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日本銀行講演2019年7月22日黒田東彦, 総裁

【講演】「デフレの克服:日本の経験と挑戦」(IMF)

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2019年7月22日 日本銀行 日本銀行総裁黒田東彦デフレの克服:日本の経験と挑戦 IMF・Michel Camdessus Central Banking Lectureにおける講演の邦訳

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11.はじめに本日は、ミシェル・カムデッシュ氏の名前を冠するレクチャーでお話しする機会を頂き、大変光栄に存じます。本日の講演のテーマである日本のデフレは、カムデッシュ氏がIMFにおいて専務理事の重責を担われていた 1990年代の末に端を発しています。日本では、1990年代初めの資産バブル崩壊後にインフレ率が低下し始め、1990年代末にはデフレ、すなわち「物価が持続的に下落する」状態に陥りました。その後も15年にわたって、デフレの状態がしつこく続くことになりました。こうした慢性的なデフレは、当時は、日本に特有の問題として捉えられました。もっとも、グローバル金融危機以降、ほとんどの先進国で低インフレ・低金利環境が続いており、今や、インフレ率を引き上げるためにどのような金融政策が望ましいのかということは、多くの中央銀行が共通して直面する課題となっています。それだけに、この先、各国の中央銀行が金融政策を運営していくに際し、長年にわたってデフレと闘ってきた日本の経験は、1つのケース・スタディとなるのではないでしょうか。こうした問題意識から、本日は、大きく2つのテーマについてお話しします。1つめのテーマは、日本の慢性的なデフレの背景と、その克服に向けた日本銀行の取り組み、特に、2013年に日本銀行が導入した「量的・質的金融緩和」の効果についてです。

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そこで述べるとおり、強力な金融緩和によって日本は漸くデフレではない状況となりました。金融政策が、慢性的なデフレの克服にも有効であることが改めて証明されました。しかしながら、日本銀行が掲げる2%の「物価安定の目標」の実現には時間がかかっています。その理由についてご説明した後、2つめのテーマとして、低インフレが続いている現状を打開するための日本銀行の取り組みについてお話しします。日本銀行は、2016年に導入した「イールドカーブ・コントロール」をはじめ、ここ数年、新たな政策の枠組みを導入し、強化しています。本日は、こうした新たな挑戦の背景にある考え方やこれまでの経験についても、ご説明いたし

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2ます。

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2.慢性的なデフレと「量的・質的金融緩和」(1)自然利子率の低下と慢性的なデフレそれでは、日本のデフレの経験から話を始めます。日本では、1990年代初に大規模な資産バブルが崩壊し、その後、経済が大幅に減速するとともにインフレ率がじりじりと低下しました。1990年代末には、大手金融機関の破綻が相次ぐもとで経済はデフレに陥り、その後、商品市況が急騰した一時期を除けば、約15年間にわたり、消費者物価の上昇率はマイナス圏で推移し続けました。(図表1)。このように日本経済がデフレに陥り、また、そこから長らく抜け出すことができなかった背景には、潜在成長率の低迷に加え、バブルの崩壊とその後の金融危機の発生などにより、自然利子率が急速に低下したことがあります(図表2)1。日本銀行は、1999年にはゼロ金利政策、2001年には世界に先駆けて量的緩和政策を導入するなど、早くから金融緩和の強化を模索し続けました。もっとも、名目金利のゼロ金利制約があるもとで、当時の量的緩和政策が、金利がゼロ近傍にあった短期国債の買入れや短期の資金供給オペによって日銀当座預金を増やすものであったこともあり、十分緩和的な金融環境を実現することができませんでした。

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また、経済・物価の低迷が続くもとで、当時の日本銀行が、市場や国民から、物価安定の実現に十分にコミットしていないとみられたことも、予想インフレ率を徐々に押し下げ、デフレからの脱却を一段と難しくしたと考えられます。(2)「量的・質的金融緩和」導入後の経済・物価情勢こうした状況を打破するために、2013年4月に日本銀行が導入したのが

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1 須藤直、岡崎陽介、瀧塚寧孝(2018)「わが国の自然利子率の決定要因―DSGE モデルと OG モデルによる接近―」、日銀リサーチラボ・シリーズ、No.18-J-2. を参照。

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3「量的・質的金融緩和」です。この強力な金融緩和の枠組みは、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するという強く明確なコミットメントと、大規模な国債買入れによる長期金利の押し下げという2つの柱から構成されています。この政策は、当時の経済情勢の追い風などもあり、大きな効果を発揮しました。イールドカーブ全般にわたって名目金利が大きく低下し、短期金利のゼロ金利制約のもとでも緩和余地が残っていた長期金利に強力な働きかけを実現しました。デフレ継続に対する懸念が払拭されていくもとで、予想インフレ率も上昇し、短期・長期の実質金利は自然利子率を大きく下回る水準まで低下しました。この結果、景気が大きく改善するとともに、インフレ率の水準は切り上がり、約15年振りにデフレではない状況が実現しました。グローバル金融危機以降、多くの先進国で、軒並みインフレ率が低下する中、日本のみ、インフレ率が上昇しているという事実は、この間の金融政策に大きな効果があったことを物語っています(図表3)。もっとも、インフレ率が上昇してきたとはいえ、足もとでも1%を下回っており、低インフレ環境はなお続いています。この点、日本の場合、強力な金融緩和が、実質金利の引き下げを介して需要を喚起するという波及経路は、当初の目論見どおり、しっかりと働いています。

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問題は、需要不足が解消しても、低インフレの克服に時間を要しているという事実です。(3)物価上昇に時間を要している背景このように、物価の上昇に時間を要していることについて、日本銀行では、「ショックに対する予想インフレ率の脆弱性」と、「構造的な要因」の2つが影響していると考えています。2013年の「量的・質的金融緩和」の導入後、予想インフレ率は上昇し始めましたが、こうした動きは、2014年夏頃には頭打ちとなり、その後、低下に転じています。これには、原油価格の大幅下落などを受けたインフレ率の急低下が大きく影響しています。2014年時点の日本経済は、それまでのデフレ

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4均衡から新たな均衡へのリアンカリングの途上にあったと考えられます。アンカリングが実現する前の予想インフレ率は、ショックに対して脆弱ですが、この重要な時期に大きな負の価格ショックに見舞われ、予想インフレ率の上昇が止まってしまったことは、日本経済にとって不運な出来事でありました2。しかしながら、原油価格が上昇に転じた 2016年以降もインフレ率の上昇ペースはなお緩慢であり、その原因を過去の価格ショックのみに帰することはできません。こうした最近の状況を説明しうる、より構造的な面に焦点を当てた仮説をいくつか指摘したいと思います。第1の仮説は、予想インフレ率の歴史依存性が従来想定されていた以上に強いというものです。「量的・質的金融緩和」の導入により、この先もデフレが続くという過度な悲観は払拭されましたが、過去の長期にわたる低成長や低インフレの経験は、人々の考え方や行動様式に染みついており、物価はなかなか上がらない、という見方が根強く残っています。この点、最近では、家計の予想インフレは、人々の長期にわたる経験に基づき形成される部分が大きいことを示唆する分析が増えています。例えば、日本では、かつての高めのインフレ率を経験した年齢層に比べ、低インフレやデフレの経験しかない若い世代ほど、予想インフレ率は低めになっています3。

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物価が上がりにくいことを説明するもう1つの仮説は、歴史的経緯や最近の技術革新を背景に、単位労働コスト(Unit Labor Cost)を抑制するメカニズムが強く働いているというものです。日本では、失業率が2%台半ばまで低下するなど、労働需給の引き締まりが顕著ですが、正社員の賃金の伸びは緩やかなものにとどまっています。この点については、デフレのもとで、長

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2 価格ショックの予想インフレ率への影響については、法眼吉彦、大熊亮一(2018)「日本におけるインフレ予想のアンカー:ラーニング・アプローチ」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.18-J-1.を参照。3日本における世代別にみた家計のインフレ予想の特徴については、Jess Diamond, KotaWatanabe, and Tsutomu Watanabe , " The Formation of Consumer InflationExpectations: New Evidence From Japan's Deflation Experience," CARF Working Paper,CARF-F-388, 2017.を参照。

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5期にわたり厳しい雇用環境を経験してきたことが、労使ともに、目先の賃上げよりも長期的な雇用の安定を優先するという行動様式に結び付いている可能性もあります4。実際、正社員の所定内給与の伸び率は1%を下回っていますが、より柔軟な雇用調整が可能なパート労働者の賃金の伸び率は2%を上回っています。しかしここでも、労働コストの上昇を生産性の向上によって吸収することを通じて、単位労働コストを抑制するメカニズムが作動しています。この点、最近のデジタル技術を用いたIT投資は、労働との代替性が高く、実質賃金の上昇を抑制する方向に働いているかもしれません(図表4)。以上2つの仮説について説明しましたが、実際には、このほかの要因、例えばグローバル化の進展などの影響を含め、様々な要因が相互に絡み合って物価に作用していると考えられます。例えば、物価は上がりにくいという家計の信念が強いもとでは、企業は、値上げによる顧客離れをおそれ、単位労働コストやマークアップの抑制により力を注ぐ可能性があります。いずれにせよ、日本では、様々な要因により、フィリップス曲線はフラット化しており、予想インフレ率の引き上げによる上方シフトにも時間を要しています。こうした経験は、先進各国で議論されている「失われたインフレ」を説明する手掛かりにもなるのではないか、と思います。

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米欧のグローバル金融危機後の厳しい景気後退や、その後の低成長・低インフレの継続という経験は、日本のデフレの経験と同様、各国の家計・企業の考え方や行動様式に影響を与えている可能性があります。デジタル化やグローバル化の進展も、先進国に共通する現象です。

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3.わが国の経験から得られる教訓と挑戦ここまで、1つめのテーマ、すなわち、わが国におけるデフレの経験と、 4 過去の雇用環境が現在の賃金設定行動に及ぼす影響については、 Yuto Iwasaki, IchiroMuto, and Mototsugu Shintani, "Missing Wage Inflation? Estimating the Natural Rateof Unemployment in a Nonlinear DSGE Model, " IMES Discussion Paper Serie s,2018-E-8, 2018.を参照。

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6それを克服するための強力な金融緩和についてお話ししてきました。また、強力な金融緩和のもとでも、なお低インフレが続いている背景についてもご説明しました。ここからは、2つめのテーマ、低インフレが続くもとでの日本銀行の挑戦について、話題を進めたいと思います。これまでの経験から、金融政策運営に関し、日本銀行は、2つの教訓を得られたと考えています。1つは、自然利子率の大幅な低下に直面しても、金融政策の枠組みを発展・強化することによって、緩和的な金融環境を実現し、経済・物価に働きかけることは可能であるということです。いわゆる非伝統的な金融政策の効果に関する我々の理解はなお不十分ですが、金融政策の効果について過度に悲観的になる必要はありません。もう1つは、そうした強力な金融緩和をもってしても、一度染みついてしまった低インフレの克服には時間を要する可能性を念頭に置く必要があるということです。もちろん、このことは、インフレ率が永遠に上がらないことを意味するわけではありません。最近の日本の状況をみても、経済の改善基調が続くもとで、企業が賃金や価格を引き上げる動きは少しずつ拡がってきました。日本銀行としては、金融政策によって、こうした動きを息長くサポートしていくことが重要だと考えています。

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言い換えれば、できるだけ長い期間にわたって物価上昇圧力を維持し、人々の行動や期待の変化を促し続けていくことが必要です。日本銀行は、こうした考え方に基づき、2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、一貫して強力な金融緩和を推進しています。もっとも、「異次元」とも呼ばれる強力な緩和策を長期にわたり持続していくことは、容易な作業ではありません。以下では、長期にわたって緩和的な金融環境を維持していく際の課題と、その克服に向けた取り組みについて、3点、お話ししたいと思います。

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7(1)コミュニケーションと期待形成への働きかけ第1の課題は、人々の期待に効果的に働きかけるためには、どのようなコミュニケーションを行うべきか、という点です。期待への働きかけ(expectation management)は、金融政策運営における最も本質的な要素の一つであり、特に、低金利環境の下では、先行きの政策運営方針に関するフォワードガイダンスが、重要な役割を果たします。標準的な経済モデルでは、短期金利が事実上の下限に到達しても、中央銀行が緩和的な金融環境を長期間にわたって継続すると宣言すれば、各経済主体の行動が変化し、かなり強い緩和効果が発揮されます。もっとも、現実には、特にガイダンスの射程期間が長くなればなるほど、人々の行動は、理論が示唆するほどは変化していないようにみえます。こうした「フォワードガイダンス・パズル」の背景の一つとして、遠い将来について、中央銀行のガイダンスに対する人々の理解を得ることが難しい点があります。中央銀行のガイダンスは、それが現実的であり、動学的にみて整合的(time consistent)であると受け止められなければ、人々に信用してもらえません。一方、こうした整合性を意識しすぎて、徒にガイダンスを複雑にしてしまうと、今度は中央銀行の考え方が伝わりにくくなります。

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近年注目を集めている「合理的無関心(rational inattention)」を巡る研究が示唆するように、家計や企業は、常に金融政策や物価動向に細心の注意を払って行動しているわけではなく、その期待に働きかけるためには、中央銀行自身が、その考え方を平易かつ明確に説明していく必要があります。これらの点を意識して、日本銀行は、2つのフォワードガイダンスを採用しています。1つめは、2016年9月に導入した「オーバーシュート型コミットメント」です。これは、インフレ率の実績値が「安定的に2%を超えるまで」、マネタリーベースの拡大方針を継続することを約束するものです。これにより、日本銀行は、物価目標に紐づける形で、標準的なモデルで想定される以上の期間にわたり緩和的な金融環境を維持していく決意を明確に示して

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8います。2つめは、2018年7月に導入した「政策金利のフォワードガイダンス」です。これは、経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持するとの方針を示すものです。すなわち、日本銀行としては、かなり長い期間にわたり現在の低金利の継続が適当と考えていることを明確に示すとともに、その期間についても具体的な時期を明記し、分かりやすさを担保するようにしています。こうした枠組みの有用性は、フォワードガイダンスの導入以降、サーベイ調査において、「先行き、金利が低位で推移する」との見方が増えていることからも示されていると考えています(図表5)。(2)政策手段の確保長期にわたって緩和的な金融環境を維持していくための第2の課題は、そうした要請に耐え得る持続性の高い政策手段を確保することです。この課題に対処するため、日本銀行は、2016年9月、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とするなど、長短金利の両方を操作する「イールドカーブ・コントロール」を金融政策の枠組みの中心に据えることを決定しました。それまでのように、国債買入れの「量」を目標とする政策枠組みは、実務的な運用がシンプルである一方、その時々の経済・市場情勢等によって、国債買入れによる長期金利の押し下げ効果が大きく変わりうるという問題がありました。

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この点、特定の金利水準を目標とし、それを目指した結果として、国債の買入れ額が決まるという「イールドカーブ・コントロール」の方が、長期にわたって金融緩和効果を安定的に発揮していくうえで、コントローラビリティと持続性の両面で優れた枠組みであると考えています。こうした「イールドカーブ・コントロール」のメリットを引き出すためには、幾つか注意すべきポイントがあります。第1のポイントは、中央銀行が、現実に長期金利をコントロールできるという信認を確保することです。中央銀行が支配的な地位を占める短期のマネーマーケットと異なり、国債市場は多様な参加者で構成されており、金利の

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9決定メカニズムもより複雑です。日本銀行の経験を踏まえると、長期金利をコントロールしていくためには、国債市場において中央銀行が高いプレゼンスを獲得することに加え、精緻な金利コントロールを可能とする実効的な調節手段を開発・保有することが不可欠と考えられます。より具体的にみますと、日本では、既に、ストックベースで4割以上の国債を日本銀行が保有しています。また、フローベースでみた国債の取引量をみても、日本銀行のシェアは高水準で推移しています(図表6)。このように、長期金利のコントロールは、日本銀行が、ストック・フローの両面で十分に大きなプレゼンスを有することを前提に、目標とする金利を目指し、国債の買入れ額を適切に変動させることで実現しています5。もっとも、日本でも、2016年9月に「イールドカーブ・コントロール」を導入した当初は、日本銀行の金利コントロール能力に対して懐疑的な見方が少なくありませんでした。実際、2016年末から 2017年初めにかけて、米欧の長期金利が大きく上昇した局面では、日本の国債金利にも急激な上昇圧力がかかりました。こうした局面で大きな効果を発揮したのが、特定の金利水準で無制限に国債を買い入れる「指し値オペ」という強力なツールです。

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金利が急速に上昇した局面で、この新たな武器をタイミングよく繰り出したことで、日本銀行の金利コントロール能力に対する市場の信認は強化され、2017年半ば以降、長期金利は操作目標の近傍で推移する傾向が強まりました。「イールドカーブ・コントロール」を運営していくうえでの第2のポイントは、長期金利の水準を適切にコントロールしつつ、同時に、最低限必要な市場機能を維持していくことです。当然のことながら、中央銀行の金利コントロール能力を強化していくことと、市場機能を維持することの間には、一種のトレードオフが生じます。中央銀行の金利コントロールに対する信認の

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5日本における国債買入れが長期金利に及ぼす効果については、須藤直、田中雅樹(2018)「日本における市場分断・特定期間選好仮説のDSGEモデルによる検証―ストック効果とフロー効果の定量比較を中心に―」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No.18-J-9.を参照。

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10強まりは暗黙のプット・オプションとなり、それが高じると、本来の市場機能が過度に抑制される可能性があります。実際、2018年初頃からは、「イールドカーブ・コントロール」の実効性に対する信認が強まるにつれて、国債金利の日々の変動幅がはっきりと小さくなり、国債の取引量も減少傾向が強まりました(図表7)。こうした状況を踏まえ、日本銀行は、2018年7月に、「長期金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうる」ものであることを改めて明確化するとともに、市場の状況に応じて、国債の買入れをより弾力的に運営していく方針を明らかにしました。また、国債補完供給制度の利用要件を緩和するなど、市場機能を維持・向上させるための実務的な対応も、同時並行的に進めています。これらの取り組みもあって、最近、国債の値動きや取引量は一頃に比べて回復してきています。先ほど述べたように、2016年に「イールドカーブ・コントロール」を導入したこと自体が、金融緩和政策の持続性を高めることを企図したものです。これに加えて、「イールドカーブ・コントロール」と市場機能の維持・改善を両立させる取り組みを不断に行っていくことにより、この先、長期にわたって緩和的な環境を実現していくことが可能であると確信しています。

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(3)金融機能の点検強力な金融緩和を継続していく際に留意すべき第3の課題は、これが金融機能に及ぼす影響を適切に点検していくことです。物価の安定を実現していくうえで、金融の安定が確保され、金融政策のトランスミッション・メカニズムが維持されることは必須の条件です。日本銀行としては、長期・超長期金利が過度に低下すると、保険や年金の運用利回りの低下などから、広い意味での金融機能の持続性に対する不安感がもたらされる可能性があることには留意する必要があると考えています。また、低金利環境の長期化が、過度な期待の強気化を介してレバレッジの拡大につながったり、金融機関収益への影響を介して金融仲介機能の低下に繋がったりすることがないかについても、様々な角度から点検しています。

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11低金利環境の長期化の影響について、現時点でより留意すべきは、後者の金融機関収益を介した経路です。行き過ぎた低金利は、自己資本制約などを介して、金融機関の貸出スタンスを消極化させ、金融緩和の効果を低減する可能性があります。また、収益環境が悪化した金融機関が、目先の期間収益を確保するため過大にリスクテイクする動きが強まれば、やや長い目でみて金融システムの脆弱性が高まることも考えられます。現時点では、金融機関が充実した資本基盤を備えていることなどから、何れのリスクも大きくないと判断していますが、この先も緩和的な金融環境が続く中で、金融機関の行動や金融仲介機能に変化がないかどうかについては、常に注意していきたいと思います。

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4.おわりにそろそろ時間がなくなってきましたので、本日の話を締め括ろうと思います。近年、世界的に低インフレ・低金利環境が長期化し、多くの中央銀行でインフレ率を引き上げるためにどのような金融政策が望ましいのかが課題となっています。本日は、こうした現状認識のもと、早くからこの問題に直面し、これを克服するために様々な努力を続けてきた日本の経験と挑戦について、やや長めの視点からお話しさせて頂きました。現在の日本の状況はというと、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という強力な金融緩和を続けるもとで、経済は大きく改善しています。消費者物価の前年比はプラスの状況が定着しており、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなっています。とはいえ、消費者物価の前年比は0%台後半であり、引き続き、2%に向けた物価のモメンタムを途切れさせないよう、しっかりと強力な金融緩和を続けていく方針です。特に、このところ、世界経済を巡る不確実性が高まっており、国際金融市場でも、やや神経質な動きがみられています。これが、日本の経済・物価に

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12及ぼす影響については、十分注視していく必要があります。日本銀行としては、今後とも、経済・物価・金融情勢とともに、様々なリスク要因を注意深く確認しつつ、政策効果のベネフィットとコストの比較衡量も行いながら、適切な政策運営を行っていく方針です。ご清聴ありがとうございました。以上 2019年7月22日日本銀行総裁黒田東彦デフレの克服:日本の経験と挑戦― IMF・Michel Camdessus Central Banking Lectureにおける講演 ―1. はじめに2. 慢性的なデフレと「量的・質的金融緩和」3. わが国の経験から得られる教訓と挑戦4. おわりに

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消費者物価(注)消費税調整済み。(出所)総務省図表112.慢性的なデフレと「量的・質的金融緩和」-3-2-10123485909500051015総合(除く生鮮食品)総合(除く生鮮食品・エネルギー)(前年比、%)年「量的・質的金融緩和」の導入自然利子率図表2(注)1. 潜在成長率は、日本銀行スタッフによる推計値。2. 自然利子率の各種の推計方法は、日銀リサーチ・ラボシリーズ「わが国の自然利子率の決定要因―DSGEモデルとOGモデルによる接近―」(2018年6月)を参照。(出所)Consensus Economics「コンセンサス・フォーキャスト」、日本銀行 22.慢性的なデフレと「量的・質的金融緩和」-2-10123458587899193959799010305070911131517潜在成長率DSGEモデルLaubach and Williams(2003)の手法今久保ほか(2015)の手法HPフィルターを用いた手法(%)年

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「量的・質的金融緩和」と物価動向図表3(注)1. 日本のCPIは消費税調整済み。2. 右図の日本、英国、カナダはCPI総合。米国はPCEデフレーター総合。ユーロ圏諸国はHICP総合。(出所)総務省、Haverわが国の物価動向3G7諸国の物価動向-0.50.00.51.01.52.02.53.0日米独英仏伊加2000~2012年平均 2013~2018年平均(前年比、%)2.慢性的なデフレと「量的・質的金融緩和」-3-2-1012300020406081012141618CPI(除く生鮮・エネルギー)年2000/1Q~2013/1Q平均▲0.5%2013/2Q~2019/2Q平均+0.5%「量的・質的金融緩和」の導入(前年比、%)ULCの抑制メカニズム図表4一般・パート別賃金4労働と資本の代替の弾力性(注)1. 左図の各四半期は、1Q:3~5月、2Q:6~8月、3Q:9~11月、4Q:12~2月。2013/1Q以降は、東京都の「500人以上規模の事業所」を復元した再集計値。2016/1Q以降は、共通事業所ベース。2. 右図は、資本コスト/実質賃金の変化が資本装備率へ与える影響を業種別データから推計。推計期間は1995-2017年。業種固定効果を考慮。誤差範囲は、±1標準偏差を表す。

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(出所)厚生労働省、財務省、内閣府、Bloomberg、日本銀行-2-10123409101112131415161718所定内給与(一般労働者)時間当たり所定内給与(パート労働者)(前年比、%)年2.慢性的なデフレと「量的・質的金融緩和」0.00.20.40.60.81.01.2全産業製造業非製造業資本全体IT投資(弾性値)

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政策金利のフォワードガイダンス(出所)JCER「ESPフォーキャスト」図表553.わが国の経験から得られる教訓と挑戦フォワードガイダンスの変遷 2019年末の長期金利操作目標の民間見通し2019年4月「海外経済の動向や消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する。」2018年7月「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する。」0510152025303540-0.1~0.00.0~0.10.1~0.20.2~0.30.3~0.50.5~0.750.75~1.02018/7月調査(フォワードガイダンス導入前)2018/10月調査2019/5月調査(回答数)%国債市場の構造図表6(注)1. 国庫短期証券を含まない。2. 右図の国債取引高は、原則として債券ディーラーからのグロス買入れ額(ディーラー間取引を除く)。ただし、日本銀行の取引高は日銀のグロス買入れ額であり、債券ディーラー以外からの買入れを含む。

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(出所)日本証券業協会、日本銀行 6部門別の取引高(フロー)部門別の保有残高(ストック)01002003004005006001112131415161718日本銀行国内銀行・投資家等海外投資家(兆円)年3.わが国の経験から得られる教訓と挑戦050100150200250300350400450500111213141516171819日銀銀行等保険年金海外(兆円)年

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国債市場の機能度図表7(注)1. 左図の感応度は、10年国債利回り前日差を被説明変数、米国10年国債利回り前日差(1期ラグ)を説明変数とした単回帰式の傾きの値(後方90日間ローリング)。シャドーは±1標準誤差。2. 右図の取引高は、銀行、投資家、債券ディーラーのグロス購入額。国庫短期証券を含まない。(出所)Bloomberg、日本証券業協会 7米国長期金利に対する国債金利の感応度国債取引高の推移3.わが国の経験から得られる教訓と挑戦40506070809013141516171819国債市場の取引高後方6か月移動平均(兆円)年2016~2017年平均強力な金融緩和継続のための枠組み強化(2018年7月)-0.050.000.050.100.150.2017/117/718/118/719/119/7(米国長期金利+1bp上昇に対する感応度、bps)月強力な金融緩和継続のための枠組み強化(2018年7月)