国の利上げ観測などがあると言われています。総裁は、昨今の市場の不安定さの原因と先行きについてどのようにお考えでしょうか。また、新興国の減速が株式市場だけでなく、日本の実体経済を下振れさせるリスクが高まっているのではないかとみる向きもあるかと思いますが、この点についてご意見をお聞かせ下さい。
§6Haruhiko Kuroda
いつも申し上げている通り、日々の株価市場の動きについて具体的にコメントすることは差し控えたいと思いますが、ご指摘のように、最近の世界的な株価変動について、市場では中国経済の先行きや米国の利上げ観測などが材料視されていたようです。もっとも、世界経済については、先程申し上げた通り、先行きも先進国を中心に緩やかな成長が続くとみられます。このところ製造業を中心に減速している中国経済についても、当局の財政・金融政策に支えられて、先行き概ね安定した成長経路を辿ると予想されます。先般のG20財務大臣・中央銀行総裁会議でも、各国が景気回復を維持するための行動を取ることにコミットするもとで、世界経済の回復ペースは加速していくだろうという認識が共有されています。新興国経済の減速の影響が、わが国の経済にどう出てくるかについては、冒頭申し上げた通り、既に輸出や生産面にみられていますが、そのもとでもわが国経済全体としては、緩やかな景気回復を続けています。特に企業収益が既往最高水準になるもとで、雇用・所得環境が着実に改善し、所得から支出への前向きの循環が働いており、先行きも景気は緩やかな回復が続いていくと考えています。ただ、国際金融資本市場の動向や世界経済の動向については、引き続き注意深くみていきたいと思っています。
§7Question
冒頭のご発言で、予想物価上昇率は長い目でみれば全体として上昇していると言われましたが、新興国の景気減速や資源価格の下落もあって、日本だけでなく欧米も含めてブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)は低下傾向にあると思います。 BEIだけで予想物価上昇率を測れるものではないのは承知していますが、現状程度のBEIの低下は許容できる範囲なのか、これ以上低下した場合にはインフレ期待全体に与える影響が出てくるのか、ご見解をお聞かせ下さい。
§8Haruhiko Kuroda
物価の基調を判断する上では、需給ギャップやその他色々なデータとともに、予想物価上昇率の動きが非常に重要な要素であることはその通りです。予想物価上昇率を把握するための指標としては、ご指摘のBEIのほか、各種のアンケート調査やその他色々なものがあります。そうした諸指標をみますと、足もとBEIのように弱含んでいるものもありますが、総じてみると概ね横ばいです。BEI自体は──資源価格の下落傾向を反映したものかは市場関係者に聞かないと分かりませんが──欧米とともに若干下振れているものの、予想物価上昇率を把握するための色々な指標全体としてみると、概ね横ばいの状況ではないかと思っています。また、そうしたもとで、企業の価格設定行動も非常に重要です。企業は将来の物価動向などを考えながら価格設定をしているわけですが、ご承知のように、消費者物価指数を構成する色々な品目のうち、上昇している品目から下落している品目を引いた数ははっきりと拡大しており、幅広い品目で価格が上がってきています。日次や週次の日用品、食料などの価格指数を見ても、特に 4月以降、前年比プラス幅が拡大しています。こうした企業の価格設定行動も、予想物価上昇率を知る上での1 つの手がかりになるのではないかと思います。さらに、昨年、今年とベアを含む賃上げが続いています。
§9Haruhiko Kuroda
企業の賃上げは、労働市場が非常にタイトになっていることや、企業収益が過去最高水準にあることも反映していると思いますが、企業としては、今後の物価がどのように動くかということも勘案しながら賃上げを認めているわけです。そうした点からみても、全体としての予想物価上昇率の動きは、長い目で見れば上昇していると言っていいのではないかと思っています。
§10Question
今の物価の話と関連しますが、先日、安倍総理が、携帯電話料金の値下げを進めるべきだというお考えを示されました。政府の方では、物価の上昇が消費全体を弱めているのではないか、あるいは、物価の上昇に賃金が必ずしもついてきていないのではないか、という認識もあるようですが、これが、今お話があった総裁の考えと齟齬をきたしていることはないのか、物価と消費、賃金の関係をどうみているのか、改めてお考えをお聞かせ下さい。
§11Haruhiko Kuroda
全く齟齬をきたしているということはないと思います。携帯電話の料金が、消費者物価指数の中で占める割合が上昇していることは事実です。一方、電話料金は、かつての電電公社の1 社独占の時代から変わってきて競争が導入されていることは事実ですが、極めて少ない会社の寡占状態にあります。そのもとで決まってくる携帯電話料金について、おそらく色々な形で競争を刺激して、消費者にとってより使い易い料金体系になることは、消費者の選択の余地を広げ、電話料金が下がることによって実質所得を引き上げ、その他の様々な消費支出を増やしてくれるという面もあります。私どもが狙っている 2%の「物価安定の目標」の早期達成という場合には──当然、需要・供給様々な要因の中で物価が決まってくるわけですが──、主として、金融政策を通じた需要の刺激、需給ギャップの縮小、さらには明確な物価安定目標へのコミットメントを通じて、予想物価上昇率を底上げしていくことにより、経済の好循環のもとで物価が上がっていくことを目標としています。個々の物やサービスの価格について、より生産性の向上を図るとか競争条件を整備する等によって引き下げ、消費者の選択の余地を拡大し、実質所得を増やすことは、長い目でみて、物価を好循環のもとで 2%に向けて引き上げていく面でもプラスになると思っています。
§12Question
企業のマインドと投資スタンスについてお伺いします。本日発表された 9月のロイター短観では、製造業、非製造業ともに業況判断DIが少し大きめの悪化を示している回答になりました。企業によれば、新興国経済の減速懸念や市場の変動がやはりマインドを冷やしている面があるという回答が多かったです。今後そうしたことが、企業のマインド悪化や設備投資スタンスを後退させることについて、先行き懸念を持たれていることはないのか、一時的とみているのかをお伺いします。
§13Haruhiko Kuroda
基本的に、様々なリスク要因を常に注視していくのは、金融政策のスタンスとして当然です。先程申し上げた通り、足許では全産業全規模でみても、製造業大企業や非製造業では大企業・中小企業のいずれでみても、全て既往最高水準の収益状況を実現しており、今後とも企業では収益が伸びていくとみていますし、私どももそのようにみています。そうした中、投資スタンスについて様々なアンケート調査でみますと、今年度の投資計画は極めて強いわけです。その計画が実際にいつ実現していくかについては、様々な受注等の先行指標が参考になりますが、これも個々にあるいは月々で振れはあるものの、トレンドとして伸びてきていることは事実です。それが実際の設備投資の支出としてGDP上に表れてくるのは、またその先になりますが、4~6月のGDP統計で設備投資がマイナスになっていることについては、第1 四半期の設備投資が非常に強く出ていたことや、その前の期にもプラスが続いていたことも背景としてみておく必要があると思います。つまり、極めて高水準の企業収益のもとで、投資スタンスや投資計画は非常に強く、先行指標も月々の振れはあるもののトレンドとしては増加基調にあります。そうしたもとで、各月あるいは四半期毎に設備投資の支出として表れてくるものについて、さらによく注目していきたいと思っています。
§14Haruhiko Kuroda
業況判断DIや設備投資スタンス等については様々な統計があり、私どももそれぞれをつぶさにみていますが、それだけではなく企業ヒアリング等も行っています。それらを通じて感じられたことは、具体的に足許で何か非常に悪くなっているということではないのですが、新興国経済の減速の影響が将来出てくるのではないかという懸念を持っている企業も確かにあるようです。こうした点もよく注視していきたいと思っていますが、収益、投資計画、機械受注その他の先行指標、さらに言えば、GDPその他に表れてくる具体的な設備投資の支出を全体としてみますと、基本的には先程申し上げたような所得から支出への好循環がしっかりと働いていると思っています。
§15Question
先程、総裁は中国経済の先行きについて、今後、概ね安定した成長軌道を辿るとおっしゃったと思いますが、日本経済にとって今後リスクがあるとするとどういった点なのかお伺いします。また、米国の利上げについて、以前、総裁は、利上げは米国経済の着実な成長を示すものであって、世界経済にとってはトータルではプラスであるとおっしゃっていたと思います。今の非常に不安定な状態での利上げが仮にあったとすると、これも日本経済にとってはプラスと考えるのか、あるいはリスクのようなものはあるのか、お伺いします。
§16Haruhiko Kuroda
中国経済が足許、製造業を中心にやや減速していることは事実ですが、他方で、非製造業は強い消費を反映して順調に着実に拡大していますし、GDPの数字でも第 1 四半期、第 2 四半期とも 7%の成長です。第 3 四半期や第 4 四半期がどうなるのかも今後よくみていきたいと思いますが、中国が財政・金融両面で景気の下支えをしようという意欲を示していますし、またその政策余地もかなり広く持っていると思いますので、そうした政策対応も含めて、中国経済は基本的に安定的な成長を今年、来年と続けていくだろうと思っています。これは、私が個人的に思っているだけではなく、ご承知のように、IMF等の国際機関の予測、また市場のコンセンサス・フォーキャスト等でも、6~7%の成長を今年、来年とも見込んでいます。そうしたもとで、日本経済に対する影響としては、貿易、投資、金融その他を通じた影響が考えられますが、一番大きなチャネルはもちろん貿易です。この点については、先程申し上げたように、中国経済が基本的に安定的な成長を続けるもとで、わが国の輸出も安定的な成長を続けるだろうと思っています。株式市場の動きについては、表面上、確かに中国の株価の動きと日米欧の株価の動きはシンクロナイズしているようにみえますが、株式市場を通じて直接のリンクがあるわけではないと思います。
§17Haruhiko Kuroda
日本の投資家が中国の株をたくさん買っているということはないでしょうから、直接的なリンクではなく、むしろ中国の実体経済がどうなるかが1 番重要であり、それは先程申し上げたようなことであろうと思っています。また、米国の利上げの話ですが、FOMCが近付いているところで、私が米国の金融政策について具体的に何か申し上げることは差し控えますが、ご指摘のように、私自身は基本的に、米国が仮にいつかの時点で利上げするとすれば、それは米国経済の回復についてより強い確信をもったということの表れだろうと思います。米国経済がより強く回復していくことは、世界経済ひいては日本経済にとってもプラスだという考え方に変わりはありません。
§18Question
食料品や日用品の物価は上がっているように見受けられる一方、サービス価格がなかなか上がっていないのではないか、金融政策の効果が出ていないのではないかという指摘もあります。サービス価格についても今後上がっていくのか、総裁のご見解をお聞かせ下さい。もう 1 点は、4~6月期に続いて、仮に、7~9月期もGDPがマイナスになりますと景気後退ということになってしまうのですが、総裁はこのリスクについてどうご覧になっているのか、また、そうした状況になると日銀のシナリオに何らかの影響がでないのか、見解をお聞かせ下さい。
§19Haruhiko Kuroda
第 1 点のサービス価格ですけれども、ご承知のように色々あり、特に電力料金等、公共料金のかなりのものがエネルギー価格の下落を反映して下がってきています。サービス価格全体が下がっているのではなくて、資源価格の下落等を反映したようなものが下がっており、そうではない場合には上がっているものもあるということです。サービスには、エネルギー資源等を多く消費するようなものや、労働集約的で人件費が中心のものなど色々なサービスがありますが、製造業と比べると、やはり総じて労働集約的だと思います。サービス価格の動向というのは、賃金が上がっていけば物価が上がり、物価が上がれば賃金が上がるという、物価と賃金が相互に関連しながら緩やかに2%の「物価安定の目標」に向けて、それぞれのペースで上昇していくということが望ましいわけですが、今後ともよく注視していきたいと思います。先程申し上げたように、すべてのサービス価格が下落しているわけではなくて、資源多消費的なサービスがかなり下落しているということではないかと思っています。4~6月の成長率は──年率マイナス1.2%だったと思いますが──下落しているわけですが、ご承知のように、1~3月が年率 4.5%のプラスだったということとの関連でみる必要もあると思います。
§20Haruhiko Kuroda
また、4~6月のマイナスの中には、輸出がかなりマイナスになったということもありますし、消費が4月とか6月の天候不順等の影響もあって、若干マイナスになったということもありますので、基本的には一時的な要因が多いと思います。7~9月は、9月のデータはまだ出ていないわけですし、8月のデータも全て出ているわけではありませんので、7~9月のGDPを予測することは難しいわけですが、先程申し上げたようなことからプラスに戻ってもおかしくないと思います。7~9月はマイナスを予測するエコノミストもいるようですが、私はおそらくプラスになるのではないかと思っています。
§21Question
米国が仮に利上げした場合に、新興国を現在潤している緩和マネーが米国に逆流すれば、景気判断の懸念材料となっている新興国経済に若干下押し圧力がかかってくると思います。その場合、日本の輸出や生産に与える影響をどうみていらっしゃるのか伺います。また、それに絡んで、かつて決定会合後の会見で、米国の利上げは遅れることよりもやや早くなることのリスクの方が大きいと言われたと思いますが、9月の利上げであれば早すぎるということはないのでしょうか。
§22Haruhiko Kuroda
仮に米国が利上げした場合、資本が米国に戻ってきて、新興国からみれば逆に資本が流出して、新興国経済に大きな影響を与えるのではないかという議論が色々なところであるのは事実です。ただ、最近の新興国の議論を聞いていますと、そうした懸念はかなり弱まっているように思います。これは1 つには、アジアの新興国は特にそうなのですけれども、仮に資本が流出したとしても、外貨準備や金融システムがそれに十分耐えられるようなバッファーというか、体制がかなり出来ているということもあるのではないかと思います。私はジャクソンホールのコンファレンスや、つい最近ではアンカラでのG20等の会議に出て参りましたが、新興国のかなりの数の国では、米国の利上げの可能性について非常に大きな懸念を示すということが少なくなってきていると思いました。もちろん、IMFが常に言っていますように、国際資本の移動については十分注視していく必要があると思っています。9月に利上げがあるか否かという話は、もうFOMCがすぐに迫っている時に、私に何か特別な知識があるわけでもありませんし、申し上げることは差し控えたいと思います。
§23Haruhiko Kuroda
基本的な考え方としては、先程申し上げたように、仮にいつかの時点で米国が利上げをしたとすれば、それはFRBが米国経済の回復等についてより強い確信を持ったということであり、米国経済がしっかりとした回復・成長を続ける見通しにあるということだと思いますので、世界経済ひいては日本経済にとっても、基本的にプラスであると思っています。
§24Question
日用品や食料品など色々な物の値段が上がっていますが、そのほとんどが円安による輸入インフレで、賃金上昇によるインフレにはなかなかなっていないのではないかと思います。今、為替は 1 ドル 120 円近傍で昨年12月とほぼ同水準になり、前年比が剥落してくると、物の値段は、輸入インフレが多い中で上がりにくくなるのではないかと思います。そうした場合、総裁の言う物価の基調は、高まってくるというよりは弱まってくるのではないかと考えますが、如何でしょうか。
§25Haruhiko Kuroda
物価の基調を考える場合に、重要なポイントはいくつかあると思いますが、1 つ目は需給ギャップです。これはご承知のように、雇用状況がどんどんタイトになってきていますし、色々な指標でみてもこのところ基本的には需給ギャップが縮まってきて、計算の仕方によっては、もはやマイナスでなくてプラスになっていることもあり得るということですので、需給ギャップの面から言えば、物価の基調の判断についてはポジティブだと思います。それから 2つ目が予想物価上昇率です。これは先程申し上げたように、足許、若干弱含んでいるBEIのような指標もありますが、そうではなくしっかりした動きを示す指標もありますし、全体として長い目でみれば、予想物価上昇率は上昇してきていることに変わりはないと思います。3 つ目は、そのようなことを反映して賃金がどうなるかですが――賃金の動きを表す統計には、ご承知のように毎月勤労統計調査や家計調査など色々な統計がありますが――、1 人当たり賃金と雇用とを掛け合わせた雇用者所得はこのところ 2~3%ぐらいで伸びてきています。これは、雇用の伸びによる分もありますが、所定内賃金が上がっており、1 人当たり賃金自体も基本的な趨勢として上がってきていると思います。そして 4 つ目には、先程申し上げたことを反映して、企業の価格設定行動がどうなっているかということです。
§26Haruhiko Kuroda
これも、特にこの4月以降、明確に企業の価格設定行動がはっきりと価格の引き上げの方にきています。物価の基調は今言ったような要因を全体として反映していますので、為替レートが物価に一定の影響を与えることは事実ですが、為替レートが円安になったら必ず物価が上がるかどうかは、また別の問題です。要するに、輸入品のコストだけ上がり、他のものに対する消費が減ってしまえば、他の価格が下がるわけです。また一定の期間をとれば、どんどん円安になるとか、どんどん円高になるということはあまりないわけでして、やはり、先程申し上げたような需給ギャップ、予想インフレ率、賃金、企業の価格設定行動等々が、物価の基調をみる上で重要だと思います。今、為替レートが120 円程度ですけれども、仮にこれで変わらないとしたらもう物価が上がらなくなってしまうということにはならないと思っています。
§27Question
重ねて物価のことで恐縮ですが、7月の中間評価時点と比べてみると、原油価格は日銀の想定よりも下回って推移していますし、新興国経済等の状況も当時よりはやや悪化しているように思われます。そうした中で、2016年度前半に達成するとした物価目標達成の時期は、後ずれするリスクが高まっているとお考えでしょうか。現時点でのお考えを教えて下さい。
§28Haruhiko Kuroda
これも先程冒頭で申し上げた通り、物価の基調という意味ではしっかりしており、そうしたもとで、展望レポートでもお示しした通り、「2016年度前半頃に 2%に達する可能性が高い」という見通しは依然として維持していますが、そのうえで、原油価格の動向が短期的には非常に日本の物価に影響することは事実ですので、原油価格の動向次第では、今申し上げたような時期が前後にずれる可能性はあると思っています。
§29Question
総裁は 10年程前に「元切り上げ」という本をお書きになられていますが、中国のこの1 か月間の金融の舵取り、切り下げと介入による維持について、ご所見をお伺いできればと思います。特に、外貨準備を潤沢に使って維持されていまして、これの国際金融市場へのインプリケーション等、どういう覚悟が必要なのかお願いします。
§30Haruhiko Kuroda
為替レートは当然相手がある話で、必ず相対的な話なわけですが、中国では人民銀行が主たる責任を負っています。他方、日本では、米国、英国と同様に、財務省が主たる権限と責任を持っています。ましてや他の国の為替レートのことについては、私から何か申し上げることは差し控えたいと思います。その上で、中国人民銀行による公の場やG20での説明等を聞いていますと、基本的に中国における為替レートの決定に関して、市場の状況をより反映したような形に持っていく──人民元は、かつては米ドルにペッグしており、それを止めてフレキシブルな形にしてきたわけですが───、その中で変動幅を拡大し、今回は決定方式についてさらに市場の状況をより反映するようにしたということです。ある意味、長い時間の経過の中で、為替レートをより市場の状況に合わせていく、フレキシブルにしていくという流れの中で行われてきていることではないかと思っています。そうしたもとで、仮に、やや思惑的というか、市場が急激で大幅な人民元の下落を予想して動いた場合――市場ですから市場のロジックに従って、色々な行動をするわけですが――、それは、中国の当局にとって好ましいことではないのでしょうから、過度な変動を避けるための為替の介入や、取引についての投機的な動きを規制するといったことをされているのだと思います。
§31Haruhiko Kuroda
ただ、基本的な流れは、ドルにペッグする方式からフレキシブルにし、フレキシブルの程度もどんどん拡大してきて、より市場の動向に合うようにしてきていると思っています。これも私が個人的に言っているというよりも、中国当局、特に人民元の責任当局である人民銀行のオフィシャルな説明でもあるし、加盟国の為替政策について一定の権限のあるIMFも、今言ったような評価をしていると理解しています。
§32Question
通貨についてお伺いします。IMFは、人民元をSDRの構成通貨に入れるかどうかの結論を年内に出すと言っています。元建ての貿易決済は世界的にみると円建て決済に迫っていて、とりわけアジアでの比率は高いようです。交換性の観点からまだ課題はあるようですが、人民元のSDR構成通貨入りについて、ご所見をお伺いしたいというのが 1 点です。もう1 点ですが、総裁は財務官でいらっしゃった時に、アジアを舞台にした円の国際化を推進されていました。12年前に書かれた著書で――また本を出してきて申し訳ないですが、――「通貨外交―財務官の 1300日」という本を読ませて頂いたのですが、究極の為替政策は円の国際化だと主張されていらっしゃいました。大変重視されていたようなのですが、円の国際化は最近めっきり聞かれなくなっています。元の国際化がアジアで進む中で、円の国際化の現状評価と今後の展望について、ご所見をお聞かせ下さい。
§33Haruhiko Kuroda
SDRの価値は、導入された時は金にリンクしていました。導入当時は、ブレトンウッズ体制が健在な頃ですから、ドルは金平価を持っており、金とドルがリンクしていたわけです。その後、ブレトンウッズ体制が崩壊してドルは金との兌換がなくなり、各国の為替レートは──それまで、金との兌換のあるドルとの固定相場だったわけですが、それもなくなって──、ほとんどの通貨がフロートする形になりました。そうしたもとでSDRの価値も、金にリンクするのを止めて幅広い通貨のバスケットにしたわけです。ただ、非常に多くの通貨のバスケットにしても、その数を減らしたバスケットにしても、実際のSDRの価格の動きは余り変わらないことや――それは、多くの通貨が同じように動くからですが――、欧州大陸にユーロという通貨ができたこともあって、バスケットの中身を減らして、現在のように、ドル、ユーロ、円、ポンドと 4 つの通貨になったのです。このSDRの通貨バスケットについては、5年ごとに見直すことになっており、今年がその時期なので議論しているということだと思います。人民元がこのバスケットに入るかどうかは、人民元が広く貿易などに使われているのかということと、英語で言うところの freely usablecurrency であるのかということ、この2 つの条件を満たすかどうかで決まってきます。
§34Haruhiko Kuroda
これはIMFのスタッフが技術的な検討を経て勧告をして、理事会で決定することになります。現在、そうしたことがスタッフで検討されている段階だと思いますので、私から特にこれ以上申し上げることはありません。円の国際化の問題については、ある意味で、円の国際化に向けて政府ができることはほぼ全てやったということだと思います。為替管理法を全面改正して管理という字を取り、もう為替管理がない状況にしたわけですし、その他様々な形で円が内外で自由に流通し使用できるように、あらゆる規制の緩和を行い、非居住者の日本国債の利払いについての源泉徴収も止めました。そうした意味で、政府が取り得る円の国際化に向けてのあらゆる措置がいわば完了したということです。そうしたもとで、円がどのくらい使われるかは市場の判断であり、政府がどうこうするものではないと思います。国際通貨になるかならないかは、規制がなくなり自由に使えるようになることは必要条件ですが、具体的に国際通貨として広く使われるかどうかは市場で決まってくることですので、そこには経済の規模やその他様々な条件が重なってくるわけです。ご承知のように、すでに第1 次大戦前後に米国が世界最大の経済になり英国を上回ったのですが、ずっと英国ポンドが最大の国際通貨であり、英国ポンドが米ドルに最大の国際通貨の地位を譲ったのは 1950年代に入ってからだと思います。
§35Haruhiko Kuroda
つまり、米国の経済規模が最大になってから40年から 50年後に、米ドルが世界最大の国際通貨になったわけで、経済規模も関係しますが、その他諸々のことが関係します。円の国際化に向けて政府が取り得る措置は全て取ったという意味では、円の国際化が政策課題として議論されることはほとんどなくなったと思います。ただ、円がどのくらい国際的に使われるかについては、常に私どもも関心があり注視しています。人民元がどのように使われるかということも、人民元が freely usable currency として、国際化に向けての規制緩和、その他政府として取り得る措置がどこまで進むかと同時に、中国経済の世界経済における地位、その他様々な要因によって決まってくるわけです。やはり、資本規制の撤廃・緩和が、国際化にとっては不可欠の条件だろうと思います。
§36Question
国内経済の回復のもたつきを受けて、市場関係者の間では、追加緩和観測も広がっています。総裁は今、金融緩和の必要性についてどのように感じていらっしゃいますか。以前に比べて緩和の必要性が高まったとみているのか、あるいは全然緩和は必要ないとみられているのか、教えて下さい。
§37Haruhiko Kuroda
冒頭で申し上げた通り、わが国経済の動向をみますと、確かに、輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられるわけですが、企業・家計の両部門で所得から支出への前向きな循環メカニズムが働いていて、緩やかな回復を続けていくという見通しに変化はありません。また、物価面では、エネルギー価格の下落に伴って、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は 0%程度になっており、当面 0%程度が続くと思いますが、いくつかの要素からみて、物価の基調というものは、着実に高まってきていると思います。その意味で、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮しており、 2%の「物価安定の目標」の実現を目指してこれを安定的に持続するために必要な時点まで、この「量的・質的金融緩和」を持続する──これは、2013年の 4月に導入した時から申し上げているわけですけれども──、そういう考えです。そうしたもとで、仮に物価の基調に変化が生じて、物価安定の目標の早期実現のために必要だということになれば、躊躇なく調整するという考え方にも全く変わりはありません。以上