岩田副総裁記者会見(2018年1月31日)要旨
全文
§1Question
まず、本日の金融経済懇談会ではどのような意見交換がなされたでしょうか。
§2Kikuo Iwata
本日の懇談会では、大分県の行政や経済界、金融界を代表する方々から、地域経済の現状、課題のほか、日本銀行の金融政策運営に関して色々なご意見を頂きました。極めて有意義な意見交換ができたと認識しています。まずはこの場を借りて、ご出席頂いた方々に御礼を申し上げたいと思います。本日の懇談会では、ご意見が多岐に亘ったため、全てを網羅して紹介することはできませんが、私なりに席上で聞かれた話題を整理致します。まず、足許の当地企業の景況感については、製造業を中心に回復の方向にあるとの声が多く聴かれました。昨年の自然災害によってJR久大線の寸断が続いており、観光面では本格的回復にはもう少しとのことでしたが、県全体としてみれば景気は悪い状況にはないと伺いました。こうした中、当地での課題として、人手不足と事業承継を挙げる声が多く聞かれました。人手不足に関しては、待遇改善を図っても人が集まらず、例えば建設業では仕事はあっても受注できない先もあるとのお話がありました。もう 1 つの事業承継に関しては、後継者不在のため、黒字でも廃業する企業が増えており、地域産業の先行きに対する懸念を指摘する声がありました。また、経営者が高齢化していることによって設備投資意欲も減退している面があるという指摘もございました。
§3Kikuo Iwata
これに対し、地域の商工会議所や商工会などは、関係機関と連携して、事業承継のサポートに注力されていると伺いました。金融界の方々からは、地域の景気は回復方向にあるものの、金融機関経営としては厳しい環境にあるとのお話を伺いました。金利低下の影響から収益力が低下しており、低金利環境が長く続くと、円滑な金融仲介機能の発揮が難しくなるとの意見もございました。私ども中央銀行としての立場から、物価安定の下での経済の持続的成長の実現や金融システムの安定性を確保するともに、大分県内の金融経済情勢について、大分支店が今後もきめ細かい調査、広報活動を続けることを通じて、当地の皆様の努力がより大きな実りへと繋がっていくようサポートして参りたいと思っています。
§4Question
大分県関係者から大分県の景気は回復傾向にあるとの話を聞いたということでしたが、大分県の金融経済情勢について、岩田副総裁はどのようにみておられますか。
§5Kikuo Iwata
皆さんが懇談会でおっしゃった通り、あるいはデータからみても、大分県の景気は、基調としては緩やかに回復しているということだと思います。その中で、個人消費も、全体としては次第に底堅さを増していると思っています。また、設備投資についても、持ち直しに向けた動きがみられています。雇用・所得面は、労働需給が着実に引き締まりを続けており、雇用者所得は、振れは伴っていますけれども、基調としては緩やかに増加している状況だと認識しています。先行きも大分県の景気は、前向きな循環がみられつつある家計部門を中心に、緩やかな回復の動きを続けるとみられます。海外の政治経済情勢に関する不確実性や地政学的リスクが県内経済に及ぼす影響等に注意する必要はありますが、今後開催される「国民文化祭、全国障害者芸術・文化祭」や「ラグビーワールドカップ」といった大きなイベントを好機に、県内経済がさらに改善していくことが期待されると思います。
§6Question
今回最後の会見ということで、岩田副総裁は 5年前の就任会見の時には、2%の目標について、達成できなければ人のせいにしないとか、言い訳しないとおっしゃっていたと思います。また、著書では、説明責任について、生ぬるいものではだめだとか、説得的じゃなければ辞任か免職だと、そうしないと信用されなくなってしまうというお話でした。今日の講演を聴くと、だいぶお考えとか立場が変わったように思えるのですけれども、岩田副総裁自身がどう考えているのか教えていただけますでしょうか。
§7Kikuo Iwata
「人のせいにしない」というのは、「自分がまずできるだけのことをやっているかどうか」ということを判断したうえでどうかということです。それをしないで、色々な要因のためだ、主因はそちらにあるんだ、そして、金融政策では物価を 2%へ上げられないということであれば、日本銀行の意味はないわけです。そういうことを申し上げたということです。日本銀行がしっかりと、2%の「物価安定の目標」に向けた環境を作り上げることが必要不可欠な条件だということです。そのうえで、何か足りないことや、逆に 2%へ引き上げることを妨げる要因もあるわけです。そういうものに対して、外的な要因であればどうしようもありませんが、内的な、例えば政策要因であれば、それは正していくことが必要であると、就任前から申し上げているのはそういうことです。つまり、色々な政策がありますが、金融政策がまずできることを精一杯やったうえで、なおかつ他の政策が日銀のやっていることの逆風になることは避けるべきだという考えは、就任前から変わっていません。
§8Question
今日の講演では、随分財政についてたくさん述べられています。 2%の物価が未だに達成されていない原因として、財政の緊縮があったというご認識ではないかと思いますが、2014年度の消費増税について、事前に岩田副総裁は反対を表明されたということはなかったと思います。しかし、結果として増税が悪かったというご認識のようですけれども、次の増税、予定されている増税が 2019年にありますけれども、これについては反対されていないという理解でよろしいでしょうか。今日の講演の最後の方では、いろんな手当があるから容認されているというようなご発言だったのではないかと思いますけれども、反対はされないのかということが1 点と、その増税を織り込んだ上で、2%というのは 2019年度に達成可能であるというふうにお考えなのかどうか。最後に、黒田総裁は2014年度の増税についても、増税すべきという立場でいらっしゃいましたけれども、次の総裁というのは、増税容認でも 2%達成というのは近い将来、今の段階では 2019年度ですけれども、可能であるというお考えなのかどうか。この 3 点お願いします。
§9Kikuo Iwata
3 点というよりも、全て同じような観点だと思いました。まず、3 本の矢が最初にあったわけですが、第二の矢が機動的な財政政策、第三の矢が成長戦略という構造改革です。政府が日銀の金融政策について、緩和が足りないからもっと国債を買えといったことを言うのは駄目であり、手段の独立性が重要だと申し上げているわけです。政府はそうしたことに介入してはいけません。2%の目標は共有していいのですが、その目的の達成手段に関しては政府は介入しないというのが、社会的な標準なわけです。そうすると、逆も言えるわけです。政府が中長期的に財政を再建すると約束しているわけですが、どれくらいが中長期であるのか、どのような手段でどのようなスピードで財政健全化を図っていくのかという手段に関しては、政府・国会に任せるべきであり、中央銀行の副総裁としてものを言うべきでない、つまり中立を保つべきだというのが、私の考えです。自分が副総裁ではなく学者であれば、はっきりしたことを言ったと思いますが、副総裁というのは政府の手段に対して中立を保ち、介入しないという約束があるはずですので、個人的に思うところがあっても言うべきではないと思っています。そうした中で、今回申し上げたのは、結局 5年かかっても物価が上がらなかった理由は、単に原油価格の下落だけでないと、この5年間で思うようになったということです。
§10Kikuo Iwata
それはなぜかと申しますと、原油価格の下落が止まれば、予想物価上昇率が 2%でアンカーされているアメリカやEU、イギリス等では、物価がエネルギーを除いてもしっかりと上がってくるわけです。そこは日本と違うところです。ということは、予想物価上昇率が日銀の目標まで上がってくることが大事ですが、上がる過程で、金融政策は一生懸命やっていても、他の政策が大きな逆風となった場合、予想物価上昇率が 2%でアンカーされていない経済では、そうした逆風をまともに受けると、それをはねのけることはなかなかできないということです。そうすると、問題の 1 つは第二の矢であり、それを中心に本日は申し上げました。もう1 つは構造改革です。生産性を上げるためには、規制緩和や岩盤規制を取り払っていくことが大事です。財政に関しては、中長期的に健全化を図り、持続可能性のある財政にすることが、重要な命題です。信認を失わないようにすることが大事ですが、財政の健全化に向かっていく際には、今の金融政策と同様、経済・物価・金融情勢を踏まえながら、スピード調整をしていくことが大事です。私は、財政を今どうすべきと言っているわけではなく、一般論を申し上げたわけです。2019年度についても同様です。
§11Kikuo Iwata
その時の実体経済、物価情勢、金融情勢を十分加味しながら、例えば増税する場合にも全て赤字削減に使ったほうがよいのか、子育てに少し使ったほうがよいのかなど、スピードを調整してくのがよいということです。その1 つの例として、結構うまく行っているのが、本日データでお示ししたEUです。EUは今、対GDP比の政府債務残高でみると、財政緊縮のスピードを落としているのにもかかわらず、財政が良くなっています。こうした例もあることを考えながら、政策運営をしていくことが、金融政策の効果を一層上げることになるということを、5年間の経験を踏まえて申し上げました。最後に、再任されないと確信していると言いましたが、いずれにしても今後の金融・財政政策、構造改革のあり方について、最後の機会なので、ここは申し上げたほうがよいのではないかと思いました。金融政策はすでに精一杯やっていますので、本日、私が申し上げた政策が伴えば、物価が 2%に達する確率はさらに高くなると思います。
§12Question
2 つあります。足許、世界のマーケットが若干動揺していまして、ドル安なのか円高なのか、また株安基調になっていますが、これについて副総裁のご所見と、これがアメリカ発なのか、日本とか欧州発の要因もあるのか、分析をお願いします。2 つ目ですが、今日の午前の講演で、11 ページ目で今の政策が非常に最適なので、よほどこれより良いものがない限りは続けるべきだというお話ですが、この「続ける」の定義は、今の枠組みを続けるということなのか、左-0.1%、右ゼロ%を動かすな、ということなのか、もう少し細かくお願いします。
§13Kikuo Iwata
現状は、少し我々が考えているよりも円高に進んでいる、ドル安が進んでいる、予想したよりもそういう状況だと思いますが、これは私は、投資家の皆さんが、日銀のやっている金融政策について十分ご理解なさっていないからではないかと思います。アメリカが出口に向かったら、あるいはECBが出口に向かったら、日本もすぐに出口に向かうのではないか、あるいは金利をすぐ上げにいくのではないかと言われていますが、先程申し上げたように、日本は 2%の物価からははるかに遠い状況です。今はエネルギーの価格が上がっていますが、コストプッシュ型で物価が上がることは決して良いわけではありませんので、それ以外の物価が十分上がってくること、そして、需給ギャップが縮小しているから、あるいは予想物価上昇率が上がっているからこそ、物価が上がっている、というメカニズムが働いていることが必要なわけです。そうしたメカニズムを重視する観点からは、現状の「イールドカーブ・コントロール」が望ましいのですが、アメリカの金利が上がったから、日本も金利を追随して上げるのでは、「イールドカーブ・コントロール」の意味がありません。それを投資家が理解しているのかどうかよく分かりません。日銀も金利の引上げをもうすぐやるのではないかという予想があるようですが、これはマーケットの誤解だと思います。
§14Kikuo Iwata
また、今の政策が最適というのは、「イールドカーブ・コントロール」の金利誘導目標が、現状では-0.1%とゼロ%ですが、これが適当だと思っているということです。これ以外の提案はありますが、今まで聞いた提案の中では、現在のイールドカーブの曲線を大きく変える政策よりも、若干動きますが、基本的には今の-0.1%とゼロ%というイールドカーブが一番よいのではないかと思っています。経済・物価・金融情勢を考えながら、イールドカーブをコントロールするのですが、今はすぐそれを変えるような状況にはありませんし、おそらく暫くはないのではないかと思っています。
§15Question
2 点お願いします。1 点目は、大規模緩和を5年近く続けていますが、その結果、副総裁の講演でもご指摘がありましたけれども、 2%には途半ばです。この結果も含めて、大規模緩和 5年の効果というのを改めて伺いたいと思います。もう1 つは、先程、投資家が日銀の政策をしっかり理解していないというお話がありましたけれども、これまで 2%が何度も繰り返し先延ばしされた結果、日銀のメッセージの信頼性というのが失われるとか、誤解を招くような一因になったのではないかという指摘もあります。この2 点をお願いします。
§16Kikuo Iwata
5年間で未だに途半ばであることの原因については、すでに講演で申し上げたとおりで、付け加えることはあまりありません。要するに、消費増税をきっかけにして物価が下がり始め、予想物価上昇率もそれにつれて下がり始めたこと加えて、原油価格が 100 ドルちょっとから最終的には 20 ドル台まで下がったことが、大きな要因でした。予想物価上昇率が 2%に近付く前に、消費増税や原油価格による逆風によって、足許の物価が下がったわけですが、日本の場合には、もともと、予想物価上昇率が足許の物価で動くという面があります。1年目は、大規模緩和をやり、第二の矢、第三の矢も飛ぶと思われたからこそ、実はしっかりと予想物価上昇率は上がったわけです。レジームをチェンジし、これからは経済が変わるという予想があったことにより、1年目は予想物価上昇率が上がる力がありました。ところが、そうでなくなるのが 2014年からです。それによってもう 1 回、予想物価上昇率を上げることが、金融政策では難しくなったわけです。ですから、今やっている「イールドカーブ・コントロール」は、需給ギャップを縮めることに主眼を置いています。予想物価上昇率がそれほど上がらなくても、名目金利を大きく下げれば、実質金利は下がりますので、それによって需給ギャップを縮め、物価を上げ、それによって予想物価上昇率を上げるというメカニズムを使っているわけです。
§17Kikuo Iwata
そういうメカニズムを使わざるを得ません。要するに、予想物価上昇率を上げる手段がなくなってきたということです。予想物価上昇率を上げるには、第一の矢も、第二の矢も、第三の矢も、全体がリフレ・レジームになっていないと駄目です。第一の矢だけがリフレ・レジームで、他が必ずしもリフレ・レジームになっていないため、レジーム・チェンジによって、予想物価上昇率を上げるというメカニズムがなくなってしまったわけです。予想物価上昇率が 2%に上がっている国では、中央銀行が物価 2%を実現した実績があるので、原油価格があれほど下がれば、やはり物価も下がるわけですが、予想物価上昇率は下がらないのです。ですから、原油価格が戻ってくれば、今はまだ 2%には届いていませんが、エネルギーを除いても、日本より物価上昇率は十分高くなっています。そういう意味では、日本銀行も 2%を見せる必要があります。物価の実績値が 2%をオーバーシュートするまでマネタリーベースを増やすという、コミットメントによって予想物価上昇率を上げようとしているわけですが、まだ力が弱いです。ただ、2016年の後半から、ようやく世界経済が立ち直り、貿易も良くなってきている中で、日本でも予想物価上昇率が底を打って次第に上がってきている状況です。
§18Kikuo Iwata
2018年には、予想物価上昇率も上がってきて、需給ギャップと予想物価上昇率の両輪で物価を上げていくメカニズムが、もう1回、回復してくるのではないでしょうか。その回復の時に、経済・物価情勢を踏まえて、財政緊縮のスピードを調整して欲しいと思っています。そうすれば、2018年には、政策の効果が強まり、物価が徐々に 2%に近付いていくのではないかと思います。もう1 つの、メッセージの出し方は非常に大事ですので、かなり注意しているつもりです。もっとも、本日私が申し上げたことを、皆さんがどう伝えるかによっても、これは随分違ってきます。ここで申し上げたことを、ヘッドラインで全て誤解のないように伝えるということは、なかなか難しいはずです。例えば、黒田総裁が展望レポートと同じことを言っても、見出しはそうならず、明日にでも金利を上げるように受け取られてしまいます。日銀のメッセージの出し方が悪いと言われますが、本当の真意は、もっと詳しいものでなければ本来伝えられないわけです。しかし、ヘッドラインでは全て伝えることはできませんので、切り取られるわけです。私の意見も、皆さんに本日おそらく切り取られて、どのような反応が出るか少々心配なわけです。確かに、コミュニケーションは難しいのですが、コミュニケーションは本当はもっと深くしなくてはいけません。
§19Kikuo Iwata
投資家が、ヘッドラインだけで見て判断する、というコミュニケーションでは困ってしまいますので、何をどうするかは日銀も随分考えてはいますが、こうした真意を伝えることの難しさを、この 5年間で痛感しています。
§20Question
次の体制に金融政策で望むことをお願いします。
§21Kikuo Iwata
次の体制では、今の枠組みよりもさらに良い枠組みが見つかり、それに絶対の確信が持てるということでない限りは、今の「イールドカーブ・コントロール」が望ましいと思います。これを 2%に向けて粘り強くやっていくことが大事だということについて、市場にしっかりと理解が得られるようにすることです。先程のご質問にあったように、市場とのコミュニケーションにおいて誤解がないようにする、ということは以前から日銀の課題として一生懸命やっているのですが、必ずしもうまくいかない面があります。次の人達には、そうしたことに注意しながら、発言がどの様にとられてしまうかも含めて、丁寧に市場に説明していくことが求められていると思います。
§22Question
レジーム・チェンジ、レジームが壊れているという話ですが、レジーム・チェンジのために何が必要かというのが 1 点と、副総裁に求める資質、それから教育国債の話がでていますが、それについてどう思うかをお願いします。
§23Kikuo Iwata
レジーム・チェンジをどうしたらいいかは、なかなか難しいと思います。日銀の本当の真意を伝えることは、将来できると思いますが、具体的にどの様にすればよいかは、本日ちょっとお話はできません。
§24Question
副総裁の資質についてはどうですか。
§25Kikuo Iwata
私にあったかどうかは分かりませんが、私は最後のほうはあまり体調が良くなかったので、1 つは、やはり健康ということも非常に大事だと思います。もう1 つは、今の日本銀行がやっている金融政策のメカニズムをよくわかっていることが必要だとも思います。私のように体調を崩すようでは駄目だと思います。
§26Question
岩田副総裁は就任前からリフレ派の大御所というか、長年やってこられて、理論的支柱だったと思うのですが、岩田さんのメッセージとしてデフレは貨幣現象であると、マネタリーベースを増やせば予想インフレ率が上がるのだということで、かなり多くの方が量を増やせばインフレは上がると信じたと思うのですが、今日のお話を聞いていると、やはりそれだけでは駄目だったというような話にも聞こえるのですが、どうお考えでしょうか。
§27Kikuo Iwata
今おっしゃったような理解があるということが、私の真意が実は伝わっていない証拠です。マネタリーベースさえ増やせばデフレ脱却ができるとは、私の本を全部読んでもらうと書いていません。記者の皆さんは、どこかからその話を聞いて、ああそうかと受け取ったのでしょうが、私の本は読んでいないと思います。私の本の中には、金融政策だけに関する本と、もっと総合的なパッケージを書いた本がいくつかあるのをご存知でしょうか。デフレ脱却のためには、ちょうど今のアベノミクスが徐々にそれに近付いてきていますが、要するに、様々な政策を組み合わせる必要があるということが書いてあります。例えば、私は、構造改革はいらないとは言っていません。例えば、単に構造改革をやるだけでは、失業という痛みが出てしまい、反対されて政治的に構造改革ができません。ですから、まず、金融政策で痛みにも耐えられる経済を作っていくこと、例えば、転職ができるとか、求人倍率が高い、就職氷河期ではない、新入社員も入れる、そういった基盤を作ることが金融政策の役割です。金融政策はそれに強いのです。構造改革によって成長率を上げれば、もっと豊かな世界になりますし、物価の安定も近付きますが、その必須の条件は金融政策だということを申し上げたい。そのように金融政策に力点が置かれているので、金融政策をやればよいという理解になったのだと思います。
§28Kikuo Iwata
もう1 つは、量を増やすだけでなく、例えば、短期国債だけではなく、長期国債を買わなければならないなど、量をどうやって増やすかということを申し上げました。あるいはもっと大事なこととして、コミットメントについて申し上げました。つまり、この政策をやっても実は効かない、と言ってはいけないのです。しっかりと、どのようなメカニズムがあるので、2%を達成するまで日銀がコミットするのだ、だから先送りはしているけれども、2%の達成目標は降ろしていない、と説明することが大事です。これがコミットメントであり、この枠組みの中で長期国債を買ったりすることによって、予想物価上昇率が上がってくるわけです。単にマネタリーベースを増やすだけで、いつ金利が上がり、早すぎる出口になるかといったことを人々が思ったのでは、予想物価上昇率は上がらないのです。コミットメントを伴った量的緩和、あるいは「イールドカーブ・コントロール」が大事です。そういう意味で、単純にマネタリーベースを増やせばよいと申し上げたつもりはありません。コミットメントが非常に大事です。FRBでは、2%を一時期ほぼ達成しましたが、雇用の最大化を目指しているうちに、逆に 2%から遠くなりました。FRBのマンデートは、雇用の最大化と物価の安定という 2 つです。このため、コミットメントの力が強く、だからこそ皆が信頼するのです。
§29Kikuo Iwata
日本も、コミットメントを強くして、2%まで物価を上げるという経験をしないと、なかなか予想物価上昇率は安定しません。従って、予想物価上昇率が安定するまでは、今の金融政策の枠組みにコミットすることが大事です。安易に早く出口に出たいなどと言ってはいけませんし、2%の目標にまだ遠いにもかかわらず、正常化を急ぎたいとか、非伝統的は嫌だとか、そうした態度は予想物価上昇率が上がらない 1 番の原因になります。そういう意味で、これだけ詳しく言わないと、実は真意が伝わらないということです。そこに難しさがあります。読んで頂きたい本があります。金融政策と財政政策、構造改革、女性活躍など、そうしたことが全て書いてある、2001年頃に出た八田先生との共著があります。「日本再生に『痛み』はいらない」という本です。要するに、失業率が上昇するとか、就職氷河期を迎えるとか、そんな痛みはいらないということです。どうしても、転職しなければいけないという痛みはありますが、失業者が増加するとか、転職の機会がないとか、新卒が氷河期で就職できずに非正規にならざるを得ないとか、そういう「痛み」を伴わないデフレ脱却の方法があります、という本があり、そこに金融政策以外が全て書いてあります。構造改革、女性の活躍、税制のあり方などです。それを読めば、考え方が変わると思うのですが、読むのは大変なわけです。記者の方々もそうだと思います。
§30Kikuo Iwata
従って、長い時間をかけて質問を受けて回答しないと、本当の真意が伝わらない、という難しさを、5年間感じていたということです。その誤解を少しでも解こうとしたのが、最後の今回の懇談会でした。これでも語り尽くせませんが、本当は言い足りない。まだまだ私に対する誤解があると思います。金融を中心に書いた本だけを読まれると、非常にミスリーディングだと思います。そうではない本があるのです。構造改革に触れたり、女性の活躍に触れたり、税制のあり方を触れたりした本があります。特に私は今、女性が活躍する社会を作らなければ、日本の生産性は上がらないと思っています。男性よりも、女性のほう生産性の伸び代がはるかに高いのです。どの会議や懇談会に行っても、女性がいません。ところが、私が学習院にいるとき、総代は女性が並びました。一方で、男性という理由だけで就職できています。安倍総理は、そのことに気づいて、女性活躍を推進していますが、保育所をしっかり整備していなければ女性は活躍できません。そういう意味で、女性が幹部になって生産性が上がる余地は、男性よりも大きいと私は思っています。女性の生産性が上がれば税収も上がります。そうしたパッケージの考え方が大事だということです。ミクロの経済政策と経済安定政策と分配政策、基本はこの 3 つです。以上